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中編 その15 「グリフォンの使い魔」

「ちくしょー。エンジンが水に浸かってらあ。こりゃ手の付けようがないぜ……」


 クラック隊長は、スパナ片手にボンネットを開けるや否や、非常に大きなため息をついていた。

 彼の顔からはまさに絶望の色が見て取れる。

 自分たちの車がグリフォンキメラに水揚げされ、橋の上に置かれた後。

 クラック隊長はペトラルカさんと束の間の抱擁を交わしていた。

 ひとしきりそうして互いの無事を喜び合ってから、クラック隊長はすぐさまバッテリー系統の修理に取り掛かった。

 しかし肝心の車は見ての通り、たっぷりと川に浸かってしまったため、エンジンが全くかからない状態となっていた。


「うおおおん!! 俺の相棒、サトリーナがぁぁ!!」


 そのサトリーナの惨状っぷりに、クラック隊長は人目をはばからず、おめおめと泣き出してしまったのであった。


 一方その頃。自分はクラック隊長が泣き崩れている横で、グリアムスさん相手に工場の地下研究所でのことを話していた。

 超有機生命体、制御装置、机の引き出しにあった添付資料。それらの自分が持ちうる全ての情報を彼に余すことなく伝えていたのだ。

 傍から見たら鼻で笑われるような、ひどく空想めいた話でも、グリアムスさんは真剣な眼差しで耳を傾けてくれた。

 実際グリアムスさんは自分のこれらの話を踏まえた上で、それらの確証を得るためか、実に様々な提案を持ちかけてきたのだった。


『ベルシュタインさん。その話の裏を取るために、いくつかあなたにやってもらいたいことがあります』


『何でしょうか?』


『……あのグリフォンキメラに、まず“お座り!”と心の中で念じてみてください。

 もしくはそれを直接言葉に出して、奴に命令してみてください』


『は……はあ。“お座り”ですか?』


 この時のグリアムスさんは、まず初めに犬のしつけみたいなことをするよう、言ってきた。

 ……そもそも自分は人生で一度もペットを飼ったことがない。

 そんな自分が、奴をお座りさせることができるのだろうか?

 正直その時は不安でしかなかった。


 純粋に自分はカステラおばさんの家で飼われているマルチーズのパピンちゃんにだって、そっぽを向かれるレベルだ。

 前に何度かパピンちゃんに対して、試しに犬のしつけ的なことを実践してみたが、当のパピンちゃんはちっとも言うことを聞かないばかりか、むしろあいさつ代わりに自分の手をガブリとしてくる始末だった。

 そのように生来のペットの懐かれなさ加減をいかんなく発揮している自分が、果たしてこのグリフォンキメラ相手に、ちゃんとしつけることなどできるのであろうか?


 そんな一抹の不安の中、自分は心の中で“お座り”と、ひとまず奴に命じてみたのだった。

 ……するとあら不思議。

 グリフォンキメラは、すんなりとお座りを実行してくれたというわけである。

 自分の数倍もの図体を誇るグリフォンを初めて懐柔してみせた、まさに奇跡の瞬間だった。

 そのお座り以外にも、回れ右! 左! など、グリアムスさんからありとあらゆる指示をあおりながら、様々な命令を試していた。

 そしてその様々な実証を行った結果……。


『どうやらベルシュタインさんの話は本当のようですね……。

 わたくしとクラック隊長が、ベルシュタインさんと同じ命令を奴に下しても、ことごとく無視されましたもんね』


『ああ……。残念ながらその通りだ、グリムリン』


 グリアムスさんとクラック隊長も“お座り”や、“川に向かってレーザー光線!”をグリフォンにひたすら命じていたものの、自分とは打って違い、彼らの命令にはちっとも従わなかったのである。


『これが俗に言うグリフォン使いってやつか。……ちと羨ましいな』


 クラック隊長もそのようなことをぼやきながら、自分に対し羨望の眼差しを向けていたのである。

 そんなグリアムスさんたちの協力もあってか、自分は図らずも、このグリフォンキメラの使い魔的なポジションにつくことになったのであった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 話は戻り、クラック隊長が車の修理を諦め、自分たちの方にやって来た。


「結局そのお前が今、手に持っている虹色の石のおかげで、このグリフォンを制御できてるって理解でいいんだよな? ホルシュタイン」


「そうなりますね、クラック隊長」


 自分はクラック隊長の問いに対し、素直にそう答える。


「あっ、それはそうとだ、グリムリン。お前にも1つ聞きたいことがある」


「何でしょうか? クラック隊長さん」


「……そういえばお前は、何でホルシュタインと一緒に、その時地下に行ってやらなかったんだ?

