062 回避
エリゼ魔道学院。魔道王国エリフィンに存在する最も大きな学習機関で、貴賤の別なく、老若男女の別なく。先天的・後天的関係なく魔法が使える者は入学金さえ捻出出来れば誰でも入ることができることで有名である。
ただ、貴族の中には当然よく思わない者もおり、特に貴族という存在を特別に思っているもの達は貴族専用の学院に子供を送っている。
しかし、その貴族専用の学院──エンドルフィン魔道学院は、入学金が非常に高く、賄賂を贈った者を優遇しすぎた結果、賄賂がなければ成績もまともにつけてもらえないような有様だ。結果として、選民思想を持っている者でも、平民を嫌いながらもエリゼ魔道学院に通う者がほとんどだ。
そのため、このようなことも頻繁に起こる。
「貴様のとっている態度は貴族に向けていいものではない! 貴族は! 貴様ら平民の上に立つ者だ! 自分が俺達の足もとに這いつくばるべきだということを思い出させてやろう! 貴様に決闘を申し込む!」
「なんで学校始まって3日でSクラスですらない奴に喧嘩を売られているんだ俺は……?」
一限目の授業は必修科目の〈魔法概論〉。この授業は既に昨日一度目をすませている。基礎の基礎だが、かなり面白い話だし結構タメになったので、できれば受けたいのだが……
「あー、私は授業があるので。失礼します」
「なっ!? 貴様! 貴族を馬鹿にしているのか!? それに、逃げるというのか! 誇りの欠けらも無い奴め!」
「馬鹿になどしておりません、当然敬っておりますとも。しかし、私も一学徒。この学院に籍を置く者です。その本懐を優先させて頂くことはできませんでしょうか」
「なっ……くっ……そんな詭弁をぉ!」
「ル、ルーデル様。この言葉遣い、もしかして人違いなのではありませんか?」
「なにっ!? 髪色も瞳の色も話どおりなのだぞ! ……いや、しかし……確かに服装が全く違っているのは、少し気になっていたが……」
速い。チョロい。高等部に通う貴族とはいっても、子供。次期当主とか、次男三男とか、口先での騙し合いも未経験なのだろう。
「……もうすぐ一限目が始まってしまいます。どうか、お許しいただけないでしょうか?」
「ぬっ……ええい! 分かった! さっさと行くがいい!」
「ありがとうございます」
“ぬっ”てなんだ“ぬっ”て。しかし、ルチルが先に登校してて良かったな。あいつは目立つから、一緒に登校していたら間違いなく特定されていた。……今度から日替わりで服装を変えて登校しようかな……
教室に着き扉を開けると、フロースが声をかけてくる。
「ユーリさん! おはようございます」
「おはよ。敬語なくていいんだけど……しばらく無理そうだね」
「恩人ですから! 頼まれないと敬語を使います!」
「頼まれれば敬語やめるんだ」
「それはもちろん! 恩人なので!」
自力で勝ち取った成果を“人のおかげ”にすり替えるのはあまりいい事だとは思わないが……まあいい。
いつも通り──と言ってもまだ3日だが、最後列の窓側の席に陣取る。ウィズィの隣に座ったのは、黒豹の話がしたかっただけだから、あれは例外だ。
「なあフロース、フロースは貴族からなんか言われたりした?」
「なんか……ですか? 平民がSクラスにいるってことで変な目で見られはしますけど……とちらかというと、みなさん敬遠して話しかけるのも遠慮してる感じですよ?」
「ふむぅ……やはりウィズィのせいか」
「どうかしましたか?」
「……ウィズィか。俺もよく分かってないが、ほかのクラスの貴族っぽい男に決闘を申し込まれてな」
「おやおや……それで、朝から疲れた様子だったのですか」
ウィズィがまた話の途中から混ざってくる。何なんだこいつは。途中から話に入るのが趣味なのか。毎回毎回割り込んできよって。
「ま、決闘は結局うやむやにして逃げてきたんだけどな」
「え゛」
「……どうしたフロース? ……ウィズィもどうしたんだ?」
フロースが変な声を出し、ウィズィは固まって動かなくなる。
「決闘は……貴族として正当に認められた制度なんです。それを蔑ろにするのは……」
「……その相手によりますね。後々訴えられでもしたら、本来なら罰せられることになります。ただ、貴族側からすると、自分からふっかけた決闘をかろんじられ、貴族としての言葉を軽々しく取り下げたことで周りからの評価が大変なことになるでしょうから……」
「……俺が軽率だったか。適当に倒してくれば良かったな」
「どうでしょう。結局は相手次第です。貴族としての知識が得られる立場の者なら、余程愚鈍でなければ隠すことが最善であると分かるはずですから。
それに、ユーリさんとしてもあまり力を誇示したくないという思いがあったのでしょう。最悪はユーリさんの立場を押し付ければ泣き寝入りさせることもできますから、一生牢獄なんてことには間違ってもなりませんよ」
「……結構えげつないこと考えてるな」
さすがは次期公爵。しかし、まだSランク冒険者という立場に慣れていないからひとつの道を示してくれるのは案外助かる。
そんな話をしていると時間になったようで、教室の扉を開けてクオーラ先生が入ってくる。……名前合ってるよな?
「はい! じゃあ早速はじめるよ! うん、多分全員出席してるかな、よろしいよろしい。それじゃ、〈魔法概論〉の2回目の授業をはじめま~す。プリント後ろに回してね~、1週間後に授業が本格的に始まるまでプリント増え続けると思うけど、そこは我慢してね!
はい、じゃあ初めに昨日の復習も軽くしましょう!まずスキルとしての魔法の在り方と他のスキルとの差異から……」
怒涛の勢いで授業が始まる。クオーラ先生は最初の顔合わせからずっとこのテンションだが、見ている方が疲れてしまいそうだ。……こんどエナドリ(的雰囲気のポーション)でも差し入れよう。
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