099 寒波・遭
前回短かったので気合い入れて書いたら、長くなってしまいました。すみません。気を付けます。
~幽崎白夜視点~
「“寒波”だっ!!!! “寒波” が来るぞぉぉぉぉおぉおおっ!!!!!」
グラン帝国を目指す旅がようやく終わり、いよいよ本題の探し人へ移ろうかということで食堂にクラスメイト達をみんな集め、最初の指針を話し合っていた時。そんな、よく分からない内容の大声が店の外──街道の方から聞こえてきた。
「……カンパ? 『看破』か? いや、乾杯?」
「さあ? ……ってか、なんか周りの雰囲気変じゃね? 落ち着いてるウチらが逆に浮いてる感じすんね」
「カンパが、来る……来る、という言葉に繋がるのでしたら、やはり “寒い波” 、という文字の寒波でしょうか? ですが、あの騒ぎようは……」
「ちょっと俺、様子見てこようかな。多々里向、一緒に行こうぜ」
「いいよ。古田、悪いけど俺の荷物見といてくれ」
「りょーかい!」
席を立ったマニと多々里が、段々と強くなってくるざわめきの中に飛び込んで行った。それをぼんやりと眺めながら、周りのざわめきに耳を傾けてみる。
「ねぇ、“カンパ” って……」
「ああ。でも、帝国兵からの通達じゃなかったよな。迷惑な愉快犯って可能性も……」
「ねぇ、でももし本当だったら大変よ? やっぱり、今から準備した方がいいんじゃないかしら。保存のきく食料も無いし、他国に避難って事にでもなったら……」
「……そう、だな。正式な通達じゃなくても、もし本当の報せじゃなくても。そういう備えをして悪いってことは無いか。……よし、残りを急いで食べてしまおう」
「ええ、そうね」
ハッキリと聞き分けることが出来たのは、席が近かった若年夫婦の会話だった。どうやら、“カンパ” というのは他国への避難が想定されるほどの大事らしい。寒波でも看破でもなさそうだ。
同じ内容を聞き及んだか、隣に座っている妹の褥が不安そうに俺の袖をギュッと握った。
数分後、食堂に誰かが入ってきたのを視界の端で捉える。マニと多々里が帰ってきたかと視線を向けてみれば、そこには全身金属鎧の2人組が紙を手に突っ立っていた。2人とも、兜──頭装備は着けていない。
そして彼らは食堂の入口から中に向け、ハキハキとした声で、諭すようにこう述べた。
「これより、グラン帝国皇帝、ジンク・リューレ・アウスベントス様から直々に賜ったお言葉を、私、グラン帝国軍一等兵ブレア・シュリアンが代理として宣告する! 『約13時間前、我が帝国の北東20キロ地点にて“寒波” を確認。今までに比べ、至近距離を通過する可能性が高いと見ている。“寒波” の影響範囲は、七国を覆うだろう。避難ではなく、即刻十全な備えをせよ。帝国軍を通し、国からも最大限支援する! 手隙の結界術師は、帝国城に集まること。助力を要請する。だだし、あくまで保険の為自身及び周囲の人間の安全を優先せよ!』……以上です。皆さん、落ち着いて行動をお願いします! お願いです、落ち着いて!」
帝国兵が長々とした宣告は、意外にも全員が行儀よく聞いていた。しかし、それも皇帝の言葉が終わるまで。「以上」と聞こえた瞬間、ほとんど悲鳴のような声を上げながら住民たちが入口に殺到していた。
「……乗り遅れたってのもあるけど、“カンパ” ってのが何か知らないからイマイチ雰囲気にノれないわ。アタシ、ああいう人混み苦手だし。どうするセンセ?」
「……分からないわ。情報を集めて、適切な備えをするしか無いでしょう。結界関係のスキルを持ってる子は、確かいなかったわよね? ……なら、みんなで集まるのが1番なはずよ」
周りは結構な騒動だが、そんな中でもマイペースなクラスメイト達は、少し声を張りながら会話を続ける。
千彩に話を振られたしの先生は、苦い顔をしながらそう答えた。答えた内容は無難だけど、真理だ。
みんなで、という部分に紅谷が反応したが、今回は大人しくしていた。周囲の状況を見て、それどころでは無いと考えたのだろう。というか、旅の間もコイツは静かだった。改心でもしたのだろうか?
