079 震舌
「石人形に仕込んだ毒薬は〈17番〉……即効性の〈1番〉〈3番〉〈7番〉のような即死毒は強力だが、一定量を飲み込まなければ意味が無いからの。気化し、呼吸器官と脳へダメージを与える。割と最近作った毒薬じゃ、堪能してくれ」
爺さんの声が聞こえる。もう勝った気でいるようだ。まあ、スキルレベルは低いが『状態異常耐性』を持っててこの症状だ、普通だったら終わりなのは間違いない。でも、トドメも刺さずに長々とネタばらしなど……いや、違うか。窮鼠猫を噛む、追い詰められた俺からの反撃を警戒しているんだな。毒を追加で投げつけてくる様子もない。ペラペラ喋ってるのも嘘な可能性があるか。
じゃあ、これ以上毒くらってても意味ないな。
「『魔力創造主』・エリクサー」
「んん?」
「ふぅ。気持ち悪かった」
「…………んん?」
エリクサーの創造で状態異常は全て解除された。HPは元からほとんど減っていなかったのでそっちは変化なしだが、スタミナは回復できた。
そもそも、目眩も吐き気も魔力欠乏の症状で慣れている。それじゃあ大して問題にはならない。
爺さんはこちらをジト目で睨んでいる。
「……はぁ。やはり先程のSランクという言葉は聞き間違いではなかったのか。攻撃も防御もぬるかったから勘違いしておったが……そうか、支援型か。よりによって相性の悪い」
爺さんはブツブツと呟いた後、こちらへ話しかけてくる。
「お主、名前は?」
「は? なんだ突然。ユーリだ」
「そうか。では、次はお主を殺せる駒を揃えてから相見えるとしよう」
「っ!」
逃げるつもりだ、と理解した瞬間に手元の剣──黒炎雨アビストラーチェを変形させて弓に戻す。
「雷装ッ!!!」
「ぐぅっ!!」
やはり雷の速度では止めることはできないようだ。しかし、攻撃をくらって痺れで動きを阻害されながら、爺さんは首元のペンダントを引きちぎった。
それになんの意味があるのかは、すぐに分かった。目の前の、ユーリとレファの間の空間が一瞬歪む。そう思った次の瞬間には、そこに2人の男女が立っていた。
「おいレファ。お前タイミング最悪だぞ。咎のスイーツタイムだったんだぞ。俺殺されるじゃねぇか」
「むぅ……もう! 震舌くん嫌い! スイーツ返して!!! もう~~!!!」
「ほれ見ろ。暴走1歩手前だぞこいつ」
「ぐぅ……ワシの知ったことではないわ。契約じゃろうが! というか計画が始動していることは気付いていたじゃろう!?」
こちらを無視して話し出す3人。爺さんはこちらを警戒しているようだが、新しく出現した2人組は本当にこちらを気にしていないようだ。
攻撃するべきか。でも、爺さんがいるだけで距離を詰められないのが痛い。武器ではなく直接身体を止められたら終わりだからな。
そう考えていると、話題が俺に変わる。
「つーか、契約は男爵のフォローだっただろうが。なんでお前を助けることになってんだ」
「ねぇ、スイーツ諦めることになったのってあそこの男のせい? ねぇ、おじいちゃん答えてよ」
「同時に質問するでないわ! 男爵はヤツの足下に転がっておる、契約は男爵とワシら2人のフォロー! エメがどこに行ったかは知らんが、とにかくワシらを助けてくれ! ……あと、ワシがお主らを呼び出したのはヤツにやられそうになったからじゃ」
女は一瞬鋭い目でこちらを睨んだ後、男に話を振る。こわい。
「やっぱりそうなんだ……そういえば、前はすごく気持ち悪い目だったのに今日は割と普通寄り? このおじいちゃん本物?」
「お前がブチギレてるのと追い詰められて余裕がないからだろ。コイツは天才だしバカで狂人だが凡人でもあるからな」
「なんでもいいや! とにかく私はアイツ倒してくるから! スイーツ代奪ってくるから!」
「そりゃいい。俺はその間に男爵を奪還しよう 」
どうやら戦闘再開のようだが、状況が悪すぎる。背後で延々と戦っている騎士たちは、少しずつ押されて戦線を下げている。なるべく速くカバーに行きたい。さっきのテレポートみたいなやつで男爵が奪われたら最悪だが、すぐそうしないのは理由がありそう。
仕方ない、男爵は殺すのが確定か。なぜこんな事を起こしたかが分からずじまいになるが、他に手段はないだろう。でもすぐに殺したらソッコー逃げられて終わりだ。なるべく引き伸ばして爺さんを仕留める隙を狙いたい…………いや、欲張りすぎだ。間違いなくこれは失敗するフラグだ。諦めるべきだな。
アリアーチェをコア・ネックレスにしまう。敵3人がその動きを警戒するのが分かった。そう判断した瞬間、女が飛びかかってきた。
「『召喚』・箔刀」
「『偽金貨の譲り合い』っ! つー!」
「『位相ずらし』」
全てを無視して男爵の首に切りかかるが、先程のように一瞬空間が歪むのが見える。恐怖からか涙と鼻水が垂れている男爵の首に刃が入り、切り落とすギリギリのところで男爵の身体が消えた。
