表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

133/133

最終話 後編 その25「出会いと別れ」

「セバスティアーノ様! この者に麻酔が効きません!

 あれから何度も麻酔の注射を打ち続けているのですが……」


「どういうことじゃ、キャサリン! ここからじゃ状況がまるでわからん。

 麻酔が効かんとは何事じゃ」


「……とにかく、この者に麻酔の注射が効いてないのですよ、セバスティアーノ様!

 もうかれこれ10本近く、注射を打ち続けているんですが、この者ときたら、未だにピンピンしているのです!

 これ以上はわたしとしても、説明のしようがありません、セバスティアーノ様!」


「うぬぬぬ……。ここで麻酔が効かぬときたか。

 にわかには信じがたいことじゃだが、ひょっとするとそやつは麻酔が効きづらい体質であるのやもしれんな。

 ……だがキャサリンよ、何も動どうずることはない。

 この世に、麻酔が効かぬ者など1人たりとも存在せぬ。

 そやつは単に、麻酔の効き目が他の者に比べて少しばかり遅いだけじゃ。

 キャサリンよ。狼狽うろたえることなく引き続き、そやつに例の注射を打ち続けよ。

 とにかく数を増やせ。

 さすればそのうち麻酔も効いてくるじゃろう」


「はっ! 了解致しました!

 ……と言いたいところなのですが、セバスティアーノ様」


「なんじゃ、キャサリンよ」


「あいにく手持ちの注射を切らしてしまいまして……できれば替えの注射を頂戴したいのですが」


 少しの沈黙があった後、セバスティアーノは次にこう言った。


「あいわかった。至急そちらに配下の者を向かわせる。

 しばしそこで待っておれ、キャサリン」


 そのような問答があった後、キャサリンはこれ以降、自分に対して、何ら手出ししてこなくなったのである。

 