しの先生が言葉を続ける。
「とにかく、マニくんと多々里くんが心配だわ。あの様子じゃ、入口から戻ってこられないでしょう。集合場所を決めて、探しに行かないと……もう、誰も死なせる訳にはいかないの。そうよ。そうなのよ……」
悪道が生きているかもしれない、という情報でしの先生の精神は多少マシになっていたように思う。帝国までの旅でも口数は多くなかったが、問いかけには答えられていた。だが、この緊張感のある状況にプレッシャーを感じ、再び暗いものを宿したように見えた。
──そんな所に。場違いな明るい声が投げかけられる。
「あれ、みんな!? なんで帝国に!? ……あれ、多々里向はいないのか?」
「「「「「…………悪道(くん)!?!?」」」」」
「うおっ!? ……ぁあ、いや、あはは……顔出せなくて悪かったよ。今もだけど、忙しくてな……」
しの先生は顎が外れそうな驚愕の顔を晒しており、そこからは先程の闇は感じられなくなっていた。
༅
「──なるほどな。そっちの状況はだいたい分かったよ」
「……いや、悪道、さ、……そっちは何があったん? 死んだんじゃ無かったの?」
「ああ。……お恥ずかしながら、死んだんだよ、俺。死ぬ瞬間は明確には覚えてないけど……モンスターハウスでな」
「え、いや……でも、生きてるじゃん!」
「う~ん……その辺、俺もちょっと曖昧でなぁ……事情の説明も難しいっていうか……」
「ッ……はあ!? ふざけんなって! お前が死んでいろいろあったんだぞ!? さっきの話聞いてなかったのかよ!?」
「空瀨……ま、それもそうなんだけど……分かった、とりあえず見ててくれよ」
突然現れ、こちらの質問を強引に抑えて逆にこっちの事情を聞き出した悪道は、そう言うと突然胸の前で何かを掴む動きをした。
……いつの間にか、縦長のカードを手にしていた。無意識の間に瞬きをしてしまったのだろうか?
そして悪道は、俺達の反応に苦笑しながら小さく呟いた。
「“The fool” 。俺とマニ、多々里の距離をゼロに」
「──っちだ! 手を掴め! ………………え?」
「………………え、あ……え、悠真?」
「おう。久しぶり、多々里」
……何もかもが、意味不明だった。瞬間移動のスキルは、 聞いたことがある。国宝級の、とても希少な物だと。だが、それは使い勝手があまり良くないらしいく……今のように、何処にいるかも分からない離れた相手を呼び寄せるなど、到底できない。
それをやってみせた……国宝級よりも凄いスキルを持っている……いや、あのカードが魔道具なのか?
突然行われた常識外の転移に対する俺たちの反応は、実に様々だった。約半数の驚愕の顔、のほほんと手を叩いて悪道と多々里の再会を喜ぶ者、眉をしかめ、顔を傾けて悪道を観察する者、心底興味無い、という様子で入口で未だおしくらまんじゅうをしている客たちを眺めている者。
悪道の意味不明さも然ることながら、クラスメイト達も大概な反応だった。
そして、意味不明さがここから更に加速していくことになるとは、誰も予想できなかっただろう。
「おい、〈愚者〉 。探し物はまだ終わらんのか、いつまでここにおる気だ。まったく、俺の手をただ煩わせるだけでは飽き足らず、“TheMagician” まで使わせるとはな。逆位置が近いと知っておきながらその所業、言い逃れのしようもない呆れるほどの〈愚者〉だな」
その男は、豪華な服に身を包み、開口一番に怒涛の毒舌を吐いた。高身長で、明るい金髪に目を引かれる。
だが、それよりも強い存在感を放っていたのは腰に差した剣だった。鞘に収まっているが、その鞘の装飾が目に痛いほど。
「げ……いや、悪いな。知り合いに偶然会っちまって……」
「知り合い? 笑わせてくれる。亡者であるお前に知り合いなどあってないようなもの。加えて、それを遅刻の言い訳にしようだなどと。愚かにも程があるぞ、もしや俺を揶揄う為にやっておる訳ではなかろうな? 万死に値するぞ」
「……おい、〈魔術師〉。こんなタイミングで俺を呼び付けておいて、来てみりゃ説教の途中だぁ? 殴り飛ばしても文句は言わねぇよな?」
