100 所有者
「“寒波” と接触する時間を予測できれば、戦力を纏める余裕もできたんだが……」
「仕方ありませんよ。アレは天災であり、動物ですから。下手に予測して、外れた時に痛い目を見るよりはマシでしょう」
「俺がいればそんなの関係ないだろう?……と、そうだった。3人分、茶菓子付きで茶を出してくれ。簡単なのでいい」
「は。お部屋で宜しかったでしょうか?」
「ああ」
ジンクが厨房に顔を出し、直接コックに指示を出すとすぐに部屋へ戻っていく。このような光景は、実は日常茶飯事であった。今代の皇帝は、歴代に比べて一層傲慢で、一層自由奔放で、一層強大である、というのが全帝国民の認識だった。
「……ジンク様、やっぱいつもより元気ないよな?」
「シロ様が出立なさった時も少し落ち着かれていたが、今回のは単純に疲労だろうな。いくら臣下だけで回るシステムがあろうと、皇帝の一言があるだけで済む事だってある。ジンク様もそれを分かっているから、かなり奔走して下さっていた」
「傲岸不遜を自称するジンク様だが、国を守る意思は揺らがないんだよなぁ……やっぱり、戦う力を持たない俺が城務めになれたことに、感謝しかないよ」
「ああ。……よし、できたな。配膳は……執事を呼ぶか。おい、呼び鈴頼む。そっちの」
料理人達の会話からは、とめどない尊敬と憧憬が感じられた。それは、強さに対するものではなく、人となりに向けられたもの。しかし、この国においてはその感情を抱くものは半分ほどだ。
残りの半分、大多数の国民が向けている感情は、畏怖。圧倒的な強さと、威圧感に対する信頼からくる、畏怖であった。
༅
「あ、〈皇帝〉さん」
「待たせたな。んで、お前ら結局何しに来たんだよ?」
「……俺と、そこな〈愚者〉の行先を占え。〈世界〉の指示だ」
「……マジか? 〈世界〉が? ……チッ、転移者の次は “寒波” で、それが終わらない内に〈世界〉からのオーダーだと? 聖王国も国境の監視を強めてやがるし、一体何が起きてやがるんだ……」
予想外の事が起きている、というのが伝わってくる苦悶の声を出した〈皇帝〉の様子を無視して、〈魔術師〉が淡々と言葉を返す。この〈魔術師〉、どこまでも自分本位、マイペースな男のようだ。
「知るか。〈世界〉が指示の意味を態々説明するような善人では無いと知っているだろう。とにかく、俺達は目的も分からん旅に出なければならんのだ。故に、貴様の “易” を受けるために態々ここへ来たのだ」
「……なるほど、いいだろう。占術は専門じゃねぇが、その目的なら確かに俺が適任だな。確か、簡易地図がここに……あった。よし──“TheEmperor”」
「おぉ……」
他人がタロットを使っている場面を見るのは、実は初めてだ。〈魔術師〉とは旅の前にもしばらく関わっていたが、1度も使おうとしなかったからな。逆位置──タロットの力を使いすぎたことによる反動は、それだけ恐ろしいものなんだろう。
地図の上にタロットを翳した〈皇帝〉。そのタロットから淡い魔力光が漏れ、東西南北の4点に散らばった。その散らばり方には、随分と偏りがあった。
「この偏りは南西……そうだな、ちょうど南西か。見てみろ〈愚者〉。緑と茶──風と土の色が濃いだろう? 四方はそれぞれ基礎4属性を司ってんだ。で、ここからちょうど南西にあるのは軍事国家ランパードだな。だから、そこに行くといいだろうよ」
「魔力量の偏りは何を意味するんです? ほとんど北に集まってますけど」
「それは占いには関係ない部分だ。“寒波” のせいで、危機察知の占い結果がイカれてんだよ」
なるほど、どうやら魔力がたくさん集まっている方角には大きな危機がある、ということらしい。
