牙を研ぐ時間
厳重に閉ざされた扉を開き、中にいた約束の人物と出会う。
「待ち焦がれましたよ!」
長らく日光を浴びず、不健康な肌をした女がそこにいた。
「遅くなってしまったよ」
「いいですよぉ!だってちゃんと約束を守ってくれましたから!」
耳を塞ぎ、ほぼ悲鳴に近い声を発しながら、リズは叫ぶ。
リズはムンクの叫びのように、周りから聞こえる叫びに、耳を塞いでいる。
「中佐、弾は1発で?」
「それでいい」
逸見は、弾薬を装填するとリズの正面に立つ。
スプリングフィールドM1873、骨董品だぞ」
嫌に静かなリズが、最後の理性で言葉を放つ。
「結婚式で高い酒飲ませて貰う約束…まだでしたね」
トリガーは運命に引かれ、ハンマーが彼女の命を落とした。
「医者を呼んでくれ…外科医だ」
トラップドアを開き、薬莢が落ちる音だけが暗い部屋でこだまする。
フロラリダ大陸アルシャナ共和国にて
「2階ベランダ2名の男を確認、エンフィールド銃を持っている」
「了解ミドルシューター1、排除せよ」
男はサプレッサーの竹を割ったような音と共に、壁に肉片と血液を飛ばす。
別の狙撃チームと協力して、二人同時に仕留めた。
「目標排除、いい腕だ」
スポッターがアンナの技量を褒める。
「今ので68人目」
「何処でスコアを稼いだ?」
「ユニコッド」
「鷲萸戦争か、かなり酷かったって聞いたぞ」
「あの車椅子の嬢ちゃんも戦争で?」
「そんなところかな」
その時、微かに動く人影を捉えた。
アンナの目は暗闇の中でも、動く標的を見逃さなかった。
「こちらミドルシューター1、目標の屋根に人影を確認どうぞ」
「こちら指令部、攻撃を許可する」
「了解」
スポッターが距離と風速を伝え、それをアンナが照準を調整し、射撃。
そのままうつ伏せの状態で頭を撃ち抜かれ、絶命する。
「ナイスショット、あれが非戦闘員で無いことを願おう」
すると暗闇に紛れて、突入班が目標人物の屋敷迫る。
STG44やMP40に光学照準器やサプレッサーを装着して、室内戦向きの装備をしていた。
「突入せよ」
散弾銃でドアをぶち破り、同時に屋敷の数ヶ所から突入する隊員達。
短機関銃が、この国に巣食う親ブリタニカ派を、蜂の巣にする。
「まて撃つな!俺は共和主義者だ!」
誰が王政復古派の屋敷に住んでた人間の言葉を、信用すると言うのだろうか?STGの、正確無比な射撃が彼を襲った。
花瓶や良く分からない変な絵を飾った屋敷は、王政復古派の血で染まり、戦闘員と目標人物だけを正確に仕留めた。
使用人も娼婦の一人に至るまで、危害を加えずに。
ただし例外もある。
「ほら歩け!」
女子供が壁際へ立たせ、銃口を向ける。
「お願いします子供だけは助けて!」
「俺は関係ないただの会計士だ」
「黙れ!お前らが復古派の家族ってことは知ってるんだ」
その手の復讐が恐ろしいことは、皆分かっている。
親を殺され、報復で誰かの親を殺し、今度はその息子が誰かの親や子供を殺す。
良くあることであり、必然でもある。
その連鎖を断ち切るには、こうするしかないのだ。
「よし撃て」
薬莢が飛び出し、カーペットに落ちる。
母親が子供を庇いながら、仰向けに倒れる。
そんな母親の奮闘を無に返すが如く、銃剣や拳銃で死亡確認を行う独立大隊の兵士達。
「これで全部か?よし撤収だ」
たった20分の内に、5つの一家が消えた。
後日、屋敷に周辺住人が侵入し、金品はおろか、花壇の土さえも掘り起こし、持って行った。
彼らにとって、我々の襲撃を受けた家は、金を払わずに買い物出来る店なのだ。
その話を聞いた大隊のメンバーは、その内家の石材まで持って行くんじゃないだろうと、冗談を言った。
だが驚くべき事に、数日後本当に家が更地になっていた。
ここアルシャナ共和国は、ブリタニカの元植民地だったのだがで、とある理由により平和的に独立できた国なのだ。
ブリタニカ本国はアルシャナから手を引いたのだが、ある勢力は、それをよしとしなかった。
アルシャナに移住していた移民通称「メリン」は、数百年の時間と共に、アルシャナが生まれ故郷になり、アルシャナで生活していた。
結果アルシャナを掌握しようとする、現地人で構成されたブリタニカ王政復古派&メリンと共和派の先住民勢力が、泥沼の紛争を始めた。
アルシャナは路肩爆弾(IED)が毎日爆発し、脅迫、誘拐、暗殺、が日常と化した。
