103 資料室
「“寒波” ……名前を聞いたのは久しぶりですね。確か、前回生活領域に近付いたのは4年前でしたか」
俺達はギルドの受け付けに話を通し、高ランク用の情報網を利用していた。ここの情報網はエリフィンの王都にあったギルドとは違って、専門の職員がいるという訳ではなかった。
書物の閲覧権や、一般職員やギルドマスターへの質問権が確保されているような感じだ。
そうして知ったのは、“寒波” という天災。どうやらこれが、街中に漂う緊張感の正体らしい。といっても、まだ噂程度。正式に報告があった訳ではないようだ。
「『未来視』が発動してないから安心していいんじゃないか?」
「……いえ、『未来視』は1ヶ月の間を空けないと再発動しません。その間にどんな惨劇があっても、『未来視』は使えないんです。前回発動してから1週間ちょっとですから、『未来視』が発動していないからといって安心はできません」
「そうか、そうだったな。盗賊騒ぎの時に発動したから……」
エリフィン王城でのゴタゴタの後、俺達の旅中に1度だけ『未来視』が発動する騒ぎがあったのだ。被害も無く簡単に抑えられたが、その反動でアンナが寝込んでしまい旅程が長引いてしまった。
そして、その小さな騒ぎに『未来視』が発動してしまったせいで、今直面している問題で『未来視』に頼ることはできなくなっていた。
「“寒波” …… “寒波” ねぇ。イメージ湧かないな。そんなに危ない現象なのか?」
「それはもう。寒波の範囲では、凍える強さに幅がある、というのはさっきの資料の通りです。中心に近いほど、温度が低く凍える。その凍える度合いは、主に3段階に分けられます。
1段階目は、身体の震えが止まらなくなり、HPとMPが微量ですが常に奪われ続ける。2段階目は、スキル不全──スキルが正常に発動しなくなる。3段階目にもなると、体表が氷に覆われ、数秒のうちに死んでしまう、と言われています」
「……“言われています” ? 確定じゃないのか?」
「ええ。当時『千里眼』というスキルを持っていた方が観測されたのですが、3段階目で氷づけにされるのを見たが、その詳細は“見”れなかった、と」
「あー、『千里眼』って確か鑑定能力もあったよな。その鑑定能力で見れなかったってことか」
「その通りです」
割と楽そう。それが正直な感想だ。唯一2段階目のスキル不全が面倒ではあるが、事前にアイテム創って、それで戦ったり寒さ対策すればいいだけに思える。
「とりあえず……『魔力創造主』。はい、このマフラーと指輪持っといてくれ。寒さ無効のバフ付けといたから。指輪は魔力を流すと体表数ミリまで暖めてくれる」
「そんな……凄い魔道具、ぽんぽん渡していいんですか? というか、凄すぎて受け取りづらいです、ユーリさん」
「ああ、大丈夫だよ。その気になればいつでも回収できるから、盗まれたりしても問題ない。それでも心苦しいんなら、一応貸与っていう名目にしておこうか?」
「わ、私は! 貰っちゃってもいいですか、ユーリ様!」
「……ああ、もちろん」
初めてのプレゼント、一生大事にします! とでも言わんばかりのテンションでアンナが指輪とマフラーを受け取る。「奪い取る」と言っていいほどの勢いだ。
ちなみに、この世界では指輪に深い意味はない。婚約指輪、結婚指輪という概念は無く、身に付けやすいアクセサリーという以上の意味はないのだ。
と、資料室でわちゃわちゃやっていると、新しい客が訪れた。オシャレを体現しているような綺麗な女性と、全身黒で無難を地で行っているような男性、それに幼女。……小学生くらいの年齢に見える女性だ。
夫婦とお子さんですか、と思うような3人組だが、そういった雰囲気ではなかった。なんというか……うーん……?
