最終章中編 最終話 その20 「新たな任務」
「失礼します」
一言目にまずそう言ってから、応接間へ入った。
自分に続きグリアムスさんも、この邸宅の主に挨拶してから、入室した。
当のセバスティアーノは見るからに高級感漂うソファーに寝そべっており、その状態のまま、自分たちのことを待ち構えていた。
「お〜、お主たち。ほれほれ、はよ近こう寄れ」
自分たちの姿を見るや否や、セバスティアーノはまるで栄華を極めし王様のような佇まいで、自分たちを呼び寄せた。
彼の寝そべるソファーの真ん前には全面ガラス張りの机があり、またその机の上には無数のワインボトルとグラスがあった。
セバスティアーノの顔は、火にあぶられたように真っ赤だ。
……そういえばさっきのクラック隊長も、やけに酒臭かったような。
自分たちが外で待たされている間、中で2人はずっとワインを浴びるほど飲んでいたのだろう。
自分たちの気も知らないで。
「おい、お主たち。何ぼけーっと突っ立っておる。
はよ、そこのソファーに座らんか」
そんなセバスティアーノの目線の先には、もう1つ向かいのソファーがあった。
セバスティアーノが現在寝そべっているソファーと全く同じ物である。
「え? ほ、本当に座っていいんですか?」
自分は思わずそう聞き返してしまった。
てっきり立たされたまま、セバスティアーノとは話をすることになると思っていたからだ。
「今日は無礼講である! 特別に無能生産者のお主たちにも、その高級フカフカソファーに座らせてやるぞい。
つい一週間ほど前に、外から調達された極上品じゃ。ほれ、遠慮せずにそこに掛けたまえ」
どこのメーカーの物かまでは分からないが、その例のソファーは色つやがとても良く、クラシカルな雰囲気が漂っていた。
一度そのソファーに座れば、まず間違いなく、やすらぎをもたらしてくれるだろう。
「ほれほれ、お主たち。はよう座り給え~♪」
お酒の入った今日のセバスティアーノは、やけにハイテンションだ。
いつもの無能生産者と接する時の態度とは違い、底なしに明るいというか、むしろ気味が悪いくらい上機嫌に見えた。
これが俗に言うお酒の力というものだろうか。
何ならずっとその調子で居てくれたらいいのに……と、おぼろげながら自分はそう思ってしまった。
「じゃあ、お言葉に甘えて……失礼します」
セバスティアーノに促されるまま、自分及びグリアムスさんは、そのソファーに掛けることにした。
実際そのソファーに掛けてみると、瞬く間にボフッ! っと、まるで吸い込まれたような感覚に誘われた。
「うわ~! これはいやされるぅ~! ずっとここに居たいや~」
座り心地はとにかく最高だった。
セバスティアーノがさっき言った通り、とんでもなくフカフカだ。
しばらくそのソファーの感触を堪能していると、やがて母なる大地に包まれたような気分になり……ほんの少しだけ眠たくなってきた。
そうして身も心もソファーに委ね、段々まぶたも重くなってくると……
「こら、お主。何をしておる。我輩の前で堂々と眠るでない。
……おい、そこのお主。とっとと、こやつを起こしたまえ」
ちょっぴり誰かのお叱りの言葉が聞こえてきたところで、突然自分の肩が揺れた。
それにハッとなり、目が覚める。
隣の方を見ると、グリアムスさんが非常に険しい表情で、自分の肩をさすっていた。
「ああ~! すいません! 心地よくて、つい!」
目の前のセバスティアーノに対し、全力で謝罪する。
「……まあよい。早く本題に移るとするか」
それまで割と朗らかだった彼の声色も、突如厳粛なものへと変わった。
自分はそれを見て、慌てて居住まいを正す。
そんな自分の様子を見てから、セバスティアーノはワインの注がれたグラスを取り、一気に飲み干す。
そのグラスをショーケーステーブルの上にそっと置くと、彼は次にこう言った。
「ところで、お主たちに1つ聞きたいことがある」
「な、何でしょうか!? セバスティアーノ様!」
自分は口元のよだれを拭きながら、彼にそう聞き返した。
「……早朝、物資調達に出たペレスとガルシアたちはどうした? 確かお主たちは、彼らと行動を共にしていたはずじゃ。
ペレスたちを差し置いて、なぜお主たちが一足先に帰ってきておるのじゃ?
