背教的かつ背信的
セチアは海辺のベンチに腰掛けていた。
生まれてこの方、神官服以外着たことが殆んどなかったが、今あの服を着ようとは思わなかった。
セチアはチャンスを与えられたが、もう次はないと宣言された。
20年……20年神に仕えてきたが、未だに神の姿を見たことがなく、その祝福を受けたこともない。
この杖だって、魔法技術から生み出された物であり、神の力と必ずしも言えないのだ。
あれ程尽くした教会も、今や私を切り捨てようとしている。
「きっと神は死んだに違いない」
「きっと神は死んだに違いない」
隣から同じ言葉が聞こえ、咄嗟に振り向くとそこには栗色の髪の女が居た。
そしてその人物は、片目を失くしていた。
そこから先は早かった。
どうして片目を失くしたか、何故ここにいるのかとか、身の上話を互いに話し、惹かれあった。
話をする内に、セチアはあることに気付いた。
「そういえば名前はなんて言うの?」
すると彼女は深刻そうな顔を浮かべ、前はリズと呼ばれていたと話した。
「まえ?」
「この体は元々私のじゃない」
話を聴けば、リズという人物の体に乗り移ってしまい、その人物は人格を消されたと言うのだ。
「こんな世界になんで……」
大粒の涙を溢して、泣く少女をセチアはいたたまれなくなった。
ずっと異臭を放つ暗い部屋に閉じ込められ、他の人間と一緒に空にから見える僅かな光を目指して、手を伸ばし続けた。
そしてある時、外から爆音と、ビッグドッグみたいな歩き方して気色悪いんだよ、という声が聞こえてきた。
暗い部屋は、私を激しく揺らして外へ放り出した。
その瞬間、リズという人物へ人格が乗り移ったのだ。
遂にあの世界から脱出出来たと思った。
だがそれは間違いであり、待っていたのは、人間のエゴイズムが集結した戦争という地獄だった。
誰かを犠牲にしてでも生きて良かったのか。
自分の生への執着心の為に、リズを犠牲にした。
その罪悪感に苛まれながら、生きなければならない。
その話を静かに聴いていたセチアは思った。
どうせ、あの阿保勇者のお守りしたって失敗するのだから、神に刃向かってみようと。
「一つだけ、一つだけ死者を蘇らせる方法があるんだけど」
「え?」
「追放者の楽園って言われてる島」
もう、神への忠誠心は存在していなかった。
あるのは反抗心と、この強力で、どうしようもない力だけだった。
アルシャナにて
「アンネー!」
遠くから手を振るアンナを見て、アンネは嬉しそうな表情をしていた。
アンネはあの銃撃を受けて以来、歩けなくなり、車椅子による生活が続いていた。
「アンネ!プレゼント持ってきたよ」
「そうなの?」
「うん、きっと気に入ると思うよ」
そう言って、アンナは上等な布で仕立てたドレスを見せる。
「素敵なドレスね」
「うん、街の仕立屋に作らせたの」
「アンネがパーティーに着ていく服が無くて寂しかったから」
笑みを浮かべるアンナを見て、アンネは少し不安になった。
最近アンナは無理して笑っているので、自分のせいで、気を使っていたので不安なのだ。
「アンナ」
「ん、なに?」
「その、えっと……ありがとう」
アンナは目を輝かせ、大きく息を吸い込むと、「私からもありがとう!」と言ってアンネへ飛び付いた。
「ちょっとぉ、くすぐったいよぉ」
「アンネ〜ずっと一緒に居ようねー」
その頃、逸見はアデリーナから海上警察の警備が厳重で調査不可、との報告が送られてきた。
逸見はその報告にニヤリと笑い、潜水艦と輸送船を大至急用意するよう伝えた。
「全部隊に通達!我々はこれより悪魔の卵を奪取する!」
「場所は追放者達の楽園だ!」
教会にて
「まだか!?」
勇者マリーゴールドは苛立っていた。
アリスが殺され、セチアは行方不明となっていたからだ。
「黙ってくれ!今集中してるんだ!」
アルフレッドは、能力で自分の望みの人物がどこにいるかを、特定することが出来た。
だが、その能力も特定には時間が掛かる上に、連続して使うことが出来ず、戦闘で使うにはいささか不便だった。
せいぜい、隠れている狙撃兵を見付け出すぐらいしか、利用でいなかった。
「見つけたぞ!島にいる」
「島?ここらの島と言えば、追放者達の楽園ぐらいだ」
「誰か変な女と一緒だ」
勇者は剣を取ると、急いで港へ向かった。
