後編 その21 「さらばグリフォン」
セバスティアーノに入室を促され、またあの大広間の中に入っていった。
開口一番、セバスティアーノに「成果を見せよ」と言われ、自分は研究所から回収してきた制御装置と、湖に落っことし、グリフォンの唾液でヌルヌルになったあの制御装置をポケットから取り出した。
ひとまずこの2つの制御装置をセバスティアーノに献上すべく、自分は奴の元に向かったのだが……
「おい……おい、そこのお主! 一旦、ベトベトしておるその片方の石は、お主がしばらく預かっておれ!
そちらの石だけ、我輩によこすのだ!」
とのことを言われた。
当のセバスティアーノは、得体の知れない液体に覆われている片方の虹色の石に、ひどく嫌悪感を示している。
そのため地下研究所から回収した分の制御装置だけを、奴に手渡すことにしたのである。
片方の制御装置を奴にちゃんと献上してから、自分たちは現状報告を行い、廃工場に至るまでに起こったこと。いざ廃工場にたどり着き、地下の研究所まで行ったプロセス等々をほぼ余すことなく喋った。
その際、グリアムスさんが地下道で出くわした心霊現象についても一切の嘘偽りなく喋ったが、セバスティアーノには鼻で笑われてしまった。
「……報告は以上です」
「うぬ、ご苦労。下がってよいぞ」
制御装置のことと、コミュニティーへ帰還し、上空からガムを噴射したことまでだいたいのことを喋ったが、特にそれらのことで奴の方からお咎めはなかった。
グリフォンの口からガムを噴射し、兵士を足止めしたことは、十分武力行使に当たると思っていたが、特に何の言及もなかったのである。
「「失礼いたします」」
自分とグリアムスさんは頭を下げ、その部屋から出ることとなった。
部屋を出て、応接間の扉を丁重に閉めると、自分はその応接間の真ん前で膝に手をつき、大きな溜息を吐いた。
それからほどなくして、応接間の扉が開き、中からセバスティアーノが何かを思い立ったような表情を浮かべながら出てきた。
「……待ちたまえ、お主たちよ。1つ言い忘れていたことがあったわい。
そういえば我輩の屋敷の外で、お主たちのグリフォンが待っておるのだな? 我輩を奴に会わせたまえ」
面接を終え、リラックスしていると、さっきまでの面接官が突然現れたかのような緊張感が走った。
「は、はいぃ~! その通りでございます!」
突然の奴のお出ましに、思わず声が上ずった。それに支離滅裂な受け答えもしてしまった。
見られてはいけない秘密を見られた時のように冷や汗をかき、しどろもどろになっていると、グリアムスさんが自分の代わりに、奴と応対してくれた。
それから屋敷の廊下で待機していたキャサリンさんと一緒に、計4人で屋敷の外に出ることになったのである。
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「これはどういうわけじゃ? お主たちのグリフォンが見当たらぬではないか。
……どういうわけか説明せよ、フレデリック」
屋敷から出てみると、地面一杯に広がっていたガム溜まりが、跡形もなくなくなっていた。
屋敷のすぐ外ではあの赤い腕章男が待っており、セバスティアーノはその彼に事情を聞いている。
「はい、セバスティアーノ様。
ついさっきまでここに、彼らと行動を供にしていたキメラが居たのですが、辺り一帯に広がったガムを1つ残さず、回収、吸引したのを最後にどこか遠くの方へと飛び去ってしまいました」
「何と、去って行っただと? ……おいそこのお主たちよ。その虹色の石でかのキメラを制御できていたのではないか?
なぜよりによって、今このタイミングで制御できとらんのだ」
「はあ……。自分は確かに、待機と言っておいたんですが。なんででしょう」
今までこんなことは起こった試しがなかった。
虹色の石が光ってから今の今まで一度も、あのグリフォンが命令に背いたことはなかった。
「うぬぬぬ。だがしかしキメラの制御が効かなくなっただけで、何も我がコミュニティーが脅かされる事態になっておらんのは幸いだ。
……実害がないのなら、それでよい。お主たち任務ご苦労であった。あとはゆっくり休みたまえ。
それとまた明日の正午、我が屋敷に尋ねるように。
色々と手続きをしなければならんからな。よろしく頼むぞ」
セバスティアーノはその一言を残し、屋敷の中に引っ込んでしまった。
「……あのフレデリックさん。それってどういうことなんです?
グリフォンが辺りに吐き散らしたガムを回収して、どこかへ飛び去ってしまったって」
自分はフレデリックさんにそう尋ねる。
「そのまんまの意味だ。ガムを回収したら、すぐに南方の赤い橋がかかった湖の方角にキメラは飛び去って行ったんだよ。
……それにさっきまでたんまりあったガム溜まりがよぉ、キメラの足が触れると同時に、見る見るうちにガムが体内に吸い込まれていったんだ。
正直目を疑ったよ。それまで地面に粘ついていたガムが、奴のカラダの一部に触れた途端、吸収されていったんだからな」
「はあ、そうですか。……本当に恐ろしいですね、超有機生命体ってやつは」
今まで制御できていたキメラ生物の制御が効かなくなり、再び人間に牙を向けたとしたら、それはもう一大事だ。
しかし今のところ幸い、そういった事態にはなっていないようだ。
……でもそれにしたって、グリフォンキメラはなんで自分たちのことを置いて、とっとと飛び去ってしまったんだろう。
虹色の石を介して、主従関係を結んだのだから、四六時中あのグリフォンを自分たちの傍に置いておけるモノだと思い込んでいた。
でもどうやらこの虹色の石にも、何かしらの制限みたいなモノが存在しているのかもしれない。
部下に長時間残業させた後は、いくばくかの休みを与えなければならないのと同じように、あのグリフォンにも虹色の石を介して長時間労働させた後は、奴にプライベートな時間をいくらか設けなければならないのかもしれない。
法律をガン無視し、部下からありとあらゆるプライべートな時間を奪い、職場で缶詰にさせるような働き方はキメラ生物とは言えど、させられないのかもしれない。
自分たちはフレデリック曹長と共に、セバスティアーノが中の邸宅に入っていくところまで見届けた。
奴が邸宅内に入っていったのをちゃんと確認した後に、曹長は自分たちの方に振り向き、次のことを言った。
「お前たち。……屋敷の中でさっきキャサリンに、紙きれをもらっただろう? 隠れ家の地図みてえなもん。
それ、コミュニティー大広場を通った方が近道できる。
大広場のステージを通って、道なりを右に曲がれ、そのルートを辿れば、10分少々でつく。
くれぐれも寄り道だけはするなよ」
フレデリック曹長に助言を聞いた後、自分たちはコミュニティーの大広場の方に向かったのであった。