「フン。ようやく来たか、〈皇帝〉。お主に合わせてわざわざ西に呼びつけたというのに、どれだけ遅れれば気が済むのだ? よもや、忙しいなどとほざくつもりではあるまいな?」
「そーだよ忙しかったんだよ、分かってんなら黙ってやがれ。……で? なんだコイツら。“寒波” に備えもせず、何やってんだ?」
「俺は知らぬ。そこな〈愚者〉に聞くが良い」
「ほう! お前が新しい……なるほど、いい雰囲気してやがるな」
「ども。0の〈愚者〉です」
「おう。4の〈皇帝〉だ。よろしく頼む」
悪道と同じように、追加で突如現れた2人。金髪の豪華な服の男と、もう1人は「皇帝」と名乗った。彼らが続ける会話にツッコミを入れようにも、彼らの雰囲気のせいか、口を挟むことがなぜかできない。
──隔絶。差が見えないのに、とてつもない差があることだけは強引に理解させられるのだ。「皇帝」は、コードネームなどではなく、本当にこの国の皇帝なのだろう。貴族達をまとめる、圧倒的な威圧感に、カリスマ。それが、無意識に自分の頭を下げようとしてくる。頭を垂れたくなってくる。
そんな相手に、物怖じせず……というより、何も感じないかのように堂々と接する悪道。異常以外の何物でもない。
「〈皇帝〉さん、国の方はいいんです?」
「あん? 別に構いやしねぇよ。俺がいなくても全部回るようにしてるからな。それに……弱ぇ奴は死ぬ。強ぇ奴は何もしなくても生き残る。それだけだ」
「ほざきおる。“寒波” の環境侵食は、お主の力と相性が悪いだろう? その自信はどこから湧いて出るのだ?」
「今のこれは自信じゃねぇよ。“寒波” だろうが何だろうが、それで死ぬなら俺が弱かったってだけのことだ。だから俺は死なねぇ。強ぇからな」
「なんだそれは。理屈になっておらんわ。〈愚者〉とはまた違った方向の愚かさ、鳥肌が立ちそうだ」
「俺は好きっすよ、〈皇帝〉さんの考え方。俺は真逆だから、ちょっと憧れちゃいます」
「……おい〈愚者〉。先程から思っていたが、俺には馴れ馴れしく話すくせになぜこやつには敬語なのだ。普通逆だろうが」
「いや、そりゃ皇帝とか王様には敬語だろ。普通に考えてよ」
「……愚か、愚かだ。もうよい、〈愚者〉よ、帝国城へ飛ばせ。この俺がいつまでも立ち話というのもあってはならんことだ。ついでにそこな〈皇帝〉に茶菓子でも出させよう。探し物など後でまた来ればよい」
「〈皇帝〉さん、いいんすか? 今、城はいろいろ忙しいんじゃ?」
「はぁ……いーよいーよ、さっさと行こう。コイツの考えをねじ曲げるのは時間がかかるからな」
「あ、了解です。……すまんみんな、見ての通りいろいろ忙しいんだ。また会った時に時間があったら話すから! ほんとゴメン! ──“旅人” !」
悪道の言葉と共に淡い光に包まれた3人は、次の瞬間跡形もなく消え去った。それと同時に、俺たちを包んでいた威圧感などの圧迫感が消え去る。
息を潜めていた千彩や黒木さんがぷはぁと息を吐き、臨戦態勢で警戒していたのに気にもされなかった紅谷がイライラしながらどかりと椅子に座る。他の面々も、一気に緊張が解けたようにリラックスし、俺と褥もそれに倣った。
しかし、反対に思い詰める者もいた。……多々里だ。悪道の死を目の前で見て、必要以上に自分を罰し、生きているかもしれないと知れば分かりやすく動揺していたあの男だ。
悪道を実際に目にして、生きていると知った多々里が、何を思い、どう変わるのか……
まあ、俺と褥に害が無ければ何でもいいのだが。
とりあえず、悪道は見つけたんだし。次にやるべきなのは、“寒波”の詳細を調べて対策することだな。
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悪道とクラスメイトが合流する、と見せかけてチラ見せしただけでした。
クラスメイトは寒波がどんなものか理解していないから、周りみたいに狂乱できない。でも、しの先生は周りの様子に不安を煽られている雰囲気。ここ、ちょっとだけ上手く書けた気がします。
〈魔術師〉が喋りすぎて文字数がどんどん増えてしまうのが新しくできた悩みです。それでは。