081 騒乱
何やかんやあって、国王から報酬の話が出たり、貴族位をやるからこの国に留まる気はないかというテンプレの話題が出たりもした。報酬は、とりあえず思いつく物が無かったので保留ということにしてもらい、貴族の方は丁重にお断りした。
……俺は、地球に戻る気はない。可能なら、この世界にずっといたいと思う。でも、俺は別の世界の人間だ。この世界に深入りするつもりもまた、ない。
国王は後処理やら諸々で、例え延期にしたとしても、結局今期の学年対抗戦は見に行けそうにない、とこぼしていた。アルメダ王妃は、それをニコニコと見つめ、アンナは困ったように微笑む。
王子や王女がいるのか知らないが、俺からしたら彼らは仲のいい親子にしか見えなかった。
アンナは、『未来視』の関係で、王城で生活しているらしい。強大な力だが、国王直々に守っているのならばそれなりに安全だろう。
また、騎士達が赤い変異種に押されていたのは、一重に『凶暴化』によるものだったらしい。早い段階で、奴らが1度倒せば驚異的に強くなってしまうと気付いた騎士達は、未来視の巫女の言葉に従い、攻撃は最低限の防衛戦へ切り替えた。アンナによれば、浄化の炎以外に対処法が視れ無かったらしい。適当にやったんだけど最適解だったっぽい。
༅
「おや、ユーリさん。お久しぶりです」
「お前は……確か、門兵の。久しぶりだな。こんなとこで何を?」
「レファという錬金術師が仕込んだ魔道具の処理ですよ。もう既に完了しているので、ここら一帯も安全です。ご安心ください」
「……うん? そういや、確かお前、クレイって名前だったっけ?」
「ええ、そうですよ?」
……てことは、こいつが泥人形? ウソデショ? 瞬き、髪のなびき、関節の動き、目線の滑らかさ……どこを見ても人間にしか見えないんだが。
そう思っていると、クレイの方から話しかけてくる。
「ユーリさんは、既に我々のことをご存知なのですよね。では、正式に名乗らせて頂きましょう。私は泥人形のクレイ-5。一応、議会ではなく、国の方に所属しております」
「待て待て、情報量増えすぎだよ待ってくれ!」
「……はて? データベースによればユーリさんにはレベル4の情報開示許可が出ているのですが……」
「ああ、うん、多分国王が何かやったんだろ。いや、しかし……お前、人間じゃなかったのか。いや、今でも信じられないんだけどさ……」
「それは光栄なことです。初期コンセプトから外れた失敗作とはいえ、我々が傑作であることには違いありませんからね」
ダメだ、コイツと話すには俺の知識レベルが圧倒的に足りていないようだ。お勉強が必要です。
「俺はもう行くよ、待ってる奴もいるだろうし」
「生徒と観客たちは比較的落ち着いています。待機時間が長すぎて一時は暴れる方が出る間際までいきましたが、すぐに襲撃犯鎮圧の報せが出せましたから」
「そっか、分かったよ。ありがとう」
「いえいえ。それでは」
会話にパターンが組まれてる感じもしない。めちゃくちゃスムーズだし、柔軟なんだよなぁ。うーん、やっぱり人間にしか見えん……
༅
「ただいま」
「ユーリ!」
「ユーリさん!」
「ユーリさん、無事だったんですね……! 良かったです……!」
闘技場に戻れば、既に土壁は無くなって、生徒は一塊になって待機していた。
観客の方を見てみれば、教師たちが複数人で事情を説明してなんとか抑えているようだ。対して生徒達の方は特にそういった様子は見えない。まあ、教師から指示があれば従うのが学生ってもんだからな。貴族とはいってもそこは同じなんだな。
ルチルにウィズィ、フロースから熱烈に迎えられていると、試合前にノブレス達と言い争っていた、清楚然とした美女が話しかけてきた。
「ユーリさん……ご無事だったようですね。同じクラスの者として、安堵致しましたわ」
「貴女は先程の……申し訳ありません、家名すら把握しておらず……」
「ああ、いえ。貴族でもなく、話したことも無い方にそこまで強要することはありませんよ。ご安心ください。それに、我が国には『未来視』の巫女様がいらっしゃるんですもの。最悪は起こりませんわ」
「それは有難い。また、ご心痛を与えてしまったこと、謝罪致します」
俺の適当な敬語でも誤魔化せたのか、清楚美女さんはニコリと微笑んで下がって行った。
それを見たムムが、感心したように呟く。
「さすがはナノア様。聖女の呼び声は伊達ではない……という感じですね」
彼女はナノアという名前らしい。覚えるのに時間がかかりそうだな。そういや、黒豹のアジトにいた少年(少女)も似たような名前だったっけ。ラン……いや、ラム……リノ……思い出せん。確か、今はウィズィの家に預けてるんだっけ。
話題がきっかり変わってしまうが、気にせずにウィズィへ尋ねることにした。
ルチルはいつの間にか、遠くへ離れている。人見知り出てるな……まあ、俺も他クラスの集まりにいつまでも居座れるほどメンタルが丈夫ではないんだけど。
「なあウィズィ、お前んとこに預けたチビって名前なんだっけ?」
「え、突然ですね。えっと……確か、ラノア、だったと思いますが。どうしたんです?」
「いや。ふと思い出しただけだ。国王とアンナは何も言ってなかったから、俺が引き取ることになる可能性は低いと思ってるんだけど……ラズダム家に預けたままってのも申し訳ないからな。どうしたもんか」
と、気付くと周りが一層静かになった気がする。見てみると、何があってもこちらに興味を示さなかったボサボサ髪の男子生徒や、ノブレスに心酔している様子だった双子姉妹などまで、一人あまさずこちらを見つめていた。いや嘘、これでもこちらを見ない生徒が一人いた。頑固すぎるだろ。
みんな、驚いたような表情だ。
……国王の名前を出したからか。迂闊すぎた。え、でも今のボリュームで聞かれてたの? 地獄耳すぎるだろ!