 何か訳でもあったのか?」


「いや、別に大して何もありませんよ、クラック隊長さん。

 ただわたくし、暗いところが大の苦手でして……。

 それでついつい、地下の探索をベルシュタインさんに全て丸投げしてしまったのですよ」


「おいおい……。これまた薄情な」


「わたくしも、まさか地下にそのようなモノが隠されていたなんて思いもよりませんでしたし……。

 今となっては、少々反省してます」


「そうか……。まあそれはそれで置いといてだな。ひとまずこれで大体の事情は把握できた。

 でだ、それらを踏まえた上でお前たちに今一度問いたい。

 ……あの研究所では、いったい何の研究がされてたと考えてる?」


 そのクラック隊長の問い掛けに対し、まず真っ先に自分が手を挙げ、こう答えた。


「自分は、さっきも言ったように、世にはびこる全てのキメラ生物 = 超有機生命体だと考えています。

 なのであの施設は、まさしくキメラ生物の研究を行っていた場所かと。

 現に、今自分が持ってる虹色の石は、このグリフォンを制御できる力を持ってました。

 これらの事実と、あの資料に書かれていた内容と照らし合わせてみても、もう疑いようもない気が……」


 自分は得意げにそう語ってみせた。


「お……おう。そうか。ところで、グリムリンはどう考えてる?」


「わたくしは、ベルシュタインさんがおっしゃっていた超有機生命体とはすなわち、このグリフォンのことだけを指していると考えています。

 つまりキメラ生物と超有機生命体は、全く別の存在だと考えております」


「ほう……。なぜお前はそう思うんだ?」


「わたくしも最初、ベルシュタインさんの話を聞いた当初は、その彼と同意見でした。

 超有機生命体がまさしくキメラ生物だと。

 しかし後々冷静に考えてみた時、1点だけある疑問が生じたのですよ」


「おお、それはいったい何だ?」


「……あの工場でトータスキメラと遭遇した際、ベルシュタインさんが持っていたその制御装置が、奴には作動しなかった点です。

 ベルシュタインさんのさっきの主張通り、このグリフォンが仮にキメラ生物だったとしたら、当然あのトータスキメラだって制御できたはずです。

 ですが、実際にはそのようなことは一切起こらなかった。

 そもそもそのような前兆すら、あの時は全くありませんでした。

 その時の事実を加味して、わたくしは、超有機生命体 = グリフォンのみを指しており、制御装置もまたこのグリフォンのみを制御できるものだったと考えています」


 つまりグリアムスさんが言うには、このグリフォンはキメラ生物ではないとのことらしい。

 完全に自分とグリアムスさんとで、意見が食い違ってしまっている。

 でもよくよく考えてみれば確かに、グリアムスさんの主張は一理ある。

 このグリフォンを仮にキメラ生物の前提でいくなら、当然あの工場で遭遇したトータスキメラだって制御できたはずだ。

 しかし実際にはそうはならなかった。

 故にグリアムスさんは、あの時のトータスキメラと、このグリフォンは全く異なる生命体だと主張したのだ。


 と言うか、そもそも生物を制御できる装置など、あまりにも現実離れしすぎなのでは? と、今更ながら強く思えてきた。

 もし生物を制御できる装置が前の世界で開発されていたとしたら、当然テレビやネットで大々的にニュースになっているはずだ。

 ずっと家に引きこもりがちだった自分が、その存在を知らないわけがない。

 仮にそのような装置がすでに発明されていたのなら、動物園の動物だって全員檻から脱走しなくなるだろう。

 ……となれば、このグリフォンの正体はいったい何なのだろう。

 謎はますます深まるばかりだ。


「まあ何はともあれ、わたくしと致しましては今すぐにでも真相を確かめるべく、その工場に戻ってみるべきかと存じます。

 何せこのような得体の知れない生命体を、制御できるほどのモノを、開発していたのですから。

 ……もしかしたらこの世界の現状だって、変えられるかもしれません。

 急ぎましょう! 皆さん!」


「ちょっと待て、グリムリン。そう俺たちを急かすんじゃねえ」


 グリアムスさんの突然の提案に対し、待ったをかけるクラック隊長。


「仮にそうだとしてもだ。今の俺たちの状態であの工場に向かうのは無謀すぎるぞ。

 そもそもあの工場は、あのカメが散々暴れ散らかしたせいで、完全に倒壊しちまってる。

 その例の地下に行くにしても、まずあの大量の瓦礫をどかさなきゃならん。

