王妃様付き侍女の主な仕事は、王妃様を扇ぐ事
ほぼ会話(?)のみ。難しいことはスルーして気楽に読んでくださいね。
お忙しいところお時間を作っていただき、ありがとうございます。
私は王妃様付きの侍女をしております、エステルと申します。
さっそくなのですが…はい?
えっ、覚えていてくださったんですか?
そうです、そうです!
3年前、瀕死の状態で砂漠をさまよっていたところを、国境周辺の視察中だった殿下に助けていただいた者です!
本当に殿下には足を向けて寝られませんよ。命の恩人以上の方です。
その上、見るからに怪しいこんな小娘に仕事まで紹介していただいて…。
ええ、そうですよ?
当時殿下に紹介していただいたのは確かに洗濯婦のお仕事でしたよ。
ええ、今は王妃様付きの侍女を。
うぅん…そうですねぇ…自分でもよくわからないんですけど、いつの間にか洗濯婦のリーダーみたいなポジションになっていて…国のオアシス管理の仕事に移動になって…殿下の妹君であらせられる王女様の教育係になって…いつの間にか王妃様付きの侍女になっていました。
なんでですかね…普通にやってただけなんですけど、かなり出世しましたねぇ…。
まあでも、侍女とはいっても主な業務内容は『王妃様を扇で優雅に扇ぐ』事なんですけど。
私、この国の貴族が当たり前に身に付けている教養とかは皆無なのでね。外国出身ですから。
礼儀作法とか関係無い業務を任せられることが多いんです。
え?いえいえ!全く不満なんかございませんよ。
まあ、確かにあの扇は重いですね。でかくて。
でも私、魔法の心得があるので問題ないです。
風魔法で扇を程よく浮遊させて鳥の羽のような軽さにしてますし、ついでに氷魔法と風魔法の合わせ技で、扇ぐ度に冷風がそよそよ流れるように操作しているので楽チンですから。
お陰様で王妃様からは「エステルに扇いでもらうのが一番好き」と仰っていただいて、頻繁にお呼びがかかるんですよ。お給金も弾んでいただいて。
いや~、本当にこの国はいい国ですね。
殿下は慈悲深い上に勇敢でいらっしゃるし、王女様は素直で可愛らしいのに賢く、王妃様はいつも笑顔で穏やかで癒し系で。
陛下…は…威厳ある国民思いの素晴らしい王様だと思います。たまにお尻を触ろうとしてくるけど…。
それから平和!砂漠に点在するオアシスを奪い合ったりせずに力を合わせて国民全体が協力して暮らしているんですもの。
それに引き換え、私の故郷なんてひどいもんですよ。正反対です。
国のトップは『俺のものは俺のもの。他人のものも俺のもの』を体現してるような人で、年がら年中周辺国に侵略戦争を仕掛けるような血の気の多い人だし、その息子の皇太子は平民出の男爵令嬢に篭絡されて婚約者をないがしろにした上、罪をでっちあげて国外追放するような顔がいいだけの浮気野郎だし、貴族達は血統主義の馬鹿ばかりのくせに威張り散らし、領民達に重税を課して贅沢三昧。
そもそも『帝国』って名乗ってる国はだいたい悪い国って相場が決まって…
あ…すみません。言いそびれていたんですけどそうなんです。
私は実はお隣の神聖帝国出身です。
あ!違いますよ!スパイとかじゃないですから!
私、帝国から地位も財産も没収された上に国外追放されて、あげくの果てには追手を差し向けられたお尋ね者ですから!
いやいやいや、ちょ、疑いの眼差しストップ!
誤解しないでくださいね!?
帝国ではお上に意見を言ったりするだけで反逆罪だの不敬罪だのいちゃもんつけてくるんで、むしろあの国で罪人って呼ばれてる人の方がまともな人格者だったりするんですから!
