表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

101/133

中編 その13 「虹色の石とはいったい……」

 それから数秒間、確かに石は光り続けていた。

 しかしいざ石が光ったところで、状況は大して何も変わらなかった。

 別に石が光ったからといって、目の前のグリフォンキメラがその光に充てられて、蒸発したわけでもなければ、悪霊退散してここから立ち去ったわけでもなかった。

 また石が光ったことによる、自身の身体的な変化も見られなかった。

 超人的な力が宿って、空を飛べるようにもなったわけでもなければ、腕から蜘蛛の糸を出して、縦横無尽に動き回れるといったこともなかった。

 まあ強いて言うなら、突然自分のズボン辺りが光り出したことで、奴を一瞬だけ驚かすことはできたものの……。

 だが結局、それも子供だまし程度のモノに過ぎなかった。


 地下研究所で拾ったちょっと風変わりな石が光った時。

 この絶望的な状況を打破する何かが起こるものと自分は思っていた。

 しかし実際のところ、空にも飛べず、蜘蛛の糸も出ずといった具合に、自分の身にそのようなSFチックなことは何1つ起こらなかったのである。


 おそらく研究所で手に入れた弾力性のあるこの石は、子供用品のコーナーでよく売られているような、ただの光るおもちゃだったのだろう。

 きっと何かの反動でスイッチが入ってしまい、突然ミラーボールみたいにギンギラギンに光り出したのだ。

 じゃあ一体なぜあの研究所の人達は、こんな子供のおもちゃを机の引き出しに大事そうにしまっていたのか?

 ……休憩の合間にこれを使って、ドッジボールでもやって遊んでいたのだろうか?

 仮にそうだとしたら、やはりと言うべきか理系の人達の思考は理解に苦しむ。

 何か起こるかもと期待した自分がバカだった。


 そんなグリフォンキメラも自分たちに何もないことをその一連の流れで悟ったのか、興ざめと言わんばかりにくちばしを大きく開け、せっせと火の球を作り始めた。

 奴が火の球を形成してから、周囲の空気はガラッと変わり、辺り一帯は一瞬にして物々しい雰囲気に包まれた。

 自分もその空気感に呑まれ、思わずその場で立ちすくんでしまう。

 そうして立ちすくんでいる間も、着々と奴の火の球は大きくなっていく。


 ……だがさっき自分は誓ったはずだ。

 必ずやペトラルカさんをお守りすると。

 故に圧倒的な巨躯を誇る、このグリフォン相手に尻尾を巻いて逃げている場合ではないのだ。


「!? ペトラルカさん!! 早く逃げて!!」


 火球のサイズがいよいよピークに達しようとしていたその時。

 そこでようやく我に返り、自分は依然弓矢を構えているペトラルカさんの前に躍り出た。


「ベッ……ベル坊くん!?」


 ペトラルカさんは自分のその行動に虚を突かれたのか、撃ち方を止め、そのように間の抜けた声を出した。

 ペトラルカさんの愛おしさがこれでもかと凝縮されたその甘く甲高い声に、自分は一瞬胸が高鳴る。

 ……いや待て。今はそんなペトラルカさんにうつつを抜かしている場合じゃない。

 先程クラック隊長に約束させられた通り、自分はペトラルカさんの盾となり矛となり、騎士とならなければならないのだ。

 どれだけ奴の攻撃を受けようと、この身が果てるまで全力で守り通す!


「逃げてください! ペトラルカさん!」


 自分はペトラルカさんの前で、手を大の字に広げる。


「ベル坊くん! ……わたしなんかに構わないで早く!」


 ペトラルカさんは必死にその一言を繰り返し続ける。

 だが自分の意志は依然として変わらない。

 炎に焼かれるペトラルカさんの断末魔など聞きたくもないし、想像したくもないのだ。


「来い、グリフォン! お前を絶対にここで食い止めてやる!!」


 冷静になれば何ともキザでカッコ悪いセリフだが、今の自分を奮い立たせるには十分だった。


 ……そういえば、前にもこれと似たようなことがあった気がする。

 大切な誰かを守ろうとして守り切れなかったことが。

 それがいつのことだったかは定かではない。

 自分の目の前で、誰かが零れ落ちていった日のことを。

 おぼろげながらもその事実だけは、今も明確に覚えている。


 ……もう二度とあんな凄惨な出来事を繰り返してなるものか。

 例え自分がこの世から去ったとしても、ペトラルカさんさえ生きてくれればそれで十分。

 もはやこの世に未練はない。

 無意味だと思っていた自分の人生に、彼女たちが光をもたらしてくれたのだから。

 キメラの存在しない元の世界のままだったら、決して経験できなかったことをたくさん彼女たちから与えてもらった。

 それらの全ての感謝を今、ここで解き放つのだ。

 だからペトラルカさんに何を言われたって、ここから退く気は毛頭ない。

 そんな揺るぎない決意を胸に秘め、奴に立ち向かっていたその時……。


「え? ……あっ、あれ?」


 ペトラルカさんをお守りすべく、気合い十分だった自分とは裏腹に、グリフォンキメラは突然、何を思ったのかその攻撃の手を止めてしまったのだ。

 あの大きなくちばしを閉じ、ついさっきまで形成していた炎の塊もたちまちに解いてしまったのである。


「うぬぬ? 何でいきなり攻撃を止めたんだろう。

 ……つまりこれって、やったのか? ってことでいいのかな?」


 何を思ったのか、うっかり死亡フラグを立ててしまった自分。

 自分のその余計な一言をきっかけに、せっかく武装解除してくれたグリフォンが、また火の球を作り出してしまうのではないか? と内心とてもハラハラしたが……

 しかしそのような心配は一切なく、奴は相変わらずこちらに目を合わせたまま、そこから一歩も動くことはなかった。


「う~ん。何だろう。この肩透かしを食らった何とも言えない気分は……」


 それから数分間。グリフォンは橋の上でずっと銅像のようにたたずんでいた。

 何を血迷ったのか、突然攻撃を止めたグリフォンキメラ。

 何の手出しをするわけでもなく、まるでお互いが熱愛ほやほやのカップルであるかのように、じーっと見つめ合う時間だけが続いた。

 ……まだこの時の自分は、あの研究所で拾った虹色の石=制御装置が、奴に今どんな効果をもたらしていたのか全然理解していなかったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