閑話 斯くして未来は進行した
時間だ。学院──闘技場では、試合が始まる直前。そのタイミングで、赤い変異種が解き放たれる。でも、そっちは任せて大丈夫。彼が全部倒してくれる。
問題は、ルチルっていう女の方。最初の何回かは分からなかったけど、彼女はユーリが空から飛び出したのを見て、外に飛び出して毒で死ぬ。それが何もしなかった時に起こる「未来」。
でも大丈夫。既に、国王様にクレイ達を向かわせてもらった。彼女も強いから、力じゃ足止めは難しいけど。東口だけ大急ぎで魔道具の処理をしてもらえば、少なくとも死ぬことはない。王城に干渉することもない。
王城の襲撃も始まったみたい。階下で音が聞こえる。国王様が手を握りしめるのが分かった。
本当なら、別の場所で事件が始まるのを待っていたかったんだけど。このタイミングでこの部屋にいないと、なぜかレファ──錬金術師に鉢合わせる可能性が異常に高かった。
この襲撃は、ほとんどの人に知らされていない。知らせた場合は、男爵達のたくらみが成功する確率が高くなりすぎるからだ。内通者の特定が出来ればよかったんだけど、絞り込むところまでしかできなかった。
ごめんなさい、この選択で、6人の人が死んでしまう。でも、襲撃を知らせると6人どころじゃない。最悪のパターンだと、何百人という人が……
数の多さで人の生死を話したくないけど、それが、“良い”未来を選ぶということ。
そして、ここからが大事。まずはエメ・ローブを説得して、彼を通らせてもらう。彼女のスキルは守りに強いみたいで、まともにやり合うと、慎重に戦う彼では倒すのに時間がかかる。
赤い変異種に襲われず、レファにも会わずに彼女の元にたどり着けるルートは、もう分かってる。「未来」で、何回も通ったから。
私はぺこりと国王様に一礼して、部屋を飛び出した。
༅
「ねえ、お姉ちゃん!」
「あん? なんでガキがこんなとこに……うん? お前……厄介なスキル持ってそうな匂いだな。刺客か?」
エメ・ローブ。この人は、とても優しい。本当に裏の人間なのか疑ってしまうくらいに。刺客を疑っているのに、拘束もせずに対話をしてくれるんだ。普通じゃありえない。過去に「未来」で話してきたテロリスト達は、もっと容赦がなかった。
「私は、『未来視』の巫女。アンナ・レウル。お話があって来たの!」
「……チッ、ホントくせぇな。聞こう」
「このあと、一人の男の人がここら辺を通るの。その人を見逃して?」
「はぁ? なんだそりゃ。訳わかんねぇよ。つか、俺もサボっていいんならサボるさ。でも、そんなことしたら後で男爵に……雇い主に怒られちまう。だから無理だ。帰れ」
「その雇い主はいなくなる。錬金術師と一緒にね。その人を通してくれたら、未来はそうなるの。だから、お願い」
彼女は、「未来……未来ねぇ……」と呟きながらアゴをさすっている。信じかねているというよりも、迷っている感じだ。
彼女は、男爵達を殺して欲しいと思ってる。だから、彼が男爵達を殺せる可能性が低くても、それを匂わせるだけで心はかたむく。でも、それはだめ。バトルジャンキーみたいな性格だから、変に「彼は強いから、男爵もレファも震舌も咎も撤退に追い込む」なんて言えば、絶対に突っかかる。
正解は、彼の強さを匂わせないこと。なるべく意識をそらすこと。予想外の強敵として出会えば、男爵達を殺せるかもしれない、という風に短絡的に考えてくれる。「未来」ではほとんどそうだった。
「彼が来れば、国王や王妃、私は守られる。そして、男爵達は、あなたを置いて遠くに消える。移動の魔道具とスキルを奪ってね。分かってるんでしょ? 1人だけ王城の外でお留守番なんだもの」
「てンめェ……チッ。はあ、そうか。なるほどな。やけにニヤニヤした目で見てくるなと思ってたんだ。そういうハラかよ。クソ野郎共め! 壁に埋まって死んじまえ!」
やっぱり優しい人だ。怒ってるのに、私に怒りを向けないようにしてくれてる。私がわざと子供っぽい言動を意識してるものあると思う。間違いなく、「未来」で愛着の湧いた人の1人だね。
これで、もうここは大丈夫。次の場所に向かおう。……まだちょっとフラフラしちゃうな。『未来視』の反動、思ったよりは軽かったけど長引いちゃってる。でも、倒れるわけにはいかない。未来が、かかってるから。
「私、もう行かないと。お願いね、お姉ちゃん!」
エメ・ローブは、背を向けたまま手をヒラヒラと振って私を送ってくれた。
ちなみに、この人のことを「お姉ちゃん」ではなく「お姉さん」と呼ぶとゲンコツがふってくるので、気を付けないといけない。
第一印象すごく悪かったなぁ……もう、懐かしいって思っちゃう。「未来」だけど、もう過去だから。
༅
「国王様、戻りました」
「お疲れ様、アンナ。もうやることは終わったのかい? 終わったなら、今しばらく休むといい」
「アンナちゃん、ベッドを使うといいわ。消臭はちゃんとしてるから、おじさんっぽい臭いはしないはずよ」
「アルメダ……まだ加齢臭はしないと思うんだが……」
「まあ、臭いって自分じゃわからないものだし……」
「なに!? 」
ありがとうございます、と返事をする間もなく仲良さげに話しだす2人。優しく迎えてくれたことに、感謝しかない。
王妃様のお言葉に甘えて、ベッドに倒れ込む。お2人は、話しながらも心配そうにこっちをチラ見している。気付かれないようにしているつもりかもしれないけど、バレバレだ。
「国王様、変異種は依然警戒が必要です。少しずつ戦線が近付いてきますから、気を抜かないでくださいね」
「分かった。……そういえば、魔物がいる中でどうやってこの部屋まで戻ってきたのだ?」
「国王様が外出許可をくれた時から、少しずつ抜け道を増やしましたから。……宰相さんに言って作ってもらったんですけど、報告はなかったんですか?」
「……あのバカ、黙ってやがったな。相変わらずアンナの事になると甘い……」
国王様は額を抑えて何かしら呟いていた。本当に大丈夫だったのかな……?
