その9 「手違い」
「ぎゃああああああ・・・・・」
悲痛な叫び声があがった。
そのころ野宿会議でほぼ空気のような存在であったベルシュタインは、円を囲むようにして会議している無能生産者らのおっさんじいさん連中とは距離を置き、近くの大木に膝を抱えて座り込んでいた。
「ん?・・・なんか聞こえたような・・・」
山奥の方から突然聞こえてきたその音にいち早く反応したのはベルシュタインだった。
ふとおっさん連中の方へと目をやると、みな会議に熱中しているのか、だれもその例の音に気付いていない模様だった。
彼らの話に耳を澄ませてみても、途中から彼自身席を外したこともあって、何について話し合われているか、会話の流れをつかむことが出来なかった。
ここにいる誰かに今聞こえてきたこの音の事に関して、聞いてみたくもあった。
しかしなにせ人との距離感をとることが大の苦手であるベルシュタインにとっては、それは至難の業だった。
「・・・・やっぱ聞いておくのは止しておくか・・・・変な奴と思われたくないし・・・」
結局聞きだすじまいでおわってしまった。本人もきっとさっき聞こえてきたのも、山風が何かが吹き荒れた音かなんかだろうということで、納得してしまった。
「やっぱり宿直かなんかを立てて、見張るかなんかするしかないぞ」
「なんや?その宿直っちゅう聞き慣れない言葉は?もっとわしらにわかりやすく説明してくれんか?」
「失敬失敬。まあ要するに一時間おきに見張りの当番をたてて、その間に誰かが仮眠を取りつつ、見張っていくスタイルっちゅうわけよ」
「うん?」
つまり夜間見張り役を立てておき、その間に他の人達が仮眠を取ろうということだろうか?
そうして見張りを交代交代し、みんなでそのローテーションを回すということだろう。
会議で出た結論だけ、なんとか汲み取り、理解できたベルシュタインは、再びそのおっさん連中の方へと歩みだした。
「なら・・・じ・・自分が・・まず見張り・・・をします」
うまいこと彼らに自分の言いたいことを伝えられた!我ながらよく頑張ったと思う。彼らもベルシュタインの言葉の意図を汲み取ってくれたようで、
「おー!頼もしいな!青年よ!ならお願いしてもいいか?」
おっさんにそう聞かれ、首を縦に振り、了承するベルシュタインであった。
そして晴れて彼らの見張り役といった大仕事を授かることとなった。絶対に失敗することは許されない。
なんとしてでもやり遂げよう。
気合は十分であった。
そしてベルシュタインが見張る中、彼の背中に守られる形で無能生産者のおっちゃんらは寝静まった。
なんとしてでも守り切る。なにか危険を感じたら、すかさず無能生産者のみんなに知らせなけらばならない。当直は彼1人。
重大な任務である。頑張ろう。
彼はそう固く決意し、それから数分後のこと・・・。彼は即座に睡魔に襲われ、スヤスヤと眠りについてしまった。
・・・・彼がこの任務をこなすにはどうやら荷が重すぎたようである。
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そして一夜明けて翌朝、目が覚めた。チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえている。
それにハッとした。しまった!!
「寝ちまった・・・・」
あろうことか自分は見張り役をおろそかにしてしまった。
その隙をつかれ無能生産者の彼らが何者かに襲撃されたとあっては、取り返しのつかないことになる。ベルシュタインは即座に彼らの方へ顔を向けた。
「・・・・よかった・・・なんともなさそうだ」
無能生産者たちはまだ夢の中にいた。すやすやと寝息を立てている。
どうやら交代の見張り役すらも自分の元へ来た形跡がない。無能生産者の誰もみんなの見張りをおろそかにし、ぐーすか寝ていた自分に毛布をかけてくれた様子もなかったからだ。
こういう時、机に突っ伏して寝ている誰それに毛布を温情でかけてあげるのがお決まりのパターンと言うものだが、自分にはそれをされた形跡がない。
学園ドラマでよく見られるあの心温まる温情の毛布は自分の元にはかけられなかったようである。
一晩ずっと寝ていて言うのもあれだが、みんな薄情だ。・・・そう思う。
確かみんなで手分けして仮眠を取るといった手はずであったはずなのに、無能生産者らは全員そろいもそろって熟睡していたのである。
やれやれ。
「ひとまずみんなを起こすとするか・・・・」
もうじきパワハラ現場監督がやってくる頃合いだろう。それまでに彼らを起こしておかなければならない。
ベルシュタインは無能生産者ら1人1人起こすべく、体をゆすったり、耳元でささやいたりした。
するとそうしているところに、パワハラ現場監督の姿が見えてきた。しかし彼の様子が普段とは違っていた。
なにやら汗を流しながら、こちらの方まで全速力でむかっていた。その顔には焦りがみてとれる。
「おい!くそ虫ども!!・・・・っていっても起きてるのはベル坊や、お前ひとりか。ちょっと聞いてくれ!俺は大変なことをやらかした!」
「・・・ん?なんでしょうか?」
「俺としたことが、あの有能生産者様らをまちがって野宿させてしまった!