「……ユーリさん、今何と?」
「うお、なんだよムム。顔近すぎだろ」
「いいから答えなさい。今誰の名前を出しましたか?」
いつもと全く違う口調で問い詰められる。
どうやらしっかり聞かれているようだと分かったので、諦めることにした。もともと、Sランク冒険者なのは絶対隠したい訳じゃなかったから、諦めるのは速かった。
「……はぁ。国王だよ。まあ、ちょっと頼まれごとがあってな」
「……いえ、そこではありません。いや、勿論そこも気になるポイントではありますが……その後、誰かの名前を言いませんでしたか? 」
「ええ? 誰かって……俺なんか言ったっけ?」
「……アンナと、そう言いませんでしたか?」
アンナ? 国王は置いといてアンナの事を聞かせろと?……ああ、彼女は『未来視』の巫女だからな。この国の貴族ともなれば、その子息であっても彼女の安全には気を遣うんだなあ。なんかちょっと優先順位低い国王が可哀想に感じてきたよ。
「ああ、別に危害を加えたりしてないよ。まあ、大した頼まれごとがあってな」
「……」
「……」
俺が肯定を返すと、ムムは黙り込んで固まってしまった。と、今度はウィズィが話しかけてくる。
「ユーリさん、アンナ様はお元気でいらっしゃいましたか?」
「ん? ああ。少し疲れた様子はあったけど、国王の前だったからか気を張ってあんまり疲れを見せないようにしてた感じはあったな。何となくだけど。あと、照れた顔が可愛かった」
「あ」
「ん?」
「今……なんと?」
「うお、急に喋るなよビビるだろ。というかちょっと離れろムム」
ウィズィがしまった、という顔をした直後にムムが動き出す。
突然、別のクラスの方から叫び声が聞こえてきた。その叫び声の主は、叫びながらこちらへ走ってくる。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああユゥゥゥゥゥゥリくぅん!!!!!! アンナ様と!!! アンナ様に!!! 照れ顔ってぇ!?!!!?!」
「うぉおおおああ!?!? お前は確かAクラスの元気な火属性の赤髪!? 」
入学式が終わってSクラスの教室を探している時に出会った赤髪の少女が、俺の元まで突然突撃してきたのだ。
赤髪少女が発狂してる横を通ってウィズィがこちらへ来て、小声で話しかけてきた。それは、先程の苦渋の表情とは打って変わって吹っ切れたものだった。
「アンナ様は、その強大な能力に見合わぬ愛らしい容姿と性格で、国民から……それこそ、本当に貴賎の別なく圧倒的な支持を得ています。狂信的、と呼べるほどに心酔する者もいるくらい。そのアンナ様の照れ顔を見た、国王に頼まれ事をされる、時期公爵と仲良さげな謎の平民。……これから、大変なことになりますね」
……あー、なるほど。いらん一言を付け加えてしまう悪癖がやらかしちゃったようですねー。こっちの世界に来てからあんまり喋ってないから悪さしなかったけど、ここにきてやっちゃったかー。なるほどねー。
ムムが赤髪少女の発狂に連鎖して発狂して問い詰めてくる。清楚美女さんが話しかけたさそうにこちらを見ている。厨二ムーブをしていた男子生徒がチラチラとこちらの様子を窺っている。少し離れた所にいた関わりのない女子生徒がいつの間にか後ろにいる。「私達親衛隊を差し置いてー」と叫ぶ集団がSクラスを包囲すした。フロースは空気を読んだのか既に遠くへ脱出していた。近くにはルチルの姿も見える。
「うわー。時間戻せねぇかな……」
祐里の異世界学生生活は、ここからより一層波乱万丈になるようだ。
いつから居たのか、もみくちゃにされている祐里を見て上空で透明な妖精が爆笑していた。
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さて、ようやく第二章終了です。閑話を挟んで第三章ですが、クラスメイト編を予定しております。
そして、その閑話なのですが。この次に投稿する話は前書き・後書きを書きません。そのため、こちらで書いておきたい内容を伝えておきます。
046話「発覚」での、巫女についての記述を少し変更しました。自分で思っていたのと違っていた&何書いてるかよく分からなかったので。
わざわざ読み返さずに済むよう要約すると、巫女のスキル『未来体験』は、「周囲の人間に被害が起きる約1か月前に自動で発動する、強大だけど不便な力」だということです。
では、第二章の読了ありがとうございました。黒豹がユーリをキレさせ、ユーリは皆をキレさせるお話でした。




