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後編 その23 「隠れ家にて」 

「ここですか。随分と遠くの方まで来ましたね」


 大広場を抜け、自分たちはやっと指定の場所にたどり着いた。

 ここまでキャサリンさんからもらった地図だけを頼りに、コミュニティー内の人気ひとけのない道を歩き続けてきて、今現在。

 自分たちは例の隠れ家の前に居るのだが……。


「……これ、ドアを開けた瞬間、家が丸ごと崩れるってことはないですよね? グリアムスさん」


 見た目は完全に掘っ立て小屋そのもので、屋根外壁共に漆喰が剥がれ落ちてしまっている。

 ここ数ヶ月と言わず、もう何年も人の出入りがなさそうなくらい、オンボロな家屋だった。

 それだけのオンボロさ故に、自分たちはその家に入るのをとても躊躇していたのである。


 正直、ドアノブに手をかけた途端、ちょっとしたドタバタコントのように、この小屋も勢いよく崩落を起こすのではないかと本気で心配していた。

 キメラ生物が現れる以前の世界だったら、まず間違いなく取り壊されるレベルの家だし、尚更そう思った。

 ……なぜよりによって、待ち合わせ場所がこんな辺境の地なのか。

 コミュニティーの中心地から遠く離れ、人通りも全くないような所をキャサリンさんはわざわざ指定したのだろうか。

 地方都市並みの領地を誇るこのコミュニティードヨルドなら、この家以外にも待ち合わせ場所の候補はいくらでもあったろうに……。

 途中長い下り坂を降りて行った先。月の光があまり届かない窪地のようなところで、ひっそり建っている一軒の家。

 周りからは誰にも見られにくく、日中でもその周囲のあまりの不気味さゆえに、怖がって誰も近づかなさそうないわくつきな場所。

 ……でもだからこそ、ある種これがセバスティアーノ派の監視の目から逃れられる格好の隠れ蓑となっているのかもしれない。


「たぶん大丈夫でしょう。崩落したらその時はその時です」


 グリアムスさんが全く何の保証にもなっていない言葉を吐いてきたところで、自分はドアのノブを捻り、家の中へと入っていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ゴホゴホゴホ! うわっ! ハウスダストだ!!」


