閑話 賢者とその従者:夕暮れ刻の一幕
パタン、と本を閉じる音が部屋に響いた。特に静かにしていた訳では無いのに、その音はやけに耳に残る。やはり、この特殊な空間のせいじゃなかろうか、という思考が脳を支配する。
この空間を造ったのは、言うまでもなく今本を机に置いた賢者殿だ。その姿を見ていると、朧気に残っていた記憶が刺激され、とある言葉がふわふわと浮かんできた。そう、確か……以前聞いたときはこう言っていた。
『ふむ。この空間がどのようなものか気になると? 確かに、これから君たちも住むことになるのだから気になるのは当然だろう。だが、その問いに面白い回答は返せないよ。ここは現実だ。正確に言えば現実を正確に模したもう1つの現実だ。……これでは少し大げさかもしれないな、この空間はこの一部屋だけだから』
我ながら細かい部分までよく思い出せたな、と感心する長ゼリフ。賢者殿の言葉はたまに芝居がかっていて、最初の頃はそれが鬱陶しくもあった。今となってはそれこそが彼女のアイデンティティだと思ってるけどね。
「……終わったか」
「何がスか?」
「氷帝戦だ。新たな帝が生まれ、また一つ歴史が進んだ。我々が介入せずに済むルートだったな」
「ああ……あれ、それじゃ準備ムダになったってコトすか!? ヒェ~ウチ泣いちゃうスよ……」
「問題ない。その準備には存分に活躍してもらう事になるからな。……ほれ、ルコを呼んでこい。どうせあっちの裏で寝ているんだろう。出発するぞ」
「え、マジすか!? ウチらも行けるんすか!? ヤッター久しぶりの外っスねちょっとルコセン腹パンして起こしてきます!!!!!」
外、外、外。思考が「外」に一気に侵食され、気分が高揚する。そしてその勢いのままルコ先輩にエルボードロップをかます。先輩ほっそいのにおなか柔らかいな、なんていう無駄な思考が、澄んだ水に零した一滴のインクのように脳内を広がる。
しかし、それは一瞬のこと。一瞬の後にその余分な思考はとあるモノへ変換された。それは、「怒られてしまう!」という恐怖。そして、その予感をはらんだ恐怖は現実の物になる。
「ごほ、けほ……な……に晒してくれとんじゃわりゃァァァァァアア!!!!!」
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
バコンバコンと頭を殴られ、おしりを蹴られながら宥めること十数分。痺れを切らしたお師さま──賢者殿が声をかけてくるまでそれは続いた。
「……お前ら、いつまで遊んでいるつもりだ。さっさと出発せねば日を跨ぐことになるだろうが」
「へ!? 外に出るんですか!? メアちょなに寝てんのさっさと起きて!!! ほらさっさと準備!!! やばいなぁどの服着ていこうかなぁ」
「ヒドイっす……扱いが雑すぎるっす……」
そこから更に一つ二つごたごたを挟み、ようやく出発の用意が完全に整うと、今更感のある1つの疑問が浮かんできた。
「つかお師さま、今からどこに何しに行くんスか?」
「うん? まあいくつかあるが……新たな帝に会った後、ギルドでいつもの依頼を受けるだけだ。そうだな、帝に会った後は少し自由時間をやろう」
「マジ!? いやーさすがお師さま、世界一かわいい! 世界一やさしい! 世界一かしこい! くぅ~~!」
「本当ですか師さま! やった、どうしよっかなぁ服だけじゃなくて小物も買いたいしマニキュアなんかもやりたいし……時間足りるかなぁ……」
目先の餌に見事釣られた私達は、その前の前提条件──新たな帝に会うことがどんな意味を持っているのか、理解していなかった。
敵対する気もない相手に対面するだけで精神を削られることになるなんて、この時の私達には、分かりようもなかったのだった。
ルコとメア、設定ではアイラインの色が青と赤なんですけど……今考えたら某0からスタートする物語でも姉妹が青と赤ですね。
無意識のうちに引っ張られたのでしょうか……
2人の、能力は伏せた外見の設定を載せておきます。
ルコ&メア
腰まで伸びる美しい黒髪
頭には細く鋭い魔力器官であるツノが2本
身長184cm(2人とも)、足が長くスレンダー
(何がとは言わないけど)AA
黒目
魔力器官であるツノを使った時、黒髪が赤/青に煌めく。
ルコ……青いアイライン、メア……赤いアイライン
それでは。