第84話 遊園地でデート(杉山)
俺の名前は杉山 孝弘。
周囲には秘密だったが、筋金入りのオタク野郎である。
俺は今、かつて想像もなかったような状況に立たされている。
「どうしたの孝弘? 急に固まっちゃって」
「っ!? い、いや、その……」
そう尋ねてきた藤原先輩に対し、俺は何と返して良いか悩んで結局言葉を濁すしかなかった。
いや、正直に言ってしまえばこの状況が信じられないから固まってただけなんだが、それを口に出すのは少々躊躇われる。
何故ならば、俺以外の面子はこの状況でもまるで平気な顔をしているからだ。
(お前ら、なんでこんな状況でも普段通りな感じなんだよ! あれか? 慣れてるってか? クソ、リア充どもめ!)
俺は八つ当たりするように、塚原、塚本、そして今日初めて会った坂本先輩を睨みつけた。
しかし三人は、俺の視線など気づいておらず、それぞれ自分のパートナーと楽しそうに談話していた。
……そう、俺達は現在、クアドラプルデートの真っ最中なのである。
クアドラプルとはダブルとかトリプルの4バージョンのことだが、こんなことってあるだろうか?
俺は漫画や小説などでダブルデートとかなら見たことがあるが、4ペアというのは見たことがない。
……いや、実質それと同等の状況は見たことある気がするが、明確にデートとしているケースはなかったように思う。
そんなフィクションでもあまりないような状況に、俺が当事者として立たされているというのが正直信じられない。
(というか聞いてないぞ! こんな状況!)
俺は恨めし気な視線を、自分の相方である藤原先輩に送る。
しかし彼女は、残念ながら俺の視線の意味がわからなかったようで、不思議そうに小首をかしげただけだった。
(……可愛い。……ハッ!? そうじゃねぇよ!)
一瞬意識を持っていかれかけたが、頭を振って意識を取り戻す。
「あの、藤原先輩、こんな状況、聞いてないんですけど」
「こんな状況って?」
「俺はその、デ、デートとしか聞いてないですよ! なんで塚原達までいるんですか!」
先日、俺は人生で初めてデートに誘われるというイベントを体験した。
それに舞い上がり詳細を確認しなかったのは俺のミスだが、他にも参加者がいるのであれば事前に言ってくれても良いのではないだろうか?
「言ってなかったっけ? というか、昨日のお昼にそんな話の流れになったと思うんだけど」
「……」
そう言われれば、そんな気もしてきた。
昨日はここ最近では珍しくない塚原達との昼食だったのだが、デートの話をされたのはその時だった。
舞い上がっていたせいで話の前後を覚えていなかったが、そんなような話していたような気がしないでもない。
「聞いてなかったの?」
「い、いや、聞いてはいたんですが、他人事のようだったと言うか……」
「ふーん、まあいいけど。とにかく今日は8人で楽しみましょう」
「は、はぁ」
最初の勢いはどうしたと言われそうだが、俺は少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。
(これはこれで良い、かもしれないな……)
俺は当初、人生初めてのデートということで舞い上がっていた。
そんな俺が藤原先輩と二人きりのデートなんてしていたら、あり得ないミスを連発していたかもしれない。
記念すべき初デートではあるが、このくらいの雰囲気の方が俺にとっては難易度が丁度良い気がする。
「さて、それじゃあ最初は何に乗る?」
先頭を歩いていた坂本先輩が、振り返って俺達に尋ねてくる。
「修君! 私メリーゴーランドに乗りたい!」
それに真っ先に反応したのは、坂本先輩の彼女である前島 郁乃だった。
「い、いきなり男にはキツイのチョイスしてくるね……」
塚本が苦笑いしながらそう言うが、前島さんは完全無視である。
俺も塚本と同意見だったが、怖いので何も言うことができなかった。
結局反対意見無しということで、最初のアトラクションはメリーゴーランドに決まった。
(メリーゴーランドとか、いつぶりだ?)
確か幼稚園か小学生の頃に乗った覚えがあるが、正確な時期は覚えていない。
基本一人乗りだったので、誰かと一緒に乗った記憶はないのだが……
「へぇ、メリーゴーランドって、ちゃんとペアになってるのね」
「そうみたいですね」
メリーゴーランドのウマは、隣同士がペアになっているようであった。
デートなのに一人乗りってどうなんだと思ったが、この辺は色々と考慮されているらしい。
俺と藤原先輩のペアと坂本先輩達はウマタイプを選び、塚原達は馬車タイプを選んだのだが……
(これは、恥ずかしいぞ……)
跨ってみると、どうにもサイズが小さい気がする。
やはり、メリーゴーランドは子供向けのアトラクションということなのかもしれない。
「なんだか、少し恥ずかしいね?」
「そうですね……」
どうやら、藤原先輩も同じ印象を持っていたようだ。少し嬉しい。
そんな俺達とは別で、前島は心底楽しそうにしている。
それを見ていると、なんだかどうでもよくなってきたので、俺は無心でメリーゴーランドを楽しむ? ことにした。
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…………………………
………………
その後も、コーヒーカップなどのちょっと子供向けのアトラクションを楽しみつつ、バイキングやジェットコースター、フリーホールといった絶叫マシンにも乗った。
久しぶりの絶叫マシンだったが、子供の頃には乗れなかったものもあったので新鮮な気分を味わえた気がする。
印象的だったのは、塚原がビビりまくっていたことだ。
どうやら、奴にも弱点はあったらしい。そう思うと、なんとなくいい気分になる。
お化け屋敷にも行ったのだが、思った以上に子供だまし感があってあまり楽しめなかった。
子供の頃は怖かった気がするが、これも歳をとったということなのかもしれない。
しかし、前島さんと麻生さんだけは凄く怖がっていた。
正直、アレはアレで可愛かったと思う。
「……ちょっと、今、他の女の子のこと考えてなかった?」
「っ!? な、何故それを!?」
藤原先輩、やはりエスパーなのか!?
