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第16話 おかず交換



「……見事だ、少女よ。名前を聞かせてくれないか?」



「あ、朝霧 柚葉(あさぎり ゆずは)、と申します」



「朝霧か……。ありがとう、朝霧さん。俺はまた一つ、新しい世界を知ることが出来た……」



 伊藤は、立ち上がった状態で深々とお辞儀をし始める。

 ただでさえ有名な伊藤が、急に立ち上がって下級生の女子相手に頭を下げたりすれば目立たないワケがない。



「い、伊藤、ひとまず座れ! 朝霧さんも困ってるぞ!」



「む、そうか……」



 伊藤は渋々といった様子で席に着く。



(やれやれ……)



 相変わらずなのだが、伊藤は本当に行動が極端過ぎる。

 根は真面目で良い奴なんだが、こういった行動が多いからより変な印象を持たれやすいのだ。



「あ、あの、先輩。気遣って頂き、ありがとうございます」



「いやいや、こちらこそ済まないね。伊藤はこう見えて根は真っすぐな男なんだけど、今みたいに極端な行動をとりがちなんだ。だから、変な行動に出たら遠慮なく俺に知らせて欲しい」



「おい、それでは俺が迷惑をかける可能性があるようではないか!」



 いや、俺が知っている伊藤という人物であれば、今後間違いなく朝霧さんに迷惑をかけることになると思う。

 何故ならば、伊藤は一度思い立ったら、世間の目など一切気にしないからだ。



「……今後、朝霧さんに昼食を求めたりしないと言えるか?」



「……駄目なのか?」



「常識的に考えて、上級生が後輩の弁当のおかずを奪っちゃ駄目だろ……」



「俺は奪う気など無いぞ?」



「下級生、しかも中等部の女子が、伊藤のような強面の上級生に頼まれて断れるはずないだろ!」



「むぅ……」



 伊藤は難しい顔で黙り込んでしまう。


 我が道を突き進む男だが、決して常識が無いわけでは無い。

 正論を突きつければ、自らの行動を見直す理性はしっかりと持っているのだ。



「しかし、伊藤にここまでさせるってことは、その朝霧ちゃんの弁当って本当に美味しいってことだよな?」



 そう言って、物欲しそうな目で朝霧さんの弁当を見つめる塚本。

 折角伊藤を止める事に成功したのに、今度はお前か……



「……アタシも興味あるかも」



「お前ら……」



「あ、あの、宜しければ皆さんも一品ずつ、どうぞ」



 そう言って朝霧さんはおずおずと自分の弁当を差し出してくる。



「朝霧さん、ちゃんと断っていいんだよ?」



「いえ、お二人だけにというのも少し気が引けますので……。それに、美味しいと言ってもらえて、私も嬉しかったですし」



 そう言ってはにかむように笑う朝霧さん。

 それを見て自然と表情が緩みかけ、慌てて引き締める。



(いかん、いかん……)



 さっきから、朝霧さんの笑顔が破壊力あり過ぎて動揺しっぱなしである。

 可愛い小動物の動画を見ると自然に頬が緩むものだが、アレと同じかそれ以上の和み成分を含んでいるのではないだろうか……



「お、じゃあ遠慮なく貰うぜ! いただきまーす!」



「アタシも、この肉団子貰うね!」



 二人はほぼ同時に朝霧さんの弁当に飛びつき、猛禽類のような勢いでおかずを掻っ攫っていく。



「っ!? マジでうまい!」



「嘘でしょ……、修君のより、美味しい……」



 二人はそれぞれ違うおかずを取っていったが、どちらもそれぞれ美味かったようだ。

 味の好みというのは千差万別だったりするものだが、全員美味く感じたということは、好み抜きで本当に美味いと感じさせる説得力があったということだ。。



「全く、世の中は広い……。まさか、このような少女がいようとはな…」



「……気持ちはわかるんだけどさ、さっきからどこぞの強敵とでも出会ったような言い回しは何なワケ?」



「気にしないでやってくれ……。これが伊藤という男なんだ……」



「……本当滅茶苦茶ね」



 まあ、伊藤のこのキャラクターは、初めて会った人間には受け入れがたいだろうな……

 俺も塚本も、最初はコイツのこと絶対ヤバイ奴だって思って近寄らないようにしていたし。



「あの、皆さん、どうもありがとうございます。お口に合ったようで良かったです……」



「こっちこそありがとうね! 朝霧ちゃん!」



「……あ、ありがと」



 塚本はともかく、前島さんが素直に礼を言うとは意外だな……

 いつもこの調子なら、もう少し会話がしやすいのだろうに。



「あ、そうだ朝霧さん。俺達ばかり貰って悪いし、俺のおかずもどうぞ」



「宜しいんですか?」



「うん、流石にさっきのだし巻き卵には敵わないけど、ここの学食は本当に美味しいんだよ。是非朝霧さんにも食べてもらいたい」



 この学食は、学生向けの情報サイトでも非常に評判が良い。

 誰が調査したかはわからないが、学食が美味しい学校ランキングでも堂々の1位を飾っていたりする。

 そのせいか、一般開放されてる期間なんかは、非常に繁盛しているのだ。



「そ、それでは、頂きますね」



 朝霧さんが、控えめな手つきで俺のお盆からおかずを取る。

 先程の二人とは比べ物にならない程慎ましいな……



「ん、本当だ……。凄く、美味しいです」



「でしょ? 結構地元じゃ評判なんだよ」



 あんなに美味しいお弁当を飛べているのだから、もしかしたら口に合わないかも? と思ったが杞憂だったようだ。



「あ、朝霧ちゃん、俺のも俺のもってぇぇ!? 何するの前島さん!?」



「空気読めし!」



 あの二人はさっきから時折揉めてるけど、一体何をしてるのやら……




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