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後編 その6 「ペナルティー執行」

「セバス殿。この方たちが例の……」


 白衣をまとった、白髪交じりのじいさんが、隣の席に座っているセバスティアーノにそう言った。


「その通りじゃ、クラークよ。

 この者たちが、例のキメラを意のままに操っておったんじゃ。……我輩が今、手にしているこの石でな」


 セバスティアーノはこれ見よがしに、自分たちから強奪したあの虹色の石をポケットから取り出す。


「ほう、これが例のキメラを操りし石か……」


 そう言うと白髪のじいさんは、その取り出された虹色の石を食い入るように見つめた。

 ……この顔中、浅黒いシミだらけの老人。

 今になってやっと気が付いたのだが、自分はこの人に見覚えがあった。

 この人は確か、自分が初めてコミュニティードヨルドに来た時、つきっきりで看病してくれた医師である。

 極度の栄養失調に陥り、死の淵を彷徨さまよった当時の自分を救ってくれた、まさに命の恩人その人だったのだ。

 ペトラルカさんとミーヤーが常々口にしていたクラーク先生とは、この老人のことだったんだと今更ながら気付けた。

 ようやくそのことに確信が持てた時、自分はクラーク先生に対し、まず挨拶がてら以下の事を言った。


「先生、お久しぶりです。あの時は本当にありがとうございました」


 今こうして生きてられるのも、まぎれもない彼の治療のおかげだ。

 自分はその時の感謝をまだ彼に伝えていなかった。

 その時の感謝をちゃんと彼に伝える前に、自分は豚小屋送りとなってしまったからだ。

 それから自分は強制労働生活に追われ続け、気持ち的にもずっと悶々としていたが、ここでようやく彼に直接、感謝の念を伝えることができたのである。

 伝えたかったことがやっと言えて、内心とてもホッとしていたが、しかしそんな自分の気持ちとは裏腹に、クラーク先生の反応は期待していたものとは程遠かったのである。


「はて? 一度どこかで、あなたとお会いしましたかな?」


 知り合いだと思って街中で声をかけたら、人違いでしたと言わんばかりのテンションで、クラーク先生にはそう言い返されてしまった。


「え? 自分が初めてこのコミュニティードヨルドに連れてこられた時、かなり衰弱した状態だったんですが、それを助けてくれたのはまぎれもないあなたなんですよ。

 ……あの時は本当にありがとうございました」


「はて? 昔そのような方が居たような、居なかったような……。すまんのお、全く覚えておらんわい」


 クラーク先生ははっきりした口調でそう述べていた。


「はあ、そうですか……」


 まさかの彼からの覚えられていない宣言に、自分は思わず膝から崩れ落ちるような感覚に見舞われた。

 彼の記憶の片隅にすら残らなかった事実に心をえぐられ、まだ若干立ち直れずにいると、突然横からセバスティアーノが自分のその心に対して、土足で踏み込むかのような発言をしてきたのだった。


「クラークがお主のことなど覚えているはずがなかろう! お主のような者など、我がコミュニティーに腐るほどいるのだぞ!? 

 ……そもそも無能生産者のお主ごときが、馴れ馴れしくクラークに口をきくでない!

 クラークは我がコミュニティードヨルドの宝なのじゃぞ? 身の程をわきまえよ!!」


 自分はただクラーク先生に感謝の意を述べただけなのに、弱り目に祟り目といったところか、セバスティアーノにはさらなる精神的攻撃を喰らわされてしまった。

 まさに踏んだり蹴ったりである。


「わしは全く気にしておらんよ、セバス殿。無理にこの若者を責めないでやってくれ。

 ……それより、君たちに1つ聞きたいことがある」


「はい。何でしょう? クラーク先生」


 彼からの問いに対し、自分は素直にそう答える。


「君たちが例のグリフォン型のキメラ以外にも、様々なタイプのキメラを操っていたのは、本当なのかい?」


「……はい。自分がとある工場の地下室でたまたま、その奇妙な石を見つけたんですが、それからどういうわけか例のグリフォン以外にも、あらゆるキメラ生物を制御できるようになりまして……」


