090 薬と羽
~主人公Side~
「起きた? ふふ、お腹に穴が空いたのに死なないなんて、凄くレベルが高いのかな? それとも凄いスキルがあるのかな? 私じゃ『鑑定』が通らないから、すごく残念だよ~」
少女の声と共に目覚める俺。なんか、やましい事をした気分になるからやめて欲しい。いや、寝起きにこのトーンで声をかけられたからこんな気分になったんであって、俺がロリコンという訳じゃないぞ?
「下がれレミ。お主にそこまでの勝手を許した覚えはないぞ」
「あは、ごめんなさ~い。あ、あの薬はちゃんと受け取りましたか? あれ、自信作なんですよぉ」
「……あぁ、あれか。問題なく受け取った。今後も励むがいい」
「はぁ~い」
レミ、と呼ばれる少女と言葉を交わす老人。声だけで分かる。牢屋で言い争っていた老人たちの1人だ。つまりは、議会のトップということだろう。
その老人と比較的ラフに接しているレミという少女は……一体……?
「さて。当初の予定通り投薬を開始する。この国だけではなく、その外まで支配するために。貴様には、我らの傀儡になってもらうぞ。誓約の魔具は両人の同意が必要じゃからのう。まずは薬で意識を奪わせてもらおう」
「国の外まで支配……? 国王ですらない、一国を支配すらしていない、お前らがか? 笑えない冗談だ」
「黙れぃ! ……『未来視』の巫女の恩恵を受けただけの小僧が、随分と大きい顔をしていたものじゃ。しかし、それすらも我らが有効活用してやる。楽しみにしておくがよい。今度は抵抗もできんようにしてあるからのう」
老人のその言葉は、少し意外なものだった。全てを支配するためとは、随分とくだらない事に巻き込まれたものだ。……装備は脱がされ、ネックレスも、指輪も、ブレスレットも──装飾品は全て没収されている。代わりに着せられているボロ布は、ダサすぎてとても見られた物ではない。しかも、最悪なことに上手く力が入らない。
多分、既になんらかの薬を飲まされてるな。いや、あのデカい針に塗ってた毒の効果か?
「装備を剥がして『鑑定』がようやく通るようになったが……フン。実に面白い。なかなか良い駒になりそうじゃ。ではレミ、投薬を開始せよ」
「は~い。いや~議員様のお話長かったから寝そうになったよ。ウフフ、薬の量間違えても怒らないでね?」
「『魔力創造主』……ダメか」
さて、どうするか。俺に残された手札は、眼球と一体化しているコンタクトと会話のみ。
ふむ。いや、こりゃ仕方ないな。どうしようもないわ。
「よし、爺さん。話があるんだが。投薬はちょっと待ってくれないか?」
「ほう、命乞いか? あれほど抵抗しておったのだ、少し意外じゃのう。……面白い。良かろう、存分に鳴くが良い」
「俺と契約しない? 魔法少女になってくれなくても、アンタらの言うことなんでも聞くよ?」
「…………なに?」
「えー!!! そんなことしたらお薬あげられなくなっちゃうよ!? だめだよ議員様!!! 聞いちゃダメー!!!」
「さあ、俺の手を取れジジイ。お前を俺のマスターにしてやろう。エッチなお願いは抵抗感があるが、この際仕方あるまい。俺はBLにも多少の理解がある男だ」
「待て、少し待て。お主はいったい何を言っておる?」
「理解が遅いジジイだな。歳か? 歳だな。ごめんなツラいこと言って。真実って残酷だなぁ……でも安心しなよ、ちょっと怪しそうなお店だったけど発毛剤とか売ってたからさ。諦めることないって!」
「くっ、こ、このッ……レミ! さっさと投薬を開始せよ! 意識を奪え!」
「りょーかいっ! やったっ!」
「おいおい、痛い腹を探られたからって逆ギレすんなって。器の小ささが露呈するぞ? いいか、白髪も抜け毛も、自然の摂理さ。それを隠す方がいやらしいと思わないか? そう、ありのままをさらけ出してこそ男ってもんさ!」
「レミ! いったい何をやっておる! さっさとせんか!」
「いや、もうお注射してるの! 即効性のあるお薬なのに、なんでしゃべれるの!?」
「ッ! 『状態異常耐性』か! しかし、魔力は掻き乱したはずじゃ! なぜスキルが働いておるッ!?」
ジジイと少女の貴重な発狂シーンだ。なんとも迫力がある。しかし、俺も不思議な気持ちは同じだから、そう馬鹿にはできない。……なんで、俺はまだ意識を保ってるんだ?
