後編 その12 「瓦礫にまみれし廃工場跡」
「グリアムスさん、見てください。あの惨状を」
グリフォンの背中にまたがり、上空高く飛んでいると、前方から例の廃工場が……いや正確には、かつて廃工場だった何かが見えてきた。
廃工場はビルの爆破解体のようにひどく荒涼としており、その原型を全くとどめてなかった。
瓦礫が堆く積まれ、その様はまるで食い散らかされた魚の残骸のようにも見える。
ところどころむき出しになっている鉄骨に、大小細々とした壁片。
超有機生命体研究所に通じる地下の隠し階段は、それらの壁片ですっかり覆われてしまっていた。
これではどこが地下の入口だったのかがさっぱり分からない。
「……グリアムスさん、今何時ですか?」
瓦礫の山となった廃工場跡を見下ろしながら、グリアムスさんに尋ねてみる。
グリアムスさんは一旦腕元の時計を見てから、次のように答えた。
「たった今、午後の4時を回ったところです。……湖からここに来るまでにかかった時間が、約1時間少々。
タイムリミットが本日の午後6時だということを考えれば、最低でもここは1時間ほどで切り上げなければなりません」
「そんな……。それだと間に合わないじゃないですか! どうします!? グリアムスさん!」
自分たちの置かれた状況は悲惨だ。
瓦礫1つ1つをひっぺがえし、持ち上げるだけでも、膨大な体力と時間がかかる。
さらにはその状態で、この無尽蔵の瓦礫の中に埋もれてしまった地下の階段を見つけ出さなければならない。
……今からたった1時間以内に工場の地下へ潜り、もう1つある制御装置を回収することなど果たしてできるのだろうか。
「どーのこーのもありませんよ、ベルシュタインさん。
わたくしたちは、出来る限りのことをするしかありません。ひとまずわたくしたちの力だけで、どうにかなるサイズの瓦礫を運び出しましょう。
人力だけでは到底持ち上げられないモノに関しては、あのグリフォンに任せるしかありません」
「了解です、グリアムスさん。……グリフォン! そろそろ着陸態勢に入れ!」
グギャギャアー!
自分たちはグリフォンと共に、瓦礫の山と化した廃工場のすぐ近くに降り立った。
あの時トータスキメラが目の前の廃工場を、このようにしっちゃかめっちゃかにしたせいで、自分たちは大きな負担を強いられることとなってしまった。
タイムリミットが1時間しかない状況下で、自分たちの前にそびえ立つ瓦礫の数々。
それらはまるで人の屍だ。もはや絶望以外の何物でもなかった。
……ひしひしと押し寄せてくる絶望の念を押し殺しつつ、自分たちは例の地下階段の場所に、ある程度の目星をつけ、その周辺を重点的に瓦礫の撤去作業に取り掛かかることにしたのである。
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「ううう……。グリアムスさん! 重いです。とっても重たいです!」
小さな瓦礫でも、まるで大岩を運んでいるかのように感じた。
自分たちは軍手も何も付けてない状態で、足元に気を遣い、ひどく神経をすり減らしながら慎重に瓦礫の除去作業を行っている。
2人がかりでやっと運べるサイズのモノはお互い二人一組で、瓦礫の端と端を持ち合って一緒に運んだ。
「ベルシュタインさん! 弱音を吐いている暇があったら、瓦礫をもっと運んでください! もう時間がありません! 急いで!」
作業をする中、グリアムスさんは相変わらず檄を飛ばしてくる。
自分たちが慎重に作業を行っているその横では、あのグリフォンが孤軍奮闘している。
奴は人間の力では到底手に負えないような大きな瓦礫を、屈強な2本の前足で抱えるようにして持ち上げてくれていた。
しかしいくらあのグリフォンと言えども、大量の瓦礫をスムーズに運び出すまではいかないようだ。
自分たちが土のうの袋を持ち上げるのにとても苦労するように、グリフォンも大きな瓦礫を持ち上げるのにとても苦労している。
グリフォンは総体(総合競技大会)のバーベル選手のように、歯を食いしばりつつ、1つ1つの瓦礫を持ち上げては、その都度、砲丸投げのように瓦礫を遠くの方へ投げ捨てていたのである。
何せ建設機械のパワーでもってしても、瓦礫の撤去作業はかなりの時間がかかるのだ。
いくらグリフォンが大型の野生動物並みの体格を持っていたとしても、やはりあれだけの瓦礫をひょいひょい持ち上げるのは厳しい様子だった。
「くそ。終わりが全く見えない。このままだと自分たち……」
自分がこうして弱気になっている間も、グリアムスさんを含めグリフォンは、今も一生懸命作業をこなしてくれている。
彼らの頑張りの反面、自分は何度も何度も作業の手を止めようと考えていた。
いくら瓦礫をどかし続けても、結局時間に間に合わなければ、元も子もない。
もし間に合わなければ、これまで費やして北努力も全て水の泡だ。そして最後に残るのは徒労と虚無感のみ。
厳しい結果になることが最初から見えている時点で、これまでの行いなど、その全てが無駄足になるのではないか?
