102 帝国・街
「うぃ。着いた~」
(ん~長かった! 頭の上で寝すぎて、マスターの頭寝ぐせみたいになっちゃってるよ。かわいそ~)
(おいアゲハ、手ぐしでも何でもいいから整えておけよ。布団利用料金請求しないだけありがたいと思え)
(こんな寝ごこちの悪い布団、むしろこっちがお金欲しいくらいだよ! でも手ぐしはやったげる~)
それなりに長い道程を終え、ようやく俺達の目的地であるグラン帝国へ到着した。
この旅の目的はいくつかある。帝国に入って取りかかる前に、1つずつ整理するとしよう。
「ウィズィ、アンナ、ラウル。とりあえず、帝国に入る前に目的を再確認しよう」
「ああ、そうですね。旅程が長引いてしまったので、恥ずかしながら不安なところでしたから」
「……ウィズィ殿、貴族ともあろうものがそんな事ではいけません。確かに国王様は羽を伸ばせともおっしゃいましたが、それはそれ。貴族としての心構えを──」
「はいはい、ラウル落ち着いてくれ。アンナが目的の事すっぽり忘れてるからウィズィが泥を被ってくれただけだよ、そう怒らないでくれ。話が長引く」
「ユーリ、様……失礼しました」
「いやかっった。相変わらず態度固すぎだろ卵かよ」
「卵……ふふ、“ノークレースの卵” ですね? その言い回し、とても好きです」
「はい、ありがとうアンナ。で、目的の話ね。まず1つ。アンナとウィズィに外の世界を見せる。巫女として国に尽力してくれたアンナへの褒美であり、大貴族──公爵であるウィズィに他国の様子を勉強させる」
我が強いメンバーをいなしつつ、目的を1つずつ確認する。
にしても、エリフィンを出てからアンナの目が一層キラキラしていて眩しいな。アンナから何故か好意を向けられている気がしなくもないが、理由に心当たりがないからまだ気のせいということにしておける。
……気のせいだ、と思おうとしても、アンナの態度があからさまなおかげで多少の気持ち悪さがある。が、それも魔力欠乏のおかげで耐性が付いてる。修行して良かった。
どうせ卒業したらエリフィンからも出て行くんだ。少しの我慢だろう。そんな身分である俺の事情で心労をかける訳にはいかん。
「で、最後の目的は、ブラン国王の友人である皇帝ジンクに、密書を届けること。……簡単にまとめると、1.視察、2.買い物、3.エリフィンから逃げた不穏分子の捜索、4.ダンジョン救援に応じること、5.皇帝へ届け物。分かったか?」
「はい! ダンジョンの救援については、私とラウル様がお休みですね。ユーリ様、ウィズィ様、頑張ってください!」
「ユーリさん、国王から預かった密書は無事ですよね?」
「もちもち。──ほれ。怖いからすぐしまうけどいいよな?」
「ええ。買い物は……二手に分かれましょうか?」
「んー、とりあえずそこは入国してから決めようか」
入国、とはいってもグラン帝国は国境を取り締まったりしていない。関所もない。国境を超える移動に身分証すら必要としないルーズさだ。
そのため、便宜上入国とは言っているものの、実際には俺達は既に帝国領土内。入国は、最初の街に入ることを指していた。
༅
「途中で寄ったランパードの街とは全然雰囲気が違うな」
「そうですか? どちらも血気盛んですから、私には似たモノのように感じます。……ふふ、血気盛んといっても、江閣宋には遠く及ばないでしょうけどね」
「そうか? んー……なんか、ランパードの街に寄った時よりも……ピリピリしてる? みたいな」
街の雰囲気を形容しようと言葉を練っていると、この世界に来て最初に不法侵入した街の雰囲気と似ているのだと気付いた。
つまりは、異常事態という事だろうか?
「門番もいないってのは流石に驚いたけど、治安は悪くなさそうだな」
「帝国は、主要な街にそれぞれ1つずつ騎士団を配置しているんです。七国の中でも治安は良い方らしいですね」
今更だが、七国とは。現在人が生活している、言うなれば世界のほぼ全てである。安全に生活できる場所に人々が集まり、暮らし方や性格で分かれ7つの国を形成した、と言われている。
七国とは、グラン帝国、エリフィン魔道王国、軍事国家ランパード、純華聖王国、ノーランド王国、江閣宋、魔帝国ベルベットの7つで構成されている。中心に魔帝国、その周りを囲むように六国が存在している。
そして、その国々の更に外側には……森や、川、谷、山などが広がっている。
ただし、それらは未開の地。人類では到底過ごすことができないと判断され、最上級ダンジョンのボスと遜色ない──いや、それ以上に強力な魔物が存在しているという。
「とりあえず、冒険者ギルドに寄っていいか? 情報集めならそこが手っ取り早いと思うし、みんなも着いてくるといいよ」
「ギルドですか! 私、なんだかんだで初めてです! 私はついて行きますよユーリ様!!! 楽しみです!!!」
「……ウィズィ様、視察としては各地のギルドも良い指標になります。活発さや治安、依頼の内容など。帝都のギルドとの比較も参考になるでしょう」
「なるほど。では、私達も……そうですね。全員で向かいましょうか」
「はいよ」
(アゲハ、ギルドと街の偵察頼むわ。ギルドが問題なかったら念話もいらない)
(あいあーい! あ、ギルドマスターとか受付嬢が女の人だったらパンツの色とか見てきた方がいいかな!?)