……どういうことか説明してもらおうか」
「えっ? あっ……えっと、それはですね……」
セバスティアーノの突然の問いかけに、自分は思わずしどろもどろになってしまった。
彼が今言った通り、自分たちを工場に置き去りにしたペレスとガルシアたちは、まだこのコミュニティーに帰還してなかったのだ。
先程コミュニティーの正門で、クラック隊長と衛兵の彼らが話し合っていた際に、初めてそのことを知った。
一応クラック隊長はその時、自分たちがペレス達とはぐれた時のことを、衛兵の彼らにあれこれ言って上手いこと誤魔化してくれていたが……。
セバスティアーノはここに来て、わざわざ自分たちに対し、ペレス達とはぐれた時のことについて、再度追及してきたのである。
自分が言葉に詰まり、慌てふためいている様子を見て、グリアムスさんが自分に代わり、以下のように説明してくれた。
「ペレスさんたちとは、物資調達の作業中、キメラ生物の襲撃に遭ってしまい、それから離れ離れになってしまったのです。
わたくしたちも彼らと合流すべく、必死で探し続けてはいたんですが、結局見つからずじまいでして……」
「……ほう。それでお主たちは彼らの捜索を途中で断念したと?
それでいて物資を積んだトラックをも放棄し、本来彼らの荷物持ちとしての役割があったにも関わらず、おめおめとコミュニティーまで逃げ帰ってきたと……」
「いや、違います。彼らのトラックはですね……」
「言い訳など聞きとうない! この愚か者めが!!」
突然セバスティアーノは荒々しく声を張り上げた。
「やはりお主たちは、まごうことなき無能生産者じゃ!!
クラックからはだいたいの話は聞いておる。
キメラの襲撃に遭った故、物資の入ったトラックを放棄せざるを得なかったこと。それでいて、ペレス達と散りぢりになってしまったことも。
だがそれとこれとでは話が違う!!
なぜペレス達とはぐれたのなら、彼らを最後まで探し続けなかったのじゃ!?
彼らは我がコミュニティーの有能生産者なのじゃぞ!?」
「いや、それも仕方なくですね……」
「ええい!! 言い訳など聞きとうないと言っておるだろ!
お主たち無能生産者2人の命より、有能生産者1人の命じゃ!!
有能生産者を差し置いて、無能生産者のお主たち2人だけが、のこのこと帰ってきよって……。
実にけしからん!」
セバスティアーノの怒りはそれからも収まらず、ついに彼は自分たちに対し、このようなことを言ってきた。
「……もうよい! お主たちには心底呆れたわい! 今一度、無能生産者のお主たちに命ずる!
明日の早朝、無能生産者のお主たち2人だけで、壁外からペレス達とその物資を積んだトラックを回収してくるのじゃ!」
「えっ!? ちょっと待ってください、セバスティアーノさん!
そ……それって、つまりわたくしたちに、もう一度外の世界に行けってことですか!?」
「そうだと言っておろう! ペレスたちとトラックを探し出し、コミュニティーまで連れて戻って来いと言っておる!
何度言ったらわかるのじゃ!!」
そのグリアムスさんとセバスティアーノのやり取りに、自分は居ても立っても居られなかった。
次の瞬間、自分はソファーから立ち上がり、彼に対して以下のことを言っていた。
「いくら何でも滅茶苦茶だ! 自分たち2人だけで、ペレスとトラックを回収しろだなんて……。
そんなの、外で死んで来いって言ってるようなもんだぞ!」
「黙れ!! そこのお主!! 我輩に口出しするでない!!
もう一度言う。ペレスたちとトラックを探し出し、コミュニティーに連れ戻してくるのじゃ!!
……最悪ペレスたちの死が確認できた場合、彼らの亡骸をトラックに乗せ、コミュニティーまで戻って参れ!