「おい待て!あの島は自然保護区に指定されてるんだ!侵入すれば、大臣から教会にクレームが来るぞ」
「そんなこと知らない、仲間を見捨てるなんて出来ない!」
その言葉にアルフレッドは、
「お前のそういう所は好きだぜ」
二人の若者は、教会を出ると港へ急いだ。
潜水艦アイリスにて
「到着しました隊長殿」
「ご苦労ヘンリー艦長」
「3日待て、我々が戻って来なかったら、その時点で解雇だ」
「はい、いいですよそういう契約ですから」
潜水艦から発進したボートは、哨戒挺の巡回ルートを避けて通り、海岸に接岸する。
15名の精鋭部隊で上陸し、こちらの世界に引きずり込まれた核弾頭を見つけ出すのだ。
「総員集合、これより島を捜索する」
島は見たことがない奇妙な草木が生え、この場所が保護区に指定された理由がよく分かった。
銃剣で生い茂る草を切りつけながら、後続の味方の為に道を作る。
「蒸し暑いな」
隊員の1人が地面から沸き上がるような熱に、愚痴を溢す。
「ここは湿度が高いようだな」
「湿度って、ここラミラアルド海気候ですよ」
それを聞いたアンナは、少し不機嫌な声で返事をした。
「なぁアンナ悪かったと思ってるさ、折角のアンネとの時間を楽しんでたって時に、非常召集なんかして」
「別にいいですよ、後でまた会えますから」
拗ねた感じで接してくるアンナに、逸見は首をすくめ、話題を変えた。
「そういえば、随分と地理に詳しいんだな」
「ええまぁ、こっちの世界に来てから随分経ちますし」
「そうか」
逸見は水筒の水を飲もうと、蓋を開けた時、今重要な事を聞かなかったか?とアンナ方へ振り向いた。
その日逸見は、驚きの事実を、あまり実感の湧かない感じで知らされた。
4時間後…
「アンナも師匠が好きなのか?」
「はい、あのテクノ音が好きなんですよ」
「そうか!はは、いいよなあれ」
思い出話に花を咲かせる中、二人の異世界の頭に、ある思いが頭を過る。
「なぁ、元の世界に戻りたいと思ったことはないか?」
アンナは、レーションに入っていたレギオン製の肉缶詰に目を落とし、わからないと答えた。
「何度か戻りたいと思ったことはあるけど、向こうに戻っても、あの平凡で誰もが無関心な生活を続けたいかって言われたら、そうでもない」
「それにアンネが居ない世界なんて、行こうとも思わない」
その答えを聴いて、逸見は唸った。
「私は戻りたい、祖国では倒れていった戦友達の家族が待っている」
「彼らの為にも、私は国に帰り祖国を再建しなければならない」
「…………きっと隊長なら出来ますよ」
強く握り締めた拳に、復讐と約束を込めた。
次の日にも核の捜索は続いた。
今度は収穫があり、何者かが住んでいた痕跡を見つけた。
「随分古ぼけた家だ」
「でもしっかりした造りですね」
その言葉は確かに的をいており、ミシミシと床から音が鳴るものの、崩れる気配を感じさせなかった。
「でも何か小さくありません?」
そう、言われて見れば確かに、人間が住むにしては小さすぎると感じる造りだった。
「栄養失調で体が小さかったのかもしれないな」
「ドワーフでも住んでたりして」
アンナの発言に逸見は、鼻で笑った。
「そんな馬鹿なことあるもんか」
「えーいいじゃないですか、少しぐらい夢見たって」
ふと目に止まったドアを開くと、外に通じていた階段が崩れ、2階から落ちそうになる。
「あぶねっ」
だがそんなことよりも、逸見には目の前に広がる光景に息を飲んだ。
「これはいったい?」
逸見の目の前には、森の中で田舎町程度の小さな町が、形成されていたのだ。
「ここって無人島の筈ですよね、なんでこんなものが…」
町は廃れていたものの、しっかりと繁栄期の面影を残していて、雑貨屋、レストラン、といった商業施設から、鍛冶屋や農地等の加工生産を司る施設さえ存在していた。
だがそれ以上に気になることがあった。
壁に空いた無数の穴、砲撃によって破壊された家屋、そして明らかに人間の物ではない骨格の、白骨化遺体。
「剣や弓ではこうならない」
「銃ですか?」
「あぁ、しかも」
瓦礫の中から黒い物体を取り出して、地面に置く。
「ただの銃じゃない」
逸見が発見したのは、RAI44狙撃グレネードランチャーである。
「目標は近いぞ」
武器を構え、死者達の骨を辿って、逸見達は進んでゆく。
???とセチアにて
死者を蘇らせるなんてどうするのか?