 はっきり言って、今の俺たちの装備だけじゃ無理だ。

 俺の車だって壊れて動きやしねえ。それに俺たちの体力もとうに限界を越してる。

 ひとまずコミュニティーに帰るのが先決だ」


「ですがクラック隊長さん。世界を救えるかもしれないその鍵が、わたくしたちの目の前に転がってるんですよ? これはまたとない機会です。

 瓦礫の問題はおいおい考えるとして、今は一刻も早くあの工場に向かうべきかと」


「まあ待て、グリムリン。

 お前が焦る気持ちも分かる。俺だって今すぐにでも、あの工場に行ってみたいもんさ。

 ……だがな、ペトラルカのことも考えてほしい。

 今日はあいつにとって、良くないことが起こりすぎた。

 あいつには少し休養が必要だ。

 お前も親友を失った時の気持ちは分かるだろ? もうこれ以上、あいつに無理をさせたくない」


「……申し訳ありません。わたくしとしたことが。

 ってなれば、早いことコミュニティーの方に戻りましょうか」


「そうだな。お前ら早く荷物をまとめろ。まとまり次第出発するぞ」


「あっ、でもクラック隊長」


「ん? なんだ? ホルシュタイン」


「そういえば、自分たちこれからどう帰ればいいんです?

 車、壊れちゃったんですよね?」


「そりゃ当然徒歩しかねえだろ、ホルシュタイン。

 俺のサト……いや、車が使い物にならなくなっちまったからな。

 残念だが、こいつとはここでお別れだ。お前もさっさと支度しろ」


「あれ、そうなんですか?

 てっきり自分、このグリフォンに空飛ぶタクシー感覚で、コミュニティーまで運んでもらうものだと思ってました」


「うん? 空飛ぶタクシーだって? 

 ……つまりどういうことだ、ホルシュタイン」


 クラック隊長は、いまいちピンと来ていない様子だった。

 一方グリアムスさんは、非常に納得した表情を見せており……


「なるほど、空飛ぶタクシーですか。それはナイスアイディアですよ、ベルシュタインさん」


「んんん? おい、グリムリン!

 俺にもちゃんと分かるように説明してくれ。空飛ぶタクシーって何のことだ?」


「ああ、要するにですね、クラック隊長さん。

 わたくしたちがあの壊れた車に乗り込み、そのままの状態で、このグリフォンキメラに空輸してもらうんですよ」


「空輸だと!? ……ほほう! なるほど!

 こいつに空から俺たちを運んでもらうってことか!!

 でかした、ホルシュタイン!! それならここから徒歩で帰らずに済むぞ!

 その手があったか!」

 

 クラック隊長は実に子供のように、はしゃいでいた。


「じゃあ自分は早速グリフォンの背中に乗って、上から指示を飛ばします。

 クラック隊長とグリアムスさんは、車に乗っててください」


「よし、了解した! そうと決まれば、グリムリン!

 俺の車に乗り込め! 出発するぞ!」


「わかりました、クラック隊長さん」


 そう言った後、グリアムスさんは車の中へと消えていった。

 一方のクラック隊長も彼に続き、車に乗ろうとしていた。

 しかし何か言い忘れていたことがあったのか、クラック隊長はドアの前で突如立ち止まり、振り向きざまに自分に対し、こう言ったのだった。


「……おい、ホルシュタイン。そう言えば、1つ言い忘れてたことがあった」


「何ですか? クラック隊長」


「お前、確か今日初めてコミュニティーの外に出たんだったよな?

 ……コミュニティーがどっちの方角にあるか、ちゃんとわかってるか?」


「はっ!? そう言えばそうですね。……いや、全くもってわかりません」


「だよなぁー。一応聞いといてよかったぜ。

 ……だったらこの際、俺もお前と一緒にグリフォンの背中に乗ってった方がいいんじゃねえのか?」


「そうですね。クラック隊長に同伴して頂けたら、自分としても助かります」


「よし、じゃあそうするか。

 てなわけだ、グリムリン。俺は予定変更して、こいつと一緒にグリフォンの背中に乗って行くことにするからな。

 ……悪いが、俺の代わりにペトラルカのことを看てやってくれ」


「了解しました、クラック隊長さん」


「よし、後は任せたぞ」


 そのような会話が行われてから、クラック隊長はグリフォンの背中に飛び乗ってきた。

 それを確認してから、自分は早速グリフォンに命令を出し、地上をあとにしたのだった。

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