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後編 その10 「物語の主人公」

 大広場を抜けると、ようやくコミュニティー唯一の玄関口である正門扉が見えてきた。

 しかしながら肝心の正門扉は固く閉ざされており、また門の周辺には武器を持った衛兵たちが多数うろついている状況だった。

 コミュニティードヨルドから壁外へ出る方法は、この先にある城門扉をくぐる他ない。

 自分たちはひとまず建物の陰に隠れつつ、衛兵たちの動向を逐一観察。壁外へ出る機会を伺うことにしたのである。


「グリアムスさん、このままだとマズいですよ。いつまであの門が開くタイミングを待ってるつもりですか?

 これ以上、ここで待っていても埒があきません。あっという間に、日も暮れてしまいますよ」


「むむむむ……。確かにその気持ちは分かります。わたくしもできることなら、そうしたいものですがね」


「であるならば、なおさらここはイチかバチか。

 こんなところでいつまでも待っているよりも、噂の壁外に通じる隠し通路を探しに行った方がいいのではないでしょうか?」


 過去にコミュニティーのどこかに、壁外に通じる隠し通路が存在するという噂を、自分は何度か耳にしたことがあった。

 しかしながら無能生産者で、行動の自由がほとんど許されていなかった自分たちにとって、それが現実のものかどうか知る由もなかったのである。


「しかしですね、ベルシュタインさん。今からそんな噂程度の不確かな物を探すためだけに、行動を起こすのは大変リスクがあります。

 もし万が一、あなたの言う噂の隠し通路を捜しに行ったところで、実際にその隠し通路が見つからなかった場合は、どうするんです?

 ただでさえ時間は限られているんですよ? 何の心当たりもない状態で、隠し通路を探しに行くのは大変危険です。

 たかが噂話にしか過ぎないものに、わたくしはそこまで命をかけたくはありません。

 ……ここで辛抱強く、あの門が開くタイミングを待つ方が、今は賢明だと思います。

 機会を伺いましょう、ベルシュタインさん。焦る気持ちは分かりますが、どうか冷静に」


 グリアムスさんはそう言って、自分の提案をことごとく突っぱねてしまったのである。


 タイムリミットは今日の日没、午後6時まで。

 ……グリアムスさんの腕時計の針は、すでに午後12時46分を指している。

 ここから何としても壁外に出て、グリフォンの棲む湖にまで行き、早いとこあの廃工場に向かわなければならない。

 だが自分たちには今、この壁外脱出といった大きな壁が立ちはだかってしまっている。

 仮に無能生産者の自分たちが、門の周辺に居るあの衛兵たちと直接交渉しに行ったところで、彼らは聞く耳を持ってくれないだろう。

 ……あの衛兵たちを出し抜くための十分な金品や賄賂を、自分たちは持ち合わせていないからだ。

 こういう時に砂糖や菓子などの甘い食べ物を、壁外への通行料代わりに差し出せていたら、状況はかなり違ったものになっていただろう。

 甘い食べ物や金品の力に頼ることができない自分たちにとって、もはやあの正門扉を越えるには、強行突破以外に手段がないのである。


 かといって、グリアムスさんの提案したこの張り込み作戦も、結局は外からの調達班の帰りを待つだけといったあまりにも他力本願のものだった。

 故にこの場で張り込みを始めてから早々、自分はまずグリアムスさんに対して、あのそびえ立つ高い壁をイチかバチか、伝って登ってみてはどうかと提案していたのだ。

 しかしその時の彼からの返答はと言うと……。


『それこそ無謀と言うものですよ、ベルシュタインさん。

 つまりそれはあの高い壁をロッククライミングしながら、壁外に出ようということですよね?

 あなたの言うそれを行うためには、何よりわたくしたちにはロッククライムする技術や、各種命綱、ワイヤー、アンカーや滑り止めといった道具を、事前に用意しておかなければなりません。

 ……いや、それ以前にですね、ベルシュタインさん。わたくしたち、揃いに揃って高所恐怖症じゃないですか。

 そのことをお忘れで?』


『ああ……、確かに。言われてみればそうでしたね』


『わたくしたちがある日、無能生産者の仕事で屋根の上の雪下ろし掃除をさせられていた時。

 わたくしたちは、たかが2、3階程度の高さですら、まともに作業をこなせませんでした。

 有能生産者の棲む家の屋根に登った途端、わたくしたちは揃いも揃って急に足が震えだし、そもそも雪下ろし作業どころじゃありませんでした。

 周りの無能生産者が次々と雪下ろし作業を終えていく中、結局わたくしたちのペアだけが最後まで何もできなかったんですから。

 ……そんなわたくしたちが、あのちょっとしたビルほどの高さがあるコミュニティーの壁を登って行けるとでも?

