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第32話 ちょっとした勘違い



 もう隠れていてもしょうがないので、私は恐る恐る洗浄機の陰から出る。

 私に声をかけてきたということは、先程の二人とのやり取りも、私が隠れていることを知った上で行われたことになる、と思う。



(もしかして、私を、助けてくれた……?)



 ちょっと良い方に考えすぎかもしれないけど、その可能性はあると思う。

 先程までの私の挙動不審な行動を見ていたのであれば、私が『麻生さん』であることは容易に想像がつくからだ。



「麻生さん、であってるかな?」



「は、はい」



 やはり、この人は私が『麻生さん』であることに気づいていたようだ。

 それを理解した途端、私の気分はさらに沈んでいく。


 助けられてホッとした、という気持ちはもちろんある。

 でも、それ以上に『この子はいじめられっ子だ』と思われることが苦痛でならない。

 親からも向けられた、あの『不憫な子』を見る目が、堪らなく嫌だからだ。



「お、おいおい、ちょっと待って! なんでそこで悲しそうな顔すんの!?」



「ご、ごめんなさい……」



 またしても、私の悪癖が出てしまった。

 相手の質問に対し、謝罪で返す。これは人にもよるけど、大抵の場合相手の神経を逆撫でする。

 謝罪が聞きたいんじゃない、何度そう返されたことか……



「おっと……、すまんすまん、脅かすつもりは無かったんだ。別に怒ってるワケじゃないよ。ただ、なんで名前を確認しただけで、そんな悲しそうな顔になったのか気になっただけで……」



 意外な反応に、少しびっくりする。

 見た目的には結構怖そうな先輩かと思ったけど、案外良い人なのかもしれない。

 でも、それはそれで気を使わせてしまって悪かったなと感じてしまう。

 自分のことながら、本当に面倒くさい性格だな……



「いえ、その、私もうまく言えないんですが……、あんな風に思われてるって知られること自体が、嫌だったというか…」



 イジメられている、と思われるのが嫌だ。

 そうはっきりと言えれば良いのだけど、自分からそれを言うのはどうしても(はばか)られる。



「……成程ね。安心してくれ。このことは誰にも言わないよ」



 そんな言葉を信じられるほど、私は純粋では無かった。

 むしろ、その代わりに何かを要求されるんじゃと勘繰ってしまう。

 本当にひねくれた性格だと自分で思うけど、こんな性格になったのは私のせいじゃない……



「ま、見ず知らずの奴にそんなこと言われても、安心なんか出来ないだろうけどさ」



 そう言って、男子生徒は人の好さそうな笑顔を見せる。



(……駄目だ、駄目だ。簡単に人を信用するな、私……。こんな顔をする人だって、平気で嘘を吐くに決まっている……。そんなことは、これまでの経験で十分わかっているもの)



 滅多に向けられない優しい笑顔に思わず安心しかけてしまったけど、私は慌てて気を引き締める。

 助けられたことには感謝する。

 でも、だからと言って、それを理由に気を許してしまっては、またいつもの悪い循環に陥ってしまう。

 この人は、何の打算も無く近付いてきた柚葉ちゃんとは、違うのだから……



「俺は高等部一年の塚本だ。君は俺のこと知らないみたいだし、名前を言われてもピンと来ないと思うが、さっきの二人の反応でもわかる通り、意外と名前は知られてる方なんだぜ?」



 塚……、本……?

 確か、どこかで……


 ………………あ、思い出した。


 恋愛ごとにあまり興味が無かったので積極的に会話に参加していないけど、その名前は確か、柚葉ちゃんが好きだという人の名前だったハズだ。



「し、知ってます。友達から、よくお話を聞くので……」



「おお? 俺の話を? それは興味深いなぁ……。まあ、それはともかくとして、知っているのであれば話は早いな。絶対に安心しろとは言い切れないけど、それなりに信用してもらっていいと思うぜ?」



