中編 その12 「決意。君だけを守りたい。そしてついに覚醒の時が……」
グリフォンキメラの眼光は、自分たちの一挙手一投足をも逃さぬくらい鋭かった。
背後は奴が放った火の球が原因で、今も橋の中腹部が轟々と燃え盛っている。
今にして思えば、奴は自分たちの退路を絶つためにあの火球を放ったのだろう。
直接車を狙うのではなく、自分たちの逃げ場を失わせるための攻撃だったに違いない。
その一方でクラック隊長とグリアムスさんは、目の前にいるグリフォンによって川に投げ出され、今も沈みつつあるその車にずっとしがみついていた。
しかも彼らが居るその例の川は、先程ラロッカを連れ去っていったあのクロコダイルキメラが飛び降りていった場所だ。
車が川に沈みつつあるその事実よりも、そっちのことの方がよっぽど危険に思えてくる。
仮に今のあの状態のグリアムスさんたちを、クロコダイルキメラが襲い掛かりでもしたら……。
それはもう甲羅をひっくり返されたカメのように、無防備な状態となる。
地上の戦いですらまともに敵う相手ではなかったクロコダイルキメラに、水上での戦いを挑まれようものなら、当然生きては帰れないだろう。
2人の救出はそれだけ急を要する事態だったのだ。
しかしそれよりもまずは、このグリフォンキメラをどう対処するかである。
目からレーザー光線、口からは火炎を撒き散らすこのモンスターの存在を当然無視することはできない。
だからと言って、この相手に拳一本だけでどうこうできるとは、これっぽっちも思っていない。
奴にしてみれば、自分たちなどミジンコ同然の存在だ。その気になれば、いつでもひと思いに殺せてしまうだろう。
両者の間にそれだけの戦力差があるのをグリフォンキメラも理解してか、奴は空の王者の風格を漂わせ、橋の上で実に鷹揚としていた。
自分たちを見つめたまま、一向に手出ししてこない。
まるでこれから死にゆくであろう自分たちの、最後のあがきを、最後にどう打って出るのかを楽しんでいるかのようだ。
強者特有の余裕しゃくしゃくなその態度に、自分は思わず底知れぬ恐怖感を覚えていた。
もはやグリアムスさんたちはおろか、自分とペトラルカさんに置いても、その全員の生還は望めないだろう。
グリアムスさんたちの方は、いつクロコダイルキメラに襲われてもおかしくない状況にある。
肝心の自分たちにしても、いつグリフォンキメラがその気になるか分からない状況だ。
……故にキメラたちが行動を起こす前に、自分はある1つの決断をしなければない。
グリアムスさんたちを見捨てて、目の前のペトラルカさんだけを生かすことを考えるのか。
もしくはペトラルカさんを含め、最後まで全員を助けるために行動を起こすのか。
二者択一の究極のトロッコ問題。
一人だけを救うのか、それとも全員を救うのかの瀬戸際の状況。
……いや、でもよくよく考えてみれば、自分には誰かを救う選択肢など残されていないのではないか?
そもそも今は自分一人の命すら危うい状況だ。
自分一人の命すら守れるか分からない状況で、他人を助ける余裕などあるわけがない。
他人の命よりも、まず自分の命だ。
……となれば、自分が選ぶべき最善の答えは?
