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後編 その14 「猛吹雪の中で……」

「う~ん、むにゃむにゃ。ってあれ? ……雪が降ってる。なんで!?」


 わたしの寝起きは、いつものあの部屋ではなかった。

 気が付けば、わたしは雪が吹き荒れる極寒の外に居たのだ。


「ええええ!? ここどこなの!? わたしってば、なんで外に居るの!?」


 視界一面、その降りしきる雪で前が全く見えず、ここがどこなのかさっぱりわからない。

 外には死ぬまで一生出ないと決めていたはずなのに、よりによって何でわたしは、こんなところに居るんだろう。

 しかもこんな猛吹雪の真っ只中で……。


「わたしさっきまで部屋の中で寝てたはずなのに。

 何でよりによって、眠ったまま外に放り出されちゃってるわけ?

 それに何、この雪? ……顔に当たって痛いし、前がさっぱり見えないんですけど!」

 

 大雪で方向感覚がまるでわからない中、わたしは辺りをキョロキョロと見渡してみる。

 すると……。


「って、あれれぇぇ!?」


 わたしの今置かれてる状況がはっきりと分かり、驚きのあまり声が出てしまった。


「ちょっと!? わたし、何で寝袋の中に居るの!?

 ……それにロープでくくられて、どこかにズルズルと引きずられてるんですけど!?

 本当に意味がわからないんですけど!? 理解が追いつかないんですけど!?」


 わたしは頭のてっぺんからつま先まで仰向けのまま、すっぽりと登山用の寝袋に包まれていた。

 吹雪で視界がおぼつかない中、わたしはそんな状態で、どこかに向かってゆっくりと運ばされ続けていたのだ。

 今のわたしはまるで雪山で遭難した人のよう。

 寒さのあまり、身動きが取れなくなって、誰かの手を借りている要救助者みたいだ。


「……でも、どうして? ここのところ雪なんて全く降ってなかったのに、もうこんなにも雪が積もってる。

 本当にどこなんだろ、ここって」


 積雪はわたしの目線より高く、まるで奈落の谷底から地上を眺めているような気分だった。

 モーゼの真っ二つに割れた海のように、そびえ立っているこれらの雪の中を、わたしは第三者の手によって運ばれているのだ。

 ……ちょうどロープの先からはザックザックと、その第三者のモノと思われる、ブーツで雪を踏みしめる音が聞こえてきている。


「そういえば、今わたしを引っ張ってるのは誰なの?」


 寝袋から少し上体を起こして、わたしをロープで引っ張っている当人を探ろうとしたその時。

 ようやく寝袋の中に居るわたしを、ロープで引っ張り続ける誰かの後ろ姿が見えてきた。


「ちょっともしもし!? わたしをどこかに連れ去ろうとしているそこの人!

 あなた、名を名乗りなさい!」


 しかしその人の背後のシルエットがおぼろげに見えるだけで、具体的にそれが誰なのか、はっきりとはわからなかった。

 ……だけど、頭の中でふと、わたしにこんな仕打ちをした人に、1人思い当たる人物の顔が浮かび上がってきた。

 部屋から長いこと出なくなってことで、ついにしびれを切らし、外に出るためのリハビリだと称して、無理矢理わたしを部屋から引っ張り出す強硬策に打って出そうな、身近なその人のことを。


「さては、これってクラックの仕業ね!?

 わたしが部屋にずっと引きこもってるからっといって、無理矢理外に引っ張り出したのね!?

 しかもわたしの許可もなく、こんな寝袋の中に入れて……。

 ちょっとクラック!? 聞いてる!? わたしをどこに連れていく気!?

 こんなことしたって意味なんてないからね!

 ……こんな脅しには、わたし絶対屈しないから!