 何らクライミングの経験も知識もなければ、度胸も持ち合わせていないわたくしたちが……。

 少し冷静になって、考えてみなさいな』


『ううう……。すいません、グリアムスさん。

 あと仮に、自分たちがあの高い壁をロッククライミングできたとしても、こんな真昼間の中を堂々と登ってる時点で、周りの衛兵たちにすぐ見つかっちゃいますもんね。

 軽率でした。すいません』


 っと、そんなこんなで自分たちは、外で物資調達に出かけている調達組の帰りを待つ他なかったのである。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 クラーク先生が診察室に置いていった腕時計を見ると、すでに午後1時を回っていた。

 できれば午後1時を迎える前に、壁外には出ておきたかった。

 グリフォンが棲むあの湖まで、最低でもここからだと歩いて1時間ほどかかる。

 またあの湖から例の廃工場まで、車でもかなりの距離があったはずだ。

 タイムリミットが今日の午後6時までという事実をみても、自分たちの時間的猶予は一切ない。

 故に物陰にずっと隠れながら、ただ衛兵たちの動向を見守り続けるその行為が何とももどかしかった。

 このまま彼らの動きを見ているだけで、日が暮れてしまうのではないかと思うと、気が気でなかったのである。


「グリアムスさん! もうこれ以上待てませんよ! やっぱり別の方法を考えた方が……」


 自分は居ても立っても居られず、再び彼に方針の転換を提案したところ……。


「……いや、ベルシュタインさん。どうやらその必要もなさそうです。聞こえますか?

 車のエンジン音です。

 ようやく壁外から誰か帰ってきてみたいですよ」


 グリアムスさんは突然耳に手を当てながら、そのようなことを言い出した。

 自分も彼に倣って、慌てて耳を澄ませてみる。

 するとグリアムスさんの言う通り、壁外の遠くの方からほんのかすかだが、車のエンジン音が聞こえてきたのだった。


「本当だ。……やっと来た」


「では覚悟はいいですか、ベルシュタインさん。

 チャンスはこの1回限りしかありません。

 例え衛兵たちに制止を求められても、わたくしたちはなりふり構わず、壁外まで突っ走っていく他ありません。

 衛兵の彼らに背後から銃撃されたとしても、そこは執念で駆け抜けましょう」


「うっ、わかりましたグリアムスさん。……覚悟を決めます」


 そうしてグリアムスさんと最終確認を済ましたところで、自分たちは門が開くタイミングを待ち続けた。

 内部の衛兵たちは慌ただしく、門のすぐ外側で待機している調達班の人らを迎える準備をしている。

 ……おそらく自分たちがこの城門扉を突破できる確率は、1%にも満たないだろう。

 このまま正面突破を試みたとしても、衛兵の彼らには確実に見つかってしまう。

 彼らに取っ捕らえられ、連れ戻されるか。それとも追跡された挙句、背後から銃撃され、そのまま爆死していくかだ。

 これはもはや自分たちにとって、生死をかけた戦い。物語の主人公的な強運を発揮できるかどうかの瀬戸際の戦いなのである。

 自分たちを中心とした物語がここで唐突に終わるかもしれないし、もしくはこのまま続いていくかもしれない。

 まさにLive or Dieだ。

 ……小さい時から無類のアニメオタクだったこともあり、この期に及んで変な妄想に囚われてしまっているが、そうでもしないと自分の精神をとてもじゃないが保てない。

 中二病的な自己暗示をかけて、自分は運を味方につけるしかないのである。


「自分はこの物語の主人公だ! ヒーローの加護があるはず! ……そうだ。絶対そうに決まってる!」


「……あの~、ベルシュタインさん? あなたはいったい何を言っておられるのです?

