閑話 斯くして未来は選ばれた
右も左も分からない。気付いたらいつの間にか死んでいる。渾身の一手は何も起こせず、人々は私の思惑なんて関係なしに世界を動かす。
それが、私の知っている「未来」だった。正確には、『未来視』の中でだけ見ることができる未来だ。
信じられないほど強大で、信じられないほど不便な力。この力は、私にとっては絶望と後悔を思い出させるだけの、心の底から嫌いな存在だった。
もちろん、期待してくれてる皆の前ではそんな素振りできないけどね。
だから、今回も同じだと思ってた。いつ終わるか分からない、絶望の時間がまた始まったんだと萎えそうになる心を必死に奮い立たせて。青みがかった「未来」の中に、足を踏み出した。
周りの期待に答えようと、そうやる気に満ちていたのは最初の最初だけだった。私が初めて未来を選んだ時から、私の心は懺悔と謝罪で埋め尽くされていた。
“良い”未来を選べる様になったのは、自分の死に慣れ、知り合いの死に慣れ、恐怖を抑えられるようになった4回目の『未来視』からだった。
私が「未来」を動かせるよう、「万全な護衛と共に」という制限はあれど、自由に城を出て国中を歩き回ることを許可されたのは大きかった。いつの間にか、街で見かける人々が私を慕ってくれるようになったのも嬉しくて、心の支えになった。
国王が言っていた、「『未来体験』の巫女」だと語呂が悪くて民衆に広まりにくそうだから、公表することになったら「『未来視』の巫女」という名で呼ばせよう、というのはよく分からなかったけれど。
そうして色んな人の支えがあって、私は“良い”未来を選んだ。でも、街の人々は怠惰になってしまった。
それまでは噂程度だった『未来視』の巫女である私の存在が国民に公表されると、非常事態時の国民の動きが途端に悪いものになったのだ。
「俺たちの国には『未来視』の巫女様がいるんだから、俺たちが逃げる必要なんてない」
「私たちには『未来視』の巫女様がついてるんだから、目の前のけが人は無視しても問題ない。きっと巫女様がなんとかしてくれる」
「この国には『未来視』があるんだから、俺が目の前の人間を助ける必要はない」
そんな訳ない。『未来視』で、全ての困りごとに対処してくれるって? 彼らは、私を過保護な親だとでも思っているのだろうか。全ての痛みから守ってくれる、都合のいい神だとでも思っているのだろうか。……そんな訳ないのに。
きっと、私がバカだったんだ。「未来」に怯えて、少しでも心の支えが欲しくて、道ばたの少年に助けを求めた。行きつけの喫茶店のマスターに教えを乞うた。よく世間話をするおばさんに意見を聞いた。
ただ『未来視』で「未来」を体験するだけの私は、それでどうなるかなんて──未来がどうなるかなんて、考えもしなかった。
私の考えなしの行動が、さっき言ったように『未来視』を公表することになった原因だった。
それから、「未来」はより厳しく難しいものになった。
甘えた彼らに、兵士が「『未来視』で災厄が起こるのを見た」と伝えても。必ずどこかに、動きすらしない人がいる。甘い「未来」に囚われた人がいる。
私が死んだ回数も、それからとても多くなった。それで負担が大きくなったのか、『未来視』の反動で寝込むことが極端に増えた。というか、多分寝込まなかったのは2回目と3回目だけだったと思う。
だから今回も、辛く長い「未来」という旅が始まるのだと、そう思っていた。
「っと、なんでこんなとこに人が……しかも子供が。今ごたごたしてて危ないから、どっかに隠れないと。……んー、でもやっぱ俺と一緒に来た方が安全かもしれない。どうする?」
そうして道ばたで拾ってくれた彼は、私というお荷物を抱えて苦戦しながらも事態を収めてくれた。1回で表面上の事件が解決するなんて、初めてだった。
だけど、彼の知り合いの女性が学院で亡くなってしまったみたい。気にしていないと言ってはいるけど、その目は黒く渦を巻いているようで。城の被害も大きいし、気になることもある。……私は、他の未来を模索することにした。
「お嬢さん、こんなとこでどうした? 王族の子か? 怪我はない? よし、じゃあこっからは俺がすごい結界で守ってあげるから安心していいよ。……ところで王様どこにいるか知らない?」
そうして王城の入口で変異種から助けてくれた彼は、私を部屋に隠し、頑丈な結界で保護して守ってくれた。そしてすぐに全てを解決してくれた。
だけど、また彼と仲のいい女性が亡くなってしまったらしい。……この未来もだめ。学院側に布石を打っておかないと。不安が的中して発見した、妨害してくる女性の対処も考えないと。
「……頼ってくれて良かったんだ。それで、良かったんだ。……いや、悪いな。八つ当たりなんてかっこ悪いことしちまった。……すまない。俺なら治せたはずなのに……エリクサーくらいいくらでも創れたはずなのに……」
そうして笑いながら泣いた彼は、死にゆく私を抱えてくれた。きっと、この「未来」が続いたなら。すぐに全部を解決してくれるんだろう。
でも、これで予想外の襲撃犯が誰なのかは分かった。「鍵」を使わせちゃだめだ。……どうやったら使わせずに済むんだろう?
