131 炎・絶対
そもそも、俺が少年の剣とまともに打ち合おうとしなかったのはコイツの剣が炎でできてたからだ。
炎を圧縮しているからか、白に近い発光をしているその剣は、〈箔刀〉なんか使えば触れる前に蒸発しそうなほどの高温を纏っていた。
だから避けただけなのに、それをつまらん戦いだと言ってキレるのは……まあ、人の感性にとやかく言うもんじゃないか。
コイツの目的も気になるところではあるが、それは後。今は、氷帝戦の邪魔にならないよう、速く倒すのみである。
༅
空から落ちるそれは、巨人の足の裏かと見紛うほどの大きさで、猛々しい威風を纏っていた。ただの岩なんだけどね。
「『人魚唄う仄明かり。妖精纏う花冠。それは纏わり、回転し、絡みつく水の縄。【水輪】』」
俺は、ルルクが周囲に展開させていた炎の防壁内部に水の輪っかを作り出す。だが、形状以外特に指定していない俺の魔法はルルクの圧倒的な炎に一瞬で蒸発された。
ただ、これは俺の狙い通り。「仄明かり」、「妖精の花冠」という要素は儚さを付加し、蒸発の勢いを強める。
結果起こるのは、水蒸気爆発というシンプルな現象だった。その蒸気はかなりの勢いを持ち、ルルクの防壁をかき乱す。蒸気で目視するのが難しくなった、なんてことを考えていた瞬間。
大岩が、全てを叩き落とした。
༅
屈辱、怒り、焦り。どうやったってボクよりレベルが高いように見えないのに、ボクの攻撃を避けてばっかりなのに、全部しっかりいなされる。
大技の準備として生み出した炎の奔流も、よく分からないままかき消され、その直後には地面へ叩きつけられた。
強い。今のボクと張り合えるくらいには、あの男は強い。気付かなかったことにしたいけど、それはできない。「相手の強さを知ることは、己の強さを知ることでもあります。逆に、相手の強さから目を背けるということは、自分の弱さを見せつけるということ。成長を諦めるということです。そこだけは曲げてはいけません」本当に強いヤツと戦うことがなくてしばらく忘れていた言葉。何度も何度も言われたその言葉が、頭の中で繰り返される。
いつの間にか、アイツの戦い方に怒る気持ちは薄れていた。だって、仕方ないことだから。ボクの方が強いんだから、あんな戦い方をするしかなかったんだ。
そして、ボクは気付く。アイツが大きなミスをしたことに。詠唱の邪魔をしようとして、結果的に敵との距離を広げてしまうなんて、バカでしかない。好きに準備してくれって言ってるようなもんだ。
「もう、大丈夫……『ここは炎なる星の観測点。結び・穿ち・逡巡する夜の王。天尽来たりて宙を舞う!【フルグ・サンサーラ(炎神滅火)】!』」
でも少しだけ、期待してしまってもいた。アイツなら、ボクの本気にも何だかんだ対応できるかもしれない、と。
──そんな訳はないのに。
༅
炎。極寒のこの場所において極めて違和感のあるその煌めきは、力強く胎動し……正しく驚異となって、俺へ飛来した。
「っ……! 風圧じゃ消せないか! オブジェクトコール:天岩戸っ!!!」
外界の全てを隔たるその大盾は、この咄嗟の場面でも俺をしっかりと守ってくれる。どんな攻撃でも貫けない、という事実は、それだけで大きな安心感を与えてくれる。
だが。それはまやかしだったのだと知る。いや、正確には思い出したのだ。どんな槍からも守る盾があっても、どんな盾でも貫く槍もあるのだ。
何度も衝突する神気を纏う炎にこじ開けられた岩の戸を見て、俺は少し前のことを思い出した。
──気になる。気になってしまった。創造魔法の宿命と言うべき課題にぶち当たったともいう。「なんでも切れる剣」と、「絶対に切れない盾」を創ったら、何が起こるのか。
と言っても、現段階の俺にその2つを想像することは出来ない。創ろうとすれば、魔力不足によって言いようの知れないゴミを生み出すことになるからだ。
だがまあ、それでも検証ができないわけじゃない。
……という訳で、検証終了です。興味深い実験だった。
実験結果から分かったことは、以下の通りだ。
1.「盾Aだけは必ず貫く槍A」と「槍Aにだけは絶対貫かれない盾A」を同時に創造すると、魔力不足以外の要因で失敗する。
2.「扇は必ず貫く槍B」を創った後「槍Bには絶対貫かれない扇B」を創造すると、槍Bは扇Bを貫くことができない。
3.2.の実験後、「扇Bを絶対貫く槍C」を改めて創造すると、槍Cは扇Bを貫いた。
つまり、後から創造した物に優位性があるわけだ。もし俺と全く同じ能力を持つ奴がいたらイタチごっこになるってことだな。
そして、「絶対」っていうワードの信頼性が思ったより高くないってことも分かった。まあ、俺が今回やったみたいに、その「絶対」を狙い撃ちできるような能力でもないと突破はできないだろうけどな。
──回想終了。
つまり、「絶対」は「絶対」じゃなかったのだ。結局その「絶対」も俺のイメージでしかないし、当然なのかもしれないけれど。
ああ、しかし。天岩戸が破られるんなら今の俺に防ぐ手段はない。
気付けば、目の前に赤い炎が迫っていた。
次回「ユーリ、死す」
デュ〇ルスタンバイ!
はい。ルルクの情緒不安定さ、あまり上手く書けている気がしません。キレっぽいのは十分伝わってるとは思いますが……
それでは。