「何と! まさかこの世にそのようなものが本当に存在していたとはな。今聞いても信じられぬわい。

 ……報告によると、確かクラック君とペトラルカちゃんを救ったのも、その例の神話上の生物の姿をしたキメラだったとか」


「はい、その通りです」


「ふむふむ、なるほど……。しかし初めてその報告を聞いた時は、わしも思わず耳を疑ったわい。

 実のところ、わしはまだそのような存在を信じておらんのだよ。君たちがキメラを操ってる姿を、実際にこの目で見たわけではないからな……」


 クラーク先生はその言葉の通り、虹色の石とグリフォンのことに関して、まだ半信半疑といった様子だった。


 ……実はセバスティアーノに虹色の制御装置に関する説明を求められた際、自分は彼に一部事実とは異なることを伝えていた。

 制御装置で操れるのは、今のところグリフォンだけだ。その他の超有機生命体らしき生物は、一匹たりとも操れていない。

 企業の採用面接の場で、採用担当者に対して『自分、実は国家資格たくさん持ってます!』といった嘘の経歴を伝え、自身を大きく見せるのと同じように、自分はあのセバスティアーノに対し『グリフォン以外にも、様々なキメラを操れます!』と、事実無根のことを言ってしまったのだ。

 なぜその時、自分がそんなことを口走ってしまったのかと言うと、自分たちが様々なキメラ生物を操れる唯一無二の存在だと彼にアピールできれば、自分たちのことを一目置いてくれるだろうと考えたからだ。

 彼が自分たちキメラ使いのことを特別視してくれたら、下手に処罰しようといった考えにはならないはず!

 そんなある意味、悪魔的な発想が頭によぎった際、自分は考える間もなく、口からでまかせを言ってしまったのである。

 そのため彼らには、自分たちがグリフォン以外の様々なキメラ生物を操れるとのことで、話が通っている。


「じゃが、その話が本当でキメラ生物らをこの石1つで操れるというのなら、それは願ってもないことじゃ。

 その力があれば、キメラなど怖るるに足りん。キメラによる脅威もたちまち薄れていくだろう。君たちは最早、このコミュニティードヨルドになくてはならぬ存在だ。

 ……まさにコミュニティーの英雄、希望の星じゃよ」


「じ、自分たちが希望の星ですか? な……なんだか照れちゃいますね、それ」


 今まで無能生産者として虐げられていた自分たちが、今やコミュニティーの希望の星だとクラーク先生は言った。

 1日あれば世界は変わるとは、まさに今日の事を指しているのかもしれない。

 コミュニティーの英雄と希望の星といったパワーワードを聞き、少し悦に浸っていると、そこにまたしてもセバスティアーノがその気分を台無しにしてくるような一言を吐いてきたのである。


「まあ、こやつら無能生産者が、我がコミュニティーの希望の星になれるかどうかは疑問が残るが……。

 だがクラークよ。我輩は実際にこの目で、こやつら無能生産者がキメラに命令を下し、湖に引き上げさせた場面を目撃しておる。

 間違いない。こやつらの保有していた石の力は本物じゃ。

 クラークの言う通り、この石の力をもってすれば、キメラなど最早恐れるべき存在ではなくなる。

 今までだと、キメラの大群からこのコミュニティーを守るだけで手一杯だった。

 だがいずれ、あらゆるキメラをこの虹色の石だけで制御できれば、壁外への領地拡大も容易に図れるはずだ。

 さすれば我がコミュニティードヨルドは、ますます栄えるだろう」


「さようか、セバス殿! 領地拡大となれば、コミュニティーの民がより豊かな生活を送れるようになるのお!

 このような世の中になって以来、文明的な暮らしなどほぼ諦めておったが、その実現も夢でなくなるやもしれんな!」


「その通りじゃ、クラークよ。

 だが我がコミュニティードヨルドの発展のためには、我輩が今手にしている制御装置とは別に、未だ例の工場の地下に眠っているとされる、もう1つの制御装置を入手する必要がある」