そう思っていた矢先のことだった。
「……ベル坊くん。先に行ってて。ここはわたしが引き受けるから」
突然自分の真ん前にペトラルカさんが躍り出た。
おもむろに、先ほど落下した衝撃でぐにゃりと曲がってしまった弓矢を、ペトラルカさんはグリフォンキメラに差し向ける。
ペトラルカさんはその姿勢のまま、背後を一切振り返ることなく、自分に対し次にこう言ったのだった。
「あなただけでもコミュニティーに逃げて。……わたし、周りの人が死んでいく姿をもう見たくないの。
ベル坊くんはとにかく後ろを振り返らずに、そのままコミュニティーまで逃げて!」
自ら命を投げ出す覚悟のようにも取れるその発言。ペトラルカさんはあろうことか、自分に対し先に行けと言い出したのだ。
「そんなのあんまりだ! ペトラルカさんを置いて1人だけ逃げるなんて……」
ペトラルカさんの弓を握る手は、これまで以上に震えており、明らかにいつもの冷静さを失っているように見える。
ペトラルカがいくら自分に先に行けと言ったからって、素直にそれに従えるわけがない。
そんなペトラルカさんも一向にこの場から立ち去らない自分を見かねてか、畳みかけるようにまた次のことを言い出した。
「ベル坊くん。……わたしはもういいの。わたしね、ミーヤーが死んですっかりダメになっちゃった。
自分でも信じられないくらいミーヤーのことで落ち込んで……気付けば、わたし完全に生きる気力を失っちゃったの。
万が一コミュニティーに生きて戻れたとしても、わたし……もうこの世界じゃ生きていけない。
わたしは今までミーヤーが居たからここまで頑張って来られたの。ミーヤーだけがわたしの唯一の心の支えだった。
でもね、ミーヤーもわたしの元からいなくなっちゃった。
ミーヤーの他にも、わたしの周りにはたくさんの人が居た。かつての会社の同僚、クラックの生存者の仲間たち。
せっかく仲良くなったのに、気付けばみんなわたしの周りからいなくなって……。
わたし、そんな残酷な世界にもう耐えられないの。
だからせめて最後くらい、ベル坊くんを生かすためだけに精一杯頑張ってみる。
バイバイ、ベル坊くん。今まで本当にありがとう。わたしがいなくなっても、元気でいてね」
ペトラルカさんは自分に対し、必死にそのような胸の内を明かしていた。
だがそれがいくらペトラルカさんの願いだからと言って、当然そのようなことを今の自分が了承するわけがないのだ。
きっとこの世界になる前の自分なら、命が惜しいがために、すぐにでも背を向けて逃げ出していただろう。
例えその結果彼女が命を落とすことになっても……。
その後の自分はただ形ばかりの罪悪感を胸に留めるだけで、内心は助かったことに大喜びし、知れずほくそ笑んでいたに違いない。
ゲーム漬けの日々を送っていたかつての自分は、自分から他人に対しまともに働きかけようともせず、また食う飯も学校の費用もゲーム代も全て親にめぐんでもらい、それらの自身の周りの環境をごく当たり前かのように享受していた。
食う飯もろくに自分で作ったことがないし、食べ終わったお皿も、掃除、洗濯、ゴミ捨てですらまともにやったことがない。
全部親任せ、人任せ。
親以外にも、何事においても全て他人に押し付け、人のために大して動こうとせず、自分だけが楽な方に楽な方へと逃げてきた。
そしていざ自分が親に叱られたり、クラスメイトの誰それに自分の不手際を指摘されると、かえって逆上し、クズの一つ覚えみたいに、自身の権利を守るための身勝手極まりない主張をずっとし続けていたのだ。
きっと今の自分がその頃のままだったら、目の前のペトラルカさんが『ここはわたしに任せて先に行け』と言った時点で、その場を後にしていただろう。
ただラッキーとだけ心の中で思いながら。
でもそんな自分も、この滅びゆく世界の中、グリアムスさんとペトラルカさん、ミーヤー、クラック隊長たちと出会ったことで、大きく変わることが出来たはずだ。
自分に手を差し伸べるような人なんて、ただの物好きか、偽善で行動している人のどちらかでしかないと凝り固まっていた自分に対し、真正面から人として一個人として向き合ってくれたのだ。
そんなペトラルカさんも、今自分の目の前で、自身の身を投げ打つ覚悟でいる。
そんなことをさせたらダメだ。それは明らかに自分が全うすべき役目なのだから。
もう自分は傍観者でいたくない。
自分が何とかしてこの現状を打破しなければ。
もういちいちトロッコ問題で誰を助けて、誰を見捨てるかなんてこと考えるな。
そんなことでうじうじ悩むくらいなら、自らがそのトロッコに身を投じればいい。
それで救われる命があるのなら本望だ。
故に自分は誓った。
君たちだけを守りたいと。
……そう切に願っていたその時。
あれからずっとズボンのポケットにしまっていた虹色の石が、突然光を放った。
工場の地下の研究所で拾った例のあの魔法石が七つの光を解き放ったのだ。
この時の自分はまだこの虹色の石が、今後の自身の命運を左右することになるとは、知る由もなかったのである。
ここまで閲覧いただき本当にありがとうございます!
※あと22話付近の投稿で完結になりそうです。(全120~130部の間での完結)
最後までお付き合い、いただければ幸いです!
※次回、中編その13のタイトルは『腕から蜘蛛の糸?』、『光るおもちゃ!?』、『我に従え!』のどれかになると思います! もしくはこのいずれでもないか……
よろしくお願いします!




