097 新・新・新
震舌……『位相ずらし』。傭兵のような仕事をしておりユーリと敵対した。
咎……『偽金貨の譲り合い』。スイーツの恨みでユーリと敵対したが、和解した。
レファ……錬金術ジジイ。会話の中以外で再登場するかどうか危うい、ハゲた爺さん。
|江閣宋の外れにある、美しい湖の傍に栄えているとある美しい町。そこに、とある男女が戻ってきていた。
「久しぶりだな、この辺に来るの」
「そうだね~、江閣宋にいた頃も来なかったところだもんね。この国にしては珍しく、決闘騒ぎが少なくて観光とか商業が盛んなとこなんでしょ?」
「ああ。んで、奴がいるっぽいのがここらしい。ま、この辺で商業ちゃんとやってんのこの辺だけだし当然か」
「……私、その人会ったこと無いんだよね~。震舌君はどこで知り合ったの?」
「お前と別行動してランパードで遊んでた時だな。確か……レファに護衛の要請を貰ってエリフィンに移動し始める少し前だ」
「あー、私が1人で魔帝国に行って特製スイーツ食べてた時かあ!」
その2人──震舌と咎は、街道をブラブラと歩きながらそんな事を話していた。道端では着物に身を包んだ2人の男が決闘だ決闘だと騒いでおり、その逆サイドでは店員に喧嘩をふっかけた女性がその店員から殴り飛ばされていた。
しかし、これらは震舌と咎にとっては穏やかな日常のように見えているらしく、これといった反応も見せることはなかった。
「……さて、この街にある古物商はこことあっちの裏にある2つだけだ。普通の古物商なら他にもいくつかあるが、奴が好みそうなのはその2つだけ。とりあえずこの2つから見て回るぞ」
「は~い」
震舌の説明を咎は軽く聞き流したが、震舌は気にせずにすぐ古物商の店舗へ入っていった。咎も間を開けずに後を追った。
店内には独特の雰囲気、独特の匂いが溢れていたが、それもとある物品のせいで印象が薄くなる。その物品とは、外套である。なぜ古物商に衣服が? と思うかもしれないが、この世界では珍しいことではない。それはひとえに“魔道具”という存在の為だ。
ダンジョンを攻略していると、なぜか宝箱がある。魔道具は、その宝箱やダンジョン最奥の宝物庫で手に入る。
人が自ら魔道具の製作を始めたのは割と最近だと言われているが、最近ではダンジョン産の魔道具と遜色ない程の魔道具製作士も、数人ではあるが存在している。
……ただ、この店の中央に鎮座している外套は、魔道具というだけでは説明が付かない、不思議な雰囲気を放っているようだ。もしここにユーリがいれば、それが「神気」だと気付いただろう。
「……一発目から大当たりか。近くの宿を探して回る前に見付けられたのは有難いな」
「え、あの店員さんとケンカしてる人? ……ふ~ん?あんまり強そうには見えないけど……」
「そりゃそうだ。奴のオリジンは自身の強化じゃないからな……アイツらの言い合いを待ってると日が暮れそうだ。行くぞ、咎」
入口で立ち止まり、奥で言い争っている店員と女性客の様子を伺っていた2人は、震舌の言葉でズンズンと奥に進んだ。そしてすぐに、言い争っていた2人が震舌と咎の存在に気付いた。
「……おや、お客さん。うるさくしてすまないね。ほら、その値段じゃ絶対に売らないからもうどっか行ってくれ。こっちは商売で忙しいんだ!」
「チッ、間が悪いわね。こっちが立て込んでたのが分からなかったのかしら?」
「……悪いな、用があるのはそっちの女の方なんだ」
「あ゛ぁ゛ん゛!? テメェもマトモな客じゃねぇのかよ! チッ、話すんなら店の外でやってくれ!」
店員の怒号に肩を竦めた震舌が、女性客にアイコンタクトを行う。震舌が探していた女性客は、震舌を知り合いだとまだ気付いていないようだ。女性はそのまま、青筋を立てて店の外に出て行ってしまう。
震舌は、今度は後ろにいた咎と目を見合せもう一度肩を竦めると、女性客を追うように店の外へ小走りで出ていった。
「で、アンタは誰? 私になんの用! 忙しいんだからさっさと済ませて!」
震舌と咎が店から出るやいなや、今度は女性からの怒号が飛んできた。
「いい加減少し落ち着いてくれ。つばが飛んできてたぞ」
「落ち着けですって!? 人の邪魔しておいてよくそんな事が言えるわね! 少しは謝罪の態度を見せたらどうなの!?」
「……だいぶ荒れてるな。前はだいぶ大人しかったのに。何があったんだ?」
「あ゛ぁ゛?! …………あれ、アンタの顔見た事あるわね。どっかで……ああ、確か[ペンダント]の時の、〈孤豹の夢路〉で護衛してもらった……」
「思い出してもらったようで何より。やっと話を進められるよ」
(え、最初に自己紹介すればよかっただけなんじゃ……)
咎が震舌に何か囁きかけるが、震舌は聞こえないフリをして流した。
それに怒って咎が頬を膨らませたのを見ずとも感じたか、震舌の額から汗が一筋垂れる。
「単刀直入にいこう。俺達の仲間になってくれ」
「は? バカじゃないの? アンタさっき自分が何したか忘れたの?」
ばっさりと切り捨てられた震舌の後ろでその様子に爆笑しだした咎は、どこかの妖精を彷彿とさせた。
༅
「へっ…………くしゅん! ぷはぁ! ……うーん、誰かが私のウワサでもしてるのかなぁ?」
(お前ずっと透明じゃん。ぼっちじゃん。誰が噂してくれるんだよ)
(そりゃあどこかの妖精とか……あれ、本格的に友達いなかった。ずっと透明にさせてるマスターのせいだねこれは)
(……確かに。俺が悪いじゃん。ごめんじゃん)
(いいよ~、許しちゃった♪ さすが、やさしいかわいいアゲハちゃん! 崇め奉れ~)
(はいはい)
浮かぶ板に乗って移動中のユーリとアゲハは、そんなくだらない会話をしながら周りの様子を伺っていた。
彼らの後ろには、彼の現在のクラスメイトであるウィズィやアンナ達が別の浮かぶ板で同じ方向へ移動していた。
魔道王国エリフィンで公共の移動手段として定着しているフロートボードは、1人用と多人数用の2種類存在している。どちらも同じ道、同じ高さを飛行するもので、よく利用されているのは1人用の小さい物だ。小さい物も取っ手があるので安全面には配慮されている。
「っとぉ。着いたか。しりが痛いし足が痺れた……」
(レベルが上がってもその辺は変わらないんだねぇ……変なの)
(おいおい、しりが痛いのは嘘だぞ? レベル補正で防御力上がってるし、座布団も創造してたし)
(……そーじゃん! なんでそんな意味ない嘘つくのー!)
そんなじゃれ合いをしながら板から降りる。振り返れば、懐かしい光景が広がっていた。ずっとまっすぐ続いている、様々な店が連なっている大通りだ。そう、エリフィンに入国して初めて目に入って来た光景である。
つまり、今俺達が立っているのは門の前って事だ。
「よっ、と。ラウルさん、お手をどうぞ」
「……ありがとう、ウィズィ。だが、婚約者でもない女性にそう触れるものではないぞ」
「はは、すみません。気を付けましょう」
「ユーリ様! お待たせしました! さあ、行きましょう、すぐ行きましょう!」
「うおっ!? 勢いが凄いなアンナ! でもあんまり引っぱらないでくれ!」
メンバー全員がフロートボードから降りるのを確認すると、アンナに引っぱられながら門へ近付いていく。入国した時とは違って、すでに開門している状態だ。あの時は緊急事態だったからな。現状が通常だ。
「ああ、楽しみです! 初めて屋敷の外に出た時よりも! 初めて城の外に出た時と同じくらい! まだ、新しい世界を体験できるなんて! ……正直、一生この国から出られないんだろうなと覚悟してましたし……」
「……そうだな。知らない世界を体験すると新しい視点ができるもんだ。どれくらいかかるか分からないけど、目一杯楽しもうぜ」
「ユーリ様……はい!!!」
「ユーリさん、アンナ様、楽しむのも良いですけどちゃんと目的は達成するんですよ?」
「とーぜん、分かってるよ。ブラン国王に言われたヤツはついでにやってくれって感じだったけど、そっちも忘れないようにするって」
やれやれ、というふうに首を振るウィズィを見て、首を傾げるアンナ。……もしやこの娘、既に本来の目的を忘れているのか……?
「お待ちしておりました。お久しぶりですね、ユーリさん。ウィズィ様、ラウル様、アンナ様、ご機嫌麗しゅう。国王様より伝言を頂戴しておりますので、お伝え致します。“ 準備に手間取ったが、エリクサーと状態異常から守ってくれるネックレスを渡しておく。だからユーリ、くれぐれも彼女達を守ってやってくれ。 ” 以上です。エリクサーとネックレスはこちらに。どうぞ、お受け取りください」
「……ありがとう、クレイ。じゃ、行ってくるよ」
「ええ。皆様も、行ってらっしゃいませ」
新たな旅路が始まり、物語は複雑に絡みだす。それを祝福しているのかいないのか、今日の空は雲ひとつない晴天であった。
評価お願いします。
下の☆を★にしてくれると嬉しいです!
ユーリ達の旅の目的を明かすのは、3話後になると思います。早く進んだら2話後かな?
震舌と咎も、あれで出番終了ではありませんでした! 喜んでくれる人が、少しはいてくれると嬉しいです。新キャラの名前はこの話で出すつもりでしたが、シーンが切れてしまったのでまた今度ですね。
それでは!