 ドアを開け、足を踏み入れた瞬間、部屋中に溜まっていたホコリが紙吹雪のように舞った。

 真っ茶色のベニヤ板の床下には、灰色の火山灰のようなものがびっしり積もっている。

 少し息を吸っただけでも、ホコリの溜まった部屋独特の匂いがたちまち自分の喉や鼻につっかえてきた。

 もはやそれは速攻で喘息を起こすレベルだ。

 早速長らく誰も立ち入っていないであろう家のあちこち回っていると、そのたびに自分たち2人の足跡がくっきりと床下に残る。

 そんな悲惨な状況の中、自分たちはお互い口元を服で隠しながら、どこか座れるところがないか探していた。

 するとその最中のこと。ちょうど窓際の部屋にソファーチェアなるモノを1つ見つけることができた。

 ……しかしそのチェアも他のインテリアと同様、例外なくホコリをたっぷりと被ってしまっている。

 それがちょっとした量のホコリだったのなら、簡単にパッパッと手で払いのければ済む話だが、いかんせんそう思わせないだけのありさまだったのだ。

 自分たちの指先が少しでも、そのチェアに触れた途端、辺りにホコリがバァーっと舞ってしまうことだろう。


「……グリアムスさん。僕はいいんで先、座ってください。お疲れでしょう?」


 ここはあえて、自分より年上のグリアムスさんに、そのホコリまみれの席を譲ってあげようと思った。

 しかし彼から返ってきた返事はと言うと……。


「冗談でもそんなこと言わないでくださいまし。あなたはわたくしを、ホコリまみれにしたいおつもりですか?」


 グリアムスさんにちょっぴしお叱りの言葉を頂いたところで、突然彼はふと何かを考える仕草を見せた。

 するとそれから少しもしないうちに、彼はそのホコリまみれのソファーチェアに近づき、それを手に持ってから、部屋の外に出た。


「……わたくし、外でホコリを払ってきます。それまでベルシュタインさんは家の中で待機していてください。

 少ししたら戻りますから」


 彼は一言そう言い残すと、そのソファーチェアと共に、家のすぐ外に出て行ったのだった。

 ……わざわざソファーチェアに付着したホコリを取ってくれるのは、実にありがたい申し出である。

 だがしかし、それは必然的にグリアムスさんのそのホコリ除去作業が終わるまで、ハウスダストがひどく蔓延するこの家の中で待っていなければならないことでもある。

 ホコリで充満しているこの家に拘束されていること自体、ある意味拷問に近いモノがある。

 ……できることなら自分も、もう1つ、ホコリの被った椅子を探して、合法的に外に出たいものだ。

 そう思い立ってから、自分はもう一度この家の中をくまなく捜索してみた。


「うっ……。ダメだ。椅子がねえ」


 しかし残念なことにいくら探しても、椅子らしきモノは全く見つからなかったのである。


 家のすぐ外では、グリアムスさんのソファーチェアを叩く音が聞こえてくる。

 彼に家の中で待っていろと言われた以上、不用意に外に出ることはできない。

 ホコリ払いという大義名分を作れない以上、自分はカビ臭いこの家の中で、彼の帰りを待つほかなかったのである。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 1DKほどの部屋で、ひとり待たされてからどれほどの時間が経っただろう。

 グリアムスさんが「すぐ戻る」と言ってから、随分長く感じた。

 ソファーチェアにこびりついていたホコリが、案外手ごわかったのかもしれない。

 彼が先程言っていた「少し」の時間感覚も、まさかここまで長引くとは思ってもみなかっただろう。

 今現在、他人の言う”あと10分”が、自分の感覚からしたら”あと1時間”だったのと似たような感じになってしまっている。

 自分は彼がものの数分で戻ってくるとばかり思っていたので、この待機時間が少々退屈に感じてしまった。


 狭苦しい部屋にひとり取り残されているのに加え、退屈を紛らわすようなゲームも漫画もスマホも何もないこの空間。

 一昔前の自分だったら、あまりの退屈さ故に死にたくなっていたに違いない。

 まだ文明的な生活を送れていた頃は、ネットもゲームも自分の部屋に揃っていたし、自分の意志で自由に使えていた。

 その頃は時間を持て余したと感じたことなど、ほとんどなかった。

 しかし人類の存亡がかかった今の時代となっては、自分の自由意思でできることの方が少なくなってしまった。

 ……ろくに就職もせず、ずっと家でぐうたら過ごしていた人間の言うセリフではないかもしれないが。

 

 今自分がいるこのホコリまみれの家は、わずかながら電気がついている。

 だがそれも供給元がほぼほぼソーラーパネルと、自転車を漕ぐことなどによる自転車発電に頼っているという始末で、コミュニティー全体は常に慢性的な電力不足に悩まされている。

 今この時でも度々、この家の電球がついたりつかなかったりしている始末だ。

 ……こうして日々コミュニティードヨルドでは電力不足に悩まされているわけだが、じゃあこの終末の世の中になったからといって、ゲーム自体が1つも残らず処分されてしまったのかと問われれば、実はそうでもない。

 ZONINゾニーンのPlayStationもXboxエックスボックスもジュンテンドウ3DSも、このコミュニティー内に現存しており、実際有能生産者のごく限られた階層の人が今もなお所持しているようだ。