そうして部屋で待機していると、なんとか決着が着いたようで兵士が報告に来た。しかも、彼が会いに来てくれるって!
……もちろん分かってる。国王様に会いに来るんだ。私のためじゃない。この世界では、私と彼は初対面。
でも……えへへ。もう、会えないかもって思っていたから、顔がニヤけるのが抑えられない。どうしよう、「未来」でもこんなこと無かったのに。
ペチペチと頬を叩くと、国王様たちが不思議そうにこちらを見てくる。あ、頬を叩いたせいで赤くなっちゃったらどうしよう!
頬をむにむにと揉んで、ニヤけないように心を鎮めているとドアがノックされた。慌ててベッドからはね起きて服と髪を整える。ふらつく体も、今だけは真っ直ぐ立ってくれた。
ドアが開かれる。彼が入ってくる。見慣れた顔。見慣れた髪色。見慣れた服装。涙が溢れそうになったけど、髪を整えるフリをして目をおさえて、なんとかこらえた。一瞬目が合う。あ、私が国王様達の娘だって勘違いしてそう。
さっきまでは泣きそうだったけど、次は笑っちゃいそう。たいへんだ。
気付いたら、彼は退室していた。なぜか、すごく喋ったような喉の渇きを感じる。私は、上手く笑えていただろうか。上手く喋れていただろうか。
国王様と王妃様が話している最中なのに、全身から力が抜ける。無理やり体をひねって、なんとかベッドの方に倒れ込んだ。
私のオリジンスキル『未来体験』は、不便な力だ。スキルが発動すると、私はいつ始まるのかも、いつ終わるのかも分からない「未来」に囚われる。事件を解決してもずっと続いて延々と同じことを繰り返したことも何回かあった。
特に今回は、彼と事件後まで会わない選択をした。それは、「未来」での情報がほとんどない選択肢……でも、情報なんてなくても分かるよね。関係性が薄くなる以上、事件後に会える可能性は低くて当然なんだもの。
また、「未来」で事件後の世界をどこまで見れるのかは完全に運。それでも、なんとか見れた続きの世界からして、彼と事件後に会えない可能性は、とても高かったはず。
それを思うと、やっぱりこの世界で彼と顔を合わせられたことは、奇跡なんだと思う。仲良くなれなくても、本当に十分な奇跡だ。
不意に目の端が熱くなる。鼻が詰まったような錯覚を覚える。
国王様も王妃様も優しいから……汚さないようにすれば、きっと、ちょっとだけ泣くくらいは許してくれるかな……
評価お願いします。
一応、前話からの続きとなります。前話で疑問に思った部分も、いくつかは明らかになったのではないでしょうか。なんでそんなに悲観的なんだ、とかね。
また、前話で出てきた「壁」についてですが。ユーリからアンナへの「壁」は2枚。
①恋愛対象として見られたくない。
②国から大事にされてそうだしあんまり深く踏み込むのはよそう。貴族だし。
アンナからユーリへの「壁」は3枚。
①巫女だから勝手なこと(恋愛)はしたくない。
②仲がいい女性がいるらしいし、踏み込みにくい
③「未来」で仲良くなっても、現実とは別。だから、「未来」の感情(恋愛感情含む)を現実に持ち出すのはよくない
以上です。また、今更ですが、『未来体験』の中の世界が「未来」で、現実が未来という表記にしてるつもりです。
前話の投稿でブックマーク数が1減ってしまったのがとても残念でした。彼女が完全な負けヒロインだと思ったのでしょうか。こんなに可愛く書いたのに。でも、ヒロインとして可愛い部分が見れるようになるのは少し先になりそうです。
待ってて……頑張るから……
それはともかく。
アンナちゃんマジ天使。はい、復唱どうぞ。
よろしい。では、また。




