036 師匠
主人公の歪さ、というかズレている部分が少し出てきます。微シリアス注意報です。
翌日の朝。
──コンコン。
「ユーリー?起きてるー?」
「ん……ルチルか……」
俺たちはいつものように宿屋で別々の部屋に泊まっていた。
いつからかは分からないが、俺には少し大きい物音や人の気配で起きてしまう癖があった。そのため、ルチルが扉越しにかけてきた声で急速に脳が覚醒した。
「どうした……?」
「あ、まだ寝てた?そんなに早くはないと思ったけど……ごめんなさい」
「気にするな。どうせもうすぐ起きてた。用は?」
「今日はギルドで新しい依頼を受けるの?」
「いや、そのつもりはないよ。前から言ってた通り、学園に行く」
こんな時間に来るくらいだから急ぎの用かと思ったが違うようで、なかなか話を切り出せないようだった。部屋に入れて話を促すと、ようやく話し始めた。
「その……学園に、なんだけど。私も、着いて行っていいかしら」
「……え?お前が?」
「その……ダメかしら?」
「……別にどっちでもいいけど。でも……入学するのか?」
「ええ……」
「そう……ま、いいんじゃない?」
俺には、そもそも、なぜ俺に許可を取ろうとしているのかが分からなかった。
俺たちのパーティーはルチルが無理やり着いてくることで成立してた仮パーティーみたいなものだ。ルチルが抜けたい時に勝手に抜けられて、俺が本気で拒絶すればそれで終わりの関係だった。
魔法などを教えていたのは、彼女が目的を達成してパーティーを抜けるのを期待してのことだった。
「それで、なんだけど……もし、私も受かったら。……ふぅ。私の師匠を継続してくれない?」
「……」
──なるほど。こっちが本命か。
言葉の間に挟んだ小さな吐息が、緊張を物語っているようだった。
「シグとの戦いを見て、まだ、私は弱すぎるって……分かってたことだけど、痛感して……だから、師匠を続けて欲しいの」
今まで、魔法使いとしての戦い方を教えてはいたが、どちらかというと、新しい強い魔法を習得させることや詠唱を改善させることに力を入れていた。シグとの戦いで、それ以外の強さの要素に気付いたか。
「……選択肢を間違えたな、ルチル。俺に真正面からそんなこと言ったら、面倒くさがって拒否するぞ」
「……ふふ。なに、それ。……拒否するんならしっかりしなさいよ、まったく……」
「はっはー。まだまだだなルチル。そこまで分かっているならもう一歩だ」
「なんのこと?」
手間のかかる奴だな。ツッコミとボケの両刀を持つ暴走しがちな金髪エルフが、察し悪い属性まで得ようとは。価格破壊を起こす気か。
「お前がやるべきなのは!学園の入学試験会場の入り口で俺とばったり出会い、“逃げられると思わない事ね!”と叫ぶことだ!」
「……似たような場面を知ってるわ、私……黒歴史なんだから蒸し返さないで欲しかった……」
「はっは、黒歴史とは掘り返すために存在するのだよ〜」
他人を利用しようとするクセにバカ正直に向き合おうとするコイツと、性格がひねくれねじ曲がってちぎれそうな俺では、ここらが限界だな。次似たようなやり取りをする時が別れ時か。
「じゃ、そういう手筈で」
「了解です、サー!」
「ではまた、試験会場で会おう」
うむ。ノリが良いのは良い事だ。
༅
────────────────────────
魔道王国エリフィンは、大きな大きな1つの街であると言える。円形の領地を4つに分けるように、十字にはしる大通りは、“エリフィン大通り”、又は単に“メインストリート”と呼ばれている。メインストリートは唯一天板と呼ばれる浮遊の魔道具での移動が許可され、その魔道具も公共的に解放されている。メインストリートが外壁にぶつかる位置には、普段は開かれている門が存在している。
円状の領地のど真ん中に存在しているのがエリフィンの王城。4方面にメインストリートに通じる入り口が存在するため、少し特殊な形をしている。4つに分けられた1つが貴族街、1つが商業街。残りの隣合った2つのブロックが住民街である。住民街の片方にのみ、色街や賭博場、そしてスラムが存在する。
そして、この魔道王国エリフィンが誇る教育機関、エリゼ魔道学園は、魔法の才能を持つ者を誰であっても迎え入れるということで有名だ。そう、誰であってもだ。老若男女、美醜も貴賤も問わないのだ。
まあ、入学できるとは言っても、身分を守るという訳でもない。犯罪者でも入学はできるが、すぐ捕まって終わりだろう。
「魔法の才能は、いつ、誰に現れるか分からない」という、初代の学園長にして初代国王の言葉から始まったこの風習は、今もなお守られている。そのため、様々な年齢の入学者が存在する。それに対応するため、初等部、中等部、高等部、修学部の4学部が存在し、年齢で入る学部が決まる。卒業検定の難易度は、この学部ごとに異なり、学部内で難易度に差は無い。もちろん、成長に伴い上の学部へ進むこともできるが、それには試験の合格が必要だし、長くいるだけお金もかかる。当然ではあるがな。
こうして長々と学園について述べているのは、卒業者である私の立場から、学園への入学を迷っている者や他国から来た者の背中を押せれば、という一心からである。今は魔法の才に恵まれない者も、魔法使いと過ごすことで覚醒するという噂もある。
みな、諦めるな。読者諸君が魔法を振るう未来を私は願っている。
さて、この街に入ってまず驚くのは────
────────────────────────
「熱量がすごいな。文章が基本淡々としてるのに熱が抑えきれてねーよ」
この本のタイトルは、『エリフィン観光ガイド 〜後悔しない!オススメ観光スポットを巡る旅〜』である。『後悔しない!』が『迷ってるならエリゼ魔法学園に入っちゃいなYO!』って意味に感じてくる。不思議。というか観光ガイドでそんな人生左右するようなことオススメすんな。
「ユーリ、またその本読んでるの?」
「ああ。それより、ルチルってどの学部に入るつもりなの?エルフ年齢の計算はよく分かってないんだよね」
「見た目と知能的に初等部は無理そうだけど……それ以外ならどこでもいけるみたい。どうせだったら修学部かなって思ってる」
「奇遇だな、俺は高等部に入るつもりだ」
「いったいどこら辺が奇遇だったのかすごく気になるんだけど」
そういえば、受験会場で待機してたらいつの間にか横にルチルがいたな。せっかくセリフをアドバイスしてやったというのに。
「俺が高等部でルチルが修学部となると……師匠としては働きづらいかな?」
「どうでしょうね……でも、どんな短い時間でも訓練してくれるのなら、貴方と離れるよりは強くなれるのは間違いないわね」
そうして、いつものようにたわいももないことを話していると、突然後ろから声が降ってきた。
「そこの美しいエルフのお嬢さん、貴女の名前を教えてはいただけませんか?」
──この書き方。かっこいいですよね。
使い方を習得した(読書してたら出てきたから使いたくなったともいう)ので、使ってみました。
使いやすすぎてめちゃくちゃ高頻度で使っちゃいそう。シリアスシーンに取っておきたいのに……