「いや、なんとなく。最近、孝弘の考えていること、なんとなくわかるのよね」
なん……だと……
それでは、まさか、あんなことやこんなことを考えている時も、バレてる!?
「いやいや、流石に正確に何考えているかまではわからないから、安心して?」
「そ、そうですか……」
しかし、大まかにはバレているようであった。
これは全然安心できない。
「それで、何を想像していたの?」
「そ、それは……」
どう言い訳すべきか?
……いや、ここで言い訳してもバレる気がする。
何せ藤原先輩は、俺の心を大体読めるらしいのだから。
ここは正直に話すべきだろう。
「さ、さっきのお化け屋敷で、前島さん達が怖がってて、その、可愛かったなぁと……」
俺がそう言うと、藤原先輩が少し不機嫌そうな顔になる。
やはり正直に話したのは失敗だったか!? ここは嘘でもいいから他のことを言うべきだったか……
「……どうせ私は、女の子っぽく怖がったりしませんよ」
藤原先輩が拗ねたようにそっぽを向く。
現在は観覧車に乗っており、そこそこの高さまで来ているので、さぞ景色が美しいことだろう。
(って、そうじゃない! どうしよう!)
ここでどう言葉をかけるかで、男が試される気がする。
しかし、俺には気の利いた言葉などかけられる気がしない。
と、とりあえず、思いついたままに言葉を発するしかないか……?
「ふ、藤原先輩は、いつでも可愛い、ですよ!」
本音だが、自分で言ってて恥ずかしくなってくる。
顔が熱いので、今俺は間違いなく赤面しているだろう。
「ふーん」
俺の爆死覚悟の言葉も、藤原先輩の機嫌を直すには至らなかったらしい。
藤原先輩は、そっぽを向いたまま無感情に返事をするだけであった。
「あの……、嘘じゃないですよ?」
「わかっているし、嬉しいけど、まず最初から失敗していることに気づいて?」
最初? 最初って……、あっ……
「ま、茉莉花……」
俺の顔がさらに熱を持つ。
女子を名前呼びするとか、俺には難易度が高過ぎる!
「……言われてからじゃ遅い」
だ、だって、仕方ないじゃないか!
みんなの前で、藤原先輩を名前呼びとか……恥ずか死するわ!
「私はちゃんと呼んでるじゃない?」
またも俺の思考を読んだのか、何も言ってないのに会話が成立してしまう。
仕方がないので俺はそのまま会話を続けることにする。
「それだって、その、恥ずかしいというか……」
女子から名前呼びされることなんて、普通なら別に大したことじゃないと言えるかもしれない。
しかし、俺にとっては結構な大事なのであった。
なにせ、母親以外の女性に名前で呼ばれたことなど、生まれてから一度もなかったのだから。
「こんなことで恥ずかしがっていたら、今後もっと大変よ?」
そう言って、藤原先輩は悪戯っぽい笑みを浮かべてくる。
その表情には妙に色気があって、俺は観覧車の中だというのに立ち上がりそうになる。
「っ!? も、もっとって、何をする気ですか!?」
「そ、そんな驚かないでよ! 別に、大したことじゃないわ。例えば……、手を繋いだりとか?」
「そ、そうですか。それくらいであれば……」
あまりの色気にもっと凄いことを想像してしまったが、手を繋ぐくらいであれば耐えられる気がする。
……いや、人前でだとやっぱり厳しい気がするが。
「…………」
俺がホッとしていると、藤原先輩がまた少し不機嫌そうな顔になる。
今度は一体何の理由で!?
「あ、あの……、またオレ何かやっちゃいました?」
「どこの孫のセリフよ……。別に、ただ、なんとなく安心されたのにムカッときただけ」
「そんな理不尽な……」
どうやら藤原先輩は、俺がなんだその程度かと安心したことに腹を立てたらしい。
俺は一体どう反応すれば良かったんだ? 無理ですよとか? いや、それだとかえってマズい気がしないでもない。
そんなことを考えていると、不意に藤原先輩の顔が近づいてくる。
一体何をと思った時には、藤原先輩の顔は俺の顔の数センチ先にあり、そして――
「っ!?」
次の瞬間、俺のほっぺたに柔らかな感触が押し付けられていた。
その感触は一瞬のことで、藤原先輩はすぐに元の場所へと戻っていく。
「っ…………」
あまりのことに俺が言葉を失っていると、藤原先輩は先程のように悪戯っぽく笑い、
「これからは、こうやって不意打ちしていくから、覚悟してね?」
なんてことを言ってきた。
俺はもう、なんと言うか、完全に湯だったタコのようになっていたと思う。
こんなことは決して勝ち負けを競うものではないと思うが、これはもう完全に俺の負けだと言っていいだろう。
「……勘弁してください」
結局俺は、絞り出すようにそう返すくらいしかできなかった。