「だが、どうすんだ? 移動中に寒波とぶち当たるのは、さすがに厳しいだろう。この国の帝都なら、俺のタロットと結界で保護できる。近隣の街には帝都へ避難するよう兵を向かわせてあるしな。〈魔術師〉は逆位置が近いんだろ? 大人しく残った方がいいと思うけどな」
「あ、〈皇帝〉さん、その言い方だと……」
「くだらんな。この俺が、あのような愚鈍な愚物に為す術が無いとでも? 留まるなど時間の無駄だ、すぐにでも出立するぞ、〈愚者〉」
「……こうなるんです……」
〈皇帝〉の、皇帝らしい無遠慮な物言いにカチンと来た〈魔術師〉が、売り言葉に買い言葉ですぐに出発するなどと言い出した。本当に勘弁してほしい。
「別に何だっていいが、“寒波” が来れば俺はその対応で手一杯になる。お前らに構ってやれんからな」
「フン。民を守るために身を粉にするなど、実に愚かしいことだ。それに、お前に構われようが構われまいが何も変わらん。もうよい、ゆくぞ〈愚者〉。帝都の門まで戻せ」
〈皇帝〉がこちらを心配して声をかけてくれたが、〈魔術師〉は取り付く島もない。
〈魔術師〉と最低限行動を共にすることと旅することは、俺が再びこの足で歩くためのたった2つの制約だ。破ることはできない。だから、彼の指示を無視して彼との関係性を悪くすることは避けたい。
「すみません、〈皇帝〉さん。じゃあ、行きますんで。“旅人” 」
「おう。じゃあな」
〈皇帝〉の軽い返事を最後に、視界が切り替わる。今いるのは、帝都に入る時にくぐった門の下だ。しかし、そこから見える景色は──様相は、全く違った。
人々が逃げ惑い、叫びながら、あらゆる店から在庫を奪い尽くす勢いで買い占めている。兵士が複数人で目を光らせていなければ、全員が強盗してたんじゃないかと思うほどの剣幕だ。
「どけ! 俺が先に並んでたんだろうが! 」
「ふざけないでよ! 先は先でも割り込んで並んでたでしょ!? 最後尾に戻りなさいよ!!!」
「おい! そこの缶詰めも全部くれ! アンタの後ろの棚に並んでるやつだよ!!! あぁ!? 並んでんだから商品だろう!?」
「すみません!! 暖房魔道具の燃料となる魔石はこちらでは取り扱っておりません!!! お帰りください!!!」
「はあ!? 前来た時は山ほど売ってた……お前、もしかして売らずに自分で使う気か!? ふざけんなよ!?」
まさに、阿鼻叫喚。兵士が割り込んで仲裁している場面も珍しくなかった。それを見ていると、クラスメイト達は無事だろうかと一瞬思考が支配される。しかし、それもすぐになくなった。
──アイツらもそれなりに強くなったみたいだしな。それに、ある程度仲良くしてはいたけど、所詮数ヶ月の付き合いだし。少しは悲しい気持ちもあるんだろうけど……ま、そういうもんだよな
かつて命を投げ出してまで助けてみせた友人達に対して、そのようなことを考える。それは変化だった。1度死に、大きな力を手にして生き返った代償なのかもしれない。そして、これがおかしい事だと彼が気付くことは、無い。
彼は、〈愚者〉。そう在るべしと定められた、枠組みが決められた存在となっていた。
愚者への道は、自覚なく。違和感なく、自然に、少しずつ変化していく。
そして、それは他のタロットホルダーも同様だった。果たして、そのようなモノは何のために存在しているのだろうか。
神のみぞ、知る。
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ブックマーク100いきました。めちゃ嬉しいです。そして、100話にも到達することができました。この100には閑話はカウントしてないけど、めでたい。多分。本当にありがとう。今後もよろしくです。
3章はもっと伸び悪いかなって思ってたので驚きました。主人公の出番少なめだからね。
てことで、1話だけ記念に閑話挟むことにしました。遊びます。
昔の話の手直しも頑張ります。それでは!