私は帝国の魔術研究院の技術開発部ってとこに所属していたんですけどね、毎日毎日、戦争のための兵器の開発ばっかりで嫌になってですね。
ある日上司に言ったんですよ。
「兵器作るより、便利な魔道具を開発して国を発展させたらいいんじゃないか」って。
そしたらそれから30分もしないうちに兵士に拘束されまして。
あっという間にありとあらゆる権利や財産やその他諸々没収されて婚約も破棄されて国外追放です。
そうですよ?それだけでそんなひどい仕打ちですよ。やばくないですか?あの国。
まあ、私を邪魔に思っていた人もいたんでいつかはそうなるかもな~とは思ってましたけどね。
本当なら私みたいな皇帝の意思に背く危険な思想(?)を持った者を野放しにしたくないから処刑したかったみたいなんですけど、私もそれなりに優秀な人材でしたから、そんな私をほいほい処刑なんかしたらまわりが不満を持っちゃって敵国に亡命したりとか反乱起こされたりしたら困ると思ったらしいんですね。
それで、暗殺者を差し向けてこっそり始末しようっていう判断をしたってわけですね。
いやあ、あれはやばかったです。いきなり5人がかりで襲ってくるもんですから、さすがに私も無傷ではすまなかったです。
ホント、あの時は傷だらけで空腹で魔力も底をついて、しかも土地勘のない砂漠の中で暑くてさすがに死ぬかと思いましたけど、殿下がラクダに乗って颯爽と現れた時は神かと思いました。ホント。
ちょっと忠誠を誓いましたもの。
殿下のためならこの命、ちょっとくらいなら削ってもいいかなって思いました。
あ~…、そこはすみません。さすがに命を投げ出すのはちょっと。
いやいや、大丈夫ですよ。殿下のために命をかけてくれる人なら他にたくさんいますって。
ほら、後ろの副団長が「俺が俺が!」って顔で見てますよ。
愛されてますねぇ。殿下ったら。うふふ。
…ん?あれ?私、こんな話をしにわざわざお忙しい殿下に会いに来た訳じゃなかったような…
あ、そうそう!
思い出しました!
私ってばうっかりしてましたわ。
今日私がわざわざこんな前線にまで来たのは、殿下にあの時の恩返しをしようと思ったからなんですよ。
はい。エステルの恩返しです。
いまからあれですよね?
軍議とかやるんですよね。
帝国がとうとうこちら側にまで侵略戦争を仕掛けてきたわけですから。
迎え撃って、返り討ちにしてやりましょう。
…まさか、傘下に降ろうなんて思ってませんよね?
帝国に支配された国がどうなっているかご存知ですよね。
王族、貴族は皆殺し。国民は奴隷に落とされます。
この美しいオアシスは全て荒らされ、砂漠に埋もれるでしょうね。
ですよね!当然戦いますよね!
さすがは殿下!
第1王子にして騎士団長の美丈夫!素敵です!
お嫁さんになりたいイケメンランキング1位はあなたのものです!
え?私も殿下のお嫁さんになりたいか、ですか?
私は結婚とか興味ないですねー。昔婚約してた人は居ましたけど、浮気されて裏切られましたし。
何より『殿下』って呼ばれてる人ってちょっと無理っていうか…
へ?『陛下』って呼ばれるようになったらいいのか?
まぁ、『殿下』よりはいいかもですけど…
はぁ、殿下は絶対に浮気しないんですか。一生1人の女性を愛し抜くんですか。
それは素晴らしいですね。殿下のお相手の方は幸せですねぇ。
いや、私にアピールするよりも未来の奥さんを口説くときにそういう話をしたらいいと思いますよ。
殿下ならイケメンだし、優しいし、部下から慕われてるし、誰でも嫁にできますよ!よっ、色男!
…ちょっとちょっと殿下ー。なんでへこんでるんですか?鈍い?私が?何故?
もう、なんで拗ねちゃってるんですか。繊細だなぁ。
そんな事より今は戦の話でしょ?ね?
…え?当たって砕けるつもりで戦う、ですか?
もうっ、何を申します、殿下ったら。
粉々に砕けるのはあっちですよ。ふふふ。
任せてください!
確かに軍の規模とか装備とか戦い慣れてる兵士ばっかりだとか、色々と奴らに有利に見えますけど、大丈夫です!
そのうち帝国の野郎共がこの国にも攻めてくるだろうと思って、私、準備してましたから!この3年間!
この天才エステル様に罪を着せて婚約破棄して追放した挙げ句、亡き者にしようとした事を死ぬほど後悔させてやりますよ。ふふふ。見てろよ、リドの野郎…!
え?いえいえ、こっちの話です。
はい、じゃあ、時間も無いですし、さっそく始めますね。
皆さん、どうぞ配置についてください。
え?このたくさんいる女性達は誰かって?
