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後編 その8 「クラーク先生の自白」

「わ、わしはただセバス殿に脅されて、脳内にチップ爆弾を入れる手術を行っていただけなんじゃ……。

 君たちにこのようなことをして、本当にすまないと思っている」


 自分たちのベッド横に立ち、拘束ベルトを一つ一つ外しながら、クラーク先生はそのような弁解を始めた。

 先生のその口調には、頭に爆弾を入れた張本人らしからぬ雰囲気が漂っている。

 どちらかと言えば、クラーク先生自身が最大の被害者であるかのような印象を受けた。


 ようやく全身のベルトを外され、解放された自分とグリアムスさん。

 改めてクラーク先生の脳内チップ爆弾に関する話を聞くべく、自分たちは再び診察室の椅子に座わった。

 クラーク先生は自分たちの顔をそれぞれじっくり見た後、彼は目線を診察室の机に移した。

 それからクラーク先生は、自分たちとは一切目線を合わせず、ややうつむき加減のまま、次のことを語ってくれた。


「まず初めにこれだけは言っておく。君たちに施した今回の脳内チップ爆弾の手術は、決してわしの意志でやったわけではない。

 セバス殿に言われて仕方なくやっただけなんじゃ。それだけは信じてほしい。

 ……誰が、誰があんな狂気じみた人体実験などやりたがるものか!」


 クラーク先生はそう言った後、目の前にある長机を握りこぶしで思いっきり叩きつけた。

 診察室には、しばらくその残響がこだました。

 それからお互いずっと沈黙が続いていたが、ある程度の時間が経った後、クラーク先生はまた以下のように言葉を紡ぎだしたのである。


「今、君たちの頭の中にある爆弾は、このコミュニティーから南西200キロの地点に存在する軍需倉庫から発見されたモノを研究、改良したものだ。

 ……つい半年ほど前のことだ。ある調達班が壁外から大量の武器弾薬を持ち帰ってきたんじゃ。

 その時、手りゅう弾、ロケットランチャー、ライフルなどの武器。また武器製造に必要な原材料の入手にも成功した。

 チップ爆弾は彼らによって調達された中の1つだ。

 添付されていた製造マニュアルによると、そのチップ爆弾の用途としては、拘束したテロリストや敵国の捕虜に対して、拷問、自白させる時に使うとのことだ。

 調達班の彼らの見解では、そのチップ爆弾のことを国が秘密裏に製造していた特殊兵器だと見ている。

 まあ、それはいいとして……。とにかくセバス殿はそれに目を付けたんじゃ」


「……そこに目を付けた? どういうことですか、クラーク先生」


「セバス殿はこのチップ爆弾を使って、全コミュニティーの民を奴隷のように支配できるのではないかと踏んだのだ。

 彼は今の段階では、このチップ爆弾をペナルティーとしての運用のみでとどめておるが、ゆくゆくは彼の意向にそぐわぬ者や、また彼が個人的に気に入らない者に対しても使用していくつもりじゃ。

 彼が最も恐れているのは、統領の座から引きずり降ろされること。

 ……チップ爆弾を利用して、彼は自身の地位を守るため、彼の反抗勢力を徹底的に押さえ込むつもりなんじゃ」


「えっ? えっ? ええええ!? そ、それってつまり弾圧ってことですか!?