 こんなことされたって、わたしイベントのステージになんかに絶対立たないし、外にも絶対に出ないから!」


 わたしは、目の前の寝袋を引っ張っている人物をクラック本人と決めつけ、遠慮なしに思いつく限りの罵詈雑言を浴びせてみた。


「ちょっと聞いてるの!? クラック!? 早くわたしを家に帰しなさい!」


 しかしわたしがいくら暴言を吐いても、本人からは全く反応がなかった。

 わたしはそれでも懲りず、何度も何度も彼に、ありとあらゆる言葉で罵ってみる。

 この後ろ姿の人間がクラック本人なら、今頃わたしのとげのある言葉で、心がグサグサとやられているはず。

 わたしが事あるごとにちょっと怒っただけで、いつもクラックは主人に懐く子犬のように、わたしに従順になってくれる。

 これだけわたしがぎゃーぎゃー騒いでいれば、わたしを無理やり外に引きずり回したことだって、きっと反省してくれるはず。

 そう思って、わたしは彼に向かってもっと声を張り続けてみた。


「クラックのあんぽんたん! おたんこなすぅ~!」


 だけど今日のクラックはやけにしぶとい。

 わたしが何を言っても、一切振り向いてもくれなかった。


「むぅ~! あくまでもしらを切るつもりね……」


 わたしは寝袋の中で、フグのように思いっきり頬を膨らませる。

 その間にも寝袋の中のわたしはどこかに向かって、どんどん引きずられていく。

 次第に声を出すのが疲れてきた。これ以上声を張り続けると、喉を傷めるかもしれない。

 そう思って、少し身を委ねて休息をとることにした。


「ふう~。……あれ? そういえば、この寝袋の中、何だか暖かい」


 そうして寝袋の中でゆっくりしていたその時。わたしは、この寝袋の中の空間がとても暖かいことに気がついた。

 まるでここだけ暖房の効いた部屋に居るかのよう。

 これだけの猛吹雪が吹き付けているのにも関わらず、足先を含めて全身がポカポカだ。

 なんて暖かいんだろう。外の寒さに比べて、寝袋の中はこれだけ温かい。

 現実ももっとこれだけ暖かくて穏やかになってくれたらいいのに。

 ……わたしは自然と、この寝袋の中にずっとうずくまっていたいと思った。

 何も傷つくことなく、いつまでもここに居られたらどれだけ幸せなんだろう。

 例えこれが夢でもいい。せめて夢の中だけでも、ひとときの幸せを味わいたい。

 この温もりの中で、わたしは残りの人生をずっと過ごしていきたいと感じた。

 一段と強くそう思うようになって、再びわたしその寝袋の中で眠りにつこうとした。

 しかしその次の瞬間……。


「……ダメ! 眠っちゃダメ! 起きて!」


 突然、わたしの安眠をさまたげる声が聞こえてきた。かすかだけど、女の子の声だ。ちょうどロープの先から聞こえてきた。

 あれ? ってことは今、わたしをロープで引っ張ってるのはクラックじゃない? 

 確かに今聞こえてきた女の子の声とクラックの声とは、あまりにも違い過ぎる。

 クラックはもっとダミ声だ。むさ苦しい、いかにも筋肉バカって感じの。

 ……まあそんなことはいいや。別に誰に何と言われようと、ここで眠ったっていいじゃない。だって、中はこれだけ暖かいんだから。

 これがわたしの一番幸せな形。誰にも邪魔されない美しい世界。他にはもう何もいらない。

 このぬくもりがあるだけで、わたしは十分幸せなんだもん。

 だからわたしの邪魔をしないでほしい。ゆっくり寝させてほしい。


「……ペトラルカ! ダメ! 眠ったらダメ! 起きて!」


 外野からひっきりなしに聞こえてくるその声に、わたしは一切耳を貸さなかった。そうして再びわたしは目を閉じようとする。

 しかしわたしのその行動を見越してなのか、例の声の主はまた一段と、騒音のようにやかましく騒ぎ立ててきた。


「ペトラルカ! ダメ! 眠ったらお終いだよ! ……とにかく今は起きるったら、起きる! こら~!」


 ……しつこい。本当にしつこい。わたしにだって寝る権利はある。前にわたしが勤めていた職場はろくに寝させてくれなかったんだから。

 来る日も来る日も、サービス残業にサービス残業。大人になってから、ぐっすり眠れた日なんて一度もない。

 ……だからわたしの安眠を妨害する人がいたら、わたしは絶対に許さない。

 だからと言っては何だけど、ゆっくり寝させて~!


