157 脱出せよ
あらすじ
周囲の異変調査のため謎の館に来たユーリ・ラノア・タガミ・アゲハの一行。
館で出会ったルチルや他のメンバーと共に、館からの脱出方法や異変の原因を探るユーリ一行。
しかし、直接の原因はなかなか見つけられず、怪物の出どころさえ不明なまま最後の部屋にたどり着き……?
「僕とゲームをしよう」
突如として目の前に現れた少年が口にしたのは、小説とかマンガでよくあるそんなセリフだった。ホントに言う奴いたんだ。
「……ゲーム?」
「そ。まあその前に、さっきから念話が五月蝿いそこの2人? いい加減ウザイから念話禁止ね!」
「っ!」
「……白兄」
ビャクニー? 名前か? 日本人っぽい顔だと思ったけど違うのか? いやでもさっき神がこいつらも転移者だって……もしかして別の世界からの転移者か?
「ぶほっ」
突然悪戯神ラジェちゃんが吹き出して、お腹を抑えて笑い始める。意味わからん。やっぱ神怖いわ。混沌に汚染とか言ってたよな。邪神だもんなそれ。怖くて当然だったわ。
「ひぃ、ふぅ……はぁ、やっと落ち着いた。もう、困るよそんな面白いことされたら! まったく、本題に戻るよ本題に!」
是非ともそうして欲しい。話が停滞するほど怖いものはないからな。漫画でも小説でも、リアルでの契約でもなんでもそうだ。
「ゲームは簡単、ここからあの館に戻って鍵を見つけ、全員で脱出できればクリアー! 扉には新しく鍵穴ができてるからそれをチェックしてから探してもいいかもね? 1人でも脱出が不可能になるか取り残されたら失敗だよ~」
「……成功報酬と失敗のペナルティは?」
「成功報酬は言えない。強いて言うなら、みんなで帰れて霧の件も無事に解決できることかな? 失敗のペナルティは……黒野祐里、君の命だ。他のメンバーが生きても死んでもどう転んでも、君の命だけは必ず貰う」
「俺? ……なぜ俺1人? なぜ俺指定?」
「君が死ねば種が1つ潰える。僕の立場ならそれで十分だから。ついでに《混沌の種》も回収できるしね。そうだ、君が死んだらその妖精も死んじゃうから、君たち2人の命と言い換えてもいいよ?」
「は? おい、それって──」
「認識だよ。あの世界では君の認識で彼女は形作られた。この世界では僕の認識が優先される。だから彼女は動くことができない。あの館も僕の領域だから影響が強い。それだけの話だよ。まあ、その妖精ちゃんに関しては元々存在が不安定ってのもあるけど」
……世の中って分からないことだらけだよな。
「…………くそ。ちなみに拒否権は?」
「んー? 館で死ぬまでの時間を過ごしたいのなら別にそれでもいいけど~?」
「オーケーやりましょうさっさとやりましょう」
「…………それでいいね? そこの2人も」
「…………」
「……本当に、そういう事? なら、何のために?」
「口にする事はできない。じゃ、がんばって、しとね。応援してるよ。神としてね」
……ん? 何の話してんだコイツら?