???は疑問に思っていた。
「話を聴く限りだと、貴女はリズという人物の人格に上書きされた存在なの」
「上書き?」
「そう、だからこの装置を使う」
【实验室4】という文字が記された鉄の扉を抜けると、妙な機械が備え付けられた部屋にたどり着いた。
「この施設は教会が、数百年の年月を掛けて使い方を習得した物で、人の記憶に干渉する事が出来る」
「これで変な化け物を作ったり、教会の利益になるように出来ないか試したんだけど、上手く行かなかった」
「どうしても上書きされた部分を、書き損じだと思って破棄しちゃうの」
紙に絵を描いたとして、その上から別の絵を描けば、ぐちゃぐちゃになってしまう。
だがある程度何が描かれていたかは、判別出来るようで、上書きされてない部分を復元すれば、記憶の修復が可能になる、と言う話だった。
早速準備に取り掛かっていると、扉の外から足音が近付いてくる。
「まさか、教会が私の背教に気付いた!?」
腕を扉へ向け、迎撃態勢をとる。
セチアが武器を持っていない訳は、自らの手こそが武器だからである。
手袋に小型化した魔法の杖を取り付けたのだ。
扉が開き、外から顔を見せるのは、弓使いのアルフレッドだ。
「セチア!良かった探したんだ!」
「……………」「……………」
「なに、どうしたんだい?」
その時、アルフレッドは自らに向けられた冷たい目を感じ取った。
二人はまるで、家畜で見るような目で自分を見つめていたのだ。
「なんだよ…その目は……」
その直後、直径の5mmレーザーが光の速さでアルフレッドの関節を焼ききった。
「え、なんで?」
「仕方ないでしょ、生け贄が必要なんだから」
「あと、お前の事嫌いだったし」
アルフレッドを椅子にベルトで固定すると、記憶消去処理を始めた。
「お前の脳味噌を踏み台にして、リズっていう女の記憶を復元させる」
「なんだと!」
機械が凄まじい音を立てて、ガタガタと揺れる。
「神は死んだ!文明と教会が殺したんだ!」
悪魔の洞穴にて
「見つけたぞ!やっと見つけた!」
その物体は、主力戦車4台分の大きさを誇り、見るものに強烈なインパクトを与えた。
「隊長、これは?」
「戦車の癖にNATOコードネームまで貰った奴だよ、ニュークギガントって呼ばれてた」
ギガントの主砲である280mm砲には、射程30kmの核砲弾を発射する事ができ、直径5kmの地域を焼却する事が可能だ。
自衛用には、4門の機銃もしくは自動擲弾銃を装備し、アクティブ防衛システムを搭載している。
「足周りが変わってますね」
核戦車を見たアンナは、疑問を浮かべた。
それもそのはず、何故なら履帯の隣に鉄の足がついていたからだ。
「あぁ、前に山を登ってるのを見たときは、流石に面食らったよ」
逸見は戦車へ乗り込むと、弾薬庫の中を覗いた。
「核無力化装着は外してあるな、ラッキーだ」
「この兵器に乗ったことが?」
アラムの問に逸見は、「一応」と答えた。
「車運転出来る奴居るかって言われて、ハイって答えたら乗せられた」
「鹵獲してそのまま、貴重な核戦力として転用したよ」
逸見はマニュアル片手に、戦車を動かそうとしていたその時。
「隊長、武装した人間1名がこちらに向かって来ます」
「排除しろ、この車両に近付かせるな」
アンナは狙撃銃を構え、やってくる人影に向けて照準を合わせた。
「!?」
アンナはスコープ越しに見えた物に驚愕した。
「あれは鉄矢…」
過去に、鉄矢で狙撃された例は1つ存在した。
「何をやっているんだ?」
そう疑問に思いながらも、目標頭部の少し上を狙い、自然体で引き金を引く。
前はあれほど苦戦した謎の敵は、あっさりとやられた。
「脅威を排除」
アンナは奇妙な違和感を覚えながらも、観測手の仇をとった事に満足した。
それから13時間が経過した頃、ようやく戦車のエンジンが掛かった。
「やったぞ、世界崩壊の第一歩だ!」
「通信兵!輸送船を呼べ、帰ったら祝杯だ」
だが、世の中上手く行かないものである。
勇者のご登場である。
「見つけたぞ!」
「逸見萩!お前を断罪する!」
「またお前かぁ」
「私もいますよ」
2つの勢力が睨み合う中、新たに背教者がやってきた。
