082 転移・王
目が覚めるとそこは、噴水の前だった。レンガで円形に縁取られた壁の中に水が溜まっており、中央から高くに吹き上げられた水によるものだと理解できる。透き通った水の底には金属による排水口があり、水を循環させているのが分かった。
目を左右に振れば、見慣れない景色が広がっていた。遠巻きに、見慣れない服装の人々がこちらを見ている。石造りの家々が立ち並び、窓には花が飾られ、路地の上には紐が垂れ下がっている。外国の街並み、というのが1番しっくり来る感じだ。
目を後ろに回す……のは流石に私でも無理なので、大人しく後ろを向いてみれば、他のクラスメイト達がそこにいた。その呆けた表情を見て、この状況を理解する。
ああ、これは異世界転移というやつだ。
༅
我に返ったしの先生は、私達に待機を命じた。切羽詰まったような声と、表情だった。教師として、何かしらの焦りを感じているのかもしれない。ただ、次第に待機しているわけにもいかなくなる。
金属の鎧に身を包んだ人達が、私達を包囲したからだ。不良もどきが喧嘩を売ろうとするが、しの先生に睨まれるとすごすごと引き下がった。
あのバカには、恐怖という感情はないのだろうか? 確か、白い空間で神?と会った時にも喧嘩を売ってなかったっけ。
私達に敵意がないのが何とか伝わったのか、兵士の1人が声をかけてきた。こういう時、言語が伝わらなくて更なる揉め事に発展する、というのがお約束だと聞いていたが、驚くことに兵士が発したのは日本語だった。
「貴様らは何者だ! どこから来た! 転移の魔道具によるものならば、貴様らの所属国へ問い合わせなければならない! 答えろ!」
「……え、これ、マジ? 手の込んだつまらないドッキリ番組かと思ってたけど、さすがにおかしくない? ねぇ、カノはずっと泣いてるし紅谷は飛びかかりそうだし、いい加減にしてくんないかなぁ。今ヤバそうな状況だって分かんないの? 早めに状況確認するべきっしょ」
「千彩、今はそれより兵士になんて返すかの方が大事」
「蛍……うん、そだね。じゃあ、センセ、あとは任せた」
「へえ!?」
こっちでうだうだやっている間、兵士達は律儀にも待機してくれている。私達がどこの国の人間か分からない以上、問答無用で手を出すのは危険、ってとこかしら?
千彩さんに促され、しの先生が一歩前に出て兵士に向けて声を張る。……嫌な予感。もしかして、馬鹿正直に状況を話すつもり? その危険性、普通の人ならいくらでも思い浮かぶと思うんだけど……
「私達は、地球という星から来ました! 突然、神と名乗る方に誘拐されて……! 右も左も分からないんです! どうか助けてくださいませんか!」
終わったわね。奴隷コースだけはやめて欲しいところだけれど……
༅
「お初にお目にかかる、異世界の人々よ。私はこのノーランド王国の国王、レシュタット・レイベル・ノーランドだ。よろしく頼む」
「わ、私は、後ろにおります子供たちの教師をしております、篠宮晴菜と申します。長くなりますので、子供たちの名乗りは省略させていただきます……」
「うむ。さて、早速だが今後について話をするとしよう。私は、諸君らに衣食住の提供を約束する。さすがに人数もおるし豪勢なものとまではいかんが、不自由は感じないはずだ」
「あ、ありがとうございます! 本当に助かります!!!」
「良い良い。それで……交換条件、という訳でもないんじゃが、衣食住を与える変わりに、お主らに冒険者となり、我が国の抱えるダンジョンの攻略を頼みたいのだ」
交換条件じゃねーか、と、その場にいた全員が思っただろう。バカ──不良気取りの紅谷くんなんかは、小さくだが口に出していた。
というか、そもそも──
「えっ……と、その、ぼうけん……しゃ? だんじょん? というのは、何なのでしょう……」
「……ふむ。これは失念しておったな。事前に常識の確認まで行わせておくべきじゃった。……仕方あるまい、この話はまた今度としよう! 今はゆっくりと休息を取るがよい! 個室は都合がつかなかったが、城内に部屋を用意しておる、また説明役を向かわせるので下がるとよい! また、諸侯全て、彼女らに個人的な接触をすることは許さん! ……以上だ」
「今回の謁見はこれまでと致します! 謁見者は退場なされよ!」
肩から垂れ幕を下げたような、いかにも文官に見える服装をした男の号令で、私達は豪華な謁見室を出た。あれよあれよという間に突然国王との謁見だ、皆は放心しているように見えるが、仕方ないことだろう。
私は私で、奴隷コースでは無さそうな雰囲気に安堵していた。まだ油断はできないが、要求を真正面から投げてくれる国王が相手なら、多少は安心してもよさそうだ。
