百話記念閑話 場外祭戦
この話は、本編とは関係がありません。
ただし、武器や防具、スキル等は本編に準拠しています。そのせいで、超微量のネタバレが含まれています。ご注意ください。
「よし、やろうか」
「いいね。見世物ってのが気に食わねぇが、お前とやれるんなら文句も引っ込むってもんだ。咎のお気に入りだからって、容赦しねぇぜ?」
「当然。ハゲ錬金術ジジイとミトコンドリア男爵への恨みも込めて、全力で行く。持ってる手段全部使ってな」
「……へぇ? そいつは楽しみだ」
対峙する2人。様々な装飾品と気取った装備に身を包んだ男──ユーリと、刀1本を携え着物を纏う男──震舌。
この2人が戦うことになった経緯は、ない。咎やウィズィ達が観戦席に座る闘技場にいる理由も、ない。ただ、戦うことになった。それだけだ。
闘技場の創りは簡素。中央に、平な一枚岩の戦闘場があり、それを観客席が囲んでいるだけだ。
ただ、その戦闘場の四方には魔力回復用のポーションが4本だけ設置されていた。
「……なあ、戦闘開始の合図ってあるのか?」
「無いと思うぜ? 実況も審判もいないんだ、俺達の自主性次第って奴だ」
「分かった。じゃあ、俺がコインを投げるから落下音が合図ってことで」
「いいぜ」
緊張感を保ったまま、それを表に出さないように軽い態度で会話する。が、震舌の方は本当に緊張を感じていないようだ。羨ましい、一般人で常識人である俺には到底無理だぜ……
「ルールは、ありありありなし。武器防具あり、魔道具あり、スキルあり、HP回復なし。魔力とスタミナの回復は、禁止の範囲外。それ以外の禁止事項なしだ。いいな?」
「ああ。大体全部アリってことだな?」
「……いくぞ」
キン、という音と鳴らして、コインを強く上に弾く。天高く飛んだ金貨が、クルクルと回転しながら減速して、やがて落下し始める。
地面まで、10メートル。5メートル。1メートル。10センチ──
しかし、甲高い落下音は聞こえない。なぜなら──
「さすが、かわいいかしこいアゲハちゃん! イ〇ローにも負けないナイスキャッチね!」
「はっ!?」
──落下の直前にそれをキャッチする妖精がいたからだ。俺が棒立ちしていたから油断していた震舌が、思わず声を上げて硬直する。
「はっはー!!! 油断大敵ってなぁ!!!!」
迷わず突撃。靴の付与効果〈天歩〉も起動し、高速で詰め寄る。だが、震舌は目で追えていたようだ。
「っ……随分と気分が上がってんじゃねぇか! いいねいいねぇ!!! 『位相ずらし』!」
「なっ!?」
目の前の景色が突如変わる。震舌の、ガラ空きの背中だった視界は一面灰色に。転がって、とっさに受け身をとる。
「短距離転移かっ!」
「正解だよっ! おらァッ!!!」
「ぐっ!?」
声のした方向に、咄嗟に剣を差し込む。が、体勢が悪く踏ん張ることができなかったので、あえなく吹き飛ばされてしまった。
「『位相ずらし』!!!」
吹き飛ばされたことで空いたはずの距離を、一瞬で詰められる。しかも、剣で対応しにくいいやらしい位置だ。だが、こちらは剣にこだわる理由がない。即座に特徴のない両刃の剣を消滅し、震舌に対応する。
「『魔力創造主』・鉄球」
俺の周囲を囲むように、鉄の壁を想像する。そう、言葉通り球の形だ。だが、球が完成する直前に、自分の創造した球から逃げるように外へ跳躍する。
震舌の視界を隠した上で攻撃を妨害し、俺が中にいると思わせるブラフだ。〈天歩〉で空中に足場を作ったからこそできる芸当だな。
「ドレスコード・No.7:忍。『風遁【風魔の導き】』」
「なっ! どこからっ!?」
装備を一瞬で変え、投擲したクナイが装備の効果である風遁の補助を受けて飛んでいく。四方八方から迫るクナイに、対応を強いられる震舌。短距離転移で避けないのはなぜだ? クナイに切れ味の鋭いワイヤーが繋がっているのを警戒しているのか?
「『火遁【炎煙白華】』ドレスコード・No.2:勇者。『限界突破』。オブジェクトコール:聖剣インガル。『光刃』」
「チッ!? 『位相ずらし』ッ!!」
煙幕とクナイの波状攻撃に、震舌は思わずと言った様子で短距離転移を発動し逃れた。
震舌は、空中に浮かんでいた鉄塊──俺が創造した鉄球を一時的に盾として利用していたので、俺の姿を見たのは数分ぶり。そして、その様変わりした装備に目を見張った。
「こりゃ出し惜しみしてる場合じゃねぇな。楽しむまもなく終わっちゃもったいねぇ。起きろ〈比照〉『位相ずらし』」
「うわ、それでポーション確保できるのズルすぎだろ」
「はん。褒め言葉として受け取っておくぜ」
短距離転移でポーションを奪取し、魔力を回復する震舌。転移の出し惜しみは、魔力切れが近かったからか? だとしたら、かなりコスパが悪そうだな。
「インガル!」
「雅じゃないな。その武器嫌いだぜ」
「同感だ! 聖なる力なんて好きな奴そうそういないだろうけどな!」
振り下ろした聖剣から放たれた光の斬撃はさっきの突撃よりも速いものだったが、震舌は軽々と打ち払った。俺が創った偽造品とはいえ、『限界突破』した俺が放つ聖剣の一撃を、ああも軽々とかき消されるとさすがに不審感がある。
……さっき、起句──詠唱の最初の部分を呟いてたな。「起きろ」、だったか。ヒショウ……どんな能力だ?