 コミュニティーの住人1人1人に、チップ爆弾を頭に取り付けて、無理矢理服従させるっていう。

 そんなまさか……。今時ありえないですよ、弾圧だなんて。そんなの一昔前の出来事ですよね!?」


「うぬぬぬ……。だが現に、弾圧はこのコミュニティー内で起こっておる。

 セバス殿はどこまでも欲深い男だ。

 セバス殿は実際、現在の側近を含め、虎視眈々と自身の統領の地位を狙っている者を極力排除したいと考えておるんじゃ。

 それゆえセバス殿はチップ爆弾を、ゆくゆくはあらゆるコミュニティー民に取り付け、彼らを決して歯向かうことのない、自身に従順な駒に変えたいと思っておるんじゃよ。

 そして奴の制御下に入らぬ者は、躊躇なく手元の起爆スイッチで爆殺させる。

 もはや奴は前時代的な独裁者そのものじゃよ。

 奴が統領としての地位に居座り続けるためには、いかなる手段も選ばない。

 ……統領としての地位を手にしてからというものの、セバス殿はすっかりそんな男になってしまったんじゃよ」


「そ……そうなんですね」


「すでにコミュニティー創設時のメンバーで、奴の側近だったカロリンという女も、人間爆弾の標的にされてしまった。

 仕事上での失態を指摘され、その時もわしが君たちに今、したようにチップ爆弾を入れた。

 ……奴の恐るべき計画は着実に進んでおる。

 これらの動きが加速したのも、先月この一帯に大型の台風が襲来してからのことだ。

 その時から奴は、有事の際のコミュニティーの秩序の乱れを極端に恐れ出したんじゃ。

『もしかしたら今後我輩を出し抜き、統領の座を奪おうと画策する者が現れるやもしれん。

 そうなる前に、一刻も早く対処しなければ……』

 奴はわしのことを数少ない良き理解者だと思っておる。

 これは直接奴の口から聞いたことだ。

 ……これ以上、奴のこの計画が進んでしまったら、わしらコミュニティーの民は一生、奴の奴隷に成り下がってしまうだろう。

 決してコミュニティーから出ることも許されず、あらゆる自由も奴から奪われかねない。

 そして奴の機嫌を損なったり、奴の命令に背けば、待っているのは爆殺刑……。

 このままだと、生涯わしらはコミュニティードヨルドないし、奴の奴隷となってしまう。

 そうなる前に、奴を止める必要がある。一刻も早く、奴の暴政を止めねばならない」


「た、確かに。そうなる前に手を打った方がいいかもしれませんね。

 でもあのセバスティアーノがそこまで暴走してるんだったら、誰かが力ずくでも止めさせたらいいと思うんですが……」


「ところがそう一筋縄では行かんのだよ。……特に奴はこのコミュニティーを築き上げ、人々に楽園をもらたした宗主たる人間だ。

 それゆえ奴に対する忠誠心、奴の権威はこのコミュニティー内では凄まじい。

 簡単に奴を引きずり降ろすことは不可能だ。

 だが、君たちのようなキメラを操る力を持った英雄がいれば、話は別じゃ。

 ……今、ここにセバス殿から渡された虹の石がある。

 あやつの絶対王政を崩壊させるためには、もはや君たちのキメラの力なくしては不可能だ。

 そこでどうか頼みがある。

 ……セバス殿の暴政を止めるために、このわしと協力してくれぬか? 君たちにこのようなことをしたのは、本当に謝る。

 だが、わしだってもうこれ以上、手術と称した人体実験など繰り返したくないんじゃ。

 今まで奴から被験体と称した様々な生きたままの人間に、技術班が製造した小型の爆弾を次々と頭の中に入れさされてきた。

 ……その被験体のほとんどはろくに手術に耐えられぬ、わしのような同年代の者たちじゃった。

 全身麻酔にカラダが堪え切れず、次々と息を引き取ってしまった。

 もうここまで来れば、わしが直接彼らに手を下したのと同じじゃ。

 だからどうかこのわしと協力してくれ。そしてわしを助けてくれ。どうか奴の暴政を一緒に食い止めてほしい」


 クラーク先生はこの場での明言は避けたが、おそらく自分たちにあの統領セバスティアーノを、キメラを行使して、手を下してほしいと暗に願っているに違いない。

 あるいは自分たちが使役するキメラを出汁にセバスティアーノを脅し、屈服させて欲しいということなのだろう。

 だが自分としてはいかなる場合でも、あのグリフォンを行使したくはなかった。ましてやこういったある種の権力争いが絡んでいるなら尚更のこと。

 昔、学校の社会科の授業で、核の抑止力か何かを習った時があった。

 核兵器を持てば、それが抑止力となり、敵国も迂闊に自国に手出しできなくなるといった内容だ。

 ……だが自分はその時、力を力でねじ伏せた先に、本当の意味での平和的解決があるとはとても思えなかったのである。

 少しでも各国間の軍事的均衡が崩れてしまえば、たちまちに平和は崩れてしまうからだ。

 そんなものは、一時的な措置にすぎないのだ。根本的な解決には成り得ない。

 でも今、自分がクラーク先生に対して、そのような道徳めいたことを垂れても、理解を示してくれないだろう。

 そもそも何より自分たちは今、一刻の猶予も許されていない状況だ。

 ……今はここで結論を出すような場面ではない。


「わかりました、クラーク先生。……ですが、ひとまずその話は一旦保留にさせてください。

 自分たち今それどころじゃないんですよ。

 今日の夕方6時までに、虹色の石を取りに行かなければ、頭の中の爆弾が爆発しちゃうんですよ」