ただ、疑問なのは、王がこの状況を異様に冷静に飲み込んでいること。事前に神からのお告げか何かで知っていたか、黒幕か、もしかしたら異世界転移とやらがよく起こる世界なのかもしれない。
謁見室の扉が閉まると、兵士の1人が声をかけてきた。どうやら部屋まで案内してくれるらしい。
「申し訳ありません、皆さまの緊張を解すように言われてはいるのですが、自分は兵士一筋でして……話すのは苦手なのです」
「ああ、いえ……大丈夫です」
無言の空気に耐えきれなかったのか、それともさすがにまずいと思ったのか。兵士がおずおずと謝罪をいれてくる。が、こちらとしては反応に困るものだった。話すのが苦手、というのは嘘では無いのだろう。
兵士に先導されて長い長い廊下を歩き、何度も曲がって更に歩き、階段を下ってまた歩き、ようやく目的の部屋に着いたようだ。
「こちらが皆様用の大広間ですね。食事を行ったり、歓談の場としてお使いください。昼時のちょうど良い時間ですし、一旦昼餉に致しましょう。食事を終えた後、寝室の案内と致しますのでお声がけ下さい。部屋の前で待機しております」
「あ、ありがとうございます……」
はたと気付く。しの先生がたじたじなのは、全身鎧の人間と対面したことが無いからかもしれない。無理ないわね、本人が優しく接してくれようと、格好だけで威圧感があるんだもの。
「わあ! めちゃくちゃ豪華だ!!! みんな見てよ!」
「うお、すげえ……こんなでけぇシャンデリア、初めて見たぜ」
「こっちもやべえ! モン〇ンでしか見たことねぇよこんな肉!」
「何このスープ、すごく良い匂い……透き通ってて、キラキラしてて……」
「金箔がかかってる……無駄に金箔が散らされてる……金持ちこわい……」
クラスメイト達が豪華な部屋と食事に釣られて好意的な反応を見せる。でも、そんな中でも浮かない顔をしている人もチラホラ。異世界に居ると実感して不安に襲われたのか、「合格者」と仲が良かったためか。
そう、噴水前に飛ばされてから国王と謁見するまでに、一悶着あったのだ。それは、「合格者」と呼ばれた5人がいないことについて。
黒野祐里、雪屋鵠、日崎花陽、天井豪人、佐藤進。天使(っぽい人)や神に「合格」と言われていた彼ら5人の姿は、どこにも見当たらなかった。
学年が上がって1ヶ月程度しか経っていなかったけど、当然仲が良くなる人達だっていた。日崎花陽と仲が良かった藤崎花乃は発作のように泣き出し、雪屋鵠を愛でていた女子生徒達は発狂一歩手前だった。
それでも、突然走り出したり動かなくなったりする人がいなかったのは、やっぱり自分は無事だったからなんだろうか?
私──黒木瑠子はといえば、席が後ろだった黒野祐里以外にはまだほとんど接点が無かった。その黒野祐里とだって、次の授業の準備についてたまに話す程度だったし、悲しめと言われても難しい。
私が異世界転移に多少なりと理解があるのは、彼と話した内容にそれが含まれていたからだ。別の世界に学生達が飛ばされる、まさにこの状況のような話を。その彼は「合格者」で、ここにはいなくて……もしかして、黒幕?
──バカバカしい、とは言えないか。普通だったら切り捨てるような考えだけど、目の前の現実はそれを許してくれないだろう。
「──ちゃん。るこちゃん。大丈夫? 聞こえてる?」
「……? 貴女は……」
「あ、まだ名前覚えられてない? やっぱりかぁ、何回か話したんだけどなぁ」
「ごめんなさい。意味の無いことを覚えるのが苦手で」
「ふーん? じゃあ、名前の意味を教えたら覚えてくれるの? ……なーんて、冗談冗談、そゆ意味じゃないよね」
突然、名前を覚えていない女子生徒に話しかけられる。同じクラスなのだから、見覚えくらいは当然ある。
話しかけてきた女子生徒は、その明るい瞳でこちらを覗きながら、改めて名乗ることもせずにペースを崩さず話し続ける。
「そゆとこ、やっぱゆりくんと似てるよねぇ。あの子も名前覚えるの苦手だった。席が近いと性格って伝染るのかな? ……冗談だってば、そんな目で見ないでよぉ」
「私、貴女のこと苦手だわ」
「だよね、知ってる! だって前にも聞いたもん!」
我ながら失礼なことを言ったと思うが、彼女は意に介さない。表情こそ眉を寄せたものになったが、声色からは不機嫌さを感じられなかった。
「……それで、なんの話?」
「んっとね、私とるこちゃん、同じ部屋なんだってさ! 寝室の話ね!」
「……そう」
どうやら、異世界というものは試練を課してくるらしい。難儀なことだ。
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3章開幕です。でも、主人公がお休みかというとそうでもないのです(媚び)。
にしても忙しい……だがしかし、自業自得……




