096 人の心
~クラスメイトSide~
ノーランド王国王都を出発して3日。段々と国境が近付くにつれて、みんなの顔がだんだん生き生きしてきたのを感じていた。
今は、とある街に寄って物資の補充をしている所だ。
「この剣、特殊効果付いてるみたいだけど……『鑑定』があればなぁ……」
「確か、千彩さんとか蛍ちゃんは『鑑定』持ってなかったっけ?」
「いや、後から獲得したベーススキルの『鑑定』は、ほとんど何も見えないって話だろ? それに、あの2人に『鑑定』頼んだら対価が怖いし……」
「じゃあ店員に聞けばいいんじゃない?」
「お前、独立言い出した側なのにこういう事には疎いのか? この世界じゃ『鑑定』できない側がちょろまかされるのは普通なんだぞ? 特にこういう小さめのとこじゃさ」
マニとケイジの会話が隣の店から聞こえてくる。しかし、千彩さんや蛍さんへの頼みごとが怖い、というのは少し分かる気がする。
千彩さんは、女子相手だと誰であっても優しく接してくれるけれど、男子相手にはどこか素っ気ない。女子にもベタベタ触るわけじゃないから、同性愛者というわけでも無いのだろう。……男子側からすると、接しにくい相手なのかもしれない。
蛍──四阿蛍さんは、千彩さんととても仲が良い。けれど、その他の相手とは全くと言っていいほど話さない。
幽崎兄妹も無口という点では似ているが、あの2人はどちらかというと自分以外の全てを警戒しているように見える。蛍さんは、単に人との関わりを面倒だと思っているのが伝わってくるので、周りが引いてしまっている感じだ。
「ね、るこちー。とりま月の物用のポーションは確保したし、ちょっとブラつかない? こっひ達の方はまだ時間かかるだろうしさ」
「……そうね。そうしましょうか」
「やー、王都にいた時もショッピングはしたけど、時間かけてプライベートな買い物ってのはまだできてなかったかんね~。せっかくレアいトコ来たんだし、ブラブラ遊びに出たかったんよ~!」
「レアいところ……ああ、異世界のことね。確かに、シャンプーや化粧水はこちらの世界だとどうなっているのか、少し気になるわね」
「あ~、その辺全部アタシのスキルで出してたもんね。でも、あんま期待しない方がいいよ。最初にチェックしたけど、ウチらが今使ってるのより良いの無かったからさ」
街道を歩き、視界に入る店を軽く物色しながら千彩さんと話す。王都では同じパーティとして活動していたが、2人だけで、しかもプライベートでこうして接するのは初めてだった。
「そういえば、なのだけれど。1つ、質問してもいいかしら?」
「うん? 変なことじゃなければ別にいーけど、どしたん?」
「古瀬さんは“こっひ”、私は“るこちー”、依鶴さんは“いづるん”、みたいにあだ名で読んでいるのに、蛍さんだけ名前呼びなのはどうしてなのかしら?」
それは、素朴な疑問だった。最初の頃に少しだけ引っかかっていたけれど、時間が経つうちに慣れて次第に意識しなくなり、ふとした瞬間に思い出した類のたわい無い疑問だった。
それだけに、私は軽い気持ちでその疑問を投げかけた。既にぎこちなさは消えたが、会話を続けるのには気を遣う程度の相手だから、丁度いいだろうとつかみとして放っただけの疑問だった。
しかし、人の心は決して見ることのできない闇。どこに地雷があるかなど、他人に分かりようもない。
「……んなの、決まってんでしょ。嫌いだからだよ」
「……え?」
「まだアタシとるこちーはこのこと話せるような仲じゃ無いけどさ。これだけは言っとくよ。あんまし他人に興味無いと、ウチらの元クラスメンバー相手じゃ痛い目見ると思うよ? ……まあ、アタシも半分くらいしか分かってないけどさ?」
以前、滝田依鶴にも似たようなことを言われた気がする。そして、今と同じように、その時にも全く実感が湧かなかった記憶がある。そう、確かあの日の夜、結局「体調悪くなるからあの話の続きはやっぱなしね!」と言ってはぐらかされたはずだ。
