087 脱・牢屋
~黒野祐里Side~
「冒険者ギルドは抑えた。これで、拘束の時間も、生死も気にする必要はなくなった」
「ようやくか。子犬にしては時間がかかったのう」
「強引に抑えることが最近増えたからじゃろう。こじつけが過ぎるぞ、ワシの部下を愚弄するか」
「はん。そうカッカするでないわ。心配せんでもお主をこの座から引きずり下ろしてやるでのう」
「貴様……」
「ハッ。おいジジイども、客を招いておいて身内で言い争ってんなよ。低俗さがバレてんぞ」
俺の処理をしようと宣言してから数分、コイツらは全く俺に触れることも無く言い争ってばかりだった。
ジメジメした牢の中は、その数分ですら不快感がわいてくる言い知れぬ不気味さがあった。いまだ何が目的なのかすら分からないことが、それに拍車をかけている。
つまり、俺が割り込んでまで放った言葉は、不快感に煽られ、我慢できずに煽りを入れてしまったものってことだ。恥ずかしいね。
そして、お相手はそれにおかんむりなようだ。
「小僧が吠えよる。まさに子犬ではないか、お主の手下に加えてやったらどうだ? 命を救われた恩で忠義を誓うじゃろうて」
「ふざけるのも大概にしておけ。さっきも言うたぞ、まずはこの小僧の処理からじゃ」
「ふん……薬の用意は? 」
「そんなもの、とうにできておるよ。錬金術師も備えておる」
「では、投与せよ。鎖で縛ってはおるが、反抗には気を付けるのじゃぞ」
老人の声の1つが号令を下すと、すぐさまギィィィという牢の扉が開かれる音が聞こえてきた。そして、それと同時に老人の声はもう聞こえなくなった。
にしても、薬の投与か。わざわざ大立ち回りして俺を捕まえて被検体にするってことはないよな。 コスパが悪いにも程があるし。てことは、他の目的のために眠らせたいってのがありそうなところか。
一応『状態異常耐性』のスキルは持ってるが、レベルが低い。抗えるならそうした方がいいな。てか、一時的だろうと薬で意識が無くなるのは面倒だ。わざわざ捕まってても目的は聞けなさそうだし、さっさとここを出よう。
「ふっ」
バキン、という大きな音を立てて俺の身体に巻き付いていた鎖の一部がちぎれた。手元が1番力が入りやすいから、そこを破壊した。そこからほどくだけで、ほらこの通り。一瞬で脱出するマジックでござんす。
いくらスキルを封じようと、200に届きそうなレベルによる膂力は封じられてないからな。
「チッ、やっぱ『気配察知』が仕事してねぇな。『気配感知』……ダメか。じゃあ『隠者』起動。よし、装備はいけるな」
(『聴覚強化』『空歩』起動)
イヤリングに付けている『聴覚強化』を起動したことで、薬の投与に来た者達の足音を正確に補足できるようになる。『空歩』を使って自分の足音は隠し、そいつらの向かってきた方向を計算。
鉄柵の方向を割り出せば、後は簡単。ぶち破るだけだ。
こちらに詰め寄る足音を避け、4歩進んで、横薙ぎの蹴りを入れる。
ドガァァァァアアッと轟音が鳴り響き、牢が破壊された。なんか気持ちいいな。こっちの世界に来てからスキルや技術、道具ばかりに目を向けて、単純なパワーを活かした戦いができてなかったように思う。
だからかな、こうしてただ殴る蹴るで解決するのがとても気持ち良く感じるのは。
牢の外へ出た瞬間、言いようのしれない不快感が少し軽減されたことに違和感を感じる。ただ解放されたことによるものではなさそうだった。
「『気配感知』……使える。でも……」
老人の声が言ったように、スキルを完全に封じられるのは牢の中だけみたいだな。不快感が減ったのはそのエリアから出られたからか。だが、依然として軽くだが不快感が続いている。どうやら、スキルの出力が落ちているみたいだった。
「建物全体に完全なスキル封印処理をするには金が無かったのか、それとも単に不便だからか……お前らはどう思う?」
「この状況で我々に話しかける余裕があるのですか。見上げたものですね」
雑な問いかけに返ってきたのは、思ったよりも高い声。つまり、女の声だった。心底呆れた、という感情が乗った声だが、クレイのような土人形じゃないとはまだ断言できないな。
「……あと、『鑑定』も使えないんだけど何か知らない?」
「何を馬鹿なことを。暗闇では対象が見れないのですから使えなくて当然です」
「…………敵にそんなこと教えちゃうなんて、もしかしてキミ優しい?」
「愚かですね。時間稼ぎに決まっています。牢から出た時点で緊急事態用第5作戦は始動しています。そして、時間稼ぎには、あと数秒付き合って頂きます」
「ッ!? 熱烈に求められるのは苦手なんだ! よしてくれっ!」
女が語気を乱さずに刃物を投擲してきたので、咄嗟に土壁を創って防ぐ。が、それだけで崩れ落ちてしまった。出力の落ちが想像以上にキツい。
それに、向こうは暗闇の中を見れているらしいな。多分魔道具によるものだ。