「こら~! 寝るな! 今は、おねむになったらダメなの、ペトラルカ! 起きて~!」


 この子は、どうしてここまでわたしの邪魔をするの!? ……もうダメ。我慢の限界。訴えてやる!

 何度もしつこく、その子に起きろ、起きろと連呼されて、ついにわたしは頭にきてしまった。

 寝袋ごと上体を起こして、わたしはまるでイモムシのように激しく交互にくねくねしながら、思いの丈をその子にぶつけてみることにした。


「もーー!! うるさい! うるさい! うるさ~い! わたしは寝たいから寝るの! 邪魔しないでぇぇぇぇ!」


 わたしは世界の中心で愛を叫ぶように、安眠を妨害するなと必死で訴えてやった。

 これだけ騒いであげたら、その子も引いてくれるだろうと思って、わたしは精一杯カラダを張った。

 ……その時、今までわたしをロープで引っ張ってきた張本人と、やっと目があった。

 それはさらなる一撃をその子に浴びせようと思って、身構えようとした直前のことだった。

 褐色の肌に、おさげのツインテール……。

 わたしをずっとロープで引っ張ってくれたのは、いつもわたしの隣でとびきりの笑顔を見せてくれる、わたしがよく知る彼女その人だった。


「な~んだ。全然元気じゃん。返事も何もなかったから、思わず死んじゃったかと思ったよ。

 元気そうでなにより~。わたし心配してたんだよ?」


 びっしりと防寒着に身を包み、穏やかな視線を向けてくるミーヤーが確かにそこに居た。


「雪山で寝たらお終いなんだよ!? 凍傷になって死んじゃうんだよ!?

 全くもう~。わたしがいないとすぐこれなんだから~」


 何てことない顔で、ミーヤーはわたしに笑顔をふりまいてくれる。

 言葉が詰まる。それまですらすらと出ていた言葉が、急に蓋をしたように出てこなくなってしまった。


「嘘……」


 本当にミーヤーなの? だってあの時、わたしの腕の中で息を引き取ったじゃない。

 血が止まらなくなって、だんだん呼吸が荒くなって、だんだん冷たくなって……。

 わからない。わたしはいったい誰と話してるの? 顔の造形も体つきも、話口調も、雰囲気もそっくりそのままじゃない。

 しかもこの猛吹雪の中で、こんなイモムシみたいなわたしを、ミーヤーが今までずっと運んでくれてたなんて。

 頭が回らない、理解が追い付かない。

 目頭がだんだん熱くなってくる。熱くなって、視界が急激にぼやけてくる。とめどなく頬に涙が伝う。

 もうどこにも行かないでほしい。わたしの元からずっと離れないでほしかった。


「ミーヤーぁぁぁ!! 会いたかった! 会いたかったよおおお!!」


 わたしは目の前の人がミーヤーだと確信できた瞬間、思わず強く抱きしめにいった。

 心よりも先に、カラダが勝手にそうしていた。

 ミーヤーが、ミーヤーが生きてる! 

 この匂い、この雰囲気、絶対にそうだ! 懐かしのミーヤー。わたしの大切な大切なミーヤー。

 まるで子供のように、実の母親と再会できた時と同じくらい、わたしはミーヤーの腕の中で泣きじゃくった。


「ペトラルカ!? ……もう、こんな時に何!? お子ちゃまか! いったい何歳なの!? もういい年したお姉さんでしょ!?

