後編 その20 「再謁見」
「あのー、キャサリンさん? さっきからずっと気になってたんですけど、何で猫耳と尻尾なんかつけてるんです?」
猫耳のカチューシャと何とも愛くるしい尻尾をつけたメイド服姿のキャサリンさんにそう尋ねる。
セバス邸の廊下を、キャサリンさんの後を付き従って進んでいく度に、尻尾に取り付けたられたあのさくらんぼサイズの鈴が、シャンシャンと鳴るものだから気になって仕方がなかった。
キャサリンさんは、自分たちに振り向きもせず、前を向いたまま以下のように答えた。
「これはあれよ。セバスティアーノ様の趣味よ」
「趣味? どういった?」
数秒くらい妙な間があいた後に、キャサリンさんは次のように答えた。
「……メイド服の女の子を猫化させる趣味よ。
なんでも彼は昔から、女の子に猫耳と尻尾を付けてみたかったんですって。
猫の姿にされて恥ずかしがるメイド服の女の子を、ニヤニヤと舐め回すように眺めることが。
あの髭ズラ親父め……」
その言葉の端々からは、沸々とした怒りを感じる。
「はあ、それは何とも災難な……」
やはり統領セバスティアーノはあの髭ズラといい、目つきといい、とんでもないド変態であることは確かなようだ。
キャサリンさんみたいに若くて初々しい茶髪の女の子にメイド服を着せて、猫の耳や尻尾を無理矢理つけさせるなんて……。
とんだ悪趣味だ。どこぞやのご主人様プレイというものを、1人で堪能してやがる。
さぞかしフヘヘといやらしい笑みを浮かべながら、至福の時を過ごしていたのだろう。
実にけしからん。
ちなみに自分にはこんな趣味はない。
自分のこの見た目的に、アニメオタクだとかエロゲオタクだとか当時のクラスメイト、並びにカースト上位の人にたびたび揶揄されてはいたが、そんな悪趣味はない。
とんだ風評被害である。
自分はよくて、夜な夜な好きな女の子のメイド服姿を想像するくらいだ。
実際想像するだけであって、それを実行に移すようなことは決してない。
テロリストがテロを企てる、計画しただけで、思想犯罪になるとよく言われるが、それと同じで、メイド服姿の女の子とご主人様プレイを想像するだけで思想犯罪なら、世の中の健全な男子諸君はみなとんだ重罪人になってしまうだろう。
「あのー、キャサリンさん。なんて言うかその……。クラーク先生とはどんな繋がりで?」
自分はそれまでの話題を変えて、恐る恐るクラーク先生のことを訪ねてみる。
「……今はよしなさい。どこの誰が、わたしたちのことを見てるか分からないから。
もしこの会話をわたしたち以外の第三者に聞かれたら、密告されるわよ。
誰が目を光らせているかわからないもの。
あまり目立つような発言は慎みなさい」
キャサリンさんには、このように少し釘を刺された。
メイド服のキャサリンさんは、あまり多くのことは語らなかったが、これでだいたいのことはわかった。
よく歴史の教科書なんかで、ジロンド派とかジャコバン派とか何かで、政治的派閥が分かれていることを習ったことがあるが、セバスティアーノ派がいるなら、それだけクラーク派もいるということなのだろう。
それぞれの主義主張に賛同し、その人の元についていくといった。
キャサリンさんの発言から察するに、コミュニティーのみんながみんな、セバスティアーノのことを盲目的に信じているわけではないのだろう。
コミュニティーはコミュニティーなりに、一枚岩ではないようだ。
目の前のキャサリンさんがクラーク派の人間なのかどうかはまだ定かではないが、少なくともセバスティアーノのことを目の敵にしてる風に見えるし、先のフレデリック・ウォーター曹長も、そう思える。
……グリアムスさんが今手にしている、超有機生命体について書かれた資料も、この人たちクラーク派の人間に託していいのではないかと思えてきた。
そう思って今その資料を手にしているグリアムスさんに、一声をかけようとした矢先。
自分と全く同じことを考えていたのか、自分が行動するよりも先にグリアムスさんがキャサリンさんに対して、次のように声をかけていた。
「これ、クラークさんに渡してください。
ベルシュタインさんが入手した超有機生命体に関する資料です。
まだこれらの事実が真実たる確証がないので、あれですが……。ですが、色々と辻褄が合うこともしばしば。
あなた方に託します。確かめる価値はあるはずです」
グリアムスさんはクリップで留められたその資料を、キャサリンさんに手渡す。
「わかりましたわ。わたしも屋敷の仕事が終わり次第、急いでクラーク先生の元に伺います。
この資料はひとまず別の協力者の方に渡しておきますわ」
彼女は超有機生命体の資料をゴソゴソと服のポケットにしまい込むと、代わりに一切れの紙を手渡してきた。
「セバスティアーノ様との謁見が終わり次第、まずここに向かってください。ここにわたしたちの配下の者が待っています。
この者があなたたちを、秘密の隠れ家に案内するでしょう」
グリアムスさんが彼女に手渡された紙を一通り見たところで、彼も同じくそれを服のポケットにしまった。
「では着きましたよ。2人の健闘を祈ります」
彼女が一言言ってから、コンコンとドアをノックし……
「旦那様。旦那様。キャサリンです。ベルシュタイン様とグリアムス様をお連れいたしました」
「……おう。まさか戻ってきたとはな。入れたまえ」
「かしこまりました。……ではどうぞ」
彼女が両開きの扉の取手を取り、押し開ける。
こうして自分たちは三度、奴セバスティアーノとの謁見に臨むことになったのである。