004 爺
目が覚めるとそこは、雪国でした。嘘です。このネタはまだ2回目、つまりこれは天丼。俺のレパートリーが少ないという訳ではないと強く言っておこう。
トンネルを抜けてないのにそのネタはどうなんだってツッコミは甘んじて受け入れよう…
さて、無駄な思考はこれくらいにして、状況確認だ。目の前にジジイがひとり。さっきの女よりも、なんというか…威厳というか、オーラがある。でも、あの信じたくない仮説を信じるとしても、多少はこっちのペースを通したいところ。
慎重に行きたい気持ちも当然あるけど、情報が足りなさすぎる。リスクを取って、ちょっと強引にいこう。
とりあえず寝たフリ。
「ふっ……よくぞ合格したの、地球の現界のボウズよ。儂の名は…って待ておいこらボウズこら。ぼーっとしとると思うたら今度はなにいきなり寝ようとしとるんじゃいおい、話を聞けい」
「あ、どうもこんにちはおじいさん。はじめまして。そしておやすみなさい。」
「うむ、おやすみじゃ若人よ。礼儀正しくて好感が持てるって待たんか! あれ!? 儂今寝るの止めたよね!? なんでまだ寝ようとしてるの!?」
「さっきからなんなんですかおじいさん、初対面の相手に向かって無遠慮すぎやしませんか? 俺、さっきまで寝てたのに途中で起きちゃったから眠気がすごくて。だから寝かせてくれません?」
「いや待って!? 頼むから待ってくれ! 話を聞いてくれるだけでいいんじゃ! すぐ終わらせる、ほんとだから! だから寝る体勢に入らないで!」
五月蝿いジジイだ。威厳の中に好々爺然といった雰囲気をしてるからいい存在かと思っていたが、他人に迷惑をかけるとはな。裏切られた気分だ。でも主導権はギリギリこっちがとれた。
……まあ、わざと取らせてくれたんだろう。知らんけど。
というか、さすがにここまで要素が揃ってたらまだなにも言われてないけど察しちゃうよなぁ。異世界転移か、異世界転生か。ラノベでよくある話だ。全オタク達が1度は夢に見て、そして諦めたアレだ。信じたくない仮説がまさにコレのこと。
さんざん現実逃避してきたが、さっきの転移で逃げきれなくなった。すごく悲しいよ。いや、少しは嬉しいかもしれないが、あれは物語、ファンタジーだから良いのであってだな……
「うむ、話を聞いてくれる気になったようじゃの。ようやっと話が進むわい。あー無駄に疲れた、後で湿布貼っとこ」
「関係ないこと言ってないでさっさと進めてくれません?時間がもったいないです」
「え、原因の10割キミだよね何その言い草!? お主のがよっぽど無礼なんじゃが!?」
「はいはい、すみませんごめんなさい。ほらおじいちゃん、謝ったんだから許してあげて?」
「…………コホン。ウ、ウォッホン。ふ……よくぞ合格したの、地球の現界のボウズよ。儂はリベルム。お主らの言葉で言うのならば神、という存在じゃ。概念としての神とはまた別じゃがのう」
なにも無かったことにしたな。そして、神、か。とくれば、もうさっきの予想も大正解待ったなしってことだ。後半の、概念云々についてはよく分からんが。
ちなみに、このジジイは厳かな雰囲気を出そうとしてるけど、それは大失敗している。なぜなら、こいつは光っているから。後光が差しているとか光輪があるとかそんなんじゃなく、頭頂部がだ。こうはなりたくないな。
「あのー、儂の話、聞いてる?」
「もちろんですとも」
「もう面倒臭いからツッコミ入れんぞ?ちゃっちゃと進めるぞ?……キミたちには別の世界に行ってもらうことになっておる。その世界はベテルと呼ばれておる。お主らの言葉で言うところの、剣と魔法の世界じゃ。キミらにはお馴染みのパターンじゃな。転移させる理由は、その世界との融和じゃ。ここまではいいかの?」
……ふむ。融和とな。予想の斜め上だ。小説でよくあるような神様のミスとか、面倒な目的があるとか。いろいろ予想していたけど、随分と平穏な目的なんだな。
あと関係ないけど二人称がブレブレなのがイライラする。
「融和、ですか? 融和ってあれですよね、なんか仲良くしようみたいなやつ。魔王を倒せとか、世界を平和にとかではなく?」