「死に際に見るのが美少女か。ま、幻覚にしてはいい仕事してるか。……悪いな、せっかくなら溜め込んだ金とアイテムを生き残る奴に渡したいところだったが……コア・ネックレスから引き出す魔力すら残ってないんだ……」
そうして命を失った彼は、全ての敵を撤退まで追い込み、キーパーソンである男爵と錬金術師を殺すことに成功した。でも、エメ・ローブ、震舌、咎、レファに加えて、震舌が使った別の鍵で召喚された無限の魔物が相手では、彼も生き残ることができなかった。……おかしい。私が関与していないはずの部分に変化が起きてる。どこから連鎖したの……?
「大丈夫。大丈夫だ。気負いすぎるな。お前がなんとかできるかもしれないからって、お前が全部背負うってのはおかしいんだ。応えられなかった俺たちにも、責任がある。そこは勘違いしちゃダメなんだよ」
そうして私に微笑んでくれた彼は、私と一緒にこの世界を、「未来」を諦めた。何度も何度もやり直して、ついに、彼に頼った末に。私が、まだ試行錯誤を続けるつもりだと悟った彼に、そんな言葉を言わせてしまった。
強さとは、魅力なんだと思う。彼は強いから、私はどうしても彼をどう動かすか考えてしまう。……辛くなると、頼りたくなってしまう。
優しさとは、誇りなんだと思う。彼は優しいから、どんな状況でも、私を、皆を助けてくれた。そしてそれが、彼の重りになってしまった。なのに、面倒くさそうな顔をした彼の目は、いつも前を向いていた。
愛とは、未来なんだと思う。私は、多分彼が好きだ。一緒に学校に通ってみたいって思うし、彼が学院を卒業して他の国に旅するなら一緒に行きたいって思う。でも、その未来は選ばない。私は、この国の巫女。「未来」を託された、巫女だから。
強くなりたい。どんな重りがあっても、目の前の全てを助けられるような強さが。
優しくなりたい。どんなに辛い状況でも、諦めずに目の前の人間を助けることを選べるような優しさが。
愛してほしい。彼に。そして、愛したい。
でも。『未来視』なんかなくても分かる。彼は、きっと私じゃ届かない所にいる。私と「壁」を挟んでる。そして、こっちからも「壁」を作ってる私には、彼が作った「壁」を突き破るなんて、できっこない。
でも、許してほしい。他の小さな犠牲が出ても、彼の周りだけはどんな犠牲も許せない私を、どうか。……いや、これは許してもらったらダメなやつかな。
ずっと、ずーーっと『未来視』なんてなければって思ってたけど。彼の色んな表情を知れたことだけは、褒めていいと思える。
ああ、私の心が決まったからだろうか。「未来」が終わって、未来が始まる。まだ完璧な未来は探りきれてないけど、彼の言葉を信じて、彼に頼りきってしまおう。もちろん、私もやることはやるけどね。
青みがかった「未来」は、いつからかそんな曇りも晴れ。視界の端から、黒い光に包まれてゆく。現実が近付いてくる。
あーあ。もっと一緒に居たかったな。もっといっぱい話したかったな。もっと声を聞いていたかったな。全部放り投げて、一緒に甘い物でも食べに行く「未来」を1回くらいは見ておけばよかった。
ふふ。でも、もう会えなくても。もう話せなくても、見れなくても。大切なものはいっぱい貰ったからいいんだ。 私は、これからも頑張れる。 頑張るから!
──だから、たまに泣くのだけは許してね……