しかし、ここ最近戦況が変わりつつあった。
素人集団の域を出なかった共和国群が、共和国軍へと進化して、自動車や装甲車を有する、機械化部隊を設立したのだ。
この急速な成長は、我々独立大隊の手腕によるものだった。
アルアカド邸にて
長いテーブルを囲んで、共和国大統領アルアカドとその家族が座り、反対側に大隊の主要メンバー
が対面していた。
テーブルには、豆料理を中心とした様々な料理が並んでいる。
「料理のお味はいかがですか?」
「えぇ、美味しいですよ、米を食べたのも久し振りです」
料理の感想を口にする逸見は、嬉しそうな顔をしながら、細長い米のようなものを食べていた。
「ところで、ジュバヂニ語がお上手ですか何処で学んで?」
「色々あるんですよ…色々ね」
この世界に来てから、母国語を話せば、その人物に対応した完璧な言葉を話せるようで、その人物が知らない単語を話さない限り、話が噛み合わないことが無いのだ。
「我が国の軍隊について何か意見はございますかな?」
と、アルシャナ共和軍の大臣が質問してくる。
「復古派憎しで動いているので、戦闘意欲は十分過ぎるぐらいです」
「ただ愛国心がない、兵士の大半は復古派に家を焼かれたか、仕事を奪われた腹いせで、軍に入隊してる」
「復古派の裏切り者とメリンを全員殺した後、彼らがどんな行動を起こすか」
「私には想像しかねる」
そんな話をしていると、イザベラが咳払いし、折角の晩餐会ですから、込み入ったお話は後にしましょう。
そう言うと、イザベラは朗らかな笑みを浮かべた。
その笑みは、酷く美しく、妖艶で不気味だった。
晩餐会が終わった後、逸見とイザベラは、寝室に籠り膨大な資料とにらめっこしていた。
逸見は、大隊と合流してからというもの、忘れられた場所を探していた。
文明から途絶させられ、そこに住む現地民でさえも近寄らない場所へ調査員を派遣し、あるものを探している。
「ねぇ、本当にあるの?その…核っていうやつ」
「必ずある、私がいた世界では戦争の影響で、核の紛失が相次いで起こっていた、そして」
「誰もその場所を知らない」
私がこの世界に吸い込まれ、最初に放り出されたあの島。
あの島には、大戦期に製造された大量の武器が眠っていた。
あの武器達は、忘れ去られたのだ。
土に埋もれたドイツ製機関銃や紋章を削られた三八式歩兵、埃被ったアメリカ製の弾薬。
全て、長い間放置され、忘れて去られていった兵器達だった。
ならばあるのではないか?私の世界で起こった第三次世界大戦で紛失した戦術核が、どこかの洞窟で、静かに息を潜めてるのではないか。
「あと1か月で偵察先からアデリーナが帰還する」
「もし、アデリーナが警備が厳重で調べられなかったと言ったら、私が直接行く」
アルシャナ共和軍訓練所にて
市街地を真似た建物群で、訓練を受けるのは、大隊の新メンバー達だ。
イザベラは、狂信者に悪魔を地獄から呼び起こす会の人間おまけに、戦争狂を部隊に加えていた。
詳しく紹介すると、赤の鎌槌教団の中でも、一際過激な部類に属する連中だった。
全ての人類は、狩猟採集社会まで退化すべきだと主張する、とんでもない事を言う奴らだ。
主張は馬鹿げてるが、良く働いてくれる。
病的なほどに…
悪魔を地獄から呼び起こす会の連中は、常に世界終末論を唱え、人類は一回滅んで悪魔に生まれ変わるべきと主張する頭のおかしな連中だ。
両者唯一の共通点は、現状の秩序は破壊されるべきと主張していることだ。
それは、逸見がガーベラと誓った、この世界を破壊するという目的と一致していたのだ。
「いいか、建物内に潜む敵は様々な場所に隠れている可能性がある」
「倒れた机、クローゼットの中、死体の裏、全てに目を張り巡らせろ!」
「怪しい場所があったら、手榴弾で吹き飛ばしてやれ」
大隊は明日に迫る全面攻勢に向けて、部隊を4つに分けた。
車両による機動戦と指揮を行う第1中隊
輸送機とヘリによる空挺降下を行う第2中隊
偵察を諜報を司る第3中隊
最後はアルシャナ軍の下士官や尉官で構成されたアルシャナ中隊である。
現地の地理、文化、風習、言語に精通した現地人部隊であり、各中隊に小隊単位で配置される。
後方へ浸透し、通信網や重要施設の破壊工作を行う。
正に特殊部隊と呼ぶに相応しい部隊だ。
そして、特殊性を帯びた任務がもう1つあった。
患者と化け物の排除である。




