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後編 その1 「心の闇」

「お~い、ペトラルカ。朝めしだぞー。……今日もここに置いとくからな。

 食い終わったら、ちゃんと台所まで持っていけよ~」


 クラック隊長はそう言うと、パンに牛乳、ラム肉とサラダが乗ったトレイをペトラルカさんの部屋前に置いた。


 セバスティアーノに例の任務を言い渡されてから、早2日。

 クラック隊長は今日も、あれ以来、部屋にこもりっきりとなっていたペトラルカさんに、朝食を運んでいた。

 つい先日までは、自分を含め、カステラおばさんとグリアムスさんにペトラルカさんといった計4人が、このカステラ牧場に暮らしていたが、ペトラルカさんのあのような状況を聞いてからはクラック隊長も、この牧場に引っ越してきたのだ。

 それからペトラルカさんに食事のトレイを運ぶのは、クラック隊長の役目となった。

 自分に代わりクラック隊長は毎朝、ペトラルカさんの元へ食事を運んでいるのだが、そんな彼をもってしても、未だに彼女の心を開かせるまでには至っていない。

 朝、昼、夕方のご飯時でも、ペトラルカさんは食卓に一切顔を出さず、カステラおばさんの家の一室にずっと閉じこもっていた。

 そのような経緯もあり、クラック隊長に彼女の食事を運ぶのを任せてからは、自分は代わりにキッチンでお皿洗いをすることになった。

 これまでの人生で一度も、食器洗いなどしたことがなかった自分だったが、カステラおばさんの指導の甲斐もあって、今では手際よく、洗えるようになったと思う。

 今や皿洗いを率先して行うまでになった。


 自分がこのカステラおばさんの牧場に来てから、ほぼ毎日のようにフライパンで朝の目覚ましをしてくれたミーヤーはもういない。

 あの朝の大演奏も、今となっては遠い昔の出来事になってしまった。

 コサックダンス体操も、あの日を境に一切やらなくなった。

 行方知れずとなった母さんを探す目的で、ミーヤーたちと始めたハードな朝の体操だったが、今またそれをやってしまうと、彼女の姿をまざまざと思い出してしまう気がする。

 当分の間は、朝のトレーニングは控えるだろう。


 そんなミーヤーが居ない中、ペトラルカさんの心を再び開かせるにはどうすればいいのか。

 こういう時、ミーヤーがいつもと変わらず、自分たちのそばに居てくれたら、どれだけ楽だったことか。

 ミーヤーならきっと、まるで魔法をかけたかのように、ペトラルカさんを包む闇を一瞬のうちに消し去ってしまうだろう。

 でも今となっては、そんなことを頼める人はいない。

 だからこそ、ミーヤーに代わってこの自分が、ペトラルカさんを導かなければならないのだ。

 そのためにはまず、セバスティアーノに課せられた非常に難しい任務をこなし、外の世界から生還する必要がある。

 ペレスたちとトラックを外の世界から、回収するといったもの。

 しかしそれらを回収するにあたっての、コミュニティー側からの物資の援助は一切得られない。

 水も食料も武器弾薬をも持たぬ中、危険な任務を遂行することを強いられているのだ。


 この数日間、そのことを踏まえた上で、明日の出発に向けて、クラック隊長から自分たちは外の世界で生きる術をレクチャーしてもらっていた。

 水の確保の仕方、煮沸、野草の見分け方、貴重なタンパク源の取り方から、今まで彼が見てきたキメラ生物の生態といったものまで、それらは多岐に渡った。

 自分もクラック隊長の話を熱心に聞いていたが、いかんせん勉強嫌いな性質もあってか、全くと言っていいほど頭に入らなかった。

 そのため、それらの知識全般はグリアムスさんに任せることとし、自分は筆記係としてクラック隊長の口から出た一言一句を、ノートに記していった。

 このような頭脳労働をしたのは、大学の講義以来だ。

 おかげで頭にはだいぶモヤがかかった。

 正直、筆記係などすぐに投げ出したかったが、IQが70レベルの自分にできることと言えば、これぐらいしかない。

 筆記の最中、何度も眠たくなりそうだったが、それでも最後まで筆記係という大役を全うしたのであった。


『……ベルシュタインさん。あまりこういうことを言いたくはないのですが、何ていうかその、字がものすごく汚いです……。

 古代の象形文字みたいになっているので、今一度清書の方をお願いしますね』


 死に物狂いで書き上げたノートをグリアムスさんに見せた際、このように解読不能と言われ、また一から丁寧に書き直す羽目となってしまったが、この3日間の間に、どうにかサバイバルの全マニュアル自体は完成させることができた。

 我ながら十分納得できる出来だった。

 表紙に『武装班クラック隊長直伝、サバイバル大全!』とかつけたら、このコミュニティー内で大ベストセラーを叩き出せるだろう。

 そうすれば夢の印税生活が送れて、優雅に余生を過ごせるに違いない。

 ……なんてことはさておき、ひとまず自分とグリアムスさんの分、全2冊を書きあげ、自分はすっかり疲れ果ててしまった。

 少しリビングのソファーで横になろうと思っていたその時。ふとペトラルカさんの部屋のドアが開く音がした。

 コツンとトレイを床下に置く音が響いた後、ドアはすぐさま閉められた。


「……その前に食器を洗っておくか」


 重たい腰を上げ、自分はペトラルカさんの部屋前にポツンと置かれたトレイを回収しに行った。


「あれ? 何も手をつけてないじゃないか」


 トレイにはパンと牛乳、ラム肉にサラダが全くの手付かず状態で乗っていた。

 こんなことは、ここ数日で初めてだ。

 食事が喉に通らないほど、ペトラルカさんは精神的に追い詰められているのかもしれない。

 しかしだからと言って、自分がペトラルカさんに向かって部屋越しに話しかけたところで、おそらく何の反応も示してくれないだろう。

 とりあえず自分は何も手をつけられていない食事の乗ったトレイを、リビングまで運ぶことにした。


 リビングには誰もいなかった。自分以外の3人はすでに全員、外で牧場のお手伝いをしている最中だ。

 今頃、グリアムスさんとクラック隊長は、カステラおばさんに牛の乳しぼりやヒツジの毛刈りの仕方を教わっていることだろう。


 いよいよ明日の早朝。自分とグリアムスさんはこのコミュニティーを出る。

 もしかしたら、コミュニティーを出たっきり、永遠に戻ってこられないかもしれない。

 その前に、せめて一度だけでもペトラルカさんの姿をこの目で見ておきたかった。

 だがどうやらそれも叶いそうになかった。

 ミーヤーがいなくなったペトラルカさんの心の穴を、自分が埋めるまでは到底死ねない。

 あのペトラルカさんを放って、心残りのある状態のままで、先には逝けない。

 完全に手なずけたグリフォンと共に、全力でペレス達とそのトラックを捜索し、コミュニティーに帰還しよう。

 カステラおばさんの家のキッチンに、食事のトレイを運んでいた際、自分はそのようなことを考えていたのであった。

ついに最終章後編が始まりました!

ここからあと20~30話辺りで、本作は完全に完結を迎えます。

ペトラルカさんの心の闇、主人公たちに課せられた任務の行く末を最後まで見届けていただければ大変嬉しいです!


もしよければブックマークや評価の方をお願い致します!

次回は最終章後編その2です! 最後までバクシン! バクシン!

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