「ああ、そのことか。そのことなら、ひとまず心配は無用じゃ。さっきはセバス殿が居た手前、君たちにはずっと言い出せずにいたんじゃが……。

 実はのお、君たちのチップ爆弾の信管はすでに外してあるんじゃよ」


「えっ? 爆弾の信管を外してる? ……爆弾の信管を外してるって、つまりどういう?」


「要するに、ちょっとやそっとのことで君たちの爆弾が爆発することはないということじゃ。

 実はな、君たちの爆弾を製造した人物の中に、わしの協力者が居てだな、その者に事前に信管を抜いておくよう言っておいたんじゃ。

 ……それにセバス殿はつい先程、午後6時ちょうどに、君たちの爆弾は自動的に爆発すると言っておったと思う。が、実際別にそのような心配は皆無じゃ。

 信管を含め、爆弾の時限発火装置も前もって外してもらった。あとそれ以外にも、第三者による遠隔操作で、君たちの爆弾が勝手に爆発することもない。

 技術班の彼らが全て、一晩でやってくれたよ。

 ……これがわしなりの、せめてもの罪滅ぼしのつもりじゃ。君たちには絶対に死んでほしくないからのお。

 だが信管が外されてるからといって、まだ安心はしないでくれ。

 信管を抜いたからと言って、それはセバス殿が遠隔操作で爆発させることが出来ないだけで、爆弾そのものが起爆機能を失ったわけではない。

 当然誤爆する可能性だって大いにある。信管を抜いたからと言っても、あくまで爆発するリスクが減っただけに過ぎない。

 頭に何かしらの大きな衝撃を与えると、誤って爆発する危険は少なからずある。その辺、くれぐれも気を付けてくれ」


「は……はあ。一応理解しました」


「うむ。あと最後に、君たちが無事制御装置を入手し、セバス殿に献上し終わった暁には、わしが指定したこの場所にまで来てもらいたい。

 ……そこで、わしが君たちに埋め込んだチップ爆弾を取り外させてもらう」


 クラーク先生はそう言うと、自分たちにコミュニティーのマップメモを渡してきた。

 ドヨルド2番通り8-245。表札はタルクバッカー。どうやらこの住所に、クラーク先生の隠れ家があるようだ。


「くれぐれもこのことは内密にな。これはわしと君たちだけの秘密じゃ。他言は無用で頼む。

 セバス殿は一度チップ爆弾を取り付けた者に対して、最後まで外すような真似はしない。例えどんなことがあろうと、君たちが死ぬまで一生外すことはないと思ってくれ。

 ……だから、どうか無事に戻ってきて欲しい。

 出来る限り、セバス殿にはこのことを怪しまれぬよう、彼の指定したタイムリミットの午後6時までにはコミュニティーには戻り、虹色の石をちゃんと手渡してもらいたい。

 そして事が終わり次第、わしが指定した建物まで来てほしい。念のため、夜11時頃までには中に居てくれ。

 あと道中、誰にも姿を見られぬよう慎重にな。……君たちの健闘を祈る」


 クラーク先生はそう言ったのを最後に、席を立ち、診察室から出て行ってしまった。

 自分たち2人だけがその場に取り残され、診察室には再び静寂が訪れる。


「グリアムスさん。……どうします?」


 少し考え込む仕草を見せたところで、グリアムスさんは自分の問いに対し、次のように答えた。


「……これはわたくしの直感に過ぎませんが、おそらくクラークさんは嘘を言ってないと思います。

 彼の目を見れば一目瞭然です。

 わたくしたちに埋め込まれた爆弾の信管の話も、時限発火装置の話も、遠隔操作の話も全て本当のことだと思います」


「そ、そうですか。……でも、グリアムスさん。もし万が一ですよ? 万が一、クラーク先生の言ってることが全て嘘だったらどうするんですか?

 そうなったらもう取り返しのつかない事態になります。過信するのはよくないと思うんですが……」


「その時はその時ですよ、ベルシュタインさん。もし仮にそうだった場合は、わたくしたちはお終いです。

 そうなった時は、潔く全てを諦めましょう。

 どのみちわたくしたちが助かるためには、クラークさんの力を借りる他ありませんから……。

 ひとまずわたくしたちはあの廃工場に行って、制御装置をセバスティアーノに渡した後、彼の元を尋ねるしかありません」


「わかりました。……となれば先を急ぎましょう、グリアムスさん」

 

 これでひとまずの方針は決まった。

 自分たちは工場の地下にある超有機生命体研究所に行き、そこで虹色の石を回収した後、クラーク先生の言う秘密の隠れ家に足を運ぶことにした。

 クラーク先生の言ったことが、仮に真実だとしたら、自分たちに取り付けられている脳内の爆弾は、午後6時を迎えても爆発はしないとのことだ。

 しかし信管が外されていると言っても、爆発の危険性はまだ残っており、実質自分たちは不発弾を抱えているようなものだった。

 ……これらの状況も踏まえ、できることなら、午後6時と言わずに、もっと早い時間帯でコミュニティーに帰還し、先方に余裕をもった状態で、制御装置を献上する方が望ましい。

 

「了解です、ベルシュタインさん」


 グリアムスさんは軽くうなずく。

 先程クラーク先生が診察室の机に置いていった腕時計を、グリアムスさんが手に取った後、自分たちは地下の診察室を出たのであった。

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