152 一方彼ら
同時刻での別メンバーです。急遽挟みます。
ウィズィ:ラズダム公爵家次期当主の坊ちゃん。金色のアクセサリーを複数身に付けている。
ラウル:ウィズィの幼なじみ。委員長的お堅い女子。
アンナ:『未来体験』により国に身を捧げお守りをする巫女。この国の中枢に暗部がないのはこの子がいるため。
ユーリ:急に行方不明になって旅の予定を狂わせた。護衛とか旅中の料理とか野宿場所とか任せてたのに。だいたいのことはコイツが悪い。
「ありがとうございました、この様な大変な時にこうも手厚くもてなして頂き……」
「構わん。お前んとこのトップに貸しが作れたからな。というか、それはそれとして送りに人員が割けるようになるまで時間がかかりすぎた。すまんかったな」
「そんな、本来ならこちらが用意しておくべきだった部分です。謝られることはありません」
「……アイツがいなくなったのは予想外だったはずだ。そこの嬢ちゃんを見ればわかる。であれば、この手紙を届けてくれた客人に礼を尽くすのは王として当然のことだ」
「はっ。ありがたく」
グラン帝国皇帝ジンク・リューレ・アウスベントスは、魔道王国エリフィンからの使者であるウィズィ達を見送るため謁見室で顔を合わせていた。
かの〈氷帝〉との激戦後、帝国は直接的な被害を免れたが大きな被害を被っていた。経済の流れも、住まう人同士の関係性も、人々の活気も、全てが壊されていた。それでも復興に力が入っていたのは、さすが強者たれという風潮のある帝国ならではだろう。
「巫女よ。アイツ──ユーリに関しては心配しなくてもいい。少し見えづらくて時間がかかったが、命に別状はないし差し迫った危険も無さそうだ」
「それは……」
「ま、皇帝っつー名前にゃ合わんが占術が得意でな。とにかく無事なのは確定だよ」
「あ、ありがとうございます!!!」
「私からも御礼を申し上げます、陛下」
皇帝であるジンクからかけられた言葉にアンナは喜色を返した。ジンクの占術は、民にこそ知られていないが貴族であれば知らない者はいないほど有名だった。
四方を見渡し戦況を見定める皇帝の瞳。それこそが皇帝の強さの根源であるというのは、帝国貴族の間にある共通認識だ。さすがに、その占術と「強さ」が全く同じ根源によるものだとは知らないが。
「さて。お前らはもう行っていいんだが……巫女の嬢ちゃんには言っとく事がある」
「え……なんでございますか、陛下」
「吉方は東だ。アイツはランパードにいる可能性が高い」
「!」
「だが色と方向が悪いし魔素の流れも良くない。ランパードにあるダンジョンの場所を加味すると分かるんだが、四性質と元素の場からしてどうも……いや、こんなこと言っても仕方ないな。結論だけ言うと、嬢ちゃんがどう動こうがアイツに会える可能性は結構低そうだ」
「それは……そんな……」
「……ま、俺が言えるのはここまでだな。じゃ。お前の旅路に幸あることを祈っておく」
ジンクはアンナからの視線を受けながら役目は終わりだとでも言うように立ち上がって背を向け、脇の扉へと消えていった。
残されたウィズィ達使節団一行はそれを見送ったあと、自分たちもまた宰相に連れられて謁見室を後にした。
「……アンナさん」
「ウィズィ様……その……」
城内を歩きながらの会話は弾まない。ようやく自国へ帰る目処が立ち、比較的心中穏やかに過ごしていたさっきまでとは正反対の重い空気が流れていた。
会話もそこから少し途切れたが、すぐその間は破られた。
「私、ランパードへ向かいたいです」
「ア、アンナ様!?」
「ラウル様が驚かれるのも分かりますが……私、私は、もうこれ以上待つことはできません!」
「アンナさん……」
そもそも、アンナにとって「待つ」ことは忌避すべきことだった。如何様にも変えられる未来の中で、自分から動かなければ現実に戻ることさえままならない。
未来から魔力を前借りしているかのように延々と未来の中をさまよったこともあった。そんな中で、「待つ」という選択肢はいつの間にか選んではいけない選択肢になっていた。
それに対するウィズィにとっては、待つことこそが正道だった。公爵家次期当主として、人を動かし自分は後ろに控える。即ち待つこと。これは基本だった。子宝に恵まれなかったラズダム公爵家においてはなおさらその教育に熱を入れていた。正当な血筋を絶やしてはならないと。
ウィズィ・ラズダムの生まれたラズダム公爵家には現在、本家の血筋を引く者は4人しかいない。ウィズィ本人と公爵本人、そして公爵の父親と弟の4人だ。養子を迎えることは何度かあったが、何だかんだで血筋は継いできたのが公爵家だ。それを支えるのは、彼ら一族に伝わる家宝。そして、その性質からしても「待つ」ことは正義であった。
故に、ウィズィとアンナの向く方向が正しく重なることはない。何があろうと、ウィズィは生き残ることを選ぶしアンナは動くことを選ぶのだ。
「私は着いて行けません、アンナさん」
「はい」
