040 症状
ドレスコードだのなんだのは、後で説明が入るのでお待ちください。
「『しがらみ、束縛、痴情のもつれ。雁字搦めのシャボンの鎖!』水属性第5位階【水鎖漠】!」
詠唱が終わると、地面からわいたシャボン玉が敵1人1人にまとわり付き、動きを止める。これを割るにはそれなりの魔力が必要だ。
ルチルがそばにいないから変に手加減する必要もないとはいえ、変装くらいはしておくか。
「ドレス・コード:No.03・農民。オブジェクトコール:夜桜影切……お仕置の時間じゃぞ〜」
誘拐犯からすれば、突然謎の物体に囚われたと思ったら、農民のようなくたびれた服を来た男が変な口調で近付いてくるのだから、たまったものではないだろう。ただ……
「よっと、目的を喋るまでは眠らせないぞよ〜、じゃなくて眠らせんのじゃよ〜……って……」
人を包んだ大きなシャボン玉に近付くと、違和感に気付く。誰も微動だにしないのだ。確かにこの魔法は動きを止めるものだが、まったく動けないという訳では無い。とはいっても、もがくことはできる程度だ。だが、コイツらにはそれがない。
嫌な予感がしながらも、シャボン玉から1人解放する。女の子──ミーシャが一緒に囚われているものとは別の奴だ。べしゃ、という音が路地に響いて誘拐犯の1人が地面に崩れ落ちる。……死んでいるようだ。
「捕らえて近付くまで30秒も無かったんだぞ……」
地面に落ちた死体の口から、緑色の液体が少しだけこぼれたのが見えた。
「『鑑定』」
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〇毒薬〈3番〉
・即効性の毒薬。蒸発しにくく、皮膚にかける程度では効果がないため、自決用に使われることが多い。
・マンドラゴラの葉と地獄グモの血液が材料になっている。他、3つの組み合わせで作ることも出来る。
・製作者はレファ・アークストーン。
・制作方法はベーススキル『錬金術』。
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製作者の名前は分かったが、どこかの組織の一員だとしたら、手がかりとしてはあまり役に立たないかもしれない。
「いや、考え事は後だな……解除」
シャボン玉を解除し、男たちがいっせいに崩れ落ちる。当然だが、ミーシャは危ないので落ちる前に確保した。念の為『気配感知』を使っても目の前の死体の山には反応しないから、全員死んでいるのは確定だろう。捕らえられたと気付いた瞬間に自決する集団……相容れそうにない。
ミーシャの容態を確認する。まだ生きていることにはホッとしたが、熱が酷く、うなされている。
風邪だろうか、と少し考える。エーシャの話だと随分長引いているらしいが……元々体が弱かったりしたらありえるだろうか?というか、風邪だとしてポーションは効果あるのか?
「マナー違反だが許してくれよ……『鑑定』」
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〜ステータス〜
名前:ミーシャ
性別:女
年齢:7
種族:ハーフ(ヒューマン、エルフ)
職業:未定
状態:昏睡、魔力中毒、魔力欠乏、栄養失調
レベル:3
HP:4/20
MP:0/13
・ベーススキル[P]
無
・ベーススキル[A]
『発展属性魔法(命2)』
・ギフトスキル[P]
無
・ギフトスキル[A]
無
・オリジンスキル[P]
無
・オリジンスキル[A]
無
称号
「忌み子」
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「どういうことだ……」
魔力中毒は自分で作り出す以外の魔力を体内に取り込みすぎたことによるもの。対して魔力欠乏は魔力を全て使ってしまい、体が魔力を欲している状態だ。正反対の2つの症状が同時に存在するのは……正直意味不明だ。
称号の「忌み子」も気になるが……ハーフエルフだから、という簡単な理由ではないだろう。この国はヒューマンが最も多いが、基本的に他種族差別はない。
とにかく、対処法が分からない以上、俺に出来ることはすくない。治療院に連れて行こう。魔力中毒である以上、下手にポーションを飲ませるのもこわいからな。ポーションってなんか……魔法みたいじゃん?
༅
「ポーションを飲ませなかったのは正解じゃったな……」
「ありがとうございます、先生」
「ああ。ただ、ワシができたのは対処療法のみだ。また同じことが起こるかもしれん」
治療院にミーシャを連れていくと、それなりに歳をくったじいさんがすぐに治療してくれた。グルグルメガネなんて実在したんだな……
じいさんは、まずなんらかの理由で魔力が過剰に摂取され、魔力中毒になり、寝込むことになった。そして、いよいよ危なくなりそうな時、無意識に魔法を発動して、魔力を体から出そうとしたが、使い慣れていないためか暴走し、魔力欠乏になったのだと推測していた。
「その子の服装からして、スラム街の子じゃろう。ワシは金を払われれば誰でも治療するが……なぜお主はその子を助けようと?」
「成り行きで」
「……ふむ。そうか。では、魔力を過剰に摂取する事になった原因に心当たりは?」
「原因……普通は自然に起こらないってことか?」
「先天的にそういう体質という可能性はあるじゃろう。それくらいじゃな」
「そうか……悪いが心当たりは無いな。とりあえず仲間のとこに戻って、今後のことを考えるよ」
「魔法を覚えておるのに学院に通っていないのも気にかかるのう。見捨てる以外の選択肢を取るなら、その子のことを調べた方がいいと思うぞ……」
「ああ、確かに。忠告ありがとう」
ルチルとエーシャの元に向かいながら、色々と考える。じいさんには心当たりが無いと言ったが、嘘だ。状況的に怪しすぎる、ミーシャを連れ去ろうとした誘拐犯たち。彼らの死体はコア・ネックレスに収納してある。後で少し調べることにしよう。
ミーシャをお姫様抱っこしながら、街道を歩く。今回のこと、色々と変な点が多い。エーシャを無視した周りの人々から始まり、『発展属性魔法』を覚えている子供がスラムで死にかけているという状況も。というか、何もかも。
初めから思い返して、より深く考えに沈もうとするが、突然、後ろから呼び止められる。
「そこの草臥れた麻の服を着ている君、止まりなさい」
(ああ、しまった……服が農民セットのままだった)
「ああ、はい。俺ですか?」
振り向くと、2人の衛士と目が合う。
「ああ、そうだ。……報告のあった特徴と違うな。子ども連れだが……」
「子どもの年齢と服装が同じだぞ……すまないが、迅速な調査のために『鑑定』をかけてもいいか?」
さて、まずいことになった。『隠蔽』を貫通される可能性があると気付いたばかり……拒否しても、怪しまれはしても強引に捕らえられたりはないよな……
穏便に拒否しようと言葉を探していると、衛士の1人が何かに気付いたように喋りだす。
「……今、門が封鎖されるに当たって、畑は全て魔道具で保存され、農民たちにも補助がいったはずだ。そんな格好で、子どもを抱えて、どこに行くつもりだ?答えなければ強引に捕らえる!」
……背中に収穫用のカゴなんて背負わせたのだれですか〜?あなたのせいで窮地に立たされていま〜す。




