132 避・少女
ルルクの放った炎を眼前にして、俺は右手首にあるミサンガを触った。
次の瞬間、俺の視界は白髪の少女の顔で埋めつくされていた。
「……へ? ぅにゃ!? クロくん!?!?」
「よ。さっきぶり」
危なかった。さっき強化を盛るために血界内に退避した時、転移の魔道具……の、目印の方を設置しておいて良かった。
でも、ここも安全とは言い難い。俺の持つ1番の盾は天岩戸で、それが破られてしまったから。
「退避しよう。濃度2まで。この血界じゃ多分あの攻撃を耐えられない。……幸い、モアは攻撃範囲の外にいるから安全だ。急ごう」
改めて考えれば、魔力攻撃を分解して神気に変換する性質上、血界内部にいる人間が上限以上に神気を詰め込まれる可能性もあったわけだ。それによって何が起こるかは知らないが、人体に良くないのは確実だろう。
自分で作っておいてなんだが、なんつー欠陥品だよ。
俺は祈聖血界を解除すると、バレンタインとシロの背中を押して退避を始めた。だが、そこにも炎の塊は容赦なく降り注ぐ。
「アゲハッ!! 大丈夫なんだろうなっ!!!」
「もっちろんだよ~! ふふふ、ピンチに参上!! アゲハちゃんと~~? ……え、私も言うの? ……ピュネラです」
“認識” の力によって、現実は都合のいいように書き換えられていた。つまりは、俺たちの居場所を誤認識したルルクは、あらぬ方向に炎を放っていたのだ。
……てか、なんで俺まで「誤認識」に巻き込まれてるんだ?
「マスター、この場所魔力がごちゃごちゃすぎてマスターまで“認識”に巻き込んじゃった。最後まで調整してたんだけど、上手くいかなくて……」
「……別に構わんけど! けど!!それなら報告が欲しかったなぁ!?」
結局、攻撃なんて飛んできてないのに焦ってる憐れな俺が1人いるだけだった。悲しい。
「そんなに落ち込まないでよ、マスター。さっき転移した時の炎は本物だからさ?」
「それもっとタチ悪いから」
衝撃な真実を聞かされながら、退避は安全に完了できた。だが、この短時間 “認識” を歪めただけのアゲハは、想像以上に疲弊してしまっている。この空間のせいだろうが、だいぶキツい。あと1回使えればいい方か……
「逃げるのはダメだよ!」
濃度2まで退避したことで、頭の中が一旦立て直そうという思考に支配されていたその時。
幼い少女の声が耳に入ってきた。
「逃げるのはダメなの! せっかくルルクが楽しみにしてたのに!!!」
「……ああ、ルルクと一緒に転移してた……」
少し観察すると、少女のことはすぐに記憶から掘り起こされた。
ゆるいウェーブのかかったふわふわの茶髪をした少女は、胸の前で手を握りしめ、その叫んだポーズのまま固まっていた。
「別に逃げる気はない。俺たちにも目的があるからな。今は……あの技を避けただけだよ」
「……あれ? カン違い? はれぇ!? ……ぅう、またルルクに怒られちゃう!」
「貴女は、私たちと戦わないの?」
「それもダメだよ! ルルクの獲物なのに私が取ったら怒られちゃう!」
えげつないな異世界クオリティ、などとくだらない感想が頭に浮かぶ。こんな可愛らしい少女がこういうセリフを言うのは、なんというか……実際目の当たりにするとインパクトがあるんだよな。
多分、アフリカかどっかの国で命がけで働いてる子供たちを直に目にした時なんかは似たような衝撃を感じるんだろう。そんな感じだ。
「『召喚』・〈葉桜〉。『詠唱形骸化』・『強化セットNo.2』。ドレスコード:No.9〈侍〉。……んじゃ、俺はアイツ倒しに行ってくる」
「……勝てるの?」
「当然。あんな子供に負けるようじゃ……いや、まあいい。とにかく問題ないよ」
「クロくん、がんばって」
「おう」
シロと拳を合わせ、俺はまたまた濃度3の世界へ入る。炎弾の雨は止み、その発生源だった少年は静かにこちらを睨んでいる。
調子に乗ったセリフは負けフラグだが、あれだけあからさまなら1周回って勝ちフラグだろう。俺は、先程言いかけた言葉をもう一度心の中で呟いた。
──あんな子供に負けるようじゃ、転生者名乗れないだろう?
しつこいくらい書いてるのでお分かりだと思いますが、ユーリの口癖は「集中していこう」です。たまに「しまっていこう」にもなります。
氷帝及び乱入者戦、ここから大一番です。
それでは。




