086 妖精・人
妖精。神が作り出したとされる、世界を安定させる遣いの一種。属性を司る精霊とほとんど同じ存在で、妖精は属性以外の何かを司る。
ただし、精霊の区分である大精霊、精霊王のような強さの差が妖精には存在しないとされている。これは、同じものを複数の妖精が司る例が確認されていないからだろう。
また、生物と神を司る妖精も確認されていないが、理由は判明していない。
────〈創世、神の作り出した数多の存在に迫る〉第4章 「神に作られたという神霊族とは」 132ページより引用
「何かをつかさどる……確か、あの声は“書庫”の妖精って名乗ってたよな」
「うん。嘘かもしれないけど」
「んー、この本にも妖精の強さについては書かれてないし……どうしたもんかなぁ」
「ね。他の人に突っ込んで貰ったら手っ取り早い」
「確かにな。生贄になってもらうのが1番簡単で早いか。となると、誰を選ぶかだけど……」
「うん。藤崎花乃、黒木瑠子、廣井修斗、茊瀬心海は狙い目。ホントなら悪堂悠真もだけど、最近様子がヘンだから無しで」
「藤崎さんは苦手だな……よし、じゃあ黒木さんから順に当たってみようか」
「ん。いこ」
生贄、とは言ったが死んでもらう訳では無い。もちろんその危険性もあるが、選出基準は生き残りやすさだ。
彼らの中で1番分かりやすいのは、廣井修斗だろう。彼は、とにかく運がいい。そして、それを自覚した立ち回りをする。特性はシンプルだが、その分と言うべきか、性格がひねくれているのが厄介。
黒木さんは……なんでだろうな。確か、彼女の第1オリジンは『睡眠』。いつでも、どこでも、どんな状況でも眠りにつくことができ、疲労を完全に回復する快適な睡眠が約束されている便利スキルだったはず。生存に役立つものでは無いはずだけど……
まあ、褥が選んだんだし問題ないか。俺も眼が良ければもっといろいろ分かったんだろうなぁ。羨ましくないと言ったら、嘘になる。でも、そんな気持ちは力を疎ましく思っていた彼女に失礼だろう。そんな素振りは見せないようにしないとな。
「黒木さん。少し時間取れる?」
ダンジョン攻略が一段落し、今日はクラスメイト揃っての休日だ。ちらほらと昼食が終わっても食堂に残ってゆっくりしていたメンツの1人、黒木さんに声をかける。
黒木さんは、俺から声をかけられたことに驚いたようだった。
「珍しいわね。いつも無言で他人と関わろうとしなかった貴方達が声をかけるなんて。……時間は大丈夫だけれど、その前に1ついいかしら?」
「ああ。なに?」
「貴方と、貴女も。名前を教えてくれる?」
「……俺は幽崎白夜。こっちは妹の幽崎褥だ。あんたは、黒木瑠子、で合ってるか?」
「ええ。……ゆうさき、びゃくや、しとね……うん、3日もあれば覚えれるでしょう。それで、要件は何かしら?」
どうやら黒木さんは、2人の名前を覚えるのに3日かかるらしい。随分と生きにくそうだ。マイペースっぽいし全然気にしてないんだろうけど、ついそんな偏見に満ちた感想を抱いてしまった。
「ついてきてくれないか。それが1番早くて、分かりやすい」
「…………分かったわ。行きましょうか」
交渉するまでもなく、事情の説明すら無しに連れ出すことに成功した。会話のタイムラグからして、いろいろ考えてるんだろうけど。チョロすぎるな。いや、普通はクラスメイトに警戒しないのか。
まあ、肯定も否定もしないことで直前になって拒否する目を残している辺り、ただのバカという訳でもないだろう。
褥の先導のもと、再び例の鉄扉にたどり着いた。前回と違うのは、3人いることと堂々と移動したこと、そして妖精について調べていること。
妖精と敵対する事になったら、黒木さんに任せてなんやかんや。友好的なら、黒木さんには帰ってもらって調べる情報は秘密に。報酬は後で払う。あまりにも完璧な計画だ。
「褥、そっち側頼むぞ」
「ん」