と同時に、チャリーンという金属の音が聞こえ、身体が動かなくなる。背中に衝撃。多分女に殴られたのだろうが、ダメージはそんなにない。レベル差がありそうだ。そんな事を考えているが、受け身も取れず目も閉じれないままで、運悪く瓦礫が目に入ってしまった。
片目が見えなくなったが、痛みに苦悶する声すらあげられない。ああ、レベルアップよ。どうして目玉の強度も上げてくれないんですか。……それにしても、本当に身動きが取れなくなってしまった。
追撃が来るかと待ち構えていると、男の声が聞こえてきた。
「咎! そっちは解除して男爵の治療をしろ!」
「え~、でも……」
「さっさとしろタダ働きになるぞ!!!」
「むぅ、分かったよぉ! 『偽金貨の譲り合い』!! てん!」
女の叫び声と同時に、体の自由が戻ってくる。痛いっちゃ痛いが、あの毒と同じだ。慣れてる程度の痛みでしかない。まあ、武器術の訓練で受けた痛みに比べたらな。今はアドレナリンも出てるだろうし。
「……『魔力創造主』・エリクサー。……クソ、箔刀が折れてる」
箔刀は強度がとてつもなく低い。俺が殴り飛ばされたのと同時に飛ばされて折れたか。後で【再創造】してやらないとな。
敵さんは敵さんでワチャワチャやっているようだ。追撃する余裕はまだあるが、女の能力が化け物すぎる。どうすればいい? 見てみれば、切ったはずの男爵の首は元どおりに完治している。
そもそも、俺がここに来たのは国王の救援のためだ。爺さんを抑えることで赤色の追加を防ぎ、爺さん本人が攻めることも妨害できると思って戦っていたが……退いてくれるなら、それが最善なのかもしれない。
「思ったより面倒な依頼だったな」
「私に治癒やらせるなんて……苦手だって知ってるクセに……もうチップ1枚しか残ってないし……」
「アホ。敵さんが聞いてるぞ」
「あんな弱っちーのに聞かれても怖くないもん!」
「なにがもん!だ。お前の初見殺しにかかっただけだろう。しかもお前もオリジン封じたら勝てねーでしょうが」
「それは……そうだけど……」
俺が聞いていると分かってそんな会話をするとは、随分余裕なようですね~、あははは。
ともかく、男達はさっさと退散するつもりのようだ。あの一瞬の移動方法を使われたら、この距離では何をやっても無駄だな。
「じゃあな。名前も知らんし、もう会うこともねーとは思うが。俺は震舌、江閣宋の出だ。また遊ぼうぜ。……ほら、咎」
「……私は杠 咎。江閣宋出身のさすらい人。スイーツ代くれたら許してあげる」
「え、挨拶する流れなの? ワシさっきやっちゃったんじゃけど」
「いや、こりゃ江閣宋流だよ。強い奴、強くなりそうな奴には名を名乗る。そういうもんなんだ。……あそうだ、一応言っとくけど俺がこのハゲ達に協力してるのは契約で金を貰ってるからだ。ハゲとは元から知り合いってのもあるが……とにかく、俺たち2人は人体実験なんてクソだと思ってるしハゲや黒豹の仲間じゃねーからな!」
震舌はそう言うと1歩下がる。咎もそれに続いて下がると、爺さんはドヤ顔で1歩前に出た。
「んじゃ、赤色の始末はアンタに任せて俺たちは行くよ」
「……俺はユーリ。そしてこっちはスイーツ代の金貨1枚だ。よろしく」
「え! スイーツ代!」
そう言って金貨を弾くと、それなりの速さで飛んだそれを震舌が軽々と受け止めた。
「わ~、良い人だ! さっき殴ってごめんね! ねぇ震舌くん、あの人も仲間にしない? 良い人だと思うんだよね! ねぇねぇ!」
「ま、アイツが遠距離でも強くなったら誘ってもいいんじゃねーの? アイツなんか自分の目的持ってそうだけど……まいっか。じゃあ、今度こそ。おいハゲ、そこだと置いて行くぞ」
「え、ちょっとまっ」
騒々しかった面々が消えるのを見届けてから、俺は後ろを振り向いた。長い時間放置してしまった騎士たちのフォローに入らないと。
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爺さんは戦いには慣れて無いけど襲われるのには慣れています。
また、アリアーチェの雷装を受けながらペンダントを引きちぎったところなど痛みに慣れているような様子を見せてもいますが、自分の改造はしていません。彼の美学です。自分は自分のまま、悪の幹部らしくあろうとし、悪の幹部として恥じない行動をしたい。そんな感じです。
あーだこーだ言ってますが、男爵の方で失敗した子供を使って錬金術するヤバいやつなので悪しからず。
ちなみに爺さんはロボットとか好きだけど、『錬金術』だと作るのが難しいので『機械作成』『機械操作』などのスキルを買うためにお金を貯めています。




