158 脱出の道
原因不明の濃霧をどうにかするため、謎の館へ調査にきた主人公:ユーリ一行。
そこでルチルや別の冒険者パーティ、クラスメイトと合流し、いろいろ揉めながらも捜索を続行する。
だが、最後の部屋まで辿り着いても濃霧の原因や途中で出会ったバケモノの出処さえ見つけられていなかった。
一縷の望みをかけて突入した最後の部屋。
そこには案の定何も無かったが、ユーリとクラスメイトの2人は館の主である邪神と対峙する。
主から突然提案されたゲームは、時間制限内に館から脱出しろというもの。格上の領域にいる以上そのゲームを受けるしか無かったユーリ達は、果たして無事に館から脱出できるのだろうか。
霧の原因はとりあえず置いといて無事に脱出して欲しい。
「本と石っつったよな……本はアイツらで、ここに石があるって事だろ? ほんとにこの部屋から探すのか?」
「……」
扉をくぐった先にあったのはケージがいくつも並べられた部屋だ。積み重なった物もあるので、パッと見で50はある。
檻の向こうは暗闇で、中に何があるのか知ることは出来ない。『目星』を使っても無駄だった。
「この中の1つが当たりとか? だとしたら面倒だが……どうする、考えてる時間ももったいないぞ」
「……よし。代表してアンタが壊してくれ」
「は? 俺?」
いきなり何言い出すんだこいつ?
俺に全部責任押し付ける気か?
そう考えた俺を笑いながら、冒険者の男は言う。
「Sランクってのは常識の外にいる奴だ。何度も死線を越えて高みへ至った人外のバケモンだ。そんなすげえ奴の選択ならどんな結果になっても俺は納得できる」
「言えてるねー。てかー、私らじゃできることないしね! 『破城槌』は選択間違えた! 使う場面なかった!」
「お前はそれ以外スキル持ってないだろうが」
「あそっか!」
冒険者組の総意は纏まっているようだ。ラノアは基本俺のやることに従う構えだし、ルチルも反対意見は無さそうだ。……ルチルと再開できたのにあんま喋ってねぇなって思ってたけど、よく考えるとそんな喋ること無いんだよな。距離感に困るわ。
「よし、時間もないしさっさとやるか。『氷帝』・『凍刃葬』!」
〈発動に成功しました〉
俺が生み出した氷の刃は1つの檻を切り刻み、中に入っているであろう物体に傷は付けない程度に檻を破壊した。
檻が壊れると同時に、充満していた暗闇が幻覚だったかのように消えてなくなり、そこには……
「竜?」
「ドラゴン……の、子どもだな」
「石、じゃ……なさそう」
「いややばいって。あと3分だって」
どうしたものか。いやまあ、ほかの檻も壊すしかない。
「『氷帝』・『凍……」
「その竜を殺して! 他の檻はダメ!!」
「褥!?」
タガミに担がれた少女が扉を抜けてこちら側へ来ていた。
いち早くそれに気付いたシトネの兄が必死に走る彼女に駆け寄る。
その少女の手には謎の紙切れが1枚あるだけで、後ろから着いてきていたタガミもどこか解せないという様子。
アイツの心情を言葉にすればこうだろう。
おい本はどうした本は。
そして、そんな周囲の思惑に気付かないまま、少女はただ脱出の為に情報だけを渡す。
「その竜の心臓が石!」
「……」
ああ。
まあ、そういう事なんだろう。
目の前でスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている、小さな手乗りサイズの銀色の竜。その心臓を奪わなければ、ここからは出られないんだろう。
「……」
俺は転移してから命を奪い続けてきた。そこを誤魔化すつもりは無い。じゃあ命を奪ってきた理由は何だ? レベルを上げるため? いや違う。強くなるため? それも違う。
奪われないためだ。
奪われたくないから奪おうとしてきた奴から奪う。
だからここでも奪うだけ。
なぜ今になって躊躇しているのか? そんなもん、目の前の竜が敵意を向けてきていないからに決まってる。害あるものではないと、奪う者ではないと『直感』が囁くからだ。
魔導院でもそうだった。「議員」には直接対面したかったから別として、他の人間は風属性の魔法【飍風飲露】によって殺した。
ただ、それも全員ではなかった。俺に敵意を持った人間と、放置すればそのうち敵対していたと解った人間だけを殺した。
幼い戦闘員は、俺に敵意を見せてきた訳じゃなかったし後々戦力として向けられる未来は薄かった筈だ。だから判断に困って、とりあえず生かしておいたんだ。
殺意を向けられたとか悪人だからとか、それ以外の理由で殺したことってあったっけ? やっぱり覚えてないな。
殺しはあんまりしないようにしてきたから回数は少ないけど、その記憶全部は覚えていない。
──それで?