 みっともないし、恥ずかしいからやめて~!」


 ミーヤーはひっつくわたしをポカポカと叩いて、無理矢理剥がそうとする。

 だけどミーヤーにどれだけ叩かれても、わたしは絶対に引き下がらない。

 今、ミーヤーから離れてしまったら、もう一生会えなくなる気がするから。

 ……だからこの手は何があっても離さない。


「ううう……。21歳」


 わたしは涙ぐみながら、さっきのミーヤーの質問に素直に答える。


「うん、そうだね。21歳……。じゃなくて!

 早くわたしから離れろ、ペトラルカ! わたし別にどこにも行ったりしないから!

 ほら! あそこに山小屋が見えるでしょ!? いいから早くあそこに入って、冷えたカラダをあっためるよ!」


 ミーヤーは顔を赤らめ、身を翻しながら、わたしから見て前方を指差した。

 彼女が指差した先には、ポプラ色のした山小屋がひっそりと建っている。

 所々朽ちかけた箇所もあり、どちらかというと寂れた山小屋といった印象が強い。


「う、うん……」


 わたしは観念して、やっとその手を離した。

 背後を振り返ると、寝袋の残骸がすぐそこにあった。

 さっきまで一切感じなかった寒さを急に覚え、腕を組み震えながら、再度ミーヤーが指さす山小屋の方を見てみた。

 ……彼女の指差した先の例の山小屋を、今一度目を凝らしてみると1つわかったことがあった。

 おそらくここはコミュニティードヨルドの中じゃない。

 あのような建物は、コミュニティー内のどこにも存在していない。

 だとすると、ここは完全に壁の外の世界ということになる。

 確か、コミュニティーのすぐそこに大きな鉱山があった。ということは、ここはその山の中のどこかなのかな?

 そう思いながら、例の山小屋を眺めていると、また1つ気付いたことがあった。

 

「あれ? 周りはこれだけ雪が降り積もっているのに、何であの建物だけ全く雪が積もってないの?」


 視界を遮るほどの猛吹雪だったにも関わらず、どういうわけかあの山小屋の屋根の上には一切の雪が積もっていない。

 この小屋の周辺だけではなく、ここに来るまでの道中ずっと、わたしの背丈の半分ほどの雪がドンと降り積もっていた。

 ひょっとしてこの山小屋の屋根にはヒーターが内蔵してあって、屋根の上に積もった雪を自然に溶かしてくれてるのだろうか。

 しかし見たところ、この山小屋にそのような現代的な機能が備わっているとは思えなかった。

 そのような最新鋭な機能が取り付けられている感じが、この山小屋には一切感じられない。

 人の手によって、手入れされている感じも一切しなかった。

 ……これは夢なのかな? だとしても、永遠に覚めないで欲しい。いつまでもこの時間が続いてほしい。唐突に覚めたりしないで欲しい。ずっとわたしをこの空間に居させてほしい。

 もう現実になんて帰らなくていい。だからお願いします、神様。一生のお願い。

 これがわたしの一番の幸せな形なんだから。


「ペトラルカ~? 何、そこでぽけーっと突っ立ってるの? 早く入りなよ。カラダ冷えちゃうよ」


 ミーヤーは小屋の中から、手招きしてくる。

 死んだはずのミーヤーがどうしてわたしの前に突然現れたのか。

 そもそも部屋から一生出ないと決めていたわたしが、なぜ死んだはずのミーヤーに外に連れ出されて、雪山を歩いているのか。色々とわからないことだらけだ。

 でも今は、そんなことは深く考えず、黙ってミーヤーの後についていった方がいいとわたしは思った。

 そうしてわたしは、いつの間にか着ていたゴワゴワした防寒着を、そのフードを深くかぶりながら、ミーヤーの居るその小屋に駆け込んでいったのだった。

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