 そう言われても、私は困惑するばかりである。

 話に聞く限り、この先輩は曲がったことが嫌いで、困った生徒がいれば親身になり助けてくれるという、今時ちょっと信じられない程の『良い人』だ。

 でも、あの柚葉ちゃんが慕う人物なのだから、恐らく本当のことなのだろう。

 もちろん、多少の誇張はあるのだろうけど……



「まあ正直な所、俺が何かの役に立てるかっていうとちょっと自信ないけどね。ただ、さっきの話が本気だったら、放っておける内容じゃない。だから、もし何かあったら、遠慮なく相談してくれ」



 先輩はそう言うと、それじゃあと手を振って行ってしまおうとする。



「ま、待ってください!」



「ん? どうした?」



「あ、いえ、その……」



 正直、自分でも何故先輩を呼び止めたのか、わからなかった。

 私の頭の中は今、疑問で溢れかえっている状態だ。

 どうしたと言われても、私自身自分にどうしたと問いかけたいくらいだった。

 本当に、私は先輩に何を言おうと思ったのだろうか……?



「ん? あ、もしかしてこのまま教室に戻りたくないとか? じゃあ保健室に連れて行ってやろうか?」



「いえ! そうじゃなくて……」



「ん~? じゃあ、俺に何か聞きたいことでも?」



 聞きたいこと……?

 わからない……、聞きたいことと言われると、正直そんなものは無いと思う。

 でも、このままでは何もないのに呼び止めただけになってしまう……



「あ、あの!」



「おう、何だ?」



「せ、先輩は、何故、助けに入ってくれたんですか?」



 私はひとまず、自分の中に渦巻いていた疑問の内の一つをぶつけてみることにする。

 ……ただ、この質問の答えに関しては、既に予想がついていた。

 恐らく、放っておけなかったとか、助けてあげたかったとか偽善溢れる回答が返ってくるのは間違いないだろう。



「え、そんなの、ムカつくからに決まってるじゃん?」



「え……?」



 ムカつく……?

 先輩は、何に対してムカついたのだろうか?



「いや、だってアイツらの話してる内容って、普通イラってこないか? 何様だよっつーか、性格歪みすぎだろ流石にーとか」



「それは……、でも、関係ない人がどう言われても、結局は他人事だし、わざわざ関わっても面倒が増えるだけなんじゃ……」



「かーっ、現代っ子ってみんなそんな感じなのかぁ? 他人事だし我関せずとか、そんな簡単に割り切れるもんかね?」



 そう言われても、合理的に考えればそうじゃないのかな?

 わざわざ厄介ごとに首を突っ込むより、何もしない方が安全だし、時間も取られない。



「まあ、そう言う俺も現代っ子なのは間違いないし、言ってることはわからなくも無いけどな。でも、ムカつくムカつかないは、そこに関係ないだろ? 例えば麻生さんは、クラスメートが知らない誰かに滅茶苦茶悪く言われてたとして、それを聞いてどんな気分になる?」



 どんな気分になるか……

 そう言われると、確かにあまり良い気分にはならないと思う。

 人に対する悪口を聞くのは、それが全く知らない相手のことでも嫌なものだ。



「嫌な、気分になります」



「だろ? 俺もそんな感じだったワケだよ。ついでに言うと、イジメだとかそういうのも気に入らなかったからな。だから出て行った。悪いけど、ぶっちゃけると麻生さんを助けようって気持ちはその次くらいだったよ」



 先輩はそう言ったあと、ごにょごにょと何か言っていたけど、私には聞き取れなかった。

 でも、私にとって重要だったのはその前の部分だったので、聞こえなかった部分についてはどうでも良かった。



「……あの、ありがとうございました」



 私は自分でも良くわからない表情を浮かべながら、一言だけお礼を言ってその場から去った。

 背を向けて歩き出した自分に、先輩は何か言っていたけど、あまり頭に入ってこなかった。



(……本当にこの学校って、不思議な所だな)



 今日私は、またしても自分の知らないタイプの人間と出会ってしまった。

 柚葉ちゃんといい、塚本先輩といい、この学校は不思議な人の宝庫なのだろうか?



(……明日、柚葉ちゃんに先輩のこと、少し聞いてみようかな)




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