閑話 待つ者達:エリフィン
「はぁ……ユーリのことだから、またどうせ厄介事に巻き込まれてるんでしょうね……」
「いやぁ、あはは……そうかもですね……」
ユーリがこの国を出てから数週間が経過した。帰国予定日は既に大きく超えており、なんらかのアクシデントが起こっていることは想像にかたくなかった。
思い返せば、彼との旅路はアクシデントの連続だった。赤いオークやミーシャ・エーシャとの出会い、エリフィンに辿り着くまでの道程での盗賊遭遇率の高さや、どこぞの貴族を助けた回数。
この男は悪風の元に生まれたに違いない、と思わず考えてしまうほどの波瀾万丈な日々だった。
「それにしても、ここのカフェ初めてだけどすごく良い雰囲気ね。行きつけにしちゃいそう」
「分かります~。ユーリくんが帰ってきたら誘ったらどうですか、ルチルさん?」
「それはないわね~。あの人他人の用事に付き合うの嫌いだから……」
「そうなんですか? よくクラスメンバーと出かけてるけど、嫌そうな顔はほとんどしないですよ?」
「あ゛ぁ~、なんて言うの? その……自分の時間を邪魔されるのが嫌なのよ。最初から他人と過ごす気なら、しっかり楽しんでるんだけど。めんどくさい性格なのよ、本当に」
「ほへぇ~」
目の前の少女が発した気の抜けた相づちに、思わず苦笑してしまう。緑の短髪がチャームポイントで、丸メガネが印象的なこの子の名前はフロース。ユーリのクラスメイトで、ユーリとゆくつるんでいるメンバーの1人だ。
私がこの子と初めて話したのは、ユーリが国を少しの間出て行くことについて説明された時。急な話に動転し、その事について愚痴を漏らしたのが最初だった。
「でもでも、本当にお似合いだと思いますぅ……すごくキレイなルチルさんと、めちゃくちゃ強いユーリさん。お互いを理解していて……なんていうか、理想的です……」
「まったく……」
ユーリに対して、私は恋愛感情を抱いていない。それは私がエルフだから、という種族差的要因によるモノではない。
私は、彼にそういった感情を抱くことが怖いのだ。私が彼に対して持つ下心と彼の気まぐれな性格が、私に恐怖を抱かせる。もし、彼に不用意に接して私の望みが絶たれてしまったら。そう考えると、恋愛感情なんて浮ついたもの、自然と消滅してしまう。
その考えが強すぎるあまり、最近ますます彼と接する時間が短くなってきているのが難点だけれど……
「フロースちゃん、アナタも気を付けなさい? 今は随分アナタのクラスを気に入っているみたいだけど、いつユーリの気が変わって会えなくなるかも分からないわよ?」
「えぇ~? ……あ、なるほど! うふふ、ルチルさん嫉妬してるんですねぇ? うぅ~カワイイです!!! ひゃ~!!」
話が通じない事を悟った私は、目の前のコーヒーを一気に飲みほすと立ち上がって代金を置く。
「色恋にうつつを抜かすのもいいけれど、勉強の方もしっかりするのよ?」
「あれ、用事があるとは聞いてましたけど、今から講義なんですか?」
「そ。厳密に言ったら演習だけどね」
「なるほど、だから少ししか食べなかったんですね。……ごめんなさい、今度からはもっと考えて誘います」
「ふふ、いいのよ。それじゃ」
「はい!」
フロースと別れた後、すぐに学院へ向かう。時間には少しだけ余裕があるので、意図的に歩みを遅くしながら。
修学クラスは魔境だ。確か、ユーリの言っていた「マッドサイエンティスト」というのが近い。そういった、魔法以外には盲目的な人達ばかりが集まっている。
だからこそ、私自身の魔法の技量も上がったのだけれど。……馴染めていないのもまた、事実。だって、詠唱の間に笑い声を挟む研究だったり、性別を入れ替える魔道具の研究をするような連中だ。私はそこまで傾倒していない。
私にとって魔法は手段。ユーリとの繋がりを維持する手段であり、家族を守る手段であり、私が生きる手段だ。
魔法自体に何かを見出している彼らと、魔法を通して何かに触れる私は別物なんだと思う。
ユーリ。本名は別にあるらしいけど、『偽装』が使える彼から本物のステータスを覗くことはできない。
そんな心を開いていない彼に対して、本題を伝えるタイミングはいつまで経っても見つからない。
焦る気持ちは段々と大きくなって、風船のように弾けてしまいそうなほど。でも、そろそろ心を決めないといけない。
私がユーリに対して感じる恐怖や彼との間にある壁を無視して、真っ向から向かい合う時が近付いている。──と、ルチルはそう思っていたが。ユーリは結局エリフィンへ帰還できず、ルチル1人で故郷へ帰ることになる。
そしてそれは、ルチルが今まで歩み寄り立ち向かうことを放棄した結果でもあった。
ルチルがエリフィンに残った理由は、ユーリ達の旅の目的からして、着いて行くメリットより残るメリットの方が大きいと判断したからですね。魔法の技量を少しでも上げたかったようです。
研究途中の魔法があった、というのも少しはあったと思いますが、ルチルはその点(研究途中のモノが気にかかる)は性格的にあまり気にしていなかったでしょう。
それでは。