以上の任務を達成するまで、お主たちの我がコミュニティードヨルドの一切の立ち入りを禁ずる!!」
ここに来て、セバスティアーノは超法規的なことを言ってきたのだ。
ペレスたちを影から操り、自分とグリアムスさんをコミュニティーから追放させただけに飽き足らず、今度は行方知れずとなったペレス達までもを、自分たちだけで探しに行けと言っているのだ。
反吐が出るとは、まさにこのことだ。
あまりに理不尽な彼の命令に、自分の感情はもはや爆発寸前だった。
今にも彼の胸倉を掴みにかかろうかとしていたその時。
「……セバス。流石にそれはひどすぎやしねえか? とんだパワハラ教師もんだぜ、そりゃあ」
そんな折、自分たちの動向を背後から見守っていたクラック隊長が、突然話に加わってきたのだ。
「こいつらは今日のごたごたで、疲労困憊だ。明日の早朝に出発だなんて、あまりにも無謀すぎるぜ。
体力も十分回復しきってない状態で、こいつらを無理に外に出させたところで、ろくな成果を上げれねえぞ。
……せめて3日後だ。少なくとも今のこいつらには、任務に耐えうるだけの体力は残されちゃいねえ。
“人こそ最大の資源”なんだろ?
こいつらが無能生産者か有能生産者かどうかは、俺には関係ねえ話だが、人そのものが貴重な今のご時世だ。
こいつらを無駄死にさせないためにも、もっと配慮というものが必要なんじゃねえか?」
「ぐぬぬぬ……」
自分たちの言葉には一切耳を貸さなかったセバスティアーノは、クラック隊長が口を挟むや否や、急に態度を一変させた。
クラック隊長のその言葉を踏まえ、セバスティアーノはほんの少し考え込む仕草を見せたところで、次に自分たちに向かって、このように口を開いた。
「よかろう。クラックがこう言うのだ。
クラックに免じて、お主たちの出発の期日を伸ばしてやろう。
お主らには、明日から3日間の休養をくれてやる。それまでゆっくりと休むのだな。
……だが、これだけは我輩の方から言っておく。
ペレスたちの捜索をするからといって、お主たち無能生産者にコミュニティー側からは一切の援助をせん。
水、食料、武器等々の外への持ち込みは、当然禁止じゃ」
「ちょっと待ってください! って言うことは、自分たち、手ぶら同然で彼らを探しに行けって言うんですか!?」
「そう言っておろう! 何度も言わすではない」
「ふ……ふざけるな! あんな世界の中を、水や食料もなしで探しに行けるわけないだろ!」
「図々しいにも程があるぞ、お主!
我輩がなぜお主たち無能生産者に、わざわざ貴重な物資を持たせてまで、ペレス達を捜索させなければならんのだ!
無能生産者にそう易々と、食料や武器を分け与えるとでも思っておるのか!?
常に深刻な物資不足に悩まされているこの世の中に、なぜお主たちのような出来損ないに物資を明け渡さなければならんのだ!
そんなお主たちに物資を渡したとて、なけなしの物資を無駄にするだけじゃ!
文句を垂れる前にまず、この我輩にそれに見合うだけの成果を見せるのだな。口だけならどうとでも言えよう。
……成果を出せぬ者など、このコミュニティーに住む資格などない! 勝手に外の世界で野垂れ死ぬといい!
我輩からは以上だ。まだ言いたいことでも?」
「ううう……」
彼に何も言い返せない自分がもどかしかった。
当然、一度無能認定された人間が、再び這い上がるためには、周囲を納得させられるだけの何かを示さなければならない。
一度無能の烙印を押された人間が、そうして這い上がるのは並大抵のことではない。
セバスティアーノの要求は、確かにあまりにも無理難題だ。
しかしだからと言って、それらのことに関し、あーだこーだ言っても何も始まらない。
彼の言う通り、不平不満を垂れるよりも、まずは行動で示す必要がある。
それ故、自分が下した決断は……
「……わかりました、セバスティアーノ様。
必ず自分ベルシュタインが、あなた様を納得させられるような成果を収めてみせましょう。
その結果、自分たちがまたこのコミュニティードヨルドに住まわせてもらえるなら、喜んでその任務を引き受けます。
約束します。必ずペレスさんたちとトラックを奴らから取り返してみせます」
自分は未だにソファーで偉そばるセバスティアーノに対し、高らかにそう宣言してみせた。
「ん? ……お、おう。そうか。
お主、案外、威勢が良いのだな。我輩としては、もっと別の反応を期待しておったのじゃが……。
てっきり他の者みたく、泣きわめくものとばかり……。ごほごほごほっ!