「うむ、その通りじゃ。じゃが、その点については後で全体に説明があるので、今は置いておくのじゃ。それよりも、合格したお主には、お主の望むものを1つ授けることにしておる。なんでもよいぞ。なにが欲しいか、30分ほど時間をやるから、今から考えよ」
むむ、気になる部分がお預けをくらったが、どうせすぐ知れそうだし、いいか。
望むもの、ね……これもありなんだろうか。言うだけ言ってみるかな。
「それでしたら、情報をください。その世界について、お金の単位みたいな常識や、文明の進み具合、危険な事柄。使用言語や地球との固有名詞の差、世界のシステム、その他諸々を。あとは、合格とはなんなのかも」
すると、かなり驚いた顔をして、ジジイがこう告げてくる。
「ホッホッホ……面倒な子供じゃのう。黒野祐里よ、情報については心配するでない。お主が今述べたことはほぼ全て、後で与えられるであろう。そして、合格とは何か、という質問にはタダで答えてやる」
名乗っていないのに名前呼ばれたことに恐怖を感じる。望みを消費しなくても、情報を得られることに安堵するより、その恐怖の方が勝ってしまってるぞ。
……あと今気付いたが、かなり意地の悪いシステムだな、これ。情報は全て後出しなのに、その制限された情報だけでベテルとやらで生きるために何が必要かを考えなければならない。
このジジイの底意地が悪いだけなら、多分殴っても許されるだろう。
「合格の規定は、儂が決めたものではないが。行動力、思考力。コミュニケーション能力や見目の良さなど、様々な要素を鑑みているものじゃ。その者が秘めたる可能性なんかは、この規定には含まれておらんかったぞ。
これらの各要項を審査し、一定のラインを超える者は別の世界──ベテルにおいても一定以上の活躍を見込めるとし、より大きな活躍の可能性や、単に生き延びる確率を上げるために望みのものを与えることになっておるのじゃ」
なるほどな。こいつが言ったことの裏を考えると、他のメンバーが生き残る確率はあまり重視していない、か。薄々感じてはいたがな。話が合格した奴についてばかりだし。
怖いなあ、送った人間の中で誰かが偉業を為せば良し、最悪全員死んでもまあいっか!ってぐらいの認識でいそうだ。そりゃあ神様からしたら、人間が数十人死んだところで気にもならないだろうけどさ。
全員に1つずつ望みのものを取らせないのは、リソースの無駄遣いになるっていう思考かもしれないな。それくらい低く見られてるとすると、あまり突っ込んだことを言うと俺も不利になるかもしれん。気を付けておこう。……もう遅いかな?
さっさと望みを言って、さっさと退散させてもらった方がいいかも。内容は、難しく考えずにこれでいいか。
「では望みのものですが、1日3回、地球の食事を取り寄せる力を、魔法でもスキルでもなんでもいいんでください」
「うむ、相分かった。……しかし、食事か。強い魔法を使えるようになるとか、世界で1番の剣の腕とか、魔眼とかでもなく、食事でいいんじゃよな?」
「あ、そういうの別にいいんで。……そんなに言うってことは無理なんですか? 故郷の味って偉大ですよ? 神様そういうの知らない人です?」
「いや、キミがそれでいいならいいんじゃよ。くく、楽しみにしておるがいい。……あと、儂も故郷の味好きだし。チャリムとか好きだし。それに人じゃなくて神だし」
「はいはい、分かったのでさっさと力をくださいな」
神様がとても疲れた目でこっちを見ている。知らんがな。にしても、我ながらいい要望だな。生き延びること第一って考えたら最適解だろうよ。
神様がこちらに手を向けると、上から光の玉が降ってきて俺の胸にぶつかり、そのまま中に入っていった。手から出すんじゃないんかい。
……うーん、自分ではあんまり変化を感じないな。能力の取得に痛みがなかったのは地味に嬉しいポイントだ。
「はぁ……儂は疲れた。用は終わったし、お主は元の空間に戻らせる。全体への説明があるからちゃんと起きておくんじゃぞ。よいな?」
「信用がないですね……さすがに大事な場面を寝過ごしたりはしないですよ、さすがにね」
そして、再び光とジジイのジト目に包まれた俺は、能力の選択間違えてないよね? という心配をしながら人生で二度目の転移をさせられるのであった。
動揺して変なテンションになってること、上手く表現できているでしょうか……?