095 命令権
~クラスメイトSide/瑠子視点~
ノーランド王国・王城。謁見室に比較的近い部屋に、私たち約30人が集められていた。それは全て、目の前のこの男──国王の指示によるものだ。
「ようこそ、諸君。随分と久しぶりに感じるな。かけたまえ、少し時間のかかる話になる。……よい。かけよ」
1度の許可では椅子に座らず、2度目の指示に従う。私たちはこの国に仕えているわけではないけれど、最低限尊敬を示す態度は見せる。
こういった形式に従えば、少なくとも相手の心情に悪い印象を与えることはないだろう。
「さて、ダンジョン攻略の方はどんな調子かね? ……ああいや、これはただの雑談じゃよ。そう固くならんでもよい。……それで、どうかね?」
国王から問いを投げかけられるが、誰が答えるかを互いに様子見して膠着してしまった。その膠着を破ったのは、しの先生だった。
「……はい。パーティに別れた事もあり、攻略自体は以前より速度が落ちています。しかし、戦力という視点で見れば、格段に上がっているでしょう。攻略の速度低下は、単純な力が通じないダンジョンだから、という理由も大きそうです。……ですが国王、私は以前から言っている通り、この子達を戦力として見るのは反対でして……」
「ほうほう、そうかそうか。ゆっくりでも良いのだ、成長する事が大切じゃよ。これからも励んでくれ。それと……シノミヤ殿。前々から言うておる通り、ワシは何も国のため戦えと言っておるのではないのだ。ただ、力を付けるべきだというだけでな」
「ですが、この子達はまだ子供です! 大人が守るべき子供なんですよ!?」
「……この国では。いや、この世界ではそんな道理はないと、説明させた筈じゃ。それに、その子ら当人が嫌がっている素振りもない。実の所、当初はお主の妄言にその子らが囚われているのでは、と考えてもいたのじゃよ?」
「それはっ! この子達が……」
「……ふむ。少し空気が良くないな。おい、換気を頼む」
「はっ!」
しの先生と国王の会話はしの先生が言葉に詰まったことで途切れ、国王が仕切り直すために換気の指示を出した。
それにしても、意外。私たちが戦うことに最も反対していたしの先生が、私たちのダンジョン攻略についてあれ程詳しかっただなんて。ギルドでも姿を見かけなかったけれど、どこで何をしていたのかしら。
「さて。そろそろ、本題に入るとしよう。まずは、お主らに問いたい。オドウユウマ、という人物についてじゃ。お主らが王城から出ていくきっかけとなった、死亡報告が出された人物じゃ。ここまで、相違ないな?」
「え、ええ……」
しの先生の返答は、無意識かどうか知らないが動揺が滲み出ていた。それは、あの時のことを思い出したのか、それとも、罪悪感がぶり返してきたのか。
私には、さっきまでいた待機部屋での多々里くん達の会話がフラッシュバックして、思わず反応してしまったように見えた。
「そのオドウ……いや、ユウマが名前か。ユウマ殿らしき人物を見かけたという報告が上がっておる。報告してきたのは、宮廷騎士レンダ、宮廷魔法士シウイ、他3名。特に、名を挙げた2人は、最初期にお主らへ戦い方を教えた2人じゃな」
「そんな、バカな……本当に生きてるってのか……?」
「魔道王国エリフィンからの借り物故、使用に制限のある真偽判定の魔道具を用いて、その報告は真であると分かっておる。……結論を言えば、お主らが仲間の死を偽装し、ワシらの元から……もっと言えば、この国から離れようと画策しようとしているのでは、と思うておるのじゃ」
国王の言葉は、待機部屋での騒動をフラッシュバックさせ、より私たちの動揺を誘った。
だいぶ落ち着いていた多々里くんも、再び険しい顔に戻っている。しの先生は、もう何も信じられない、といった様子だ。国王の言葉に反応もできない様だったので、引き継ぐようにマニが言葉を紡ぐ。
「そんなこと、滅相もございません! 私は事情を聞いたのみですが、仲間の死を目にした多々里達の──当人達の動揺や憔悴は、本物でした! 企みも、誓ってありません!」
「ふむ。まあ、この国から出たいのならそれでも良いのだ。当然、異世界の人間に期待する気持ちもあった。しかし、蓋を開けてみれば戦いの基礎も知らぬ子供。期待は伸びしろの高さへと移れど、それも次第に無くなっていった。むしろ、憐れみを覚えるほどだ」
焦ったようなマニの言葉に応じて国王が吐露した思いは、十分納得のいくものだった。最初の頃のテンションの高さと、今の穏やかさを比べれば、誰でも察することはできるはずだ。