宮殿で働いてくれている洗濯婦の方々ですけど。
私の元同僚、先輩、部下の方々です。
彼女達には私が洗濯を楽にするために初級水魔法を覚えてもらってるので、それを使って帝国軍を蹴散らすお手伝いを…
え?水魔法の習得方法ですか?別に特別な事はしてないですよ。
彼女達は長年水に触れる仕事をしてきたので水属性の適性が高かったですし、魔法の概念と体内の魔力を具現化するためのコツを仕事の合間に教えただけです。
ああ、私、帝国にいた頃に国立の魔法学院で教鞭をとっていた事があるので、教えるのは慣れてますし。
じゃあ、あなた達は例の場所に配置についてね。よろしくでーす。
それからあなた達は…
はい?あ、こっちの彼女達ですか?
王妃様付き侍女仲間です。彼女達には風魔法を覚えてもらっているので、それを使って帝国を蹴散らすお手伝いを…
はい。彼女達も適性があったので扇を扇ぐ時に役立つ風魔法を教えたんです。
あと半年もすれば氷魔法も習得して、扇から冷風を発生させる事も出来るようになりそうです。
殿下の侍女にも教えているので、その内宮殿内どこでも快適になりますよ。最高ですよね!
じゃあ、あなた達も指定の場所に待機してね。
え?なんの準備か?そりゃ、戦う準備ですよ。
帝国軍はもう国境を越えて砂漠に入ったんですよね。
陛下のいらっしゃる宮殿を目指して。
なので、まずは不慣れな砂漠でふらふら状態でやってくる奴らの前に、蜃気楼で偽の宮殿を出現させて明後日の方向に誘導しようかなって。
先陣を切るのは帝国が誇る血気盛んな脳筋騎士団でしょうから、宮殿を落としてさっさとこの国を乗っ取ってやるぜー!と暑さで朦朧とした頭で考えなしに突っ込んでいきます。確実に。あいつら脳筋だし。
しかし!そこには宮殿なんかはない!蜃気楼だから!
その上、突っ込んだ先にあるのは巨大な流砂!
憐れ、脳筋騎士団は流砂にのみ込まれ、それを免れた後続の兵士どもは颯爽と現れた殿下率いる砂漠の国の騎士団と、洗濯婦&王妃様付き侍女混合魔術師団に挟み撃ちにされ、壊滅!
砂漠の民こわっ!もう手を出すのはやめて違う国を狙おう!撤退だー!
ってなります。
あいつ自分達より弱い国しか狙わないですから。
え?そんな都合良く蜃気楼なんて発生しない?
いやいや、殿下。違います。発生させるんです。
蜃気楼っていうのは、空気の温度差によって起きるんですよ。
冷たい空気を作り出して、砂漠の暑い空気とぶつけてですね…(以下略)
まあ、難しい事はいいですよね。
とにかく、水魔法で空気を冷まして、その空気をいい感じに風魔法で広げればいいんです。
大丈夫ですって。私と、このジョージさんの最強コンビで計算して弾き出した完璧な座標で…
え?急に出てきたこのジョージさんとは何者か、ですか?
やだぁ、殿下。ジョージさんって言ったら砂漠のオアシス管理の仕事一筋50年の大ベテラン、レジェンドですよ~。知らないんですか?
ジョージさんは国中のオアシスをまわっていた事で、誰よりも砂漠の地形に詳しいんですよ。
なので、蜃気楼を発生させやすいとか、流砂があるとか、誘い込みやすいとか、そういった条件に当てはまる場所を一緒に探してくれたんですよ。ね。ジョージさん!
ええ、はい。ジョージさんも私の元上司です。仕事の繋がりって大事ですよね。
じゃあ、殿下。
そういうわけで地図のこの位置に帝国軍を誘い込むんで、この砂丘の陰で待機していい感じのタイミングで後ろから襲い掛かってください。
蜃気楼作り終わって暇を持て余した侍女魔術師団が風魔法で砂嵐を起こして足止め、洗濯婦魔術師団が水魔法で負傷者を回復、打ち漏らした兵士達をこちらにいらっしゃる王女殿下の魔法攻撃でサポートするんで楽勝ですよ。
あらやだ、殿下ったら。せっかくの麗しいお顔でそんなに恐い顔はいけません。
まあまあ、そんなに怒らないでください。姫様だって危険は承知でいらっしゃったんですよ。
「遊びじゃないんだぞ!」だなんて怒鳴らないでください。
姫様だって王族として、そして殿下の妹として、王国と殿下の事を助けたくてこの前線にいらっしゃったのですよ。
陛下と王妃様の許可はいただいてますし。ね。姫様。
えっ、「止めろよ」って私に言ってます?