(魅力的な提案してないではよ行け)
ギルドに足を向けながら、アゲハに偵察を頼んだ。特に必要なことではないが、移動中ずっと頭の上でロクに動かずにいたんだ、少しは運動した方がいいだろう。気分転換にもなるだろうし。
少し歩くと、すぐに目的の冒険者ギルドに到着した。
(念話はまだ無し……問題ナシね。いや、アゲハの事だし串焼きの屋台に捕まってる可能性もあるか?)
そんな事を考えながら、ギルドの入口に近付く。
「そう緊張しないでいいよ、そうそう乱闘なんか無いし──」
「ざけんなおらァァァっ!!!」
「うおっ!?」
ギルドに到着し、扉を開ける前に少し緊張している様子のみんなに声をかけていると、ギルドの中から聞こえてくる怒号と共に、突然男が飛んできた。つい、反射で土壁を創造して守ってしまう。
「ぅぎゃっ」
「え、死んだ?」
「ぐぁ…………死んで……ねぇよ……」
「……それは良かった。元気があるのはいい事だ。……んで、話を戻すけど。そうそう乱闘なんかあるもんじゃないから、緊張しなくていいんだよ。ほらほら、リラックスして入ろうか」
「……理解が追いつかずにツッコめないのが申し訳なくなるような展開ですね……」
「大丈夫ですウィズィ様、私も追い付けていません……!」
「……?」
よく分からないが、緊張は無くなったようだ。木製のドアを開け、飛んできた男はポーションをかけた後放置してギルドに入った。
ここのギルドは、入ってすぐに机と椅子が大量に配置されているようだ。つまりは酒場だな。扉から続く動線はちゃんと机と机の間の通り道になっており、その先にカウンターがある形だ。
その中ほどにひとりの男が仁王立ちしており、それを少し遠巻きに人々が囲んでいる。酔っ払いの喧嘩を野次馬している、という状況か。さっき飛んできた男は仁王立ちさんと喧嘩してた奴かな。
「おうてめぇら。見ねぇ顔だな。……つい数秒前に、扉から飛んでいった奴がいなかったか?」
「ああ、いたよ。地面で伸びてると思うけど……」
「見えてたぜ。テメェ、そいつにポーションかけてたろ。てことは、喧嘩の参加者ってことだ」
「……何がどうしてそうなった?」
「うだうだ言ってんじゃねぇ! 『体術』【裂破】!!!」
「『召喚』アリアーチェ。雷装」
突然喧嘩をふっかけてきた男を麻痺させて動けなくする。男はスキルで衝撃波を飛ばしてきたので、そちらは土壁で防御した。
スキル『体術』だけでなく、『剣術』『刀術』『槍術』などの戦闘術スキルには基本的に技能が存在しないが、例外がある。武器に附属する固有技能だ。今の衝撃波のように特殊な技を使用できるもので、エリフィンの鎖使いもやってたアレだ。
……ちなみに、『札術』は例外で技能が最初からあった。俺が持ってたスキルだと、『瞳術』も例外だったな。
戦闘術スキルは、その戦い(扱い)方が上手くなる、というなんとも曖昧な効果なのに対し、技能は明確な力を持つ。そのためか、この世界では『〇術』スキルは軽視されがちのようだった。
「便利なんだけどな、素の『体術』だって。詠唱いらないし。……いこうか」
そう言って、麻痺して動けない男の横を通り過ぎようとすると、動けないままで食い下がられる。
「待てや……一体何もんだ、テメェ……」
「……元気があるのはいい事だけど、ありすぎるのは困ったもんだな。……おやすみ」
コア・ネックレスから取り出した注射銃で、男に睡眠薬を撃ち込む。最近新しく作ったお気に入りの武器だ。
厨二病っぽいセリフを言えたことに満足した俺は、意気揚々と、今度こそカウンターへ向かうことにした。
気分は比較的晴れやかだったが、ただ、後ろを着いてくる仲間たちが呆れているような気がした。
評価お願いします。
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国境と国境の間に、誰のものでもない土地が存在します。そのため、ちょっと気になる部分があったかもしれません。
その土地を領土として取り込んで、自分の国を広めよう! とは今のところなっていません。理由は作中で説明すると思うので、ここでは言わないでおきます。