「さ、元の世界に戻った瞬間にゲームスタートだよ!」
悪戯神ラジェがそう言うと、まるで真っ白な部屋の床が盛り上がり飲み込むように俺たちを包みこもうとする。
「あ、ちなみに制限時間は10分だから。ステータスから残り時間が見れるよ。がんばってね~」
「は?」
目の前は再び極限の白に。
〇
「扉が閉まったぞ……つーか、なんだ? 最後は何の変哲もないただの部屋かよ? 家具すらないんじゃ探索しようがないじゃねえか」
背後から聞こえてきたのは冒険者組リーダーの声。
彼がそう口にした途端、異変は始まった。
「なんだ!?」
「魔法か!?」
揺れ。極めて軽微なそれは、嫌な予感を俺たちに抱かせる。
「ステータス。……マジかよ、時間制限ってもしかして……」
「そう。館が崩壊する。それまでに鍵を探して脱出しないと」
「褥!? ……大丈夫なのか、その……喋って」
「……うん。それがあの子と私の望みだから」
「それは……」
「おい。時間ないぞ。説明はよ」
長い慰め合いが始まりそうな予感がした俺が割り込んで遮ると、ようやく時間制限を思い出したかのように白髪の2人が動き出した。
「10分以内にこの館から出る。じゃないと、私たちみんな死ぬ。館の崩壊は始まってる。残り時間はステータスで見れる」
「俺とコイツらはこの館の主に会ってきた。コイツらの言うことはSランク冒険者である俺が保証する」
「マジかよ? じゃあ滅茶苦茶やべえじゃねぇか!」
「そうだ。脱出するには『鍵』を見つけ出さないといけないらしい。もう時間は9分くらいしかないはずだ」
「……私。私が先導する。何かを探し出すのに丁度いいスキルを持ってる。館の中独自のスキル発動システムは残ってるけど、私が使うのはスキルじゃないから関係ない」
「なんだと?」
「『縁魔の慧眼』。私の前に出口への道を示して」
彼女が能力の名前を口にすると、彼女が持つ深紅の瞳が薄い輝きを纏う。
「こっち」
「ちょ……おい!?」
突然走り出した女……しとねと呼ばれた女を追いかけ廊下へ飛び出すと、そこには既に廊下は無かった。
代わりにあるのは、俺たちが1度探索した部屋の1つである血のような赤い雨が降っている部屋。ただ、壁についている扉の数だけが探索した時と違う。
四角い部屋の壁1辺につき1つの扉。
それぞれ模様が違い、直感的にどれかひとつを選べばほかの3つが消えることが分かった。
……この直感はどうやら、『直感』スキルによるものではないみたいだ。
「こっちの扉が出口、玄関に繋がってる。でもまだ開かない。本と石がいる。だからこっち。この扉は消えるから、別の場所に出さないとダメ」
「もう訳が分からんぜ……」
「うだうだ言ってないで走ってリーダー!」
「ったくよぉ!! 分かってる!!!」
「この館に充満した魔力……物凄いな。神憑りの時にも劣らぬ密度だ……」
「いや。タガミは神憑り中意識ないでしょうが」
しとね(?)さんの先導のもと走る俺たち。しとねさんと一緒に動いていた男の方……ビャクニーさんは、なぜか唇を噛み締めて悲しそうな、悔しそうな、それでいて嬉しそうななんとも言えない顔をしている。
さあ、残り5分を切った。
今俺たちがいるのは重力がバラバラな図書館だ。
「あった。いま右から左に動いてる本棚にある」
「タガミ、こいつを担いで動けるか」
「うむ。行ってこよう」
「じゃ、俺たちは先に向かおう。どっちの扉だ?」
「あっち……上のやつ。本取ってすぐ行く」
「了解」
重力の変化に伴って空中を縦横無尽に動く本棚や本たち。少女1人では狙った1冊を取るのは少し難しいだろうし、全員で動くのも人的リソースの無駄だ。
タガミと本の場所が分かっている少女のセットがいれば十分なはずだ。
「スキルの制限はまだ残ってるからな。んじゃ」
「うむ。任されたぞ。『雷華王進』」
〈発動に成功しました〉
「俺たちも行くぞ。重力の変化を待ってられんし、これに乗れ」
俺がコア・ネックレスver.5.8から取り出したのはフロートボード。飛行石の力で飛行を可能にしエリフィン滞在中にも改良を加え続けた魔道具だが、今は館の制限で能力を使えない。故に、今はただの大きな板である。
エリフィンから帝国への旅でも少し使った物だから、旅のメンバー全員が乗れるよう大きく創った特注なのだ。故に、この大所帯でも立ってれば全員乗れる。
「乗ったな。よし。『氷帝』」
〈発動に失敗しました〉
「マジ? ここで失敗? 確率なら80%あるはずなんだけど? ……やっぱ確率ってクソだわ。『魔道具使用』」
〈発動に成功しました〉
「やったぜ。15%は100%なんだな、うん。確率愛している」
俺の当初の予定では、氷をフロートボードの下に作り出して押し上げる形で扉まで届けようとしていたのだが、結局フロートボード本来の飛行能力を使って、俺たちは頭上にあった扉を通り抜けたのだった。