いやいや、無理ですって。ただの臣下の分際で姫様のお願いを断るなんてできませんもの。
「お願い、エステル。私もエステルに教わった極大魔法でお兄様をお助けしたいの。連れて行って」なんて美少女に言われてしまったら断れる人なんていませんでしょ?
どこにだってお連れします!ってなりま…はい?
ええ。教育係を仰せつかったときに極大魔法をお教えしましたよ。
そうですね。八大要素を混合した最高峰の魔法ですね。
いや~、姫様ったら魔法の才能が凄まじいんですよ。
火、水、氷、風、土、雷、光、闇の八大要素全てに高い適正をお持ちで、このまま鍛錬を続けたら確実に史上最強の魔術師になれます。帝国一の天才魔術師と言われたこの私でさえ水と風は適性が低いんですから、そのすごさがわかりますよね。いや~、こんな素晴らしい弟子に巡り合えて幸せですわー。
ふふ、そうですね。
帝国軍の奴らを壊滅させてやりましょう、姫様!
…どうしたんですか?殿下。顔色が悪くないですか?
ああ、大丈夫ですよ。殿下達には絶対当たらないように魔法のコントロールは完璧に仕上げてありますから。ね?
それとも戦前で緊張されてるんですか?
そうだ!それじゃあ、殿下達騎士団の方には私が身体強化の術をかけますね。
むむむむむ~……はい!
これで皆さんは戦神ばりの攻撃力を誇る「火神の怒り」とドラゴン並みの防御力を誇る「竜神の守り」が付与されました。
頑張って帝国軍を蹴散らしてきてくださいね!主役はあなた方ですよ!
え?私は何をするのかですか?
私は~…まぁ、ちょっと野暮用?みたいな……あ!そうそう。あれです、私今日2日目なんです!実は!
生理休暇申請しよっかな~なんて。あ~、思い出したらおなか痛いかも?
それじゃあ、私はこのへんでドロンしますけど、頑張ってくださいね、殿下。
それでは~!
ドロン(転移魔法を使った音)
◆ ◆ ◆
後日。
圧倒的な軍事力を持つ神聖帝国軍が、小国である砂漠の国イラーザ王国軍によって壊滅させられ逃げ帰ったという出来事は大陸中を驚かせた。
神聖帝国が誇る、最強と名高い「黒鉄騎士団」が慣れない砂漠でいつの間にか道を外れ、運悪く流砂に進路を阻まれ立ち往生していた隙をつき、イラーザ王国第1王子ジーク率いるイラーザ騎士団が団長を討ち取ったところから全てが狂いだした。
最強の騎士団長が討ち取られた事で混乱した後続の帝国兵士達を、イラーザ王国魔術師団が風魔法で起こした砂嵐で足止めし、謎の魔術師が放った極大魔法で一掃したのだ。
それだけではない。
イラーザ攻略の最高司令官として後方にいた神聖帝国の皇太子、リドバルドが何者かによって連れ去られ、数日行方不明になった。大勢の兵士に囲まれていたにも関わらず、誰にも気づかれずに忽然と姿を消した皇太子は、数日後にまた忽然と姿を現した。
砂漠の真ん中に。
パンツ一丁で。
おまけに美しい銀色の長い髪は綺麗に剃られ、マルコメ君になっていたという。
皇太子は行方不明だった数日間に何があったのか、どこにいたのか、どうして突然いなくなり、戻ってきたのかを絶対に誰にも話さなかった。
ただ一言、「イラーザには絶対に何があっても手を出してはならぬ」とだけ、美しい顔を恐怖に歪めて呟くだけだった。
そして数年後、彼が皇帝となった後は必要以上にイラーザに礼を尽くした。
外交担当官には、何故か、国王となったジークよりも、王妃エステルの機嫌を絶対に、絶対に、絶対に!損ねないようにと厳命しているという。
蛇足ですけど一応設定的なものを…
◆エステル…神聖帝国の高い身分の最強の魔術師だったが、皇太子に婚約破棄されて国外追放される。
◆ジーク…砂漠の国の第一王子で騎士団長。エステルに一目惚れして宮殿に連れ帰って職を斡旋した。仕事が忙しくて宮殿を空けている間にエステルが速攻出世して部署移動したせいで姿を見かけず、退職したと思ってた。
◆リドバルド…神聖帝国皇太子でエステルの元婚約者。銀髪の美形だが元平民の男爵令嬢に篭絡されるような女好きの浮気野郎だった。行方不明事件で女性恐怖症になってからずっと独身。