……あれ、暗視の魔道具を創る時間稼ぎが必要だと思ってたけど、いらないじゃん。『暗視』のスキルあったわ、そういえば。
「『暗視』」
スキルの使用によって、何も見えない完全な暗闇は、何かある気がするすごい暗闇に変化した。おい仕事しろ『暗視』。
ただ、それによってぼんやりとだが廊下の形が分かった。牢屋の左右に道が続くシンプルな造りみたいだ。気のせいかもしれないけど。……右と左、どっちに行くか。
考えながらも、途絶えることの無い刃物の投擲を捌き続ける。
「終わりですね。各員、もう一度装備の確認を行いなさい」
女の声がそう言うのと同時に、プシューッという、あからさまに毒かなにかを散布してる音がいたるところから聞こえてきた。
「ど」
1番大きい音が牢屋の中からで、これが多分ダミーだ。牢からの音を対処した後に逃げて廊下を走ると、そっちに充満した薬でやられる仕掛けかな。
「ち」
とはいえ、でかい音の発生源は潰すしかないか。それだけ毒だか薬だかの散布が早くなっちゃうだろうし。爆風で散らせれば御の字って感じで。
「ら」
そう考えるのとほぼ同時に、『魔力創造主』で手榴弾を創り、投擲する。一瞬のちに、再びの轟音。牢を破った時とは比べ物にならない大きさの音に、耳が一時的にやられる。咄嗟に『聴覚強化』を切っておかなければ、鼓膜が死んでいただろう。危なかった。
あと今度、イヤリングに『耳栓』も追加しておこう。ちょうど1枠空いてるし。
「に」
女の声の主を巻き込んだのか、空気音の発生源を潰せたのか。それらを確認したいところだが、頼りの聴覚は一時的に使用不能。視覚もほぼ死んでる。多少はマシになったとはいえ、この暗闇じゃまだ『鑑定』は使えない。
「し」
軽い眩暈……いや、これは平衡感覚が無くなってるだけか。薬の影響だな。レファの毒薬より即効性は無いようで、動きやすくて助かる。吸い込んだ量も関係あるか。
「よ」
コア・ネックレスから解毒ポーションを3本取り出す。もしもの時に備えたエリクサーは、まだ10本しか創れていない。素材不足によるものだ。魔力だけでの創造はコスパが悪すぎるんだよな。だから、もったいなくてこの程度では使いたくない。
「う」
複数の女のうめき声が聞こえる。ずっと投擲を警戒していたけど、どうやら手榴弾に巻き込んでたみたいだな。そして、うめき声が聞こえるってことは耳が少しだけ回復したってことだ。
「かな」
よし、俺は左の道を選ぶぜ! ……くそう、ノリが良い奴がいれば「ウエカラクルゾー! キヲツケロー!」って言ってくれるはずなんだが。1人だと虚しいだけだな。
俺は天運で進む道を決めると、すぐに廊下の左へ走り出した。壁に右手で触れながら、とにかく進む。
道中で『毒遮断』の能力を付けたマスクを創造して、そのマスクを付ける前にもう一度解毒ポーションを飲む。我ながらなかなかの用心深さだ。
そうして再び走り出した次の瞬間、足元に違和感。気付けば、何かに引っかかって転倒してしまっていた。用心深さとは一体……いや、これは暗すぎるせいだから俺悪くないわ。うん。
「グゥっ……」
床の冷たさを頬で感じる。太ももの下にある小石が邪魔だ。そして、腹の辺りに鈍痛。いや、レベルが高い影響で鈍痛に抑えられているだけで、本来なら気絶ものだろう。手で触れればわかる、腹にでかい針が刺さっている。グロそうって意味で怖いんだが、背中まで貫通してないだろうな?
そして、その針にも毒が塗ってあったのだろう。途端に意識が遠くなる。散布されていたのを吸った時とは比べものにならない速度だ。解毒ポーションを口に持っていこうとするが、倒れ込んだ時に割れてしまっていた。
段々と朦朧としてきた意識に、女の声が響いてくる。声からして牢屋の時と同じ奴だ、多分。
「『暗視』に頼りきりだからこうも呆気なく終わるのです。あれは基本的に受け取る光を増幅させるだけですから、完全な暗闇ではほとんど意味がありませんからね。……報告。対処完了しました。番犬1、規定通り目標の移送にかかります」
その声も次第に遠くなり、途切れる意識の中最後に考えたのは──
ああ、やっぱ苦労してる方が異世界っぽくていいわ~。『状態異常無効』のスキルは、いろいろ終わった後でルチルとアゲハにはあげようかな~。
──であった。
評価お願いします。
下の☆を★にしてくれると嬉しいです。
主人公はスキルオーブを創造してスキルを比較的自由に獲得できますが、それをチートだと勘違いしてるので縛ってます。耐性スキル以外にも、千里眼とかアイテムボックスとか結界とか発展属性魔法も取ってません。
でも、転移できる魔道具はこの間作りました。アイテムボックスはコア・ネックレスですね。千里眼は忘れてるのでノータッチですが。
主人公としては、オーブ創造は本来の使い方じゃなさそうだし反則っぽいからなんかやだなぁ、強すぎるしなぁ、という感じです。
前にも軽く描写しましたが、一応もう一度補足ということで。