本来ならあの方たちを例の武装班の方々が常駐する近場のキャンプ場へと案内をしなければならなかったんだ!」
「・・・はあ・・・」
「奴らはどこにいった!教えてくれ!急ぎの用事だ!できるかぎり奴らを傷1つつけない状態で、連れ帰らないとならないんだ!
あの統領セバスティアーノ様に認められし、有能生産者様だ!頼む!俺を助けて・・・」
そんなわけでパワハラ現場監督はあの有能生産者の行き先が気がかりならしい。藁にもすがる思いで自分に対し猛烈に頼み込んでいた。
ここは普通なら、彼ら彼女らの行方をパワハラ現場監督に素直に教えてあげてもいい場面ではある。
だがしかしこのパワハラ現場監督には、パワハラキックで散々痛い目に遭ってきた。
確か昨日も一昨日も一昨昨日も・・・パワハラ現場監督は自分に対し、容赦なくミドルキックをお見舞いしてきた・・・。
・・・そんなパワハラ現場監督の頼みを誰が素直に聞き入れると思う?聞き入れるわけがなかろう。
・・・パワハラ現場監督に対して普段から溜まっていた鬱憤を今ここで晴らしてやる。まさに絶好の機会!ふ・・・復讐だ!
「それならたしか、あっち。・・・あっちの方に有能生産者様は向かって行きました!」
パワハラ現場監督に対し、嘘をついた。昨夜にアリアス一行が本当に向かって行った先とは全く真反対の方角を自分は指差してやった。
「よし!でかした!感謝するぞ!ベル坊や!ひとまずお前はくそ虫どもを連れて、先に現場に向かうように!
あと俺が帰ってくるまで、作業中の休憩はなしだからな!以上!ちゃんとくそ虫どもにそのことを伝えておくように!」
それだけを言い残すと、馬鹿正直なパワハラ現場監督はそそくさと自分の指差した方へと向かって行ったのであった。
小さな復讐劇ながらも、我ながらよくやってのけた。
・・・今後もし、こういった機会が再び訪れたら、間髪入れずにちょっとした嫌がらせをこまめに入れていこう!
他の人にこういった嫌がらせするのは倫理的に良くはないだろう。到底許されるべき行為ではないのは確かだ。しかしパワハラ現場監督に限っては例外だ。
奴には何したっていい。日頃の鬱憤も兼ねて、これからどんどん嫌がらせをしていこうぞ!
「やあああ!!!」
変な咆哮をやまびこに乗せて響かせつつ、ベルシュタインはそう深く心に誓ったのであった。
くそ虫だの、パワハラミドルキックなどを喰らわされたお返しだ。・・・実に清々した気分だった。
「おやおや、こんな朝っぱらから誰か騒いでるな~と思ったら、パワハラ現場監督の声だったか。彼の不協和音で思わずわしらも目が覚めちまったぞ」
そんなパワハラ現場監督が山奥へと消えたのとタイミング同じくして、無能生産者らが続々と目を覚ましだした。
「そういえば昨日の若い衆はどうなったんだ?戻ってきたのか?」
「いや戻ってきてはないぜよ」
「地図もないくせして、無謀にも山奥に入っちまうもんな~。ほんとに近頃の若者はあんな感じで後先考えず行動するよの~」
実際有能生産者の彼ら彼女らはその後もここに戻っては来なかった。
しばらく無能生産者たちは彼らの帰りを待っていたが、一向に帰ってくる気配が感じられなかったので、無能生産者らは彼らより一足先に昨日の現場へと向かっていったのであった。
ここまで閲覧いただきありがとうございます!
本編 その10 「土砂処理も佳境へ」です。また近日中にアップします。
※既存の原稿にちょっとした新しいエピソードを追加するため、次回の投稿が少々遅れるかもしれません。なるべく急ぎます。
※10/25 あとがき一部修正