俺は俺が生きるためにこの命を奪うのか? あのクソ神が奪おうとしている俺の命を守るために、関係ない命を奪うのか?
それはちょっと違うよなぁ。
俺ってば目的も無く適当に生きて、他人を振り回して、特に信念も信条も何もないダメダメ野郎だけどさぁ。でもやっぱ譲れないことって、あるよなぁ。
「だから、ダメなんだよな」
ここまで、思考時間は1秒未満。周りからしたら、少女が口にした竜を殺せという要請に即答で拒否したように見えるだろう。
「でも、ダメなんだよなぁ」
じゃあどうする?
「なあ、そろそろ起きろよ、アゲハ。何回寝坊すれば気が済むんだよ。静かなのは似合わないって」
「……」
「お前の力が必要な時だぞ」
「……ふふん。しょうがないね」
「「私/お前 はここにいる」」
魔力が、世界に灯った。
〇
必要なのは大きな力ではない。
目的は竜を生かしたまま心臓を得ること。
手段は創造。
必要なのは館内で適応されるステータスの改竄だ。
「システムによってステータスに固定されてる『氷帝』を『魔力創造主』にスライドさせる」
「簡単なお仕事だねぇ~」
「でもお前じゃないとできない事だ」
「全く! 私がいないと何にもできないんだから~! ……でも、頼ってくれるのは嬉しい、よね?」
アゲハに〈認識〉の妖精が混じる。本来の姿を表に出す。
「私の出番が少ないのは不満だけど! ……仕事は、ちゃんとやるよ……」
ステータスは既に変わっている。時間の流れも緩やかになっている。充満していた混沌の魔力の圧力が薄れてゆく。
「『魔力創造主』・感知複製」
魔力を通して、レントゲンのように解析した竜の心臓を複製する。簡単だ、感知・探知系統の技はアホほど使ってきた。こんなところでヘマはしない。
創造するまでにかかる時間はいつも通り数秒だった。
俺の手元にはすでに目的の石が乗せられていた。
「さ、行こう」
「今のは……」
「キュウ?」
三者三様の反応が面白い。
俺がさっきまでの氷系統と全く違う、それもオリジンスキルかギフトスキルと思われる特殊なスキルを使ったことに驚く者。
胸ポケットの中でドヤ顔でふんぞり返っている寝ぼすけの妖精。
魔力を急所に通されたことで目を覚ました銀色の竜。
「お前も行くか?」
「キャウ!」
「おお、異世界っぽいな。ゴブリンと竜がペットとか」
「吾輩、さすがにペットになった覚えはないぞ主よ」
つい気が緩んでいつものペースになりかけた俺を、シトネさんが一喝する。
「喋ってるひまない! さっきの扉に戻るから、こっちに進んで!」
「っ! 悪い!」
残り1分を、切った。
しとねさんに指示された扉を開ければ見覚えのある扉。本と石があれば開くからと後回しにした扉だ。
「石っ!」
「ああ!」
言葉をまともに交わす時間すら惜しい。まだ玄関の扉もあるのに、残りの時間は50秒を切ったくらいか。
しとねさんは、俺が投げた石を危なげなく掴む。
そして、扉に向かい合うと手にした紙を扉に貼り付け、その紙の上から魔石を思い切り叩きつけた。
その衝撃を受けた扉は白く光り、紙と石を伴って光となり、消え去った。
その向こうの景色が露になる。玄関だ。
「こんなもんシトネさんがいなかったら分かるわけねぇだろ……」
「いいから走ってっ!」
嫌な意匠が施されていた気もするし、なんの飾りもなかった気もする。元々どんな扉だったか思い出そうとするとモヤがかかる不思議な感覚は、思い出す必要も無いと言われているようだ。
そして、同時に思い出す。脱出に必要な重要なピースを。
「待て、そうだよ!!! 鍵はっ!?」
「『縁魔の慧眼』っ! 鍵は……最初の部屋!?」
「はっ!? あと30秒もないぞ!」
そう。脱出には「鍵」が必要だった。だから、探知に特化した能力を持つというシトネに任せた。……そうだ。あの時シトネはなんて言ってた? 『出口への道を示して』……じゃなかったか?