「なるほど……。それで例の任務をこの子たちにやってもらうということだな?」


「もう1つの制御装置は先程クラークにも言った通り、とある工場の地下室にあるらしい。

 じゃが、その正確な在りかを知ってる者は、こやつらだけじゃ。

 ……別に無能生産者のこやつらではなく、我輩の直属の部下を直接現地に向かわせてもいいのだが、それだと色々と不都合が生じるだろう。

 であればこやつらに直接、制御装置を取りに行かせる方が、色々と手っ取り早いというわけじゃ。

 ……そこでだ。我輩が先程お主に伝えた通り、例のあれをこやつらの頭に入れてもらいたいのだ」


「なるほどのお。……全てはそういうことだったのだな、セバス殿」


 先ほどまで笑みを浮かべていたクラーク先生の顔に、突如暗雲が立ち込めてきた。

 それまで割と和やかだった診察室の雰囲気も、一転して糸がピンと張りつめたものになる。


「無能生産者たちよ……。今、我輩がクラークに言った通り、お主たちにはこれから新たな任務に取り掛かってもらう。

 つい4日ほど前に、我輩はペレスとガルシアの捜索を含め、物資を積んだトラックを回収するよう言い渡した。

 だがこの度、それらの任務は一旦無効とする。

 その代わりお主たちには、工場の地下にもう1つあるとされる制御装置を取りに行ってもらう。

 そして地下で回収したその制御装置をコミュニティーまで持って帰り、この我輩に献上するのだ。

 ……期限は明日の日没までじゃ。明日の日没までに、例の制御装置を我輩の元に持ってくるんじゃ。

 任務を達成した暁には、お主たちの先の虚偽報告の件は全て水に流してやろう。

 お主たちといい、クラックといい、なぜ我輩に虹の石のことやキメラのことを伏せていたのかは理解に苦しむが、まあ、あやつのことだ。

 きっと我輩の理解を得られぬと踏んでのことだろう。あとでクラックにも詳しい事情を聞いておかなければな……」


 セバスティアーノは苦虫を噛み潰したような表情のまま、そう述べていた。


「ともあれ、お主たち無能生産者は、もう1つの制御装置を取りに工場へ向かえ。そして我輩に例の制御装置を献上するのだ。

 さすれば先の約束通り、お主たちには有能生産者の市民権を与えよう。ついでにカステラ牧場への居住も認めてやる。

 ……よいな? 明日の日没までに必ず虹色の石を探し出し、この我輩にちゃんと献上するのだぞ?

 一度の失敗は目を瞑るが、二度目はないぞ。これが最後のチャンスだ。

 ほれ、特別にそこのお主が持っておった石も返してやる。受け取れ」


 そう言うと、セバスティアーノは自分からさっき奪っていった石を自分に手渡してきた。

 ……間違いない。あの石だ。決してすり替えられたものでないことは、実際に手に持った瞬間分かった。


「ありがとうございます、セバスティアーノ様! 明日を待たずとも、今日から早速工場の方に向かいます! 

 吉報を待っていてください! 失礼します!」


 自分はセバスティアーノにそう言うと、席から勢いよく立ち上がった。

 そして部屋から退出するべく、自分は出入り口の方に足を向けたのである。


「おい、待てそこのお主。何をしておる? 我輩はまだ席を立っていいとは、一言も言っておらんぞ。

 ……我が兵士たちの顔を見てみよ。我輩が何を言いたいか分かるな? 早く席へ戻れ」


 セバスティアーノは部屋から出ようとした自分に対し、鋭い言葉を浴びせた。

 それまで割と朗らかだった彼の口調も、一気に厳粛なものへと変わった。

 ……出入り口前にずっと突っ立っていた兵士1人1人の顔を見てみる。

 彼らの表情は大変険しく、セバスティアーノ本人の話がまだ終わっていないことはすぐに理解できた。

 自分が無理に部屋から出ようものなら、タコ殴りにしてでも思いとどまらせる。そのような強い決意が彼らから見て取れた。

 自分は彼らの有無をも言わせぬ気迫に押され、黙って元の席へ戻ったのだった。


「よく聞け、無能生産者ども。我輩は何もお主たちの行為そのものを許したわけではない。

 このような重大な秘密を我輩に隠していた事実は、決して無視できん。

 これは我輩に対する立派な背徳行為じゃ。

 よってそんなお主たちには、我輩が直々にペナルティーを科す。

 ……我が兵士たちよ、今だ。やれ」


「「はっ! かしこまりました!」」


 セバスティアーノのその一言を皮切りに、出入り口の扉の前で待機していた無数の兵士が、自分たちに襲い掛かってきた。


「うっ!? な、何をするんですか!? これはいったい何の真似ですか!?」


「先程も言ったろう。ペナルティーだと。お主たちにはしばしの間、眠ってもらおう。

 なあ~に、別に案ずるでない。手術はじきに終わる」


「手、手術!? ……む、むぐっ!? じ、自分たちにいったいな……に……を」


 兵士たちに背後から羽交い締めにされると同時に、口元に何やら布みたいなものを押し付けられた。


「クラークよ。あとは頼んだぞ」


「……うむ」


 薄れゆく意識の中、クラーク先生の顔を見ると、何やら自分たちに対し、深く申し訳なげな表情を浮かべていた。


 そして口元に布を押し当てられ、ものの数秒後。

 自分の意識は遠い彼方へと消えていったのだった。

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