 つい先ほどまで、キャサリンとセバスティアーノの間では、このような会話が交わされていた。

 やけに騒がしいなと思ったのも、そのはず、これまで自分は腕に何度も麻酔の注射を打たれていたのだが、不思議と眠たくなってくるようなことがなかったのである。

 何度も腕にアルコール消毒をされ、何度も静脈に注射の針をぶっ刺される。

 だが別にこれといって、眠たくなることもなければ、注射された箇所が痛むことも、アルコール消毒され皮膚がかぶれることもなかったのだ。

 このようになぜか麻酔注射されても、一向に昏睡状態に陥らない自分。

 これらの現象をどう説明したらいいか、自分には全くもってわからない。

 ……ひょっとしたら神様が、このドロシーちゃんと人生最期の再会を思ってか、自分にちょっとばかしの情けをかけてくれたのかもしれない。


 自分とドロシーちゃんはその後も、思い出話に花を咲かせ、あの頃のことや、今日に至ることまで様々なことを語り合った。

 ドロシーちゃんは、あのグレズリーキメラに襲撃され、命を落としたこと。それから魂と肉体が分離され、亡霊となって辺りを彷徨さまようことになったこと。

 そうして魂の存在になってからは、自然と何かに引きつけられるようにして、自分のことを探し続けていたこと。

 それで各地を転々としているうちに、自分の居所を突き止め、こうして再び巡り会うことができたこと。

 ドロシーちゃんの幻影は、ゆらゆらとまるでコンビニのビニール袋のように浮びながら、そのようなことを自分に喋ってくれたのだ。

 また彼女はこれらのこと以外にも、以下のことも語ってくれた。


「わたしは家族と実家を、キメラによって失いました。

 それからのわたしは、軍事基地や生き残りの団体さんのところに身を寄せていたんです。

 ……軍事基地で、わたしたち一般市民を、分け隔てなく迎い入れてくれたブランコ将軍。

 食料を分けてもらうばかりか、防衛線を張って、キメラの大群から一時的にわたしたちのことを守ってくれました。

 ……ある地域の自警団のリーダーだったエルゼンバークさん。

 ブランコ将軍が統括していた基地が陥落し、わたし1人放浪生活を送っていた途中、力尽きようとしていたところを、拾っていただき助けてもらいました。

 エルゼンバークさん含め計7人ばかりの生存者のグループで、各所を渡り歩き、物資を調達しながらお互い助け合って生きてきました。

 ……しかしブランコ将軍、エルゼンバークさん。そのどちらも身の回りの状況が厳しくなってからは、全てが一変したんです。

 双方とも生存の余裕のまだあった頃は、お互いが人間らしく、思いやりの心が残っていました。

 怪我人、病人、子供。困っていた時はみんながお互い様で、力を合わせて助け合ってきました。

 ……しかしそれらも補給が足らなくなり、武器弾薬、水や食料も尽きるようになってからは、みんながみんな他人を顧みない身勝手な行動を取るようになっていったんです。

 限られた食料のために卑劣な奪い合いが横行し、今まで助け合ってきた者同士で、蹴落とし合うようになったんです。


 最初は大変なお人よしで、自分のことを犠牲にしてでも、他人に奉仕してきたようなそんな人まで、ある日を境に自分本位にしか物事を考えなくなりました。

 前まで自己犠牲の精神を大事にしていた人が、いざ貴重な食料を見つけた時、それを他の誰にも分け与えず、自分1人でその数少ない食料を食べ尽くすようになりました。

 1人が一度そのような行動を取り出したら、続けてまた1人、また1人と伝染し、気付けばグループのみんなの心から、人間らしい精神が失われていったんです。

 ……他人の命と自分の命を天秤に掛けた時、わたしの周りに居たほとんどの人が、我が身惜しさで、どんどん粗暴になって、他人を傷つけることに一切ためらわなくなる。

 そして立場の弱い人間から、次第に蹂躙されていく。

 わたしはそんな極限状態に陥った時の人間の醜さを嫌と言うほど、目の当たりにしてきました。

 ……もう二度と、わたしは人の温かさに触れることはできないと思っていました。

 それからのわたしは誰とも群れることなく、1人で生きていくようになったんです。

 そしてそんなわたしが、あのショッピングモールで1人調達に行ったその時に、……エントランスで館内マップをじっと眺めていたあなたに出会うことができたんです」


 ドロシーちゃんの幻影が自分に対し、滔々とうとうとそれらのことを語ってくれたその横では……。

 セバスティアーノの配下の者から、替えの麻酔の注射を受け取ったキャサリンが、再びそれを自分の静脈に刺してきたのである。

 しかしキャサリンがいくら、自分にその麻酔液を注入しても、結果は先程と何ら変わらなかった。

 麻酔液を注射の針を通して、何度もそれを体内に流し込まれても、自分はちっとも眠ることがなかったのである。


「セバス様! 何度やってもダメです! この者に麻酔が効きません!

 ……それにこの者、さっきから気持ち悪いです!

 やたらと独り言ばかり言ってます! 上うわの空で誰かとずっと喋ってるんですよ!」


 キャサリンはまるで、生まれて初めてゲテモノ料理をお目にかけたかのように、顔が引きつっていた。

 どうやらキャサリンには、ドロシーちゃんの姿は見えていないようで、まるで自分が見えない誰かとずっと話しているように映っているらしい。

 おそらくキャサリンにとって、今の自分は、ただの半狂乱に陥った人のようにしか見えてないのかもしれない。

 もはや口から泡を吹いて倒れるほどの勢いで、狼狽しているキャサリン。

 ドロシーちゃんは、そんなキャサリンのことなど目もくれず、淡々と次のことを語った。


「わたしはあなたに出会うまで、いろんな人を見てきました。

 我が身可愛さのあまり、平気で自身の友人や家族、恋人を切り捨てる人達。

 キメラの襲撃の時も、自分自身が助かりたいがために、家族や恋人を盾代わりにしてきた人達を多く見てきたんです。

 例え自身にとって、その人がどれだけ大切な存在であっても、自身の身に危険が及ぶようになった途端、平気で人を押しのけて、自分だけ生き急ごうとするんです。

 ……わたしはもう、この世の中に純粋な心を持った人はどこにもいないと思っていました。

 でもショッピングモールのエントランスで、館内マップを眺めていたあなただけは、まだ人間らしい心が残っている人だと感じたんです。

 ……わたしはその後、あなたに歩み寄り、話しかけました。

 そうしてしばらくあなたと、ショッピングモールを巡りながら一緒に過ごしているうちに、わたしは心の底からあなたのことを信頼できる人だと確信できたんです。

 まだこの狂った世界にも、人の温もりを持っている人が残っていた。わたしはそのことを知れて、本当に嬉しく思ったんです。


 だからこそわたしは、廃れ切ってしまったこの世界で、あなたともっと暮らしてみたかったんです。

 ショッピングモールを出た後、あなたの家に行って、人並みの暮らしを送ってみたかったんです。

 人が人でなくなってしまったこの世界。わたしにとって、唯一の心の拠り所があなただけだったんです。

 ……あの時、わたしが渡したあの銅のネックレスは、あなたへの信頼の証です。

 そのネックレスを、わたしがいなくなってしまったあの時から肌身離さず、ずっと持ってくれてたことを知った時は本当に嬉しかったです。

 ……最期にこうして、またベルシュタインさんと喋ることができて本当によかった。

 ほんの短い間でしたけど、あなたと一緒にいられて幸せでした。とっても濃厚な時間でした。……本当にありがとう」


 人にここまで感謝されたのは、初めてのことだったのかもしれない。

 今まで自分は人から貶されるだけ、貶され続けた人生を送ってきた。

 そんな自分にとって、ドロシーちゃんのその想いは、とても新鮮で心が洗われるように感じた。


「ええい! もうよいわ、キャサリン! そやつは死を前にして、精神がおかしくなったんじゃろ!