まあいいじゃろ。では、3日後。
3日後の早朝に、コミュニティーを出発し、任務を遂行するように。
お主たちが無事、任務を達成した暁には何か褒美をやろう。
……そうじゃな。今のお主たちは無能生産者であるが、もし今回の任務を達成した場合、特別にお主たちを無能生産者から有能生産者に格上げしてやろう。
我輩も男じゃ。決して約束を反故にはせん。
では、我輩からは以上じゃ。頑張るのじゃぞ、お主たち」
セバスティアーノがそれらのことを言い終えた後、自分とグリアムスさんにクラック隊長は、応接間から退出し、セバス邸をあとにした。
その後、クラック隊長とは途中で別れ、自分とグリアムスさんは2人カステラ牧場へと向かった。
コミュニティー全体は完全に静まり返り、ただ夜風だけがピューピュー吹き荒れている。
そんな夜のコミュニティーの街道を、お互いしばらく無言のまま、疲れ切ったその足で牧場を目指していた。
しかしその道中。
突如グリアムスさんがその沈黙を破り、自分に対し、以下のことを話しかけてきたのだった。
「ベルシュタインさん。つかぬことを伺いますが、なぜあの時、セバスティアーノにあのようなことを言ったのです?
奴はわたくしたちに黙って死ねと、それほどのことを言ってきたのですよ?」
「それはわかってます、グリアムスさん。
セバスティアーノがあくまでも自分たちを生かしておくつもりがないことくらい……。
でも奴は確かに言いました。この任務を成功させた暁には、自分たちを有能生産者へと格上げしてくれると。
男に二言はない。……そうですよね、グリアムスさん」
「まあ確かに、そうは言いますけども。しかしわたくしとしては、どうも……」
「でもあの場には、クラック隊長も居ました。
武装班隊長の彼の前で、いくらあのセバスティアーノとは言っても、嘘の約束なんてできるはずがありません。
……それに自分たちには、あのグリフォンが居るじゃありませんか。
“来い来いグリフォン”ですよね? 奴を呼び戻す魔法の言葉」
「……はい、その通りです」
「きっとあのグリフォンと一緒なら、ペレス達を探し出すのも容易……とまではいきませんが、それでも希望は大いにあります。
……残りの3日間。あのペレス達とトラックを探し出す方法を一緒に考えましょう。
あの忌々しかった強制労働からも、ようやく解放されるんです! おそらくこれが最初で最後のチャンスだと思います。
なので、その……力を貸してください、グリアムスさん」
「もちろんわたくしは最初からそのつもりですよ、ベルシュタインさん。
猶予は3日。それまでの間に、出来る限りの策をお互いで考えましょう」
「ありがとうございます、グリアムスさん。
……絶対に無能生産者からおさらばして、あの牧場でペトラルカさんとカステラおばさん、それにグリアムスさんの3人、このコミュニティードヨルドでスローライフを送りましょう」
こうして自分とグリアムスさんは、3日後の早朝。水も食料も、武器弾薬もない状態で、もう一度キメラ生物がうごめく外の世界に、再び向かうこととなったのである。
“出来る限りの策を考える”
自分たちはいったいどうすれば、ペレス達といい、物資を積んだトラックを探し出し、コミュニティーへ無事帰還することができるのか?
いよいよこのコミュニティードヨルドにおける、自分とグリアムスさんの最後の戦いが始まろうとしていたのであった。
ここまで閲覧いただき本当にありがとうございます!
今回でもって最終章中編が完結しました。
次回以降は、いよいよ最終章後編へと移ります!
文字通り、これが主人公たちの最後の戦いとなります!
いったい彼らがどのような結末を迎えるのか、最後まで見届けていただければ幸いです!
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またここまでのストーリーや文章の指摘、感想などもどしどしお待ちしております。
次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:後編その1です。
よろしくお願いします!!