༅
2人がニコニコで激闘を楽しんでいる一方、観客席では雑談とスイーツに花を咲かせる少女の姿。
「震舌くん、たのしそ~。でもやっぱり戦うのよりスイーツ食べてる方が楽しいと思うんだけどなぁ……」
「……いや、アナタさっきから食べすぎでしょ。太るわよ?」
「うん? 私、どれだけ食べてもスイーツなら太らない体質だから! それに、もし太っちゃってもオリジンで痩せれるし~」
「なにそれ。爆発して欲しいわね」
「ひっど~い! 機嫌が悪い時の震舌くんでもそんな事言わないよぉ!」
咎と謎の女性が会話を弾ませる横では、とある3人組が試合に釘付けになっていた。
「さすがユーリ様、“未来” で見た時とは比較にならない強さ……でも、相手があの時使っていた鍵を使ってこないのが不安です……」
「心配いらんさ、あの時とは状況が違いすぎる。お互い様だけどな。あの時使えた手段も、今じゃ使えなくなってる可能性だってある」
「ブラン様……ええ、そうですね」
隣でニコニコしている王妃は、果たして内容を理解しているのかいないのか。少なくとも、“未来” で過ごすうちに目だけは肥えていったアンナは、試合の内容を理解出来ているようだ。
ブラン国王もアンナと話が合っている辺り、案外戦闘面にも明るいのかもしれない。
༅
「よォ! そういや最初の金貨を止めたのはどういうカラクリだったんだよ!」
「1対1だなんてルールは無かったからなぁ! 仲間の協力って奴だ!!!」
「はぁ!? ざっけんなそれはさすがに無しだろ!!!」
「あーあー聞こえない聞こえない!!! 戦闘が忙しくて聞こえないなあ!?」
いつの間にか言い合いのレベルが著しく下がっていたが、剣戟の激しさは増していた。
ユーリの装備は勇者然としたものから一変、いつもの冒険者装備に戻っていた。扱っている剣も、両刃の聖剣から全く別の剣──黒炎雨アビストラーチェに変わっている。
ユーリが叫びながら切り上げた刀を躱し、震舌が返しに振り下ろしを入れようとしたが、踏みとどまる。ユーリが切り返して振り下ろしたのに気付いたからだ。
次の瞬間、震舌が見当違いの方向に刀を振ると、ユーリはそれに反応して大きく回避する。そして、ユーリが数瞬前までいた場所を何かが切り裂いた。──震舌が短距離転移で飛ばした剣閃だ。
「やっぱ無詠唱もできんじゃねーか!」
「たりめーだろ、オリジンだぞ?」
話しながらも剣の応酬は続く。が、責め続けているユーリとしては嫌な状況だ。押し切れず、かといって自身を強化する時間を貰えるほど優しい相手でもない。当然、長い詠唱が必要な高位階の魔法も使えない。
ユーリの本心は、ドレスコードとオブジェクトコールで震舌が訳も分からぬ内に倒し切りたかった、という思いがあった。が、相手も紛うことなき強者。のらりくらりとやり過ごされた。
「……ふぅ。やっぱレベルMAXの剣術なんかに頼ってると同じレベルの相手に打つ手が無くなるんだよな。やっぱ手数が正義だわ」
「まあ、そうだなあ。レベル上限を超えれるのは、ほんの一握りだけだ。才能と、運と、渇望。楽しむことを軸にしてる俺には難しい話だ」
「……レベル上限を、超える? そんなのもあるのか」
「あるとも。この世界はスキルに縛られているが、間違いなく自由でもあるんだから。スキルオーブっていう大々的な抜け道もあるしな」
「なるほどね。そりゃ俺が愛着湧いても仕方がない」
「それについては同感だ……よっ!!!」
会話を断ち切るように踏み込む震舌を迎え撃つユーリ。どちらもしぶとく、骨の端まで念入りにしゃぶるように、この戦いを楽しみぬこうとする。
更には途中から、咎やルチル、アゲハ達が乱入してきてタイマンどころではなくなるのだが……ここから先は、もう語られることはないだろう。なぜなら、魔力切れでこの魔道具の動作が終了しそうだからだ。
ああ、残念。この戦いの結末は、記録には残せないようだ。恨むならば、さっさと決着をつけなかった2人か、私にしっかり魔力を補充しなかった整備士を恨むといい。
では、続きが気になるところではあるが、休ませてもらうよ。良い旅路を祈っている。
読んでくれてありがとうございました。
ユーリは『位相ずらし』を短距離転移と判断してますが、それはこの世界のユーリがエリフィンの王城で長距離の転移をしたことを忘れてるせいです。
また、ネタバレは震舌の使っている刀の名称とドレスコードのバリエーション2つだけで収められたと思います。危なかった。
ちなみに、ドレスコードの2つは本編で登場する予定が無いので、ネタバレと呼んで正解か分かりません。
それでは、次の話で!