121 歩・考・歩
凍土へと踏み入れた足も、それに続く体も。やはり寒さを感じない。俺の創造した魔道具が正しく作動しているおかげだ。
だが、足元の草花がまとっている「氷結」という現象が侵食してきたかのように、靴に氷がまとわり付き始めた。
「氷が侵食してきてるけど、強度はないな。歩きにくさはまだ感じない。でも、近付くほど強力になると仮定すると……危険だな」
「まあ、自然な想像でしょう。今のうちに対策しておきたいけど……単純に考えるなら炎属性かしらね? 私がやりましょうか?」
「魔力はどれくらい使うんだ?」
「戦闘中に壊されないような強度を持たせるなら、5人分で500ってところね。強度無視なら100でいけるわ。維持コストは無いし」
「コスパ良いな。任せるよ」
「は~い。並列展開、『基本属性魔法・火』【炎輪】特殊付与。『無属性魔法』【強化】。はい、これで周囲の氷は熱で溶けるわ」
バレンタインの手元で複製された魔法陣が、ふよふよと飛んできて各々の足装備へ張り付いた。間を空けずにその魔法陣を強化する魔法陣が重ねられる。
何度見ても理解不能で見事な術理だ。真似する気も起きない。多分だけど、『魔法陣』みたいなスキルを取ってもああはいかないだろう。
バレンタインのおかげで足を滑らせることもなく、凍った草原を進み続ける。俺が創造したのは温度そのものに鑑賞する魔道具なので、顔に吹き付ける風にも、冷たさは感じない。……これがいつまで有効かが問題だな。
やがて、明らかに別世界だと思ってしまう程の世界の境界が、目の前まできた。
風には雪が混じり、まさしく吹雪といった様子。それが、ある一定の範囲から出ることなく白い壁を形成している。それは明らかな不自然だ。
世界がブロックでできているオープンワールドの有名なゲームでたまに見る、天候の境目のようなイメージだ。ある一線の中に、その気候がピッチリ収まっている。
境界線の上に立って、右は吹雪、左は穏やかな低温世界、という世界を見てみたくなってくる。
……あれ、これ別に我慢する必要もないか。さっき手を突っ込んだ時みたいに様子見ってことにすればいいし。
「はは、おもろいなこれ。肉眼でこういうの見ると、それっぽい感じがする」
それとは、もちろん異世界のこと。今同行しているメンバーの八割には、俺が異世界人だと伝えていない。ここで明かす必要もない。だから、言葉を濁しただけだ。
「ここからは何があるか本当に分からないわ。気を引き締めていきましょう」
「ああ。スキルが上手く使えなくなるって資料もあった。とにかく、濃度2に入ったら諸々の確認をしよう」
「それがいいわね」
仲間の顔を見渡して、一足先に吹雪の中へと進む。微量とはいえHPとMPが削られているから、あまり悠長なことはできない。
「『魔力創造主』。……うん? 問題なく使えるな」
「『気配感知』……『病原感知』。『魔法陣術』。なるほどね、スキルレベルが5より低いと使えないみたい」
「え、マジ? 『擬態』! 『詠唱形骸化』! ……うわ、めんどいなこれ。咄嗟のタイミングで酷いミスしそうだ」
俺の『擬態』はスキルレベル4、『詠唱形骸化』は5だ。他に持ってるスキルで影響のあるのは、アクティブスキルが『魔術(1)』『基本属性魔法(火5)』『光属性魔法(1)』『闇属性魔法(2)』『蘇生(1)』。パッシブスキルが『直感(3)』『精神汚染耐性(3)』。
……こうしてみると、やっぱスキル多いな。魔法系スキルは勉強する時にあった方が便利だし、他にも知的好奇心で色んなスキル取っちゃってるし。弱そうな奴だけだけど。
「わぷ。……寒さはないけど、かぜとゆきが……」
口の中に雪が入ってきたようで、シロが顔の前に手を掲げる。俺の創った魔道具は寒さを防ぐだけで、風には何の効力もない。俺達の顔を、常温の雪と風が叩いていた。
その傍らで、バレンタインがモアへとスキルの確認をしている。
「モア、アンタの今日のスキルは大丈夫なの?」
「それは問題ない。今日のはスキルレベルがそもそも無い奴だ」
「そう。……そっちの白い子は?」
「だいじょーぶ。スキルそんなに持ってないし」
「じゃ、最後の境界線まで突っ切りましょうか。寒さは大丈夫だけど、だんだん頭痛くなってきたし」
確認してみれば、HPとMPの減少スピードも速くなっている。こっちの方が後々響いてきそうだった。
歩くだけだが、少しずつ空気中の魔力が濃くなっていく。“寒波” の気配が濃くなっていく。
濃度1よりも2の方が範囲が小さいらしく、俺達は思ったより早くに境界線へと到着した。
そこに存在したのは──いや、存在していなかった。“寒波” は、『天眼』で覗いた通りの馬鹿でかい亀は、確かに存在していた。だが、その周囲には何も無かったのだ。
吹雪は、まるで台風の目のようにそこだけ避けている。てっきり、より強い吹雪の中で戦うことになると想像していただけに、拍子抜けしたような感覚を覚えた。
だからこそ、警戒すべきだった。吹雪のような分かりやすい脅威が消えたのだから、見えない脅威があるのだと想像して然るべきだった。
ようやく亀を目にしたから、気がはやったのかもしれない。気を引き締めてから、ずっとただ歩き続けただけだったから緩みきっていたせいかもしれない。
例によって濃度3へと先陣を切って突っ込んだ俺は── 一瞬にして、氷の中へ閉じ込められてしまった。
お待たせしました。
いつもの主人公なら、濃度の境界線を超える前に遠距離攻撃を試して反応を見るんですが……
しばらく歩かされたのでさっさと殴り倒したくなったのかもしれません。そういうとこだぞ。
次から本格的に戦闘シーンなんですが、しばらく投稿が厳しそうなのです。
そのため、戦闘シーンは全て書き切るまでお休みして、それから毎日投稿、という形にしてみようかと思います。ただの予定なので、気分によってはこうならないかもです。
それでは。