 もしかしてふざけてます? こんな大事な局面の時に」


「いいえ。決してふざけてるわけじゃありませんよ、グリアムスさん。

 こうして自分を無理に奮い立たせないと、怖気づいてしまうので」


「……そうですか。まあともあれ、もうすぐ門が開きます。物語の主人公だか何だか言ってないで、そろそろ支度してくださいな」


 グリアムスさんがそう言ってからまもなく、コミュニティーの城門扉がゆっくりと轟音を立てながら開いた。

 正門扉を警護する衛兵が手招きすると、中に数台のSUVが入ってくる。

 車のことはあまり詳しくはないが、少なくともミドルかクロスオーバーレベルのサイズはありそうだ。

 その数台のSUVは、ペレスやガルシア達のトラックと同様、砂埃が車体全体にこれでもかと言うほど付着していた。

 あとそのどちらの車にも、その側面部にびっちりと人の返り血がこびりついている。

 おそらくどこかでキメラ生物の襲撃にあったのかもしれない。

 それから車がコミュニティーの敷地に入り、その場で一旦停車すると、衛兵たちが一斉に車の方に集まり出した。

 彼らは何やらワーワーと騒ぎ始め、彼らの注意が全て側面についた返り血の方に向きだした。


「今です、ベルシュタインさん。あそこに居る皆さんが、あれに注意を取られている間に、一気に抜け出してしまいましょう」


 衛兵たちの注意が全てその一点に向かっているのを見計らい、グリアムスさんが一気に門に向かって駆け出していく。

 自分もそんな彼に続いた。

 あんぐりと開けられたままの城門を目指す2人の影。それらの気配に衛兵たちが気付かぬはずもなく……。


「……っん? おい、お前ら! 待て!!」


 案の定、衛兵のうちの1人が、自分たちが門へひとっ走りしていくのを見て、声を荒げてきた。


「ひっ!」


「ベルシュタインさん! 振り返ってはいけません! さあ早く!」


 衛兵たちに声をあげられたことで、一瞬足が止まりそうになった。

 しかしグリアムスさんのその一言のおかげで、自分は思いとどまることができた。

 そして自分たちは勢いそのまま、何ら外傷を負うことなく、無事に城門をくぐり抜けられたのだった。


 それから「おい!」といった声が、背後からちらほら聞こえてきたものの、結局はそれだけにとどまった。

 一切の銃撃もなく、かと言って誰一人として自分たちを追跡してくるようなこともなく、全くの無傷で自分たちは壁外脱出に成功したのである。

 ……刑務所の刑務官のように、脱獄犯に向かって発砲してくるようなこともなく。

 これを物語の主人公的強運と呼んでいいのかどうかは、疑問に残るが、ともあれ壁外に出ることには成功した。


「グリアムスさん。あの衛兵たちは何で自分たちのことを追いかけ回そうとしなかったんですかね?」


 壁外に出てから自分は、並走するグリアムスさんにそう話しかけた。


「……わかりません。しかし結果はどうであれ、わたくしたちは無事に外に出られました。

 まあ彼らの警備がガバガバ過ぎたのが幸いした結果ですが。

 もしかすると、これもさっきベルシュタインさんが言った、主人公的強運の賜物なのかもしれません。

 ラッキーでしたね、わたくしたち」


「はははは……。ひょ、ひょっとしたらそうかもしれませんね」


 自分は渇いた笑いを浮かべるしかなかった。


 蓋を開けてみれば、自分たちは難なくコミュニティーの外に出ることが出来た。

 なぜ警備の者が一切追ってくることも、背後から銃撃することもなかったのかはわからない。

 どちらかと言えば、自分たちは突破できたというより、むしろ衛兵の彼らに見逃された感じがしてならない。

 コミュニティーからの脱走者は、端から全員見て見ぬ振りをするのが、さも暗黙の了解だったかのような。

 ……コミュニティーから去る者は追わずといったところか。

 どの道、このコミュニティーを出たところで、外には多くのキメラ生物が待ち受けている。

 コミュニティーの内部のしきたりに耐えられず、コミュニティーから脱走した者にとって、それは飛んで火にいる夏の虫のようなものだ。


 前にグリアムスさんが無能生産者たちにストライキを呼びかけた際、ヘンドリック・カイザー下僕現場監督はこのように脅しをかけていた。

『ストライキをしてもいいが、その代わりお前たちをコミュニティーの外に放り出してやるぞ!』

 あの時の自分たちに、端から選択肢はなかったのかもしれない。

 立場が弱き者が抵抗しても、力ある者に簡単にねじ伏せられるし、そもそもが無駄な抵抗だったのだろう。


「ベルシュタインさん、ちょっと! ペースを上げ過ぎです! もう少し落としてください!」


 グリアムスさんに背後からそう呼びかけられるものの、彼の忠告を自分は右から左に聞き流す。

 遅れをとっているグリアムスさんを遥か後方に置いてけぼりにして、自分はそのままあの湖を目指し、全力で走り続けたのだった。

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