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126 空気感

 モアの放った雷撃は、轟音とともに亀へ直撃した。当然固そうな甲羅(こうら)など狙わず、左前脚(呼び方合ってるのか?)への攻撃だ。

 着弾地点からは何から出ているのかわからない煙が立ち、傷の様相を確認することはまだできていない。だが、あの亀──氷帝が声ひとつ上げていないという事実が、大したダメージにはなっていないことだけを教えてくれた。


「とりあえず同じ部位への追撃が安定行動だな。『魔力創造主(マジックメイカー)』」


 スキルで手榴弾を創りながら、小さくしてネックレスに付属させていたアリアーチェを(ひも)から外して元の大きさに戻す。

 俺は更に、空いている手でコア・ネックレスからタウラス・ゴージを取り出した。


「それは……」


 モアが小さく呟いたのが聞こえた。この本のことを知っているのだろうか? ──このタウラス・ゴージは、俺がこの世界に来て最初に攻略した迷宮のクリア報酬のひとつである魔導書だ。


 魔導書とは魔法が込められた本であり、スキルを持たなくても魔法が使える便利な代物(しろもの)である。

 使い捨ての物でもないので魔道具としてはかなり強い部類なのだが、その分取り引きの値段は高いし強制的にに体内の魔力を持っていくので魔力欠乏を起こしやすい一面もある。


 俺は、創造物が増えてきてコア・ネックレスに放り込んだアイテムの整理をするまで、この魔導書のことを忘れ去っていた。俺にとっては魔導書なんていつでも創り出せるものでしかないので当然である。


「雷装」


 俺の言葉と同時にアリアーチェは雷の魔力を帯び、それと同じ性質の魔力が矢を形作る。その性質は圧倒的な速度と麻痺。

 このデカい図体(ずうたい)を持つ相手に麻痺が通じるとは思わないが、モアの放った強力な雷撃で穿った場所を正確に追い討ちするのには十分だろう。


「ここ」


 高いレベルのお陰で、俺は特に意識して力を込めずとも弓を限界まで引き絞ることが出来る。そのまま放たれた矢が、依然として煙に包まれた亀の前脚へ直撃した。さらには、いつの間にか投擲されていた手榴弾が直撃の直前に貫かれて更なる追撃となる。

 その代償は再びの轟音である。


「……本当に異世界に必須なのは鑑定より耳栓か。夢がないな」


 そして、このタイミングで後衛からの支援追撃が飛んできた。先の鋭い氷柱が何本も連続で打ち出され、同じ部位に命中する。そして、着弾と同時に違和感が発生。……着弾時に仕掛けがあるんだろうが、よく分からないな。

 そんな事を思っていると、隣のモアから声をかけられる。


「その魔導書は使わないのか?」


「いや。取り出したはいいものの俺じゃ使えないみたいだ。俺も今気付いた」


「はぁ?」


 当然、モアに催促されるまでもなくタウラス・ゴージを使った更なる追撃を試みてはいた。だが、結果は魔力が減ることすらない完全な不発。仕様に制限があるとしか思えなかった。


「こんなんなら早めに試しとけばよかったな。倉庫番させといて悪いが余所行(よそい)きだ。はい、これあげる」


「な、は!? 俺にか!?」


「そんなデカいリアクションできたのかお前。……そうだよ、なんか俺と相性良くないっぽいんだわ。なら俺にとっては倉庫の場所を食うゴミでしかない」


「お前な……黄道十二門の一書をそんな言い方……」


「なんじゃそりゃ」


 やはり、モアはこの1冊について何か知っているようだ。……ま、『鑑定』すれば分かることでもある。ただの知ったかの可能性も微レ存。


「……こんな所で十二門に(まみ)えるとはな。いいだろう。それが運命(さだめ)ならば」


 モアのカッコつけた意味不明な呟きは俺がスルーしたために寒空に消え、代わりに一層濃密な魔力が辺りを包んだ。それに反応したのか、氷帝が顔を少しだけこちらに動かした。


「『俺は天の扉へと至る。【開門】』」


「……これは」


 いつの間にか金の粒子が俺とモアを包みこむように揺れていた。いつだか伯爵(公爵だっけ?)が転移して現れた時のような突然さで、視界が金色に包まれたのだ。

 濃度3はただでさえ濃い魔力で満ちているのに、そこに一層濃い魔力が放出されたせいで起こる現象なのだろうか。興味深い。


 そんな事を考えていると、頭上から声が降ってきた。あまりにも予想外なその出来事に、俺とモアは固まってしまう。




『……火軍鶏(ひしゃも)盲暑(もうしょ)だと思えば、人の子か。……いや、状況を思い返せば当然か。我の歩みを止めようとは愚かなことだが、我はそれを望んでいる。我は我を止められぬ。意識の発現も、この一瞬のみとなろう。──願おう、世界の安寧を。悪に満ちようとしているこの世界の安寧を。……我に人の子の言葉は聞こえぬ。小さき者よ。戦え』





 その声は(おごそ)かで、大きく、念話のような不思議な響きを伴っていた。胸ポケットでアゲハがモゾモゾと動いたのが分かる。

 この声は氷帝の物なのだろう。顔を少し動かしただけで歩みを止めている訳でもないこの亀が、俺達の周りに漂う濃密な魔力に反応して一瞬だけ正気になったって事だ。


「……はあ」


 ……普通こういうのって、展開進んで死の間際で感動的に正気を取り戻すもんじゃないのか。こんな変なタイミングで、言いたいことだけ言って黙り込んだこの亀は、どうやら空気が読めないようだ。



 ただ、その言葉を聞いた俺たちは不思議と力が(みなぎ)っていた。

濃度3に攻撃を仕掛けてくる敵が存在すること自体、氷帝にとってはありえないことです。そのため、精神的ショックによる一時的な正気の獲得は割と簡単でした。


空気は読めませんけどね。

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