とにかく、この部屋を職員の同伴無しで利用できるってことはコイツらも高ランク冒険者ってことだな。
「あら、先客……失礼するわね?」
「見ない顔だな。最近ここへ来たか?」
「ねー、やっぱり帰りたいよ~、本読むのやーだー!!!」
「……どーも。そうですね、ついさっきこの街に着いた所です」
彼女たちはフランクに話しかけてくる。冒険者という職業にありがちな傾向だ。他者とのコミュニケーションは、パーティとして活動していると自然につくものなのだろう。
美人さんが頬に手を添えると、その手首のあたりに見覚えのあるマークがあった。
「Sランク……」
「ええ。2人はAだけど、私だけSなの。……って、あら? あなたもSランクじゃない。奇遇ね?」
「そうですね。Sランクになったのは最近なので、自分以外のSランクとは初めて会いました」
「あら、それじゃあ二つ名もまだないのかしら」
「あー、多分。分かんないですけど」
「私は “魔法陣” ハッピー=ハッピー・バレンタイン。面白みのない二つ名だから、バレンタインって呼んでくれると嬉しいわ」
「俺は……ユーリです。よろしく」
ものすごく特徴的な名前だ。名前を覚えるのが苦手な俺が一瞬で覚えてしまう程にはすごい名前だ。異世界すごいな。
俺の後ろで、Sランク冒険者に萎縮して一言も喋らない仲間達が頭を下げた。なんか俺がリーダーみたいになってて居心地悪い。
「ねーバレさん、この人はそうじゃないのー?」
「うーん、最近見た中じゃ1番可能性がありそうね。モア、今日のスキルは?」
「戦闘系だ」
「そう。じゃあ……そうね、戦ってみる?」
「はい?」
「……その前に、ステータスを見ていいか交渉するべきだろう。なんでそうニコ寄りの思考になってるんだ」
「いや、え、んー?」
なんか、どっかであったような展開だ。確か、あの時と──2丁銃使いのシグと戦った時と同じ展開だぞ。
「すみません、傍から失礼します。発言してもよろしいでしょうか?」
「固いわね~。いいわよー?」
「Sランク同士の戦いともなれば、場所の問題があります。少なくとも、街から数キロは離れないと……」
「ああ、それは大丈夫よ。場所は私がどうにかできるし、そもそも戦うの私じゃなくて──こっちの男だから」
「……失礼しました」
「はーい」
ウィズィが心配を口にするが、そこじゃないよ。もっと気にするところあるよ。この意味不明な展開とかさ。
「……はぁ。ステータス見せたら戦わなくていいんですか?」
「隠蔽・偽装系のスキルを切ってくれたらだけどね。全部全部オープンで」
「それは……」
面倒だな。特に称号。「異世界人」の称号は、厄介事に巻き込まれるリスクがある。「神と対話せし者」は完全隠蔽が勝手にかかってて俺の意思で解除できないから、ステータスを見せる前に契約を結んだりすれば違反になる可能性がある。「無慈悲なる者」もあんまり見られたくない。
シグと戦った時のように、軽く戦うだけで終わりなら……そっちの方がいいかもしれない。
いや、というか……
「そもそも、何が目的なんです? なぜステータスを?」
「うーん、それ一応秘密って事になってるのよね~。うん、やっぱり私の判断じゃ言えない、ごめんなさいね?」
「あー、はい。そういう感じっすね~……」
入口に陣取られていることに意図的なものを感じつつ、決断を下す。アゲハがいれば、認識をねじ曲げてでも逃げていたかもしれないが……
「じゃあ……やりますか……」
「じゃ、ついてきて! 訓練室借りてやりましょう!」
笑みを浮かべるバレンタインの横で、暗い雰囲気を纏った男と目が合う。俺が今から戦う男だ。そして、2人同時にため息をついた。
毎日彼女に振り回されているであろうその男を見ていると、少しだけ元気が湧いた。
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1つ前の話で主人公がアンナから向けられる好意に気持ち悪さを感じる描写、入れるかすごく迷ったんですが後々大事になってくるので結局入れました。すまん。
今回出てきた3人組は、前に閑話で出てきましたね。2章終了後の閑話なので、忘れた方で気になる方は読んでみてください。あと、バレンタインの二つ名まっっったく思い付かなくてめちゃくちゃダサくなりました。ごめんなさい。