……そんな言い訳にもならないような言い訳に、自分は逃げ出そうとしていた。
だが自分がこのように何かにつけて、差し迫った現実から目を背けようとも、肝心の現実そのものは自分から決して目を背けてくれない。
端から無理そうだからといって、中途半端に物事を辞めたとしても、自身が無能であるという事実から逃れることはできないのだ。
そうやって自然に自分が勝てる場所、勝てる場所を求めていくうちに、気付けば取り返しのつかないところまで無意識に追い込まれてしまう。
一皮むけて成長しなければならない肝心な時期を、どこかのタイミングで踏ん張らなければならなかった時期を、そうしてみすみす逃してしまうことになるのだ。
少し背伸びをすれば届きそうな目標であっても、立ちはだかる壁を感じたその瞬間から、安息の領域に逃げ込んでしまうのが自分の悪い癖だった。
そしてそれは瓦礫作業をしている今も、その悪癖が出ようとしていた。
自分は確かに彼らよりも、体力も気力までも劣る存在だ。しかしだからといって、それが目の前の作業の手を止めていい理由にはならない。
今の自分は、ただ結果が出なかった時に生じる精神的なストレスから逃げる口実を考えているだけだ。
これまで人生の節目を迎える度に、自分はいつもそうした行動を取ってきた。
それらの繰り返しの結果、今現在の何の積み重ねのない自分が形成されてしまったのだろう。
漠然と今のままでいい。このままの自分でも、いつか転機が向こうの方から勝手にやってくる。自分は人生の主人公だからだ。
そんな他力本願な考えで生きてきて、何か1つでもいいことがあっただろうか?
確かに何も変えず、今の自分のままで居続けることは大変楽だ。だが結局、それはその場しのぎにしかならない。
実際に自分の人生がそれで上手くいった試しがないなら、尚のことだ。
何も持たない人間には、遅かれ早かれ無情な現実が突きつけられる。
何も変えなくていいという考えなんて、即刻捨てなければならない。
だからこそ、せめて今回だけでも、立ちはだかる壁を打開すべく、身を粉にして結果をつかもう。
残された時間内に地下への階段をこじ開け、制御装置を手にし、午後6時までにあのセバスティアーノに例の物を献上すること。
グリアムスさんとグリフォン、そして自分の3人でこの危機を乗り越えるんだ。
現実に打ちのめされそうになっても、踏ん張る。目の前の現実から、決して目をそらさない。
瓦礫を持ち上げる度に埃が舞い、何度も足に瓦礫を落っことしそうになっても踏ん張り続ける。
おそらく自分1人だけだったら、とっとと作業を放棄し、全てを諦めていたに違いない。
グリアムスとグリフォンが、汗水たらして無尽蔵に積み上がる瓦礫を一生懸命に運び出している様を間近で見ていると、不思議とサボろうといった気はかき消えていた。
せめて諦めるなら、グリアムスさんとグリフォンが全ての作業を放棄するその時までだ。
それまで自分は絶対に折れてはいけないのだ。
「くそ! 間に合え……間に合え!」
タイムリミットは午後6時。あと2時間少々でタイムリミットを迎えてしまう。
それまでに何としてでも制御装置を回収し、コミュニティーに帰還すべく、自分たちは一心不乱に瓦礫を撤去し続けたのであった。