 だが残念ながら、それらは今の時代にとって実質宝の持ち腐れのようなものだった。

 確かにこのコミュニティー内には電気が通っているが、慢性的な電力不足の問題がある以上、表立ってゲームをプレイすることなどできないのだ。

 コミュニティーに住む人なら誰しも、デジタル式のゲームをすることはご法度だと理解している。

 もしそれでも仮に、影に隠れてゲームをしていることがバレでもしたら、大勢の住民から後ろ指を指されかねない事態に陥ることになる。

 そうなったら最後、このコミュニティーに住みづらくなってしまうだろう。

 コミュニティードヨルドに住まわせてもらっている人は、みな例外なく他に行き場のない人達であり、ここでの居場所がなくなること、それすなわち死を指しているのだ。

 だがそんな背景があると分かっていても、実際禁忌に手を染めてしまう人は一定数存在している。

 自分は直接この目で見たわけではないが、ある日コンセントを差してデジタルゲームに興じていた人間が、コミュニティーの治安活動部隊の連中に拘束され、どこかに連れ去られるといった出来事があったらしい。

 そしてその日を境に、その人は消息を絶ってしまったのだ。その後彼がどうなったのかは誰も知らない。


 実際自分がその話を耳にしたとき、とても他人事ではないと思った。

 自分も許されるのであれば、時間を経つのを忘れて永遠にゲームをしていたい口だからだ。

 時間を忘れ、ゲームをし続けることがどれだけ至福なことか……。

 ゲーム好きの人なら、必ずや自分のこの意見に理解を示してくれるだろう。

 自分が最初期にコミュニティードヨルドに居た頃は、まだそのゲームをしたい欲が抑えきれないほど強かった。

 ゲームのコントローラを握る代わりに、自分は穴掘り用のスコップを握らされ続け、自分にとってその時期はとても耐えがたいモノだった。


 ……だがいざ、自分が無能生産者の環境に放り込まれてからというものの、それも1か月か2ヶ月くらいすれば、ゲームをしたい欲もまるで嘘のように消えてしまった。

 こうしてあっさりとゲームの欲が消えたのも、おそらく自分自身がそこまで、ゲーム自体に情熱がなかったからだと思う。

 むしろ今までゲームをしていたのも、それがただの退屈しのぎの手段にしか過ぎなかったのだ。

 別に自分は、本気でサッカーゲームや”ロボット・モンスター”をガチってたわけではなかったのだ。

 ……実際そのことを証明するように、自分が無能生産者の環境に放り込まれ、ゲームをしなくなってからというものの、その後も別に禁断症状に苦しむこともなければ、まるでゾンビのように人の血を求めてフラフラと彷徨さまようこともなかったのである。


 こうしてゲームができなくなってからは、自分は新たに思索にふけるという術を身につけた。

 退屈な時間を紛らわす新たな術として、ゲームの代わりに思索にふけるようになったのだ。

 そうして思索にふけるようになってからは、今までゲームをしていた時では全く気付けなかった周りの些細な変化だったり、日常で起こる様々な出来事に関して敏感に感じ取れるようになった。

 それらのことができるようになったことで、今までの色味のなかった自分の人生に、ほんのわずかだが艶が出てくるようになってきたと思う。

 今までの自分は井の中の蛙で、全く外に目を向けず、ただ自分が傷つかない領域で、ある意味イキリ倒していただけだった。

 『自分自身は強く、有能であると信じて疑わない』

 『今はまだ自分が幅を利かすことのできる環境に巡り合えていないだけ。今は見つからずとも、いつかきっと自分に相応しい場所に巡り合える』

 ……っと、自分はこのようにありもしない幻想にずっと囚われ続けていたのだ。

 どこかしらの会社に最後まで就職できなかったのも、おそらくこれらの幻想に取り憑かれていたが故のことだったのかもしれない。

 ろくに人に揉まれた経験がなかったことが、無敵な感情を持つようになった大きな要因だったといえよう。

 結果的に無能生産者として強制労働をさせられた経験、それすなわち人に揉まれたといった経験が自分にはプラスに作用したのだ。

 