むしろ、こっちが申し訳無くなっちゃうくらい。打算ありきとはいえ、部屋も食事も、だいぶ良くしてくれたし。武器や防具、ポーションや地図に至るまで、最初の頃は貸し出されたものに頼りきりだった。
そんな体たらくで調子に乗れていたあの頃を思い出せば、このメンバーの半分以上は赤面するはずだ。
今となっては、トラップの対処について学ぼうとし、ポーションをケチったせいで怪我の処置の跡が残っている者もいる。「見違えた」、とはこの事だろう。
「……そこでだ。お主ら、この国の外へ行ってくれぬか」
「え?」
「はい?」
突然急旋回した話の流れに、しの先生までが思わず間抜けな声を漏らす。しかし、他の面々も同じ気持ちだ。いきなり何を言い出すのか、と。
「オドウユウマは、国外に出た可能性が高い。死んだはずの人間で、仲間にすら顔を見せぬということは何か厄介事を抱えておる可能性が高いからのう。隣国へ移動するとすれば、最も可能性が高いのはグラン帝国じゃろう。魔帝国はヒューマンが馴染みにくい。純華聖王国は他国からの移動に厳しい。対して帝国は、国境などあってない様なもの。来る者拒まずの姿勢は有名じゃからのう」
私たちが固まっている間に、国王は話を続ける。まるで、ツッコミ役がいなくなったギャグ漫画のようだ。
「それで……私たちに、悪道くんを追いかけろというのですか?」
「うむ。蘇生したのであれば、その方法について聞かねばならぬ。我が国にそのような奇跡の使い手がおるのであれば、是非とも囲いこまねば。また、帝国の動きが最近妙じゃ。騎士団をまるまる動かしておるのに、理由が全く分からぬ。それなりの事態のはずなのじゃが、その割に国王近辺に動きはないようじゃし……おお、すまぬすまぬ。話が逸れたな」
「い、いえ……」
しの先生がたじたじだ。焦ったように何かを言おうとするが、結局言葉が出ずに再び国王が話しだした。
「ともかく、帝国には正式な理由を付けてお主らを送る。帝国にいなければ、他の国へまた行ってもらうこととする。詳細は、またその時としよう。同行者の選抜は既に完了しておる、先程も話に出たレンダ、シウイ両名を付けよう。そして……帝国へ連絡した影響で、出立は明後日となる。各自、準備をしっかりとするように!」
国王は、どこか楽しむようにそう言い切った。その口調から、どこか遠足の連絡事項を行う教師のようにみえてしまったのは私だけだろうか?
「ちょっといいか?」
私がそんなくだらないことを考えていると、声を上げる男子が1人。不良もどき、紅谷くんだ。
「よかろう、申すがよい」
「俺達が全員で行動する理由は無いように聞こえた。別に、俺が着いていかなくても問題ないんじゃないのか? もしそうなら、俺は降りるぜ」
「ふむ。帝国には、我が国より高品質な武器防具が揃っておる。実力主義であり、強い者こそ正義、という風潮もある。お主が拒否する理由は無いように思えるが?」
「……ケッ。なんで俺の事そんなに調べてんだぁ? とにかく、俺はこいつらと一緒に行動するなんて嫌なんだよ」
紅谷の言葉に、国王が目を細める。そして、数拍の間を開けてこう返した。
「……なるほどのう。では、あえて国王として、お主に命令しよう。そこにおる者達と共に、帝国へ向かえ。そして、オドウユウマを探すのじゃ」
それは、言葉通り「命令」だった。今まで1度も向けられたことの無かった無機質な感情が、どこか薄ら寒いものを感じさせる。
私たちへの命令権など持たないはずの目の前の人物が、しかして人の上に立つ「王」なのだと、命令することが普通なのだと、嫌でも分からせられる。
今までより少し低く、淡々とした声がそうさせたのだろうか。それとも、「命令」という言葉の迫力に怯えただけだろうか?
「……分かった」
あの紅谷も、その命令から何かを感じたのか。特に反抗する訳でもなく、大人しく命令を承諾した。
気付けば、そのどこか重苦しい雰囲気に飲まれたまま会話は終了し、全員揃って待機部屋へと戻ってきていたのだった。
評価お願いします。
下の☆を★にしてくれると嬉しいです。
「命令権」についてあとがき書いてたんですが、若干ネタバレになると気付いたので消しました。
国王の狙いとしては、
1.戦力として使えるほど強くなって欲しい
2.命令に従うようになって欲しい
3.蘇生スキル持ちの情報はなんとしても最優先で欲しい
という感じです。悪道を追わせるのは3の為で、紅谷を皆と行かせるのは反抗心や他の国に移り住みたい思いが無いかのチェックですね。3は優先度高いから、クラスメイト達以外にも捜索は出します。
ではまた!