出口、つまり視界に入ったあの扉にたどり着くまでの道筋しか得られていなかったとしたら……
焦りが伝わる。俺自身も心のどこかに熱を感じる。これは焦りか、それとも無茶な設定に対する怒りか。
まあそれはいい。
この世界に来てからずっと、『マルチタスク』や『高速思考』でブーストされた世界で生きてきて。
これほど時間に焦って思考に追われることなんて本当に久しぶりで。それでも、この世界に来てから身に付けた対応力や思考力は無駄になんてなるはずがない。
あと15秒。
「シトネさん、多分鍵がどんなんか見えてるんだろ。鍵の形をイメージして」
「え? っ、わかった」
いけるよな、俺。これくらいやってみせろ。
「『魔力創造主』・『再現創造』」
手を繋いだシトネのイメージを、魔力で読み取る。
──魔法とは、イメージと詠唱を魔力で肉付けしたものである、というのは有名な言葉らしい。学院で学んだ言葉だ。
詠唱には魔力が混じり、魔力で魔法陣が形作られ、魔力が世界に届いて事象は書き換えられる。関与する要素全てに、魔力又は魔素の影響が認められている。ならば、その1要素であるイメージであっても、魔力は影響を受けるはずだ。
シトネさんが鍵をイメージしている事によって変化した魔力を感じろ。魔力を読み取って、イメージを復元して、その情報を基に創造しろ。
俺の魔力が手から発され、魔力光が形をなそうとする。思ったより形ができるのが遅い。ロクに練習もしていないのに、ぶっつけ本番で、無茶をしてるせいだ。
理論として組み立ててはいても、最後まで検証できていない思い付きのようなものなんだし。
あと5秒。
形の確認をしている暇はない。
「みんな扉に突っ込め!!!!」
光ったままの鍵を無理やり扉に向ける。
扉の数歩手前にいた皆が、扉へ向かって走り出す。
あと2秒。
光る鍵を押し付けられた扉に、その光が伝播する。
ルチルとラノア、そしてタガミが間違いなく光る扉に飲み込まれたのを確認して。頭の上の銀色の竜をしっかりと抑えながら、俺も光に飛び込んだ。
ここで4章が終わったら、やけに短いと思いませんか? 冒険者組とかルチルとか、存在した意味が無さすぎると思いませんか?
安心してください、まだ終わりませんよ。まあルチルに関しては4章終わってからの合流で良かったなとは思ってるんですけど。時間が出来たらルチルとの交流シーンを追記しようかなと思います。
駆け足だったのは事実ですが、ちょっと許して欲しいところです。早くドラゴンのペットが欲しくて急いでしまいました。
さて、4章のテーマは邪神です。悪戯神くんちゃんさんの活躍を、どうぞお楽しみに。
それでは。