 こういう考え方ができるようになった点も、自分の1つの成長と言っていいのかもしれない。

 これも今までゲームをすることでしか時間を食い潰す術を知らなかった自分の、数少ない成長の1つである。


「……それにしてもはやく戻らないかな、グリアムスさん」


 でもだからといって、このような思索にふけり続けるのも、飽きというか限度と言うものがある。

 心なしか、思っていたことが言葉に出てしまっていた。

 外でソファーチェアを叩く音自体は、つい先程から聞こえなくなっていたのだが、未だにグリアムスさんがこの家に戻ってくる気配はなかった。


「何してんだろ、いったい」


 チェアーに付着していたホコリなんて、とっくに取り終わっている頃合いだろうと思い、自分は真っ先に家の玄関の方に向かった。

 するとその矢先のこと。不意にこの家の玄関のドアをノックする音が聞こえてきた。


「どちらさまですかー?」


 自分は玄関からそう声を上げる。


「……ベルシュタインさんですか? こちらクラーク先生の使いの者です。長らくお待たせしてしまい、申し訳ございません。

 たった今、お迎えに参りました」


 どうやらノックしてきたのは、クラーク派の人らしい。男の声だった。


「はい、そうです。ベルシュタインです。今開けますねー」


 自分はそう答えると、慌てて玄関のドアを開け、クラーク先生の使いを名乗る男の人を中に迎い入れようとした。

 ……しかしふと、ここで1つ気になることが脳裏によぎった。


「あれ? そういえばグリアムスさんは?

 外で椅子のホコリを取っていたはずなのに……。なんでこの人、こんな二度手間なことをするんだろう?」


 そのことに自分は少し不思議に思った。

 今さっきここを訪れたクラーク先生の使いの人は当然、外で椅子のホコリを払っていたグリアムスさんと顔を合わせていたはずだ。

 わざわざ玄関口でドアをノックせずとも、グリアムスさんに一言挨拶すれば、簡単に家の中に入れただろうに。

 確かに二度手間すぎる……。


「……まあいいか。どうぞー」


 自分は一瞬それらのことに関して疑問に思ったが、それからは大して気にも留めず、そのまま玄関のドアを開けた。

 家の中に例の男が入ってくる。


「お邪魔します。……あなたベルシュタインさんですよね? お迎えに参りました」


 口調だけは至極丁寧だったが、その反面、家に入ってきた肝心の彼は全身黒ずくめで、拳銃を構え、さらには覆面を被っていたのだ。

 ……明らかに物騒な格好だった。

 

「えっ? なんで、そんな格好をしてるんですか? ……強盗じゃあるまいし」


 覆面の男は、自分の言葉に一切反応を示さず、依然として物々しい雰囲気を漂わせている。

 いったいどういうことなんだろう。

 同時にグリアムスさんの姿がどこにも見えないのも、かなり不気味だった。

 まるでこの人が、グリアムスさんをどこかに連れ去ってしまったかのような……。

 そんな不安を胸に抱いていると、その黒ずくめの人はポケットから無線機を取り出し、誰かに連絡しだした。

 

「思想犯をもう1名、発見いたしました。これより拘束を開始します」


 その男の一言を聞いて、自分は思わず……。


「ちょ、ちょっと待ってください! 思想犯ってどういう……」


 例の覆面男は自分の言葉に一切反応を示さず、それから間髪入れずに、手に持っていた拳銃を数発ほど撃ってきた。

 状況を整理する間もなく、自分はそのまま地面に倒れた。

 玄関口で倒れた自分を見て、黒ずくめの男はスタンガンを懐から取り出す。

 そして身動きが取れなくなった自分の元にゆっくりと近づいてきた。


「対象に数発命中。麻酔の方も、これから効いてくるかと思われます」


 黒ずくめの男は、無線機を通じて淡々と業務連絡を続ける。


「くっ……。いったい……なんのつもりで……」


 麻酔の効果なのか、自分は地面に突っ伏し、そのまま意識が薄れていった。

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