「貴女は我が国にとって重要な人物だ。だが、望まずに得たその力で縛られるのは良くないともずっと思っていました。……こんなこと、我が国の制度に真っ向から文句を言うようで心苦しいですけどね。でも、共に学院で過ごす中でその思いを強くしてしまった。こんなことでは公爵失格ですね。まだなってませんけど」
そう言って微笑むウィズィに、アンナは唖然とする。アンナから見たウィズィは、ユーリ以外には基本固い。国という枠組みに囚われていないユーリに接するのと、貴族という縦の繋がりが重要な諸侯の跡継ぎに接するのでは差があって当然だ。
ユーリ以外で完全に素で接する相手はラウルくらいのものではないだろうか、というウィズィが今アンナに向けているのは紛うことなき本心。しかも、公爵家の人間としては間違った内容のものだ。呆けるのも無理はない。
「……ふふ。まあ、打算もありますよ。ユーリさんとは仲良くしておきたい。繋がりをここで失うのは得策ではありません。そして、おそらくここにいる誰であってもユーリさんをエリフィンへ連れ戻ることはできないでしょう。あの人はそういう人です。唯一可能性があるのは……アンナ、貴女だけだと思います。もちろん、それでも可能性は低いと思いますが」
「……私は──」
「いえ。今必要なのは、貴女の思いではありません。それをここで求めるのは、皇帝陛下の思し召しやユーリさんへの義理に反するでしょう。ですので、私が公爵家次期当主として命じます。アンナ、帝国から預かった護衛の兵のうち3分の1を分けて付かせます。そして隣国であるランパードへ向かい、ユーリさんを発見次第エリフィンへ連れ帰るか友誼を結ぶかなさい。期限はひと月です。それまでに見つけられなかったり、ユーリさんが拒めばすぐに帰国すること」
「友誼……ですか?」
アンナがそう聞くとウィズィはラウルへ合図をだした。その合図を受けたラウルは、すぐ手荷物から1枚の紙を取り出しアンナへ見せた。
「この契約書にサインと魔力を頂くこと。魔法的拘束力が発生しますが、これはユーリさん側にデメリットのあるものではありません。……難しいですか? つまり、その拘束が働くのはこちらだけということです。内容は──」
ユーリが好ましいと思える国であり続ける限り、国の危機に助力を惜しまないこと。エリフィンはこの契約の対価としてユーリの要望を年にひとつ、できる限り叶えること。
それが契約の内容だった。これに応じれば、国王またはそれに類する権力者によってユーリへ信号を送ることができるようになる。
魔道具による超長距離通信は、エリフィンの技術であっても実現できていない。これは、ユーリがどこにいても信号だけは届けることができるのだ。
「ウィズィ様……ありがとうございます」
「礼を言われるようなことは。……そうだ。折が悪く今まで言えていなかったことなのですが、一つだけ。ユーリさんの隣にいれば、おそらく貴女の『未来視』は可能な限り稼働し続けるでしょう。再使用までの僅かな回復時間が終われば、また未来で身を粉にする。永遠にそれが続くかもしれない……そんな未来に身を投じる覚悟が、貴女にありますか?」
「もちろんです」
「……ふふ、そうですか。では、護衛の差配を伝えに行きましょう。急がなければ、ユーリさんのことですから気付けばまた別の国にいてもおかしくありません」
アンナがそれまで見せていた狼狽した様子から一転して、覚悟があるかという問への即答。それは、本心からアンナを心配していたウィズィにとっては良い答えだったようだ。
先程のしかめっ面はどこへやら、気分が良さそうに廊下を歩む。
そしてアンナも、ウィズィからの最後の問いで明らかに表情が変わっていた。それはまるで、自分のすべき事がようやく見つかったかのような晴れ晴れしさだった。その瞳の中に浮かぶ覚悟は、一体どんな未来を描くのだろうか……
〇──〇──〇──〇──〇──〇──〇──〇
そして一方。
「しーーーろーーーさーーーまーーー? そろそろ起きないとご飯あげませんよーーー?」
「いらない……」
「まーーーーーたそんなこと言って!!! そんなんじゃいつまで経ってもチンチクリンのままです! 食べて寝る! 基本中の基本であり真髄にして核心です!!! さあ起きてください!」
「おやすみ……」
「シロ様!? 寝ちゃダメです! 現実から目を背けても変化はありませんよ!!! 逃げたい現実はいつまでもそこにあるのです! 向かい合わなければ……って!!シロ様!? シロ様!!! 起きてくださぁぁぁい!!!」
ユーリと再び離れ離れになったシロ……雪屋鵠は、失意の底で寝込んでゴロゴロしていた。一言でいえば、しょんぼりしていた。いやはや果たして、ここからどんな未来が描かれるのだろうか……
ユーリがどこそこに移動しまくるせいで、ヒロイン候補の方々がみんなコイツを追っかけていることに気が付きました。シロとかシロとかシロとか。
それに対して、追いかけもせず帰ってこなければ見切りをつけて自分の用事に専念するルチル……彼女に恋心はないけど本妻の余裕かと思っちゃいますね。
それでは。