そんな疑問を抱いた瞬間。突然、聞き覚えのある声が降ってきた。
「それは当然! フェアリーヒーローが駆け付けたからだよっ!!!! ピンクウイング、アゲハ参上!」
「アゲハ!?!? なんでここが分かった!?」
声の主は、馴染みのある妖精……アゲハのものだった。カッコつけてるのか何なのか、よく分からないポーズをして名乗りを上げたアゲハに、思わず質問を投げかけてしまう。
しかし、アゲハはそれをガン無視して口上を続けた。
「フッ、そして今は別の名前でも名乗らせて貰うわ……そう、私は“認識”の妖精、ピュネラ。くっ!? ピュネラとしての私のテンションが低いわ!? 元気を出して、私! 恥ずかしがらないで! ああ、アゲハとしての私が眩しいわ……そんなこと言っても、恥ずかしさは抑えられる感情ではないのよ……」
「いや1人で何やってんだよ」
壁をすり抜けて突如として現れたアゲハ。しかし、その様子は今までとはベクトルの違うおかしさがあった。
そして、アゲハが乱入してきてから、レミとジジイの様子もおかしくなっていた。動かなくなり、小声で何かしらブツブツと呟いている。
「ちょっと、ノリが悪いよマスター。さっきまで、自分だけ楽しんでそこのお爺さんをからかってたのに! 私もやりたかったんだもん!」
「だもん! じゃねぇよ! あれは口八丁で誤魔化して意識を残せるようにしようとしたの! いつか反逆できる可能性を残そうとした苦肉の策なの!」
「べーっ! だ! 知らないもんねー! 途中から楽しくなってきてたの分かってるんだから! 私も勝手にやっちゃうんだから! 夢に落ちろ、“誤認識”!」
『気配察知』によって、アゲハが魔力を使ったのが分かった。でも、使ったのは俺の知らないスキル。設定した覚えも、オーブを与えた覚えもないスキルだった。
「お前、その力……そうだ、“認識”の妖精って……」
「命は、いくらマスターでも創れないよ。でも、あの時は例外が重なりすぎてたの。私の……妹の人格を貼り付けようとする行為と、近くには死にかけの妖精の体。そして、多分神様の力。私も、最近やっとなんとなく分かってきたところなんだけどね」
「……妖精の体を素材として使ったってことか?」
「だね~。死にかけてた理由は概念の消滅じゃなくて、肉体のダメージだったみたいだけど……その辺もあんまり思い出せないや。でも、大丈夫だよ。ピュネラとしての私は、感謝してるから」
「……そうか」
「……これまでずっと、内面がすごく不安定でさ。突然マスターと喋るのが怖くなって、よくフラフラ出かけたり。知らない記憶が浮かんできて、混乱してマスターの胸ポケットから出られなくなったりしたの。ごめんなさい」
確かに、ベースにした妹の人格からちょっとズレてるって感じる時もよくあった。だが、それは何年も前の記憶を基にしたせいで起こってしまったズレなのだと、ずっとそう考えていた。でもそうじゃなくて、妹と、妖精の2つの人格が混ざっていたのか。
「でも、私は……あぅっ……」
「アゲハ! おい、大丈夫か!?」
突如、アゲハは力が抜けたようにフラフラと揺れ動く。明らかに、顔色も良くない。段々と高度を下げ、ついには地面に足をつけた。
「うぅ……ふぅ。ごめん、今の私は〈朱羽〉だから。“認識”の妖精──ピュネラの力はほとんど使えないの。今は無理して、『透過』のスキルを基にして強引に力を使ってるだけ。でも、予想してたより、限界が早かった……お爺さん達を止めるのも、もうキツくなってきてる。もうすぐ、能力が切れちゃう。だから、その前に、これだけ。“誤認識”」
ガチャン、と硬質な音が響く。その音に反応して目を向けると、手足を拘束していた枷がいつの間にか外れていた。
驚いてアゲハの方を見ようと前を向くと、アゲハの前には1本の小瓶。見慣れた薄い水色の液体が入っている。
「エリクサー、なのか?」
「うん。……ちょっと、無理しちゃったなぁ……でも、まだあるの。伝えておかないと。……アンナちゃんが国王に働きかけて、クラスメイト達の家族まで、保護は済んでた。今、国王と他のお爺さん達が言い争ってるはずだよ。だから、もう潰しちゃって、大丈夫だよ。焦らなくても、大丈夫」
言われてみれば、確かに……牢屋を抜け出し反抗の意志を見せたのに、すぐに潰せなかったことを後悔し、焦っていた。
いくつも毒薬を持ってる上に、あの針のようなトラップを躊躇なく仕掛ける組織だ。いよいよフロースやウィズィ達が危ないかもしれないと、焦燥感に心が締め付けられていた。
……アゲハに言われるまで、自覚が無かった。
「ありがとう。アゲハ」
「うん。じゃ、後は頑張ってね。私は胸ポケットから観戦しとくよ……私が止めてるのはその2人だけじゃない。多分、たくさん人が集まってくるよ」
「分かった。任せろ」
アゲハに微笑みながらそう言って、エリクサーを一息に飲んだ。違和感しか無かった体の感覚が、戻ってくる。魔力もスキルも、問題なく使える。
お掃除の時間だ。
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アゲハの口上でピュネラが喋っているような書き方をしましたが、二重人格ではありません。記憶の中のピュネラならこう反応するだろう、というアゲハの想像を基にした演技です。
祐里がジジイを口先で惑わしているのを見たアゲハが、それを羨ましく思って自分も適当な事を言いたくなっただけです。
また、エイプリル短話で2~3個あった不自然な部分は、“認識”による力でした。非常に稀な妖精との接触で嬉しくなり、張り切ってちょっと頑張って力を使ったアゲハちゃん。それを知った上でもう一度読むと、また違った面白さがあるかもしれません。
あと、次も主人公パートにします。盛り上がってきましたからね。それでは。