 直ただちにそこを下がれ、キャサリンよ! まもなくそやつの頭にある爆弾を起爆する! ここで始末するぞ!」


「はっ! かしこまりました、セバスティアーノ様!」


 今となってはもうわからないことだが、この時ドロシーちゃんが自分の元に来てくれ、こうして励ましてくれたのは、自分の死の恐怖を紛らわすためだったのかもしれない。

 彼女の姿が最期に走馬灯のように見えたのも、それが理由だったのだろう。

 自分はそんなどこまでも優しいドロシーちゃんのことを、今の今まですっかり忘れ去っていた。

 ドロシーちゃんがあのグレズリーキメラに食い物にされ、喪失感を覚えたその日から……。

 そんな彼女のことをすっかり忘れていた自分を、彼女は許してくれていた。

 本当に感謝したいのはむしろ自分の方だ。自分も両親を失い、人肌がずっと恋しかったのだから……。

 だからこそ、あの時、出会えたのがドロシーちゃんでよかったのだ。

 自分はろくに就職もせず、今までゲームをして好き勝手に生きてきた。

 そんな人から否定されて当たり前な人間を、ドロシーちゃんは見下したり、鼻で笑ったりせず、全てを受け入れてくれたのだ。

 決してぞんざいに扱ったりもせず、屈託のない笑顔で……。


 キャサリンの後ろ姿が見えなくなったその瞬間、自分の頭に内蔵されたチップ爆弾が起爆し、自分ベルシュタインは、御年おんとし25歳でこの世を去った。

 自分の背後にあった大岩も、爆発してからまもなく跡形もなく吹っ飛んだ。

 死ぬ瞬間のことは、今となってはあまり覚えていないが、何の痛みも感じず、コロッと逝ったように思う。

 あのキャサリンに散々打たれた麻酔注射のおかげなのかどうかは、自分にはわからない。

 まあ何はともあれ、自分は決して長生きすることなく、この世を去ってしまったのは事実だ。

 ……だがしかし、短い人生ながらも、そこには自分にとって、一生に匹敵する輝かしきモノがあったと言える。

 コミュニティードヨルドに来る以前以後にも、自分はたくさん苦しい想いをしてきた。

 だがその分、ドロシーちゃんとあのショッピングモールで出会い、グリアムスさんとコミュニティーの豚小屋で出会い、ペトラルカさんとクラック隊長とはあのキャンプで出会い、ミーヤーとはあの路地で唐突に出会い、その後、あの酒場まで強引に連れてこられ、一緒に飲み明かしたりなど、いい思い出もいっぱいある。

 コミュニティードヨルドで過ごしたこれらの日々は、自分の全人生を凌駕するほど濃密な時間だったのだ。

 だから不思議と、後悔は全くなかった。

 この世にキメラ生物が出現せず、至って平凡な世界のままだったら、決して経験することができなかっただろう。

 人生は単純に長ければいいってモノじゃない。いたずらに時間を過ごしても、そこにはやはり何の輝きもないのだ。

 たとえ全うした人生が短すぎたとしても、その時が一生に匹敵するほどの輝きを放っていれば、それでも十分だと思う。

 ……時に天才の一瞬のひらめきは、凡人の一生に勝ると言う。

 自分にとってはその閃きが、このコミュニティードヨルドで過ごした日々と、ドロシーちゃんたちと出会えた時間だったのだ。


 『もはや後悔はない』

 自分の人生は、まさにこの一言に尽きる。

 その瞬間、自分という存在はこの世から消滅したのであった。


 おしまい

ここまで実に1年4ヶ月。ようやく完結に漕ぎ着けることができました。紆余曲折ありながらも、本日をもって無事完走できたこと本当に嬉しく思います。ここまで付き合ってくださった読者の皆さん。この場を借りて御礼申し上げます。


さて、自身初執筆作品ということで、文章の読みにくさ等々たくさんあったと思われます。拙い文章ながらも、それでも最後の最後まで読み進めていただいた読者の皆様には本当に頭が上がりません。改めてお礼申し上げます。


もし今作を目に通してきた中で、何か印象に残ったシーン等々ありましたらコメントの方いただければ幸いです。


次回の長編作品は勇者パーティ追放モノでいきます。他とは少し一風変わった勇者パーティ追放もの。心血注いで作り上げていく所存です。現在、鋭意製作中です。乞うご期待!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