2人がかりで扉を開ける。中には変わらず、本棚が3つ鎮座している。妖精と名乗った例の声はまだ聞こえないが、どこからか視線を感じる……気がする。気のせいかもしれない。
「おい来たぞ、いないのか?」
「……ちょっと、ゆうさき君?」
あえて、闇取り引きをしてる風な声かけをする。妖精が現れなかった時、黒木さんに誤解してもらうためだ。
だが、そんな些細な保険もすぐに無駄になった。そう、例の声が聞こえてきたのだ。
「待ってたよ、この間すぐに帰ってからずっと待ってたんだ。また会えて嬉しいよ~」
「そうか、それは良かった」
「……理解が追いつかないわ。この声はどこから? ここはどういう部屋? どういった目的で私を連れてきたの?」
黒木さんが滔々と呟きながら、額に手をやり首を振っている。目の前の現実が理解できないのだろう。気持ちはわかる。
が、そんなことに構わず、妖精は話を続ける。そして、俺達もあえてそれには触れない。……質問攻めなんて面倒なだけだから。
「“書庫”の妖精、君は書庫を司っているんだよな?」
「そうだよ~、妖精はひとつの概念に取り憑いてその概念と自身を安定させるんだよそうなんだよ。世界の安定のために神に作られた天使が、下請けとして作り出した悲しい存在なのさ~」
「天使……ああ、あのウザい喋り方をした女みたいな奴か? 下っ端の神かと思ってたけど天使か、なるほどな。」
「そうだね~、君たちは神に会ったことがあるんだねそうなんだね。根源がブレてるのが分かるよ、神に会った影響なんだね」
「根源……? よく分からないな」
何を言っているのかはわからないが、やはり敵対しそうな気配はない。警戒は続けよう。
部屋に入った時に感じた視線は、いつの間にか感じ無くなっていた。やはり気のせいだったようだ。
「それで……結局お前は地縛霊みたいなもんか? この部屋……いや、“書庫”から出られないのか?」
「霊なんかと一緒にするなって前にも言ったよね」
声だけの妖精は、今までのどこか特徴的なしゃべり方を急に辞め、咎めるような口調で一言放つ。正直、恐怖を隠せなかった。俺の後ろに隠れていた褥も、一瞬ピクリと身動ぎした。
多分、語尾を伸ばした穏やかな口調からのギャップが、余計恐怖を掻き立てたんだろう。
「っ!? ……すまない、失言だった。許してくれ」
「……別にいいけどさ、それくらい。でも、対等な相手として見てくれていないってことが伝わったから、悲しくなっただけだよ」
……対等な相手、か。そういえば、百年以上人と会ってないみたいなこと言ってたな。人間の友人が死んで俺たちにそれと同様の価値を求めてるのか?
「……悪かった。今までの態度を謝るよ。そして、少なくとも君を敵として見るのはやめることにする」
「それは違うよ。敵でもいいんだ、対等なら。でも、種族のくくりで見るってことは、無意識にでも対等に見れていないってことなんだよ。“認識”の妖精ピュネラもよく言っていたよ、言葉とスキルには認識が表れるって」
「それは……そうかもしれないな」
確かに、常識外の生物だと無意識に線引きはしていたかもしれない。いや、仕方ないことだと今でも思うけどさ。向こうからしたら悲しいことだったんだろう。
……いや、というか、めんどくさいなコイツ。俺の言動が悪かったのは事実だけど、ほぼ初対面の相手にどれだけの事を求めてるんだよコイツ。
「……なんか段々腹たってきた。もう無視して本漁るぞ、褥」
「わかった」
「ふふ、うん、それでいいんだよ。本はご自由にどうぞ、知識の塊たる書物は、万人に開かれた希望の扉だ。ボクが制限することはないよ~」
俺と褥は、再び語尾を伸ばす口調に戻った妖精を完全に無視して、目当ての本を探し始めた。
「…………本当に、なぜ私は連れてこられたのかしら……」
急に機嫌が良くなった妖精の鼻歌だけが響く書庫で、憔悴したような黒木さんの呟きはよく響いた。
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