「私は定時の後に仕事を頼む奴が嫌いなんだ」
戦車から身を乗り出し、備え付けの重機関銃を槓桿引く。
「そうも言ってられないよ」
そう言うとセチアの後ろから、リズが姿を現す。
「2つある人格を消すために、片方が死んだと誤認させるなんて無茶苦茶だ」
「本人の意志を尊重したまでだ」
「この女の人格を復元して、取り付いてた方は別の媒体に移した」
「ここは取引と行きましょう、私にはまだやることが残されています」
「だから、私の肉を撃ち抜いて土の肥やしにする前に、そっちの英雄気取りの馬鹿からやればいい」
セチアの豹変ぶりに、勇者は憤怒した。
「何をやっているんだセチア!性格と態度を変えるのは、神に忠誠を誓った時だけだと、言われているだろう!」
「黙れ原理主義者!お前らのせいで、一体何人が死んだと思ってる!」
「殉教と言え!彼らは神の為に・・・」
「私が言っているのは、教会の人間ではなく、教会に殺された人間のことだ!」
口論を始める宗教連中を横目に、逸見は脱出を謀ろうとしていた。
「あそこで突っ立ってる、お寝ぼけリズを回収しろ」
何人かの部下に命令して、セチアの後ろで天井を眺めるリズを回収させようとする。
セチアはその事に気付き、出来るだけリズが勇者の視界に入らないように移動する。
「さぁ、行きましょ」
「あれ?お兄さんたちだれぇ?」
隊員達はリズを担ぎ、そそくさと立ち去る。
「この野郎!」
光が宿った剣から斬撃が飛ぶ。
それをセチアが避け、後ろに居た隊員に命中する。
「ああ!逃げようとしてるな!どこまでもコケにしやがってぇ!!!!!!」
「支援射撃用意!」
15人の一斉射撃で、猛烈な土煙が立ち込む。
普通なら、例え熊でも粉微塵になる火力を受けているのに、勇者は全てを弾き返していた。
「流石勇者って、名乗っているだけはありますね!」
「あれは蛮勇の類いだろ!」
何とか、リズを運ぶ隊員達が、戦車までたどり着く。
しかし、その直後戦車に向かって斬撃が襲う。
「伏せろ!」
逸見の警告も虚しく、10名の隊員が真っ二つになる。
近場にリズを抱えて、倒れている隊員を見つけ引き上げるが、下半身を分断されていた。
「彼女を…大事な戦友でしょ………」
部隊の中でも、まともな部類の人間が次々と死んでゆく。
逸見は、リズを戦車の中へ引きずりこみ、ハッチを閉めた。
「通常弾装填!」
280mm砲を音声認識で動かし、弾薬を装填する。
「撃てー!」
280mm砲を直射で放つ。
カメラの映像が土煙で見えなくなった為、暗視装置を駆使し、洞窟内から脱出すると、今度は険しい山に差し掛かる。
戦車を歩行モードに切り替え、車体をガリガリと削りながら、山道を強引に突破する。
「こりゃ板金7万コースだな!」
輸送船まで一直線に進んでいると、上空をヘリが通過した。
「味方のヘリです!」
輸送船へ襲いかかる警備挺に向かって、機関銃で応戦する。
「M2キャリバーだけじゃ、あの重武装の船には対抗出来んぞ」
警備挺の武装は想像以上に強力で、速射砲と20mm機関砲で、ヘリを撃ち落とそうと躍起になっていた。
「射撃支援システム起動、えーと、目標群をa,b,c,dにタグ付け」
コンピューター制御によって、話すだけで勝手に目標を指示して攻撃してくれる。
よい時代になったものだ。
「通常弾装填、主砲撃てー!」
自走砲のような運用を目指した戦車だけあって、12km離れた目標も難なく粉砕した。
「続いてb,c.dを砲撃」
絶大な威力を誇る280mm砲は、直撃しなくとも至近弾で、船底に破片が突き刺さり、浸水する。
山を高速で駆け抜け、輸送船へ乗り込む。
「お疲れ様です隊長!」
「当海域から速やかに離脱する」
担架で運ばれるリズを呼び止める。
「リズ大丈夫か?」
「なあただれですか?」
「そういやあの女、人格を復元したって言ってたな…その影響か」
呂律が回っていない様子のリズは、逸見の手を握り一言だけ言葉を発した。
「とりあえずお酒のませてぇ…高いの」
「……………………………………………………………………」
「欲に素直な女だよ、全く」
逸見は、倉庫に酒が残ってたかな?と、ぼやきながら、どこまでも透き通った海を眺めた。