……分からない。他人に興味は持っているつもりだ。さっき投げた質問だって、興味を持っていたからこそ抱いた疑問が根底にあったというのに。……やはり、分からない。
「わお、あんまし自覚ない感じ? いっつもウチらを見てる目のこと言ってんだよ~、アタシ。これでも分かんない? ……あちゃー、そういう感じか~。そういう系か~」
「……申し訳ないけれど、本当に何ひとつ理解できないわ……」
「私が蛍のこと嫌いなの、皆は知ってるはずだよ。避けたりはしてないけど、けっこー分かりやすいハズだから。蛍が、言葉どおり命より大切にしてるモノのことは、知ってる? こっひが昔クラスメイトを殺しかけて周りがビビってたことは? いづるんがセクハラ教師を退職に追い込んだ時、一緒に色々やらかしてた男子に反抗されて、結果周りの女子から避けられてたのは? 普通に過ごしてたら気付くよ。いづるんとるこちー前も同じクラスだったでしょ?」
千彩さんがひと息に放った言葉は、そのどれも思い当たる節が無いものだった。……意味が分からない。ただただ、それに尽きる。
千彩さんの言葉は責めるようなものでは無かった。かといって、諭すものでもなかった。ただの、確認。知らないよね? と確認されただけだった。そしてそれが、彼女の言葉が真実だと教えてくれる。
「その、映画かなんかを見るような目を辞めれば? ……って言うのもなんか違うか。多分、その辺の無関心さが、あのクラスに入れられた理由なんだろうし。むしろ、そこ伸ばした方が良いかもね」
「映画? 伸ばす? どういうことかしら?」
「吹っ切れた方が理解できるもんもあるってことよ。多分だけどね。アタシみたいに全部テキトーにやんのも、蛍みたいに全部を足場にするのも、こっひみたいに受け流しながら壊していくのも、いづるんみたいに全部上辺で済ませたがるのも。全部、吹っ切れてるだけだしね」
「……やっぱり、今の私には難しいわ。そもそも、実感がないんだもの」
「……ん~! やっぱりるこちーもウチらの仲間なんだね~。難しいなら、別に今考えなくても良いと思うよ、ほら、あの服屋さん入ろ!」
難しい。人の心は複雑で、何を考えているのか分からない。でも、それも当然なのかもしれない。自分自身の心を完全に把握してもいないのに、他人の心が分かるはずもない。
私は、この胸の奥で熱を放っている感情のことを、何ひとつ理解できないのだから。
私は千彩さんに腕を引かれ、人だかりを抜けながら彼女の後頭部を見つめる。
ふと目に入った、店主に向けて怒鳴る男を見て気付く。ああ、そうか。きっと、この感情は怒りなのだろう。他人の心にズカズカと踏み入った彼女に抱いた、怒りなのだろう。
──他人に怒りを抱いたのは、随分と久しぶりな気がした。
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るこちーが狂人枠から外れました。クラスメイトsideの主人公から外れたターニングポイントって感じです。
ちなみに、千彩は蛍が嫌いで蛍もその事は理解してるけど全く気にしてません。むしろ好きなくらい。千彩も最低限「普通」のやり取りを取り繕ってるので、表面上は普通に見えてます。
黒木瑠子……他人に、特に心の深い部分に無関心。「こう思ってそう」が相手の気持ちを考える時の最高レベル。行動を観察して内心を察しても、それ以上は理解できない。しかもそもそもあんまり観察できてない。
興味が無いので、他人に怒りを抱くことも愛情を感じることも無かった。親からの虐待が大元。学校生活で多少はマシになっている。
るこちーの過去で1話書くことも可能ではありますが、体力が無いので書かない方向で。なので、あとがきにまとめさせてもらいました。